対ギルドマスター
はじめの合図が出た瞬間、ツェップは何かをつぶやく。
零断は何かしてくると思ってコンヴィクスを構えたまま相手の行動を待つ。
ツェップは何かを呟き終わると大剣を持ってるとは思えない速度で零断に迫る。
しかし、零断はそれを予想していたかのように迎え撃つ。
「へぇ、その剣でよく受け止められたね。」
「信頼できる鍛冶屋が直々に作ってくれたものだからねっ!」
零断は会話が途切れると同時に大剣を上へ弾く。
その隙に零断はツェップに剣を振るうが、ツェップはそこを大剣の腹で受け止め、逆に零断の剣を弾こうとする。
しかし、零断は大剣と接触したあと、すぐに引いて次の剣戟を繰り出す。
【大剣なんだから小回りのきく片手剣の方が速さで有利だろ!】
零断は一撃一撃を軽く、早く放つ。
しかし、ツェップには余裕があるようで軽口を叩く。
「へぇ、やるね。最初に私の剣を弾いたから力勝負になると思ったら速さで来るとは。けど、まだまだだねっ!」
「、…!」
ツェップは零断が剣技を入れてくるタイミングで大剣を大きく降ってコンヴィクスを大きく弾く。
零断のできた隙にツェップが大剣を入れようとする。
しかし…
「『…………の雷よ…“雷壁”』」
零断はツェップにも聞こえない声で詠唱をしてその剣を防ぐ。
予想していなかった魔法にツェップは動揺して体勢を崩す。
零断はその隙に後方へ飛びながらさらに詠唱を続ける。
「『光り輝く雷よ。この手に宿り飛槍せよ。“エレキトルジャベリン”』」
零断は剣を持ってない左手を突き出して雷でできた槍を何個も作り出し、放つ。
「くっ!」
体勢を立て直したツェップは迫る雷槍をステップでかわしながら零断との距離を詰めようとする。
「『集まれ雷よ“雷核”』」
しかし、零断は雷の球を空中に何十個も生成して攻撃を仕掛け、ツェップを近寄らせない。
すると雷核を避けながらツェップが何かをつぶやいている。先ほどと同じくなんらかの魔法だろう。
零断はとりあえず現状維持としてそのまま魔法を打ち続ける。
これは零断なりに手を抜いているのだ。本当の戦いならば零断は詠唱している隙を狙って高速で仕留める。
しかし、これは模擬戦だ。ならば相手の行動を見て理解し、そしてその全てを叩き潰すのだ。
それだけで聞くと相手の自信をなくさせるように聞こえるが、ここは零断の強さを実感させるための場なのでこういう行動も理にかなっているのだ。
また、ヴァルと決めた手加減は身体強化を負けるギリギリまで使わないというものだ。
まずまず相手は零断が身体強化を使えることを知らない。なので、使わなければ現状態が全力と感じる。しかし、本当はそれより強い力があるという力の示し方だ。
零断が雷核の数をさらに増やそうと考えているとツェップの魔法も完了したようだ。
「これが私の全力よ!」
ツェップは雷核を諸共せずに零断に突っ込んでくる。まるで魔法が聞いていないかのような行動だ。
また、その動きも先ほどまでとは大きく違う。素早く、力強いのだ。
「へぇ、最初の身体強化の上位互換か。さらに身体を強化して、魔法対策もある。さすがギルマスだな。」
零断はそう言いながら雷核をさらに生成してツェップを“誘導”する。
ツェップは今までよりさらに数を増やした雷核を直接受けながら零断の元へ突っ込む。
【くっ!なんだこの魔力の量は!こんな数の魔法を長時間使えるなんて並みの魔法使いじゃないぞ!しかし、剣技で言えば私の方が武がある。近づけば勝てる!】
ツェップは雷核を吹き飛ばしながら零断との距離を詰め、もうすぐで剣が届くくらいの距離になった時に零断の隙を見つける。
【魔法に気を取られすぎだよ。】
手を伸ばしている左側に意識があまり行ってないことに気づいたツェップはその隙に大剣を入れる。
「ぐわっ!」
零断は大きく吹き飛ばされる。
【なんつー力だ。わざと隙を作ってそこに攻撃が来るように仕込んで、こちらの動きも万端だったのに吹き飛ばしやがった。】
零断は空中で一回転する。
そして前を見るともう目の前にツェップがいる。
零断は口元を釣り上げながらつぶやく。
「少しギアを上げるか。」
そう呟いた直後にツェップの渾身の一撃が零断めがけて動く。
「っ、!!なに?!?!」
ツェップは剣を振った瞬間に勝ったと確信した。しかし、生身をある程度切る手応えは柔らかいもの度はなく非常に硬いものだった。
ツェップはそのまま振り切ろうとするが、剣は動かない。
【な、なんていう力!こんな力先ほどまではなかったのに!】
今まで剣に目線を向けていたが、やっと視線をあげ、零断を見る。
零断の顔は明らかに笑っていた。
興奮した様子の零断が独り言ものようにつぶやく。
「もっと弱いと思ってたんだがな。こんなに強いとは驚きだ。少しなまってたようだが、準備運動も終わった頃か。じゃあ、やるぞ!ついてこいよ!」
零断は自分の脇腹近くで重なっているコンヴィクスと大剣を振りほどき少しバックステップしてから短く詠唱する。
「『ギャラクシースキル“剣舞”』!」
ギャラクシースキル 剣舞
基本ギャラクシースキルは短い剣技だ。3連発の剣技をしたところでその状態がずっと続くわけではない。
しかし“剣舞”は珍しい常時発動スキルであり、自分のMPを常時削って剣の動きが早くなり、力も増す。また、動きが非常に滑らかになるので舞っているように見えるのだ。
この技を極めたものは上位スキルである“剣舞師”(ソードダンサー)を得ることができる。ちなみに零断は当然習得済みだ。
このゲームではMPを削って使った“剣舞”を零断はMPではなく魔力を削って使っている。
どのような動きになるのかは体が覚えている。そして、その動きをするために魔力を使うのだ。
“剣舞”は中級者なら誰でも使える技であり、“剣舞師”は上級者なら誰でも持っているスキルで弱い身体強化のようなものだ。
使い慣れれば舞うように戦わなくなり、“剣舞”という名前の意味がなくなるのでも有名だ。
零断はもう万を超える回数使っているのでただの身体強化としか思っていない。
雷魔法の身体強化は一気に身体能力が何倍にも上昇するので使うつもりはないのだ。
ちなみに現在零断は5種類ほどの身体強化の手段がある。
“剣舞”はその中で一番効果が薄いのだ。
零断とツェップの戦いはさらに勢いを増していく。
零断が隙を見つけて剣を出せばそれを弾いてツェップが反撃する。
ものすごい剣戟に観客のテンションがさらに上がっていく。
しかし、そんな中ツェップは焦り始めていた。
【私の魔力がもうすぐ尽きてしまう。そうしたらされるがままだ。しかし、彼はさらに剣が早くなっていく。まったく。超人だよ。】
少しずつ零断とツェップに差が開いていく。
そして、あまり時間がかからずにツェップが目に見えて零断の剣戟を受けられなくなる。
そして、零断はあえてツェップが持つ大剣に剣を下から上に振り上げる。
「っ、!!」
ツェップは意表を突かれ、大剣を離してしまう。
大剣は大きく放物線を描きながら飛んで行き、地面に刺さる。
それと同時にツェップも力尽きたかのように膝をつく。
零断はコンヴィクスを背中に納刀して見守っていたフロヌィチの方を向く。
視線を送られたフロヌィチは頷き片手を上げて宣言する。
「そこまで!勝者『雷刻の剣士』フレン!!」
フロヌィチが宣言すると会場が揺れるほどの大歓声に見舞われる。
零断はツェップに手を差し伸べる。
ツェップはその手を取りながら零断に話しかける。
「最後、剣を飛ばしたのはわざとよね?」
「ああ。もう魔力切れが近いだろ?身体強化をぶっ放してたらそりゃそうなるよな。」
「最初、実は一撃で終わらせようとしてたのよ。まさか弾き返されるとはね。」
「俺も本当は剣舞を使うつもりはなかったんだ。さらに、剣舞を使ったとしても、付いて来られるとは思ってなかったんだ。流石に甘く見過ぎていたよ。」
「しかし、身体強化があるなんて聞いていないわよ。身体強化をした後とする前は多少変わっただけだからちょっとはついていけたけどね。」
「ん?身体強化?そんなもの使ってないぞ?」
その言葉を聞いたツェップは驚き、零断に質問する。
「なら、あれはなんなの?いきなり動きが変わったじゃない。」
「あれは“剣舞”だ。」
「何が違うの?」
当然の疑問である。
「身体強化は魔法を使って行うものだ。実際、ツェップさんは火属性の身体強化を行なっていたでしょう?」
「え、ええ。最初は体温を上げて一番動きやすい温度にしてて、次に体を興奮状態にしてさらに強化したわ。」
「だよな。けど、“剣舞”は違う。強化しているんじゃなくて魔力をそのまま使って誘導するんだよ。まぁ、実感してみないとわからないだろうがな。」
「ええ…わからないわね。」
「そりゃそうだ。まぁ、身体強化をしろと言われたら普通にできるんだけどな。雷魔法で一番効率がよくしたからさっきの何倍くらいは強くなれる。」
「え…?さっきのが、全力じゃないの?」
「あれが全力だったらあの山脈を登ることはできないさ。」
「なら、僕と戦う時は本気を出してほしいな。」
「わしもじゃよ。」
零断とツェップが立ち話をしていると、近くにグロウとゾーラスが会話に入ってくる。
「一対一だと“剣舞”で十分だ。2人まとめてならやっていいけど?」
「へぇ。君、面白いことを言うね。」
「ここまで舐められたのは久しぶりじゃのう。」
零断の挑発によって2人の目が変わった。
「そう言う目をされたいんだよ。じゃないと2人とも本気にならないだろ。2人はこう思ってることがバレバレなんだよ。
『ツェップをギリギリ倒したレベルか。弱いな。』ってね。舐めてんのはお前はらの方だろ。」
零断はさらに挑発を続ける。
その言葉にツェップは少し納得する。
【確かに2人はまだ彼のことを舐めていた。態度からして丸わかりだ。本気で戦ってほしいからこその挑発。そして、その本気を捻り潰す自身。ふふ。次の戦いも楽しくなりそうね。】
ツェップは人ごとのように聞いているが、言われた側の2人はわけが違う。
「…わかった。捻り潰してあげるよ。」
「観客の前で泣き喚いて土下座するならその侮辱を許してやろう。」
2人そう言って零断とツェップから離れる。
ツェップは次の戦いのために先ほどまでグロウとゾーラスがいた場所へ向かう。
「あんなこと言って良かったの?」
ツェップは歩く寸前に聞いてくる。
「ああ。まぁ、ツェップさんにはいうけど、2人相手でも手を抜いて戦って勝つよ。」
「そう。」
その目の輝きと自信を見たツェップはそれ以上何も言わずにベンチへ向かう。
しかし、内心は違っていた。
【圧倒的な自身とそれに伴う力。枯葉どうやってあそこまでの力を手に入れたのか…おそらく私たちが思うほど生半可な人生ではないはず。】
たとえこの戦いがどのような結果になろうとも、ツェップは零断を支えていこうと決めた。
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「それでは始めます!試合始め!」
ツェップの時と同じようにフロヌィチが合図をかける。
フロヌィチは零断に休憩が必要か聞いたが、零断が必要ないと答え、そのまま試合が行われることになった。
また、一対二についてもフロヌィチは承認した。どんな事情があれ、零断の実力を少しでもいいから知るためだ。
グロウとゾーラスは始まった直後に前後に分かれる。
盾剣士であるグロウが前で零断を足止めし、ゾーラスが魔法で倒すと言う単純な作戦だ。
しかし、零断はその作戦を最初からぶち壊す。
「正直さ、もうちょいわかるやつだと思ってたけど、そうでもなかったからな。その変な方向に伸びたプライドをへし折ってやるよ。」
零断はそう言い放ってから距離を詰めてくるグロウを無視して詠唱する。
「もうめんどくさいからいいか。
『雷よ纏え“エレキ”』」
零断は一言呟いただけで詠唱を終わらせる。
グロウは詠唱の速さからその場に立ち止まってジリジリと距離を詰めるのに変わった。
零断はライトニングムーブで超高速でグロウの盾に拳を打ち込む。
当然零断のライトニングムーブの勢いに耐えられるわけもなくグロウは闘技場の壁まで吹き飛ぶ。
ドコンッ!
っと大きな音を立ててグロウは壁と接触する。グロウは体半分を壁に埋めた状態となった。
「なん…なんだ…なにが……起こったんだ…」
壁にのめり込んだ体を剥がし、盾と剣を使ってどうにか立ち上がる。
「べつに。拳でぶっ飛ばしただけだ。身体強化は手にしか使ってないぞ。」
事実である。零断はライトニングムーブしか使っていない。身体強化はムーブのついでに右手にかけただけだ。右手にかけないと右手が壊れてしまう。
零断が拳を使った証拠にグロウが持っている盾の真ん中にグーの形の跡がある。
「『……“ファイアストーム”』」
グロウが零断にわんぱんされている間にゾーラスは魔法を完成させ、放ってくる。
【これ以上なく波動を使って吹き飛ばしたいが、波動を使ったら色々バレるからな。普通に突破するか。】
零断は炎の竜巻に向かって手を伸ばす。
「『真なる雷よ。その輝く光を裁きの力として落とせ。“ライトニング”』」
雲ひとつない快晴な空に詠唱するにつれて黒い雲が広がっていく。
そして、零断が魔法名を響かせた瞬間、ものすごい轟音とともに1発の雷が闘技場の大広間に落ちる。
ものすごい量の土煙が上がり、前がなにも見えなくなる。
そこにフロヌィチの詠唱が聞こえる。
「『風よ。ささやかなる旋風を。“ウィンド”』」
風の初級魔法により土煙が開けていく。
そして見えてきたのは先ほどまであった炎の竜巻が消え去り、大きなクレーターができた大広間。そして、そのクレーターの目の前に尻餅をついて呆然としているゾーラス。
そして、ゾーラスは呟く。
「か、雷魔法の最上位…“ライトニング”…世界で未だ1人も使えない理論上の魔法…わしの研究内容…」
ちょろちょろちょろ〜
ライトニングによって静まった闘技場でその音はよく響いた。