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大学デビューに失敗したぼっち、魔境に生息す。  作者: 睦月
三章 外に出かけてみよう
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弓の指導員③


 詰め所から少し離れた場所に、弓練場を設置してある。ここが私の職場でもあるのだが、設備には妥協したくなかった。


 藁で作った人形、遠当て用の的、動いている獲物を狙う練習として、振り子式の的や手投げする円形の的など、日に日に色々と設備が整ってきている。

 弓兵の実力を伸ばすための場所としては中々の充実度になっていた。


 少し特殊なもので言えば、ダーツの的のようにしたポイント制の標的もある。

 ルールはダーツのカウントアップを参考にしており、簡単に言うと10矢射っての合計ポイントを競うゲームだ。


 実はコレ、小鬼族の深刻な弓離れを防止するためにと考案されたものだ。



 弓には剣や槍とはまた違ったセンスが必要な上に、風を読む感覚や、自分の呼吸すらも邪魔になるような精密さも必要とされ、慣れるまでにはかなり神経を使う。


 狩りの時などは、獣たちの残すほんのわずかな痕跡をたどり、時には何時間も寒空の下で待ち伏せすることもあるほどだ。


 正直いって、私からみても人を選ぶ武器だとは思う。



 単純に力の限り槍や剣を振りまわす方が、分かりやすいし見ていて格好いいというタイプは当然のこと多い。


 そういった理由からも「弓兵を希望する人が思いの外少なくて困っている」という相談をレン殿にしたところ、このアイデアを出してくれたのだ。


 遊びとして弓を普及させてしまえば、弓兵や狩人を希望をする人も増えるだろうとのことだった。



 しかし意外なことに、まず真っ先にこの遊びに食いついたのは、言いだしっぺであるレン殿を筆頭にしたドワーフの爺さん方だった。

 正直、一番弓には興味なさそうな面々だ。


 ドワーフは弓のような繊細な得物は趣味じゃないと隠さずに公言しているし、レン殿に至っては以前軽く弓をお教えして以来触れようともしていない。


 「なぜだろう?」そんな疑問が生まれたが、理由はすぐにわかる。

 



 どうやら、もともと酒を飲みながらやる遊びらしい。



 最近ではダーツバーが主流のようだが、色々話を聞いてみると日本にも矢場という文化で広まっていたこともあるようだ。


 その遊び方を、無類の酒好きであるドワーフたちに教えたところ、揃いも揃ってハマってしまった。

 


 最初は弓練場の一角で、焚き火をしながら合間に酒を酌み交わす程度であったのだが、そのうち徐々に楽しみ方がグレードアップしていった。

 

 気がついた頃には弓練場の一角には屋根付きのバーカウンターができていた。


 そこにはゆっくりと座って勝負を観戦できるようにと、どこぞの家屋から運び込んだソファや背もたれ付きの肘掛椅子に、羽毛クッションと膝掛けを置いておくほどの徹底ぶりだ。

 これから寒くなることも踏まえ、しっかりとした風よけに薪ストーブまで設置してある。

 もちろんカウンター内には酒瓶やグラス関係がずらりと並んでいる。



 本当に飲兵衛達のパッションは凄いと思う。


「その情熱をもっと他の有益なことにーー」などと言いだしたら揉めるのがわかっていたので、そこは口を噤んでおいた。



 まあ、あんなに楽しそうに遊んでいる大人たちを見ると水を差したくもなくなる。


 それになにより、その様子を見ているだけで、例え弓に興味がなかったとしても周囲に流されるようにやりたくなるのが人の常というものだ。


 案の定、小鬼族の若者の間では少しづつ弓ブームが訪れてきていた。

 本格的に弓兵を希望するほどではないが、非番の日に弓練場に遊びに来る若者たちが増えたのだ。



 これは素直に嬉しかった。


 弓兵の新兵達も、同年代達からコツを教えてくれとせがまれ、楽しそうに指導している姿を見かけている。


 やはり、普段剣術や武術ばかりがもてはやされる事に多少は思うところもあったのだろう。そのやや照れながらも嬉しそうにしている姿を見て、本当に良かったと思う。



 この前などは、夜になっても弓練場の篝火が消えないことを不審に思い見に来てみると…………なんと、小鬼族のカップルが仲睦まじ気に弓遊び(こう呼ばれている)に興じていた。


 男の子の方は見覚えがある。

 ここ数日間、弓兵に熱心に指導を頼んでいた子だった。


 一緒にいる彼女に弓の握りや構え方まで教えているのだが、やけに密着度が高い。


「まったくもってけしからん」と物陰に隠れて監視していれば、二人の雰囲気はさらに盛り上がっていく。その内、お互いの目をじっと無言で見つめ合うようになり………とうとうキスまでし始めた。


 これには、思わず目を見開いてフリーズしてしまった。口も開いていたと思う。




 ーーこ、小鬼族たちは……思いの外進んでいるのだな




 自分がまさに覗きをしている事に気づき、慌てて家に戻っていった。



 裏口から土間に駆け込んでいくと、ミーニャと一緒に食器洗いをしていたレン殿と出くわし「風邪ひいた? 顔赤いよ?」と聞かれてしまい、さらに赤面してしまった。







 大分話が脱線してしまったが………




 私はまた、弓練場を覗いている。




 これに関しては誤解しないでほしいのだが、決してカップルを覗いているのではない。

 レン殿の弓の自己練を覗いているのだ。



 弓遊びブームの立役者でもあるレン殿だが………正直いって弓のセンスがない。


 以前お教えした時もだが、それはもうヒドイものだった。

 なぜか真っ直ぐに飛ばないのだ。



 二メートル先の地面に突き刺さったり、的とは大外れな場所に飛んでいったり、時には矢が飛ばずファンブルすることすらままあった。


 あまりにひどかったので、つい熱中してしまい三日間連続で猛特訓をしたほどだ。


 その甲斐あってか、”そこそこ”はできるようにはなった。

 あくまで、子供に教える用の距離ではあったが、なんとか的には当たるようになっている。



 だが残念なことに、それ以来私とは弓の練習をしてくれなくなった。

 どうやら、少し厳しくやりすぎたらしいのだ。




 よくドワーフの爺さん達と飲んでいる場所が、最近では弓練場のバーが多くなっていた。

 だが、レン殿はドワーフ爺さん達よりも弓が上手くない。

 ゲームには当然負け続けになってしまう。


 

 やはりお悔しいのだろう、日夜自己練を欠かさずに行っているようだ。

 私に見つからないように、それはもうこっそりとだが。



 その話を偶然聞きつけ、今日初めてレン殿の自己練を陰ながら見守っていた。




 ーーあぁ、またあんなダメな事をしている。私が指導したいなぁ







 しばらくは子供用の距離で弓の鍛錬をされていた。



 今日はバーカウンターの側にあるソファにロッコ殿が腰掛け眺めている。石を頬張りながらも足をプラプラさせていた。

 ガンジー殿もロッコ殿もあまり弓には興味を示していない。たまにこうして、レン殿に付き合っているだけだ。


 少し離れたところにはいつも通り一角族がいる。

 こちらに何度か視線を向けてきているので、私の存在にはとっくに気づいているようだ。



 準備していた矢を全て射終えると、的に刺さった矢を引き抜きにいき、戻ってくる。

 その時に一瞬考えたそぶりを見せてから振り子のように動く的の場所へと移動していった。


 うーん、一番基本的な的あてから練習していった方がいいのだが、どう考えても振り子の方が難しい……。



 ………きっと飽きてしまったのだろう。



「そんなにすぐに飽きてしまっていては、身につくモノも身につきませんよっ!」と声高に言いたい。

 今すぐにでも走り寄ってご指導したい。


 そんなヤキモキする気持ちを押さえ込み、レン殿の練習風景を見続けている。



 ロッコ殿にお願いして、振り子の的を揺らしてもらっていた。

 少し離れたところからロープを引けば、的が動きだすようになっているので、その担当をお願いしている。

 


 レン殿は、息を大きく吸い、吐き、心を落ち着け、振り子の軌道をよく読み矢を射った。


 やはり難易度が上がっているため、もはや的にすら当たっていない。それでも、先ほどよりは楽しいようで、飽きずに少し長めにされていた。時折「今日は中々あたらないなぁ」とも零している。






 ーーカンッ



 おっ 当たった。


 

 ーーカンッ



 まただっ 今回は少し中心に近づいている。

「調子が出てきたみたいだ」とロッコ殿に嬉しそうに話しかけているのが微笑ましい。


 

 そのあとも立て続けに的に当たり始めている。今や外す方が少ないほどだ。


 レン殿は大喜びだ。中心にほど近いところに当たれば、ロッコ殿の元に駆け寄っていきハイタッチをしているほどだった。それを見ている一角族も嬉しそうに微笑み、何度も頷いている。



 もしかしたら、コツをつかまれたのかもしれない。

 

 弓は慣れるまでが大変だが、一度自分なりの感覚を掴んでしまうとあとはぐんぐんと上達していく。


 それまでは、わからない所がわかないといったアヤフヤな感覚だったのが一気にクリアになる感じ、あの快感を覚えてしまったらレン殿も弓の虜になるかもしれないな。



 おお、まただ。今度のは今までで一番中心に近かったな。

 ロッコ殿もレン殿に向かって、無表情で親指を立てている。



 ふふ、懐かしいな。

 私も父さまに教えられていたときを思い出す。きっと、自分のことのように嬉しかったのだろうな。今の私も同じ気持ちだ。



 それにしても、さすがはレン殿だ。

 一度コツを掴んでしまえばみるみるうちに習熟していく。もはや矢が的に吸い込まれていっているようだ。

 樹海一の弓の名手と言われている私もうかうかしていられないな。鍛錬を今以上に増やしておかないと指導員としての名が廃ってしまう。



 いやぁ、本当に上手くなられた。矢が吸い込まれるというよりも、的が当たりに…………




 ………あの的、動きがおかしくないだろうか?





 振り子運動というのは、一定の速度と軌道で動き続け、徐々に失速し振り幅が小さくなっていくものだ。あの的はロープを引けばまた勢いよく動き出すのだが、ロッコ殿はたまにしか動かしていない。


 ………あの的………急に動きが早くなったり遅くなったり、左右だけでなく上下にも動いているように見える。



 うん、一度気づいてしまうともうダメだ。

 明らかに不自然な動きが気になって仕方がない。



 ーー確認してみよう



 そっと、物音を立てないように場所を移動していく。



 これまではレン殿を背中越しに眺めていたが、横から眺められるポジションに位置どろう。

 その際にバッチリと一角族と目が合ってしまったが、急いでシーの合図をしておくと、うっすらとだがうなづいてくれた。






 ーー見えた。





 的から少し離れた所の樹の枝にいる。

 何か、景色を微妙に歪めている不思議な存在。



 あれは確か……サスケさんとかいう、行方不明中のレン殿のお友達であろうか。



 あれほどの高度な隠密術は人はもちろん魔物にもいまだかつて見たことがないが、エルフ族は視力が良いことでも有名な種族だ。ちゃんと存在を認識してからの、この距離であればさすがにわかる。



 サスケさんのステルス状の体からは、何やら細く長いモノが伸びて振り子の的に繋がっている。

 体の一部を伸ばしているのかもしれない。本当に奇妙な生き物だ。


 それを使い、振り子の動きに合わせて、できるだけ不自然でないように動かしているのだ。


 私がその驚愕の事実に固まっていると、視線を感じた。



 一角族がこちらを見つめていたが、私が顔を向けると目を伏せた。

 ここから見ていればわかるのだが、ロッコ殿の視線もたまにサスケさんに注がれている。


 だが、何も言わない。

 暗黙の了解という奴だろうか?


 




 ーーなんということだ……レン殿が甘やかされまくっているではないか




 見ている限りだと、かなり手慣れている。今回が初めてではないのかもしれない。


 弓の技術が中々上がらず、日夜人知れず鍛錬されているレン殿を想ってのことだろうが、これではいつまでたっても上達しないぞ。


 いくらレン殿と仲良しだからといっても、こんなことをしていてはご本人のためにならない。




 ーー仕方がない。これからは私が心を鬼にしてご指導させて頂こう



 私は、決意を新たにレン殿の姿を見つめていた。明日よりビシバシといかせてもらいますよ。



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