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大学デビューに失敗したぼっち、魔境に生息す。  作者: 睦月
三章 外に出かけてみよう
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閑話 武と心①

※一角族ショウのお話です。

時期は二章の終わり頃から三章の始めにかけて位ですね。


 朝の小鬼族達の共同訓練中、いつもと違う動きをするものがいた。


 我ら一角族の闘い方は、引かず、恐れずに正面から相手を叩き伏せるものだ。小細工などは必要とせず、己が力のみで突き進む。それはたとえ相手がオーガのような強大な魔物であっても変わりはしない。

 むしろ、そのような存在に真っ向から向かっていけることこそが喜ばしくもあり、我ら一族の誇りでもあった。

 なにより、主であるレン殿から与えられた主命でもある。


 『敵を打ち砕く存在であれ』


 それこそが、一角族の本懐であり、主から込めれらた願いでもあろう。

 だからか、自分たちの能力をひたすら愚直に高める一族の中にあって、彼女の動きに違和感を感じたのは………。

 しばらくは黙って見ておったのだが、ついに我慢仕切れずに声をかけてみた。


「おいっ ラン」


 今まで見たことのないような動きをしながら、一人イメージトレーニングを繰り返すランという年若い一角族の女に声をかけた。

 俺の声に気づき、剣舞を止めた。

 こちらを振り返る際に、汗が頬を伝い、顎先から一滴地面へと滴り落ちていった。


「むっ ショウか。……何用だ?」


 大きく息を吐き出し、呼吸を整えながら応えてきた。

 彼奴の足先から頭までをチラリと流し見する。 


「……その動きはなんなのだ?」

「…………アルニア人冒険者の技術だ」

 俺の問いかけにしばしの間を開け、答えてくる。


「「…………」」


 一角族は基本的に率直な物言いが多いものだ。

 変に気障ったらしい言葉や遠回しなことを言っていると、まともに意見もできない弱者だと仲間内からは侮られることもある。だから今回のような説明足らずなやりとりのなることもしばしだ。こういう時は想像力を働かせなければいかん。


 ふむ、アルニア人冒険者か。

 たしか、あのエルフ族の女性がそうだと聞いた事があるな。彼女の戦い方という事か?


 …………そういえば、一時期こいつは大層凹んでいた時期があったな。

 聞いた話では、なんでもレン殿の客分でもあったエルフ族の女性を木刀でぶちのめしてしまったとかなんとか。

 我ら一族の間ではとりわけ騒ぎ立てるようなことでもないのだが、相手はあのエルフだ。

 レン殿の御側付きの時にもよく見かけるのだが、なんというか………小枝のような体つきをしている上、纏っている魔力量もさほど多くはなかった。

 あんなひ弱な生き物に、一角族の女が手を抜いていたとはいえ、それ相応の相手をしたのだ。それはもう耐えられんだろうよ。

 実際、口にはできんような展開になったとも聞いておるしの。


 一角族の住まう屋敷にランがうなだれて帰ってきた時、そのまま一族の姐御衆に個室に連行されておったな。

 おれは丁度、風呂焚きの仕事についておったから偶然にも目にしたのだ。

 小一時間は部屋におっただろう、出てきたときにはそのまま地面に倒れ込むのではと心配になったものだ。

 一角族の性格上、殴り飛ばされて怒鳴られるよりも、コンコンと膝を突き合わせて説き伏せられた方が来るものがある。

 なんというか、精神的にズドンときてしまうのだ。あれはキツイ。

 しかも、ランの場合は姐御衆にやられる前に小鬼族のリナ殿にまでしっかりとお叱りを受けていたらしい。

 それはまあ、なんとも同情できような。


 リナ殿は、普段はそれはもう大らかで優しい雰囲気に包まれている。

 怪我の治療に伺った時など、彼女の甲斐甲斐しい姿には心がほだされそうになる事もある。事実、小鬼族の間では人気らしいしな。


 だが俺は知っているのだ。

 その分……怒っている時の温度差がそれはもう怖いという事を。


 以前、優しいリナ殿に小鬼族の子供たちがイタズラをよく仕掛けていた。  

 きっとかまって欲しかったのだろう。あの年頃の男の子にはよくある話だ。

 最初の頃は子供達を軽く諌めリナ殿を慰めもしていたのだが、子供達のいたずらがあまりに行き過ぎていた。リナ殿も我慢の限界のような雰囲気を出していた。

 まぁ、イタズラ小僧たちは時に限度を超えてしまうものだ。誰かがしっかりとしつけねばならん。

 そこで、俺が待ち伏せしてとっ捕まえてやったのだ。

 ゲンコツを一つ二つ食らわせ、泣きの入った小僧どもをリナ殿に突き出した。

 これでリナ殿から怒られでもするれば、しばらくは懲りるだろうと思っての事だったが……。


 その時の、リナ殿怒りようが凄まじかったのだ。

 小僧たちだけでなく、おれまでシュンとなったほどだ。

 戦闘以外で背筋が凍りついたのは、あの時が初めてであろうなぁ。


 今ではその時のことは、リナ殿と二人だけの秘密の笑い話になっているが……。人に言わないでと懇願されてしまったからの。


 まあ、その話は良かろう。

 大分逡巡してしまったが、ランが何を言っているのかは理解できた。

 我ら以外の戦い方には興味がある。

 

「……面白そうだ、一本俺と試合うてくれよ」

「ふむ、良かろう」

 挑むように笑いかける俺に対し、あっさりと答えよった。



 練兵場では小鬼族や一角族が入り混じり、思い思いの稽古を繰り広げておる。

 素振り、型稽古、組手、打ち込みなど、持ち寄る得物もそれぞれだ。

 そやつらの邪魔にならぬよう、ランを伴い練兵場の端へと移動した。


 得物は互いに木刀。

 距離を取り、向き合い、腰を落とした。


 さて、まずはランの戦法を見させてもらおうかと相手を見やる。

 正眼に木刀を構え、俺の目をまっすぐに見てきている。それを正面から打ち消すように眼力を込めて睨みつけた。


 ………………………………。


「「…………………。」」

 周囲から、得物を打ち付け合う甲高い音が響いてくる。

 誰かがいいのを食ろうたようで、重い音と呻き声を耳が捉えた。


 ………………………………。


「……おい、ラン。もう始めてよいのだぞ。」

「……ああ、もう始めている」

 これまでと一切変わらぬ佇まいでそう返してきよった。


「…………………。」

 試しにと、わずかに間合いを詰めてみる。

 それでもランは動かん。


ーーなんだ? 何も伝わってこん……。


 普段の一角族達は力のかぎりを込めて得物を振り抜いてくる。

 二の太刀など考えもしないような勢いだ。

 それはそうだろう、生半可な力加減ではオーガなぞは切れんからな。

 そんな力を受け止めようと思うのなら、こちらもそれ相応の気構えで受けなければ押し負ける。

 まさに、力と力をぶつけ合う立ち会いだ。


 それがいつもなのだが……、目の前にいるランは一向に猛っておらん。

 俺の動きを静かに見つめてきている。少し横に動けば目で追ってくるがそれだけだ。常に脱力しておる。


 ーーふん、少し試してみるか。

 鼻から呼気を吸い込みを肺を膨らませる。体を前傾姿勢に、今にも飛び出さんばかりに構える。


「ガァああああッ!!」

 殺意を声に乗せ、裂帛の気合いを投げかけた。近くにいた者たちが、驚いてこちらを振り向いているのを視界の端に捉えた。


 が、ランは一向に微動だにもせん。

 ただ、なんの揺らぎも見えない瞳で見抜いてくるだけだった。


 ーー侮られている………のか?


 その考えに至った瞬間、一角族の血が滾り始めたのがようくわかった。


 血流が体を駆け巡り、猛る心が胸を満たしていく。

 体は熱を持ち始め、視界が赤く染まるような錯覚さえも覚えてくる。


 ……この俺を………一角の兵たる俺を………左様な目で見つめてくるかぁ。

 ………おぉのれがぁっ!


 全身の筋肉がミシリミシリと音を立てるように引き絞られていくのを感じる。

 木刀を握りつぶさんばかりに持っている。


 ーーああ……俺は今笑っているのだろうなぁ。


 体が高揚しておる。これぞ一角族の血のなせる業よの。


「カぁッッ!!」


 体の内よりこぼれ出る呼気がまるで意味を成さない音を発した。

 感情を思いのままに地を踏みつける。カラダ中の魔力が強固に凝縮されていくようだ。

 地面に打ち込んだ自身の力が、地から体の芯へと跳ね返ってくる。腹に響く音を感じた。景色を瞬時に置き去りにしていく。


 瞬間、目の前にランの顔があった。


 試合とはいえ、顔は危険だろう。

 肩から袈裟で切り抜こうぞ。

 血が滾りはしていたが、仲間を殺しはせん位の加減はできる。

 だが、こちらが斟酌するのはここまでよ。

 残るはお前の武力しだいじゃっ。この俺を侮った事、高くつこうぞ。


 ランが俺の目を見て、ゆるりと木刀を動かしたのが目に入る。


 ーー阿呆め、遅いわっ!

 

 確かに木刀と木刀がかち合うのを目にした、しかし手応えは感じてこなかった。

 怪訝に思う間もなく、次の瞬間に来たのは背中への激しい衝撃。

 受身も取れずに地面に叩き伏せられ、無様に半身から滑りこんでいった。


 衝撃を殺すために無理やり体を回転させ、勢いが弱まったところで強引に腕をつき立とうとする。

 が、すでに背後から肩越しに木刀の切っ先をつきつけられていた。


「………参った。」


 口に入った砂利を疎ましく思いながらも唾を吐き、負けを宣言した。


「応。」


 言葉少なに勝ちを受け取り、木刀の構えを解くのが背後ながらも気配で感じれた。


 ーー今のはなんだったのだ?


 そう口に出して聞こうとしたところ、他からランに声がかかった。

 

「ーー ラン、以前お前が言っていたアルニア人の対人戦闘技術はそれか?」

「はい。まだ見様見真似ではありますが、確かに彼女から学んだ技術です。」

 その問いかけに顔を向けると、そこにいたのは族長だった。

 彼女の答えを聞く前から、族長の表情は喜悦に染まっていた。次に出る言葉は聞くまでもなかろう。


「ははははは、いいなぁ。……是非俺とも試合おうてくれよ。」

「喜んでお相手いたしましょう。」

 ランもわかっていたのであろう。間を置かずに聞き入れた。



 同族の男たちが、負けた俺に茶化しを入れていくが気にすることもなかった。ただそれよりも今は、ランと族長の立会いに目がクギ付けになっている。


 相手の勢いを受け止めずにさらり流す、そしてその隙に叩き込む。

 万力一直線の戦い方では決してない。

 焦らず、猛らず、恐れずに緩急の動き、速さ、ここという時にしか無駄に力を入れておらんから、相手の力を受け流せる。

 見るものが見れば逃げ腰の戦い方にも映るだろうが、負けたからこそ分かる。

 あれは間違いなく、相手を殺せる術だ。

 ランの動きを理解しようと努めても、なんのための動きかわからないことが多分にある。

 しかしそこは流石は族長殿だな。一族の中でもずば抜けた豪の方よ。

 徐々にではあるが、ランの中に受け流しきれていなかった衝撃が溜まっていくように、かつ族長がランの動きを読むように立ち回り始めている。


 ランの体の軸がブレはじめるのと、族長が動きがより洗練されていくのは同時だった。

 とうとう、逃げ切れずに木っ端のように吹き飛ばされた時はさすがに肝を冷やした。

 だが族長が加減したのか、ランがしっかりと防げていたのか、無事に起き上がり「参りました」と頭を下げ、その立会いは終わった。


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