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大学デビューに失敗したぼっち、魔境に生息す。  作者: 睦月
三章 外に出かけてみよう
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玉突き事故

 樹海の町で事故が起こった。




 普段、外縁部付近を定期的に巡回している岩巨人と、複数匹で編隊飛行をしていたボーリングビートル達が一斉に衝突したのだ。



 緑小人からの通報を受け、急いで現場に駆けつけてみると…………ひどい有様だった。



 岩巨人の上半身は所々でひび割れ、少し欠けているところも見えている。


 そして、相手のボーリングビートル達はというと……ぶつかった8匹は全滅していた。


 甲殻や角は、見るも無惨に砕け散っている。



 目を覆いたくなるような痛ましい事件だった。

 


 ーー近藤くんやボーリングビートル達を、俺がもっとしっかりと見ておけば良かったんだ……




 とにかく、事故処理を最優先に済まさなければいけない。

 岩巨人に関しては、採掘場へと戻り他の岩に体を当てて安静にしていればそのうち治るとの事。タフな種族だ。


 

 ボーリングビートルに関しては、遺骸を集めて近藤くんの元へと向かっている。


 町から外れたところによくいるために、鬱蒼と生い茂る樹々をかき分け奥へ奥へと入っていく。

 道中、フードの中にいたモンテが食虫植物らしき蔓に絡み取られるというハプニングもあったが、非常に楽しそうだったので特に問題はなかった。


 その後も緑小人たちからの、目撃情報を頼りに進んでいく事しばし。

 



 ーーいた



 いつも通り、のそりのそりとその巨体を揺らしながら樹海の中をゆっくりと移動している。

 周りには、追従するようにボーリングビートルも数匹いるようだった。



 改めてよく観察してみる。

 

 全長2メートルを超えるであろう体躯に、並大抵のことでは動じなさそうな黒光りする甲殻と突起。凶器にも見えるほどの太く刺々しい6本の足が、その体をしっかりと支えていた。

 極め付けは、頭から伸びる3本の角。

 内側に緩やかに湾曲する2本の角に加えて、その上の角は巨大なランスを彷彿させる。

 

 そんなたくましすぎる体に、近くにいた緑小人たちが次々と飛び乗って遊んでいるのが見えた。




 ーーはぁ、気が重い




「………近藤くん。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」



 声をかけるとこちらに気づいたようで、のっそのっそと体の向きを変えて方向転換している。

 俺の姿を確認すると、無機質な瞳ながらも嬉しそうに体を揺らしていた。




 近藤くんにわかるように事情を説明した。


 岩巨人は体が大きく、重いために機敏に避けるということができないこと。これまでは良かったが、ボーリングビートルたちの数が増えてきたこともあり、飛行ルートやエリアをちゃんと考えなければいけないこと。


 その説明をした上で、8匹の遺骸を目の前に置いている。



 感情はほぼわからないが、やはりどことなく悲しそうだ。

 大きな体がしょんぼりしているように見える。


 傍に寄り添い、近藤くんの立派な甲殻に手を置き「今回は………本当に残念だったね」と声をかける。

 辛いのだろう……甘えるように体を摺り寄せてきた。


 甲殻にできている突起が当然痛かったが、この時ばかりは我慢した。




 ………もう、カブトムシがどんな生き物か思い出せない。




 そんな事を思いながらも、近藤くんの気が済むまでその甲殻を撫でていた。








 ボーリングビートルたちの遺骸は地に埋めたが、現場に散らばっていた折れた角や砕け散っていた甲殻は集めて目の前に並べている。


 それぞれに畑の土と混ぜていき、3体分にボーリングビートル達からもらった中立の魂を注いでいった。

 今後こういった事故を起こらせないために、ボーリングビートルの面倒を見る存在を作ろうと思う。





======================





 翌朝、モンテにおデコをペチンペチンされて目を覚ました。



 無言でモンテを見つめると、どうやら昨日の子達が生まれたらしい。

 寝巻きの上からドテラを羽織り、急いで外へと出て行く。まだ空は暗く、日に日に肌寒さが強くなってきていた。そろそろ吐く息も白くなっていくことだろう。

 


 自宅から離れた空き地へとモンテや他の緑小人に急かされて行くと、パトロール中だった小鬼族たちも集まっていて、どこか面白そうに空を眺めていた。


 ここまでくれば、あのボーリングビートル特有の羽音がブンブン聞こえてきている。

 



 空き地の上空に、少し大きなボーリングビートルに手足が生えた小人のような子達が高速で飛び回っていた。



 「降りといでー」と声をかけてしばし待つ。



 上手に着地する者、勢いがありすぎて地面を滑りながら止まる者、ゴロゴロ転がっている者、それぞれだったが、とりあえずはみんな集まってきてくれた。



 見た目は丸々としたボーリングビートルを二足歩行、二本腕にしたような体。


 頭から足先までを、黒い全身甲冑で覆われているようだ。

 頭部には黒く太い3本の角。顔はフルフェイスヘルムのよう。

 フォルムは丸いが、胴体や手足が太く、力強さをひしひしと感じる。


 そんな身長が60センチ程の、小さいながらもタフそうな生き物が生まれていた。


 種族名は見た目からして鎧カブトとしておこう。



 とりあえず、そのうちの一番上手に着地していた子に、もう一回飛んで見てくれる?と聞くと頷いてくれた。


 背中にある黒い半円状の甲殻(前羽)が開き、中から広がった半透明の大きな羽根が高速で震えだす。

 ボーリングビートル特有の音をだして浮き上がっていく。


 ある程度上空まで登ると、重低音に空気を震わせながら飛びかう姿。それはまさしく樹海の戦闘機のようだった。


 ただ、高速ゆえにあまり細かなコントロールはできないらしい、ちょっとだけ危なっかしいかな。

 すぐに慣れることを祈りましょう。


 


 さっそく、鎧カブトを連れて近藤くんに会いに行く。

 飛ばれたらこちらは付いていけないので、徒歩でいくことにした。



 俺の周囲を遅れないようにとチョコチョコ歩き回る姿は、厳めしい甲冑姿のおかげで逆に微笑ましい。

 好奇心も旺盛なようで、そこら中の草花や昆虫に興味を抱いては駆け寄っている。中には果物をもぎ取って齧っている食いしん坊もいた。


 確認したところ、主食は魔力と野菜や果物らしい。好物は蜜とのこと。

 身振り手振りで一生懸命教えてくれた。


 そんな姿に安心したのか、さっそく緑小人たちが絡み始めている。

 鎧カブト達の角にぶら下っていたり、肩車されていたり、そんな自由な緑小人達に嫌な素振りすらも見せず一緒になって遊んでいる。


 樹海の奥へと入っていき、昨日と同じように緑小人達に聞きながら足を進めていくと近藤くんを見つけた。

 今日は、立派な巨木に止まり樹液を堪能しているようだ。「近藤くーん」と声を掛け、降りてきてもらう。



 近藤くんを初めて見た鎧カブト達は、恐る恐るという風に近づいて行く。


 記憶はないのだろうけど、彼らにとって特別な存在なのが見た目や気配からもわかるのだろう。どこか畏敬の念を抱いているようだった。


 近藤くんも、鎧カブト達が気になるようで興味深そうに観察している。



 その逞しい足におっかなびっくり指先で触れ、突起付きの硬い甲殻をペタペタと叩いてみたり、自分たちの角と近藤くんの角を比べっこもしていた。


 しばらくは、そんな鎧カブト達と近藤くんのやりとりを、フードに入り込んでいるモンテと一緒に眺めていた。


 次第に、周囲にいたボーリングビートル達とも仲良くなり始めている。

 やはり近しい存在だからだろうか、どことなく意思疎通もできているように感じる。



 そのうち、近藤くんの背中に乗って遊ぶ程に慣れていたので、邪魔しないようにそっと彼らに近づいていく。


 「ボーリングビートルや近藤くんが危ない事しないように、ちゃんと見てあげていてね」と言うと、鎧カブト達が元気よくうなづいていた。

 

 



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 場所を変えて、今は樹々の少し開けたところに座っている。




 実は、中立の魂を少しだけ残してあった。



 そして目の前には、ハンター街でたらふく食べたザリガニの甲殻を並べてある。もちろん綺麗に洗って保管していたやつだ。


 なぜそんな事をしていたかというと………樹海でもザリガニが食べたいからです。



 ーーあれは……美味かった



 いつか、中立の魂を受け取る機会があれば……そう考えてはいたのだが、まさか今回のような悲しい受け取り方になるとは思っていなかった。





 仕方がない、気をとりなおして練生をはじめよう。



 大量のザリガニの甲殻に岩を少々、そしていつもの畑の土には魔力で作った水でたっぷり湿らせておいた。


 イメージは……甲殻に覆われた、陸上を走るエビもしくは蟹。

 警戒心が強くて動きは早く、そう簡単には捕まらず、外敵に対しては大きな鋏で攻撃する。繁殖力も十分に強い。

 何より大事なのは、中のみずみずしくもぎっしりと詰まった美味しい身。炭火で焼けば香ばしく、醤油をチョロっと垂らせばお酒に絶妙にーー


 ーーイカン、ヨダレが出そうになる……



 ということで、とりあえず6体分に残りの中立の魂を注ぎ込んでいく。




 一度逃げたら中々会えないだろうと思うので、その姿を確認するために待機して待っていた。


 1時間を過ぎた頃だろうか、目の前に積まれた素材が混ざり始め、徐々に形を成していく。

 少しづつ生き物と視認できるようになってからは、一気に変化が加速した。



 生まれたのは……やや細長いヤシガニのような、土色の甲殻と大きな鋏を持った生き物だった。

 全長は20センチ強といったところ、足の数は鋏も合わせて全部で8本あり、どれも太くて強そうだ。


 何か声でもかけた方がいいのかな?と思った矢先に、一瞬で樹々の間を走り去ってしまった。



 ………これは、捕まえるのが結構大変かもなぁ




 名前は、森蟹もりがににしておいた。



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