兵士との遭遇
零断達が山の頂上から降りてから2ヶ月がたった。今までは子供達の魔法の練習をやるためと、休憩のために一日置きで行動していたが、零断が新たな技を教えてもらったおかげで零断も練習時間を欲してまた1週間に一度降りることになった。
「ふぅ…あとちょっとだよな。」
「そうですね。ついに、ですね。帝国の村につけます!」
「やっと村だー!」
「そうだね。帝国が僕たちに親切にしてくれるといいんだけど…」
「それがいちばんの問題ですね。僕達は山を越えてきましたが、それが信じられる可能性は少ないでしょう。どう話すか、ですね。」
「…力ずく?」
「チャマ姉、それは王国と同じだ。」
「む、ムペも言うようになった。」
「まぁまぁ、それで、そこについて何か案があるんですか?」
一通り自分の感情を話した後にユニが代表で零断に聞く。
たなみに、ムペは話すようになった。今までためていたものを全て出したかのように少し荒っぽい口調だ。子供っぽいともいう。
「チャマの考えは行き過ぎだけど、力を見せるっていう手もある。あと、転移者といってもわかるかもな。それに…」
「それにー?」
零断が言うかためらったことをティアが遠慮なく聞く。
零断はそれに苦笑しながら答える。
「俺は王国でおそらく相当有名になってるからな。それが帝国まで伝わっていたら嬉しいかな。冒険者カードもあるし、身分証明は出来るだろうしね。」
「たしかに、零断さん王国では有名になっちゃってますよね…」
「まぁ、当たって砕けましょう!」
「砕けちゃダメですよ。しかし、会って見ないとわからないのも事実ですね。」
マサが言った言葉にクロノが反論しながらも概ね賛成する。
「お、噂をすれば兵士がいるな。見回りか?接触するか?」
「同然です!」
「砕けろー!」
「…砕けちゃダメ。」
「帝国の兵士か…ドキドキするぜ。」
「不安ですね。大丈夫でしょうか。」
「零断さん!とりあえず会いましょう!」
一人一人様々なことを言うが絶対に嫌と言う人がいないのでとりあえず接触を試みる零断達。
数分歩くと、クロノの索敵範囲にも入った。
ちなみに、クロノの索敵は電気の精霊を他方に飛ばすことで起きる反応で索敵している。普通の雷魔法ではすぐに魔力切れが起こるだろう。零断がやっても燃費が悪かった。精霊魔法様々である。
「あ、僕の範囲内にも入りました。周りには人がいないので1人のようですね。」
「そうだな。そろそろ見えて来るんじゃないか?」
すると、白の鎧を着た兵士が周りをキョロキョロしながら歩いていた。後ろから近づいている零断達には気がついていない。
【こりゃどうするかな。足音でも出して気付かせるか。】
零断はそう考え、下の落ち葉を少し強く踏む。
その音に反応し兵士が零断達の方を向き、持っていた剣を抜こうとして、やめた。
零断の周りが明らかに子供だったからだろう。
「そこのお前!何者だ!」
兵士が零断に聞く。零断はもともと決めていた言葉で返す。
「王国から逃げてきたんだ。信じられないと思うけどな。」
「王国からだと?証拠はあるのか?」
零断は少し驚く。予想では怒鳴り返されると思っていたが、冷静に聞き返してきた。
【こりゃ良い人に出会ったかもな。】
零断はそう思いながら会話を続ける。
「ない。けど、冒険者カードはある。」
「なら見せてくれるか?」
零断は冒険者カードをもともと用意していたポケットからだす。
そして、兵士に向かって投げる。
兵士もそれを平然ととる。零断はおそらく兵士は安全を確保できていない状態で近寄りたくないと思うと予想したからだ。
その予想は当たっており、兵士もその準備をしていたようですんなりと渡すことができた。
「ん?この文字は…れ、だん?読めるな。だが、見たことない…っ、!!お前!もしかして転移者か?」
零断は予想通りと少し微笑む。リスパルマの人々は漢字はわからない。しかし、転移者名前は漢字で書かれている。そして、その漢字はリスパルマの人々は読むことができるのだ。
そのことをなぜ冒険者カードを作ったお姉さんがスルーしたのかは謎だ。
「し、しかも、レダン?たしか、王国で指名手配されている…」
「…零断さん指名手配されてる?」
「それはおかしいですよ。零断さんは何もしてないのに!」
「王都へ行こうとして、村を襲われ、襲った盗賊を皆殺しにして、僕たち奴隷を助けて、山を登って、殺しにきた暗殺者を返り討ちにして…どこにも指名手配される要素がないですね。やはり王国は腐っていますね。」
「王国なんてクソだー!」
兵士は少し慌てていた。
零断という人が指名手配されてると呟いただけで後ろにいた子供達が口々に反論して来るのだから。
しかも、話を聞いていると本当に全く悪いことをしていない様子なのだ。さらに、子供達は元奴隷と言った。つまり、王国の奴隷から助けてきているのだ。そのどこに悪の文字があるのだろうか。
そして、1人の少女が前に出て来る。
「本当に、指名手配されているのですか?」
兵士はビクッと震える。今まで少しふんわりした様子だったのに指名手配と言っただけだガラリと雰囲気が変わってしまった。
【こ、このまま何も言わなかったら、こ、殺される…かも…】
という恐怖まで与えたところで零断が止めた。
「ユニ、やめろ。この兵士さんに罪はない。さらに、王国の計画を全て破ったんだから理不尽王国は指名手配するに決まってるだろ?少し考えれば当然のことだろう。」
「むぅ、零断さんがいうなら…」
ユニはおとなしく引き下がる。
兵士はふうっと息を吐いた。命の危機を感じたのだ。それで済んでる兵士も図太いようだ。
「話が逸れたな。帝国では転移者をしっかりと保護している。そして、それは君も同じだ。もう危険はない。安心してほしい。」
「まぁ、保護と言われてもな。俺にはある目的があるから保護はあまり受ける気ないけどな。王国みたいに俺を殺そうとしたり、追放しようとするなら話は別だけど。」
零断の言葉に兵士はブンブンと首を振る。
「いやいや、絶対にそんなことはないよ。明らかに意図的に悪いことをしない限りはね。そういえば名前を言ってなかったな。帝国騎士のナカウノ・ローンだ。ナカウでいい。一応貴族だが、くらいは低い。よろしくな。」
「…貴族なら、話し方を改めた方がよろしいですか?」
零断は兵士…ナカウが貴族と聞いて無用な争いを避けるために敬語を使おうとする。
しかし、それはナカウによって止められた。
「いや、しなくていいよ。転移者の立ち位置は低貴族より上なんだ。転移者は基本すごい能力を持ってるが故だろうな。お前の能力はなんなんだ?」
「俺の能力?一応、“波動”ってやつだ。けど、使いにくくてな。雷魔法の才能がすごくあったから基本は雷魔法を使ってる。」
もちろん嘘だ。無駄に目立ちたくないのである。
「雷魔法の才能…か。それだけでも相当優秀なのにな。2つ持ってるなんて帝都の騎士団の人達みたいだな。」
「そうなのか?」
「ああ。あの人たちは凄いぜ。1つに特化しているか、2つ持っているが多いぜ。 ある1つの騎士団は転移者が半分を占めてるらしいしな。そして、帝都の騎士団の全てを統治する団長も転移者なんだ。」
「へぇ、ちなみに名前は何かわかるか?」
「たしか、“リン”って名乗ってたな。長い髪の毛を後ろに流して凛とした姿が特徴的だな。会った時には身震いしたぜ。」
【…涼音、だな。やっと手がかりを見つけた。あまり急がなくてもいい。いることは確定したんだ。】
零断はそう考える。涼音と会うならばそれと対等な存在でなくてはいけない。しっかりと一部分でもいいからちゃんとした龍化をしてからだ。
【それにしても、慎慈は王国の英雄。涼音は帝国騎士団長。俺は放浪者。くらいの差が激しすぎるな。】
このリスパルタに転移してからもうそろそろ一年が経とうとしている。その中で零断は心が壊れたりしたが、全ては自分のためだった。
しかし、2人は自分のことだけではなく他の人のことを考えていたようだ。
そう考えると零断から少し笑みが生まれる。
「ん?どうかしたか?」
いきなり苦笑いし始めた零断を訝しげに見るナカウ。
【やっぱりあの2人はすごいよな。俺なんかとは全然違う。極限になっても人のためを思える2人と俺の差は歴然としてるよな。それでも、まぁ、俺は俺のやりたいようにやる。それだけだな。】
零断はそう思いながらナカウの問いに答える。
「いや、知ってる名前だったから少し昔を思い出してただけだ。気にしないでくれ。」
零断は首を振って伝える。しかし、ナカウはその言葉を聞いて逆に興味が出たようだ。
「なに?彼女を知っているだと?」
「まぁ、リンは有名だったからな。」
実際、零断の方が圧倒的に有名だ。最前線パーティをソロでノーダメージで倒した時点で全ての人が知ってるだろうというほど名前が拡散した。そして、キシンとリン、カレンはそれとパーティを組んでる奴らという認識なのだ。たしかに有名ではあるが、零断の足元にも及ばない。
「そうか。しかし、ある女性と話している時以外は彼女は表情を全く動かさないがな。ありゃ男もよっていかないわ。」
【表情を動かさない、か。あいつは俺以外が全音嫌なんだろうな。】
「ちなみにその女性の名前は?」
零断は涼音のことなので少し詳しく聞く。
「えーとな。クダリヒネッタだっけな。覚えてないわ。すまないな。」
「いや、大丈夫だ。わかったから。」
「そうか、それなら良かった。」
【クダリヒネッタってどんな名前だよ。クラリネッタだろうな。あの涼音が良く参加してたパーティリーダーのことだな。あの人は俺も参加させてもらったことがあるから信用できる。】
零断は少し安心する。彼女がいればストレスも溜め込まなくて済むだろうと。
ナカウはまた零断が遠い顔をしているので思い出していると思い、少し待ってから零断に話しかける。
「そろそろ街に向かうがいいか?何かやりたいこととかあるか?」
「いや、特にはないな。ユニ達は何かあるか?」
「私は居場所は零断さんの隣ですよ?」
「そういうことを聞いてるんじゃないぞ?ユニの気持ちは置いておいて他の奴らは?」
「大丈夫ー!」
「まずまず野宿したところも全て片付けてきているので全く問題ないかと。あるとすればこれからの毎日の訓練がどうなるのかですね。」
「それは後で考えられるから大丈夫だろ。んじゃ、行くか。」
「むぅ、零断さんの意地悪!」
と言ってユニは零断と手を繋いで腕に抱きつく。零断は、はぁとため息をついてからナカウに頼む。
「頼んでいいか?」
「わかった。それにしてもお前相当なようじ…」
「それは違うから安心しろ。こいつはもう15歳で成人だ。少し幼く見えるだけだ。そして、他の奴らには手は出してない。いや、ユニにも出してないぞ?俺が襲われたんだし…」
「あのからノリノリだったのはどっちでしょう?」
「…お前ら雰囲気甘いな…羨ましい…俺は嫁さんに知り敷かれてるってのに…」
「まぁまぁ、そこは頑張れ。」
「ああ。頑張る。とりあえず、転移者保護でのボーナスはいただきだ。」
【そんなボーナスあるのかよ…】
そんなことを思いながら今から行く場所について聞く。
「今からどこに行くんだ?」
「ここから近い町はウワラズッレだな。帝国2番目に大きい町で、王国が王都から山を越えて攻めてきた時、最初に立ちはだかる町だ。」
まさかの大都市である。しかも、全ての町を“町”と呼んでいるようだ。“村”ではないのだ。
これだけで文明の差がはっきりとわかる。
王国と帝国。
住みたいと聞かれたら確実に全員が帝国と答えるだろう。
【しかもウワラズッレとか、浦○レッズとほぼ一緒じゃん。】
この言葉は決して外に出さないようにしようと思った零断。
まずまず言っても誰もわからないのでどうにもならないのだが、なんとなく著作権的なものを感じてしまう零断であった。
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2ヶ月近い準備をしてようやく王国の私の部屋を夜間に抜け出すことができました。
穂高さんと悠太さんが非常に協力的だったのが大きいですね。
どれもこれも慎慈さんのお陰です。感謝してもしきれません。
あと、穂高さんと悠太さんは零断様と友達のようでどういう人がわかる様子でした。長くなるであろう旅の間になるべく聞き出したいと思っています。
そんなことを考える余裕があることに私は驚きました。
現在、高い場所にある私の部屋から地上に降りるための準備をしているのです。
魔法を使えばバレてしまう。かといって音を出してもダメ。
非常に難しい状況ですね。
「アリィ、準備できた。こっちにきてくれ。」
悠太さんから声がかかります。うまく地面に降りられるようにロープを吊るせたようです。
そちらに向かい、ついに地上に降ります。
私たちは何ヶ月も調べに調べた道を素早くバレないように動いていきます。
おそらくこんな行動はスカルプ達がいたらできなかったでしょう。まさに零断様のお陰です。
「っ、!アリィ!見つかった!城を出るまであと少しだ!走れ!」
私はその言葉を聞いて全力で走ります。
しっかりと実戦経験を積んである程度強くなりましたが、やはり命を狙われる感覚は慣れません。
私は走りながら後ろに煙弾を発射します。
抜け出す場所なら何百回も覚えましたし、昼間に練習もしました。
変異スライムで真似させている壁の部分は一見すると全く同じだが、さわればわかるのです。
そして、外には用意された馬車があります。
「“千里眼”、“落とし穴”(ピットホール)」
悠太さんの華麗な弓技が決まりました。そして、それと連携して穂高さんの技もでます。
「“構築”(コンストラクタ)、“実行”(エクセキューション)」
空中に剣を何本も生み出し、それを放ちます。落とし穴にはまっている追っ手はその剣に射抜かれました。
悠太さんの神職は“鳥弓者”、穂高さんは“創造師”です。
悠太さんの神職は鳥のように羽を生やして空を飛ぶことができたり、罠を仕掛けたりする能力ですね。また、鳥と触れ合うことができて、眷属にすることもできます。
鳥や犬など、さまざまな動物の能力を持つ人が転移者には何人かいます。
次に穂高さんですが、これの能力はすごいです。
人の知恵によって作り出されたものを構築することができるのです。さらに、その作ったものは自由自在に操ることができるのです。
欠点は作って数十秒で崩れてしまうことと魔力消費が激しいことですが、瞬間的な強さでは王国1.2を争うほどでしょう。
そして、無事に城を出れた私たちはそこに用意しておいた高速馬車で王都をでました。
数日この高速馬車で揺られれば次は山登りに入ります。ここからが本番なので気を引き締めましょう。