人狼
零断は真夜中に目を覚ます。時間は深夜。理由は遠吠えのようなものが聞こえたからだ。いや、感じたからといったほうがいいだろう。
それを感じ取り、零断は5キロ内に索敵を使用する。すると、3キロほど離れた場所で人と魔物が戦っていた。方向は冒険者がいた場所の真逆である。しかし、その周りはうまく索敵することができなかった。妨害だろう。
零断はそちらに行く準備をする。
索敵を妨害するほどの力を持つ魔物は人狼だろうと予想がついたからだ。
そして、人は昼にあった冒険者だろうと推測する。その者以外に森に入って来た人はいないだろうから。
冒険者は何匹か倒しているような言い方をしていたので戦いは心配していないが、どのような形なのかなどを実際に見て見たほうが探しやすいのだ。
零断はもともと特に荷物を持っていないのですぐに出発する。
3キロほどだと、ライトニングムーブで数分で着く。なので身体強化をし、隠蔽をせずに索敵を強化する。
理由は冒険者と人狼の動きを理解するためだ。
今のままだと 冒険者と人狼が活発に動いている ということしかわからない。体の動きがぶれているのだ。
索敵を強くすれば多少は感じることができる。
【あの冒険者…なぜこんな夜中に戦うんだ?しかも、寝床とは真逆の場所で戦うなんて。何かおかしくないか?良いのか?あの冒険者を信じて。】
零断の中に疑問が浮かんでくる。その考えを頭の中でまとめている間にどんどん距離は近くなって行く。そして、少しずつ体の大きさや体型がわかってくる。
まずは魔物の方だ。魔物は小型犬くらいの大きさで白い狼のようだ。これが冒険者が言っていた人狼で間違えないだろう。しかし、
『冒険者が言っていた』
情報だ。もう零断はあてにしていない。もし対峙したとしても殺さずに連れて帰る。
そして、冒険者の方を見ると
【な、なんだあいつは…】
そこに感じたのはまさしく人狼そのものだった。
人の体や顔をするのに肉体や肌などは狼。
【この気配は…やはりあの時あった冒険者だ。いや、冒険者ではないのか。あの時あった人狼だ!】
つまり、零断は人狼に嘘の情報を流し込まれていたと言うことだ。
ゲームでは時々あることだからあまり気にはしていない。盛大な時間の無駄遣いをしたなと思うくらいだ。
そして、もう1つわかることは白い狼は人狼ではないと言うことだ。
もしかすると人狼にとって天敵なのかもしれない。だから零断にその情報を流したと言う可能性もある。
すると、人狼は白い狼を大きく殴り飛ばした。
白い狼は大きな木に背中をぶつけ、うずくまる。
人狼はその目を零断に向けた。
【やべっ!気づかれてたのかっ!】
それに気づいた瞬間
『このままではいけない』
と言う謎の感覚が零断に走った。零断はその感覚に従い、大きく横に飛ぶ。
そのすぐ直後。大きな木が根元から零断が元いた場所へ投げられた。
【ははは…やばいなあれ。それはそうと、これが『深夜の暗殺者』のオートスキル『暗感』か。暗い場所でしか発動しないスキルだから波動ではあまりイメージできてなかったんだけど、まさかこれに救われるとはな。】
暗感は簡単に言えば限られた状態で発動する第六感と思えば良い。
しかし、普通の第六感とは違う。どんな時にも発動し、危険を知らせてくれる超高性能なスキルなのだ。
『暗感』は暗いところでの感覚という意味もあるが、『暗殺者の感』でもある。
今の零断は暗殺者ではないが、その感覚は使いこなせる。
人狼はこちらを向いている。夜なのに、いや、夜だからこそ目立つ真っ赤に光る瞳をこちらに向けてきている。
相手は攻撃をしてこないようなので零断も人狼に近づく。
普通に話しても声が聞こえるくらいまで近づいたところで人狼から話しかけてきた。
「よぉ。冒険者さん。まさか1日でバレるとは思ってなかったんだけどなぁ〜。ずっと知らなければ生きて帰られたかもしれないのに。ほぉ〜んと運が悪いなぁ〜。まぁ、ココで見られちゃあしょうがねぇ。潔く死にな。」
そう言って人狼はプレッシャーを放ちながら構える。
【こっちの言葉は聞いてくれなさそうだな…】
そう愚痴りながら零断もコンヴィクスを抜き、戦闘態勢に入る。
「“ブースト”」
身体強化の言葉をつぶやく。
人狼は武器を持っていない。しかし、型ができている。
【あの構えは…ナックルか。この世界でもあの態勢なのか。】
構えとは、片足を斜め前にだし、腰を落として手を握りしめて胸の前に配置する。簡単にいうとボクシングポーズだ。
これと同時に零断は初めてしっかりと人狼を見る。
基本は朝にあった時と変わらない。しかし、服は着ていなくて、その代わりいたるところに分厚い毛が生えている。
髪の毛もその体毛も全て灰色だ。顔は変わっておらず、見分けはつく。
零断の分析が終わった直後に人狼はこちらに殺気を向けて踏み込んでくる。一歩一歩の幅がでかく、10メートルほどあった距離を一瞬にして詰め、零断の顎を狙おうとする。
もちろん零断はそれが見えているので、バックステップをしながら周囲に波動弾を作り出し、対応する。
人狼は零断が対応したことに驚き、波動弾を殴る。波動弾は静かに霧散する。
波動弾を小さいとは言え、拳で霧散させるということはそれほどあの拳は重いということだ。
零断は実際これで決着がつくと少し思っていたので考え直す。
【これが、リスパルタに来て最初の強敵との殺し合い…覚悟はしていた。けど、やっぱりやるとなると少しちがうな。恐怖と一緒にふつふつと燃え上がってくるものがある。】
零断は静かに闘志を燃やす。
波動弾が霧散してから2人は睨み合う。
相手に隙を見せないように。また、相手の隙を見つけるために。
数十秒経った後。次は零断から動き出した。
体を前傾姿勢にし、一気に人狼の横に走る。相手から見たら何をしているかわからないだろう。そして、通り側に手刀を相手に向ける。零断の手刀からは見えない波動の剣が伸びている。
零断の不自然な動きに何か感づいたのか、人狼は腕をクロスさせ、後ろに倒れる。その直後零断とすれ違う。すると、人狼の後ろにあった木に深く切り傷が入る。零断の手刀がそこまで届いたのだ。木が勢いにより、後ろに倒れる。
ズドォォーンッ!
と、大きな音が聞こえる。そして、土煙がそのまま零断達を囲む。
零断は索敵を開始するが、すぐに暗感を感じ、左に大きく飛ぶ。その直後そこには魔力が込められた拳が突き出されていた。人狼は記憶でその場所に拳を送り出したようだ。零断は索敵より先に隠蔽をする。この状況だと、暗感があったとしても、魔物としての本能がある相手の方が有利だと感じたからだ。それならば、見つからないようにこの土煙が晴れるまで隠れた方が良いと考えたのだ。そして、索敵すらせずに木の陰に隠れる。
人狼も動きをやめ、木の陰に隠れたようだ。
そして土煙が晴れる。
先頭の邪魔になる土煙がある程度晴れたあと、れ2人は相手に向かって走り出していた。2人ともここからが本番だということに気づいていたようだ。
ここからは斬り合い、殴り合いの超近接戦闘だ。
人狼はただの腕だ。それに比べて零断は剣を持っている。しかし、零断は油断しない。もともと波剣技を使っても腕は切れないだろうと予想している。
ナックルはリーチが短い代わりに小回りがきく。また、乱打性が高いので、一度相手のペースにハマると出るのが難しいのだ。
零断は重さではなく速さで勝負をする。波剣技は鋭さを無しにして吹き飛ばしを大きくする。確実に切れない相手に鋭くしても全く意味がないからだ。ならば少しでも態勢を崩すことができる吹き飛ばしの方が良いのだ。
まず零断が左下からの下段斬りを放つ。それを人狼は左の手の甲で受け流し、右手で殴りに来る。それをステップで避けながら手首を回し、もう一度体を狙って斬りに行く。しかし、それは右腕で殴りに来た反動をうまく使い回転して避ける。そこで相手はバックステップをして距離を取ろうとする。そのバックステップより、零断のエレキトルムーブの方が早いので、人狼が空中にいる間に零断は人狼に上段斬りを放つ。それを人狼は両手をクロスにして受ける。そして、零断の吹き飛ばしの勢いをうまく使い、零断と距離を取ることに成功する。
距離を取られた零断は次のチャンスのために相手に集中する。
人狼はゆらゆらと揺れながら楽しそうな笑い声を出し始めた。
「ははっ!こんな楽しいの久しぶりだぜっ!」
零断は隙を見せないように考える。
【あいつはこの殺し合いを楽しんでいるのか?確かに俺も楽しい。しかし、それと同じくらい。いや、それより大きな恐怖を感じている。けど、あいつには恐怖が見えない。全て遊びなのか…】
そう考えているうちに人狼は話し出す。
「ああ。最高だ。久しぶりだ。こんな場所に転移してから。ゲームの頃より強くなった俺の本気を出せる相手がやっと現れてくれたっ!」
そこで、零断は初めての自分以外の転移者と話すことになった。