ようこそ人殺しへ
零断とマグネスはその後30分近く戦闘を続けている。しかし、先ほどとは違っていた。
同等のレベルで均衡状態だったのだが、今は零断が確実に押している。
波動を全て認識し、少しは操作できるようになったからである。それができるだけで戦闘の安定さが明らかに違う。
しかし、
【…決定打がないな。】
そこが問題だった。いくら押していても決定打がなくては勝ち切ることが出来ない。かといって波動をこれ以上使うと操作ができなくなる可能性があり、迂闊には使えない。
消耗戦ならば明らかに零断が有利なのだが、今零断は初めての能力を使っているのでいつ集中が切れてもおかしくないのだ。
するとマグネスが
「もうそろそろか…」
と呟いた。しかし、零断は集中していたせいで聞き取ることが出来なかった。
そして、
「はは。ゼロ。テメェはもう終わりだ。」
「なに?」
突然言い出すので聞き返してしまう。そして、距離を取ることを狙った攻撃を剣にはなってくる。先程の少しの動揺でうまく流すことが出来ずに距離を取られてしまう。
すると変化が起こった。
周りが少し明るくなった。
月が見えたのだ。
「まさかここまでやらねぇと勝てねぇとはな。本当に驚きだぜ。」
そういうとマグネスの体に変化が起こる。
毛が全身から生えてきて、犬歯がむき出しになる。また、目が真っ赤に染まり零断を見る目が敵としてではなく獲物を見る目となった。
「…へぇ。簡単に言うと狼化ってとこか。」
そういっていつ襲ってくるかわからないほどのプレッシャーを放つマグネス…いや、人狼を見て零断が呟いた。
「けどな。つまり知能がなくなって本能になるってことだよな。ならこっちのもんだろっ!」
そういって予備動作なしでエレキトルムーブを使って飛び出す。
そして、この30分以上の戦いで気づいた“攻撃しやすい場所”をあえて作った。
もちろん人狼はそこに攻撃してくる。
それを先程通りに剣で流して攻撃をしようとした。
そう。しようとしたのだ。しかし、結果は零断が吹き飛ばされていた。その攻撃を受け切れなかったのだ。
「ぐはっ!」
コンヴィクスが大きく吹き飛び、零断は大きな木に打ち付けられる。
追い討ちで人狼が零断の体をさらに殴り飛ばす。
大きな木は根元から折れ、零断はさらに後ろの木にぶつかり、その木も折れてしまった。
「ガァァァっっ!!!」
この世界に来てから初めての確実な痛み。
いつもの零断ならばもう意識を失っていただろう。今回意識を失わなかったのは確実に波動のおかげだろう。
それでも痛みは無くならない。立ちたくても立てない。人狼がもう一度殴る準備をしている。
【これ以上当たるわけにはいかないっ!】
そういってエレキトルムーブを体全身にかけ、緊急回避を行う。
おかげで人狼は殴りそこなり、地面に手を打ち付ける。そしてそこに大きな砂埃が舞った。
それに対して零断は大きく吹き飛んでいた。調節もなにもしていないので当然である。そして、砂埃が舞ったのが見え、隠蔽で姿を消して立て直した。痛みは雷魔法でなんとかした。どうやって痛みを消したかは全くわからない。波動の感覚に全てお任せしたのだ。
【いてぇ。さて、どうするかね。力で勝ち目なんてねぇぞ。】
そう考えているうちに砂埃がなくなっていく。いつもは思想がもっと早いが痛みのせいで考えるのが遅いのだ。
コンヴィクスも遠くにある。なすすべがなかった。かといって逃げても確実に追いかけられる。チェック状態だ。
【やっぱり波動でどうにかしなきゃいけないみたいだな。】
そう思い波動を集める。それと同時に魔力も多少集まってくる。まだ未熟な証拠だ。
しかし、ここで零断に1つ考えが浮かんだ。
【これなら圧倒的な攻撃力がある。初めての混合魔法だな。よし!決めるぞ!】
零断は準備に入った。
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零断はもう一度先程より大きい砂埃を起こす。そして起こした瞬間にエレキトルムーブを発動させ大きく横に移動する。同時に隠蔽を発動させ、気配を完全に消す。また、砂埃を起こした場所に多少魔力を残して来たので人狼はそちらに気を向けるだろう。大きく移動した後、木の倒れる音が聞こえた。人狼が騙されたのだろう。そして
「うおおおおおーーーーん」
という遠吠えが聞こえた。魔法の解除の力が宿されていたようだ。しかし、零断の隠蔽のレベルの方が多少高かったようで場所はばれなかった。次に今の遠吠えで他の魔物が来た可能性があると考え、索敵もしたが大丈夫のようだった。
【ふたつの力を同時に使うなんてできるのか?いや、自信持ってやろう。やればできるだろ。原理はわかってるんだ。波動に任せればなんとかなる】
最後に投げやりな零断。しかし、零断は今波動に頼るしかないのだ。魔力と波動をしっかりと操り練り込む。そして、このくらいでいいだろうと思い、隠蔽を消す。消した直後零断の周りに青紫色の波動が見えた。今までとは段違いの強力なものなのは一目瞭然だった。
【命名。“オーラ”でいいかな。我ながらすごく適当だな。】
と、オーラの魔法を開発した。
実際オーラは有能だったりする。一定の魔法防御力を持ち、魔法も波動も威力が上がる。さらに強者の迫力を弱者に伝えることができる。これで雑魚は一蹴だ。
といっても人狼には効くわけもなく零断を標的として零断に向かって歩いて来た。
しかし、零断が見えるようになったら獲物を見る目から敵を見る目に変わった。オーラの力だろう。零断が決定打を与える技を作ったら偶然できた技なのにめちゃくちゃ有能だった。
人狼と零断は睨み合う。どちらも隙を狙っているのだろう。しかし、零断的には大きなダメージを負っているので早く終わらせたかった。
そして、あえてわかりやすい隙を見せる。当然人狼がくる。しかし、先ほどとは違かった。先ほどは受け流す前提の隙だが、今回は避けるのを前提なのだ。
そして、人狼が零断と肉薄する寸前零断は大きく横にずれる。絶妙なタイミングのせいで人狼は反応できない。そして零断は人狼の背後に周り考え、閃いたあの技を実行する。
「喰らえっ!“波雷”っ!」
波雷とは。
波動で相手を囲む枠を作る。波動は魔力や魔力で作られた炎や水を通さない性質を持たせることもできる。
つまり、その枠内に雷を落としまくり、波動で反射させ、継続で大ダメージを与えるのだ。零断は波雷を放った後、コンヴィクスを手元へ引き寄せる。
「が…が…ごが…」
人狼を見ると白かった毛が全て黒く焦げ、黒い煙が上がっている。まだ雷に当てられていて、さらにもう動いていないので、ダメージが相当深いのだろう。
零断はトドメとばかりにコンヴィクスを人狼に向け歩く。
そして、枠に届きその枠が消えた瞬間、人狼は零断に襲いかかった。しかし、先程までの圧倒的な力はない。マグネスの時と同じくらいだ。やはりダメージが大きいのだろう。
しかし、それでも人狼は人狼。脅威であった。また波雷を放とうと思うが、もう魔力が足りない。波雷は相当魔力を使うようだ。
人狼は零断が波雷を使うと読んでその隙を与えないように拳撃を放ってくる。
【くそっ!これが本能かよ!がっちり戦闘の応用までできてんじゃねーかよ!なにか、なにか打開策を!】
そう思い、周囲を確認する癖のせいで索敵を使った。これは無駄だと思い消そうとした瞬間。今まで見ていなかった奴が動いていた。じっとこちらを見つめている。
《…そうだな。お前を信じてみる。頼んだぞ。》
零断は奴に波動のメッセージを送った。
奴は微動だにしないので伝わっていないのかもしれない。
零断は しょうがないか と気を取り直しライトニングムーブの応用で腕にライトニングムーブを使って素早さを上げる技を使い、人狼の態勢を大きく崩す。同じく零断も態勢が崩れるが、これは奴に攻撃をさせるための行動なのだ。
人狼に向かって白き風が吹いた。そう。零断が来る前に殺されそうになっていた白い狼だ。
白い狼は風の魔法が使えるようで自分に風を纏い常人には目で追うことすらできないような速度で人狼を攻撃する。しかし、人狼もいつまでもやられっぱなしではない。タイミングを計って白い狼を殴り飛ばした。しかし、その行動で人狼は隙を作った。この場には白い狼だけではなく零断もいるのだ。
「うおおおおっ!!」
零断はライトニングムーブを使い白い狼と同じくらいの速さで人狼の胸にコンヴィクスを突き刺した。
なにか石を砕いたような感覚がした。
そして、人狼は毛が元に戻りマグネスの格好に戻った。そして、マグネスは零断に倒れてきた。
「ははは。まさか勝てないとはな。ゼロ。お前も俺らと同じだな。
『ようこそ人殺しへ』」
そして、マグネスは老けたように顔がしぼみ、また毛が生えてきた。そして、地面に倒れた。
完璧に人狼の亡骸だった。
「『ようこそ人殺しへ』か。たとえ人を殺してしまったとしてもお前みたいな奴なら俺はいいと思う。被害が出る前に討伐するのは当たり前だしな。」
そう言って、零断は白い狼の元へ向かう。
「ありがとな。お前がいなかったら倒せていなかった。だから、お前も負けるんじゃないぞ。今助ける。」
そう言って零断は波動の勘に従って手術のようなことを始めた。といっても、雷魔法での身体強化を行っただけだ。心肺や、筋肉を活性化させる。魔力は波動で囲むことで逃さないようにする。
そして、腹に大きく皮が剥けていた場所があった。ここから血が多く流れ出ている。そこには零断の腕の皮を切り取り貼り付けた。もちろん雷魔法でだ。皮を剥いた零断の腕には物理魔力どちらも入らない波動を巻き、内側から周りの皮の活性化をさせ直させている。
【狼に人間の肌をつけたら拒絶するんじゃね?】
という気持ちにはなったが、もしそうだったら仕方がないと割り切った。
そして零断は白い狼を零断が寝ていた場所へ連れて帰り、マグネスは分かりやすいように大きな木に血を抜いてから貼り付けた。少し上の方なので普通の魔物なら届かないだろう。
なぜ分かりやすいようにしておくかというと、こういう大事なクエストは役員が見にきて確認するらしいからだ。人狼そのものを持って帰ってもいいのだが、零断はそんなに量を持てない。
色々作業が終わったことには日が出ていた。
零断は日の出と同時にキズト町に帰るために走り出した。
とりあえず1日1回投稿はここまでとします。
日曜日までだったはずなのになぜこんなに伸びたのだろう…
次の投稿は23日の日曜日にします!
その後も毎週日曜日に投稿し、ためが20話くらい溜まったら1日1回投稿をまたやろうと思っています。