猪獣人の独白
歓声が止んだ後、皆を連れて動き出すと、モーセのように人混みが割れて道を作っていた。
近くにいたドワーフの若者に広場への道を聞くと、丁寧に教えてくれた。
広場へと戻り、改めて好きに練り歩き、ひとしきりはしゃぎ回ったあとは、程よいタイミングであけぼの荘へと戻っていった。
皆がそれぞれ寝る準備をして部屋に入っていく中、俺と護衛役の一角族2人は酒場を探しに再度夜のハンター街へと繰り出していく。
夜といえばここからです。
イゴールさんは、宿屋の酒場で他のドワーフ達と盛り上がっていたので放置。
先ほど行った広場からは少し離れた通りに、飲み屋が乱立しているのを見つけていたので、そこを目指している。
道中、ローさんに教えられていた色街エリアのチェックも怠ってはいない。
透けたドレス姿のエルフ女性や、目のやり場に困るような姿の獣人女性、中にはリザード族や小人族のお水系のお姉さん?方もいるようだね。
一通り見て回ったところで、路地裏にあったやや寂れたバーで飲むことにしよう。
先ほどは十分騒いだこともあり、今はゆっくりと酒を楽しみたい気分だった。
カランカランと音を鳴らし中に入ると、どうやらもともとバーだった店舗をそのまま使っているようで、しっとりとした雰囲気で小洒落た音楽なんかも流れている。
席はカウンターしかないような小さな店内だったが、豹のような耳と目をした無口なマスターが、よりシックなムードを作っていた。
ウイスキーをロックで飲みながら、横に座る一角族の話を聞いている。
一角族逹は軽めのカクテルを頼んでおり、あくまでも護衛ができる範囲で付き合ってくれているようだったが、少し酔い始めているらしい。珍しく1人が自分語りを始めていた。
彼は最近嫁ができたらしい。
無事に子種もさずかり、お腹も少しづつ膨らんできているそうだ。
そこで、嫁さんには警護や魔物対応という仕事は一時辞めさせ、家で安静にさせているのだが、どうしても彼女は体を動かしたくなり、目を離すとすぐに気晴らしに鍛錬していたりするらしい。
その度に彼や、様子を見に来てくれる小鬼族や一角族の女性陣に怒られているとのこと。
そんな話をしながら「まったく……困ったものですよ」と全然困ったふうじゃなく笑っている。
しばらく彼の惚気話を残りの1人と一緒に茶化しながら楽しんでいると、カウンター席の少し離れた場所に座っていた大柄な猪獣人の男性から「新婚さんのお祝いに」とお酒をご馳走されてしまった。
ニヒルに笑い、こちらに杯をあげてきていた彼とは、今は隣併せに並んで話している。
しばらく当たり障りのない話をしていると一角族の話になった。
やはり、彼らの見た目は気になっていたらしい。アルニア人たちとは別の大陸から転移してきたと説明していく。
「そうかぁ………お互い大変だが、アンタはしっかりと幸せ掴んでいるみたいで嬉しいぜ。
それにこんな風に日本人とも気の置けない仲になれててよぉ。
……ところであんた達はどこのコミュニティから流れてきたんだ? ここらじゃ見かけねえ顔だよな?」
酒が入っていたこともあり「魔境です」と言ってみたんだが、乾いた笑いを返されただけだった。
軽くボケてスベったと思われたらしい。
そこで「すいません。ここから暫く行ったところにある小さなコミュニティです」と訂正しておく。
「そうか、まあ最近は転々とコミュ二ティができてるみたいだしよ。
あんたらみたいに日本人とうまく共生できてるところもあるっていうしな」
「………ここは共生できてないんですか? 軽く絡まれたりはしましたけど、それ以外ではそんなに俺のことを気にしている風には感じませんでしたよ?」
少しだけ、間が空いた。
「………いろんな連中がいるよ。
ここ最近転移してきた上に年若い連中だと、地球人なんかそのうちヤッてやるって息巻いてる奴らもザラにいるしよ。
実際、外で出くわしたら喧嘩ふっかけるような事もしてるらしい。
……逆にそんなの一切気にせずに、ただ日々生きるのを大切にしてる奴らもいる。んで、いつの間にか日本人ともデキたりもしててな」
「………貴方はどうなんですか?」
ちょっと失礼かなとも思いつつも、酒の勢いで聞いてみた。
「俺は……最初も言ったろ? …………おめえらみてえなの見てると嬉しんだよ。
……俺みたいなよぉ、アルニア転移の最初期の古株はよお、みんな知ってんだよ。
おめえら日本人が、一生懸命俺らのために良くしてくれてたっつうのをよ。
自衛隊に行きたくねえっつう奴がいたら匿ってくれたり、言葉喋れずびびりまくってる新参ものがいたら、武器持たずに食料抱えて話かけてくれたり、中には早まって攻撃した奴までいたんだぞ?
にも関わらずニコニコ笑ってよお『大丈夫ですからー』って宥めてなぁ。
ましてや、俺たちに疎外感与えたくねーつって、仮装までしてくれたじゃねえか? ハハハ」
自分で言った事で笑っている猪獣人をじっと眺めている。
笑いを止め、彼はグラスを傾け熱い息を吐き出した。
「……………どう考えたって……優しいじゃねえか。
今はよ、魔物の問題だったり、急に増えたアルニア難民の対応とか、都心部の低所得者たちとかよ。
自分らが生きてくためにいっぱいいっぱいになってんだよ。
第一、国守る自衛隊内部が一番ひでえ有様だっていうじゃねえかよ。
アルニア人もそうだが、日本人もボンボコ死んでいってるらしいしよお。
大した遺族年金も出ねえらしいぞ?
それでも、富裕層以外で学歴も資格もない奴が、都心部でまともに食っていこうと思ったら自衛隊に入るのが一番手取り早いんだとよ……生活費もかかんねえし、その分家族に回せるしでよ」
想いをため息に乗せるように吐き出し、さらにお酒を煽っている。
「………そんだけひでえ状況なんだよ、お互いよぉ。
俺たちもよ、もう十分食わせてもらったんじゃねえのか?
ああだこうだ言う奴ぁいるよ。
サテライトコミュニティにしても、食料や魔物素材を安く買い叩かれて搾取されてるって奴もいるしよぉ。
んなもんだろうよ、最初に金出してもらってんだからよ……。
いつまでも被害者ヅラして、おんぶに抱っこされるの期待してるようじゃ誰も意見なんざ聞いてくれねえよ。いつまでたっても、対等には見られねえんだよ………。
あんたらみてえに、堂々と肩並べて酒飲めるようになりてんだよ。
……だから、この街に流れて来たんだよ俺ぁよ……」
その後もあまり呂律の回っていない舌で、アルニア人に対する不満や、日本人の考え方にまで愚痴り出していた。ハッキリNOと言わないのがやはり気に入らないらしい。
最終的にはアイドル批判にまでいきつき始め、俺たちはひたすら聞き役にまわっていた。
「なるほど」「そうですか」「そうですよね」をロボットのように繰り返している。
そのうち、喋り疲れたのか、満足したのか。
ちょっと照れたように「またな」と手を挙げお店を後にしていった。
ちゃんと俺たちの分まで会計をしてくれている。いいおっちゃんだ。
……まあでも、あんな考え方のアルニア人もいるんだな。
世間に不満持つ呑んだくれ親父ではあったけれど、話はちょっと印象深かったかな。




