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大学デビューに失敗したぼっち、魔境に生息す。  作者: 睦月
一章 異世界人がやってきた
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ゴブリンの洗礼

「おはようございまーす」



 朝、玄関先から元気のいい挨拶が聞こえてきた。寝間着姿のまま外にでると、門の前にはセーラー服の下に赤ジャージという田舎の女子高生スタイルをした女の子が手を振って待っていた。家の隣にすむ掛川さん家の一人娘弥生ちゃんだった。


「あ……おはよう。どうしたの?」

「お母さんが庭で採れた枝豆がいい感じだから持って行きなさいって。レンさんはお酒好きだから喜ぶでしょうって」

「おお! そりゃ嬉しいねー。ありがたくご馳走になります。おばさんにもお礼言っておいてくれる?」

「はーい。……で、まだ寝てたの? もう8時だよ。大学まで遠いんでしょ?」

「ああ、今日は昼過ぎからの授業だからね」

「とか言いつつー。レンさんが朝早く起きて学校に行ってるところ見たことないんだけどー」

「ははは、午前中に講義は入れないようにしてるし、出席をがっちり取るようなのも極力避けてるからね。大学生の特権だよ」

「はぁ、いいなー大学生。私もはやくそんな生活したいよ」

「いやいや、おれから見たら高校生の方が眩しいけどね。こんな生活ずっとしてたら心身ともに腐っちゃうから」



 その後も門越しに他愛ない世間話をして、弥生ちゃんを見送った。


 都心にいた時はこんな近所付き合いは皆無だったし、ましてや今時の女子高生とこんな風に会話できるなんて、贅沢すぎて料金が発生しないか心配になるくらいだ。田舎のラブアンドピース感はすごいな。地球上が全て平和な気がするよね。


 弥生ちゃんの家は3人家族で父親の光一さんは農業を営んでいる。母親の美鳥さんとはスーパーのバイトで一緒になっていて、仕事帰りによくビールをダースで買っているところを見られているので、お酒のアテになるような物をたまにお裾分してくれる非常にありがたい存在である。



 今日も今日とて、緑小人に今やプチ恐竜と化している吾郎ちゃんと戯れながらも時間を潰し、片道2時間以上の距離を電車に揺られて大学へと向かっていった。



===========================



「レンちゃん聞いた? 隣町の事件」


 スーパーで品出しを終えてバックヤードに戻っていくと、休憩中の美鳥さんがお茶を飲みながら話しかけてきた。


「事件……ですか?」

「そうそう。出たらしいわよ。魔物被害」


 周囲には人がいないのに、なぜか声を抑えて話すのは奥様方の様式美だろう。


「えっ!!!マジですか!? この辺じゃ初めてですよね?」

「初よ〜。もう本当物騒よね。うちの人なんてこの前ネットで護身道具を探してたんだから、思い切って日本刀はどうだって聞いてくるのよ。あんな高い物ダメよねー」


 そのまま、話が主人の愚痴に切り替わりそうだったので、軌道修正が必要になった。


「あーそうですねー何十万もしますもんねえ。でも確かに自衛手段は必要でしょうね。で、その隣町の事件ってどんな感じだったんですか?」

「それがねー、おじいちゃんおばあちゃん夫婦の家だったんだけどね。なんか物音するなと思っておじいちゃんが表に出たら、ちっちゃい人影が鶏小屋を荒らしてたんだって。

 それでコラァって怒鳴りながら懐中電灯で照らしたら…………鶏を噛み殺して顔中血まみれにした餓鬼みたいな化け物だったっていうのよ。

 咄嗟にドアに鍵かけてお巡りさんと隣近所の人に連絡したらしいんだけどね。その人たちが駆けつけた時には、もう逃げた後だったんだって。

 これって最近よくニュースになってるゴブリンとかいうのじゃないかって町中の噂になってるわよー」

「ゴブリンでしょうね。まあでも鶏以外に被害がなくてよかったですねー」

「本当よねー、もう怖いわよね。レンちゃんも気をつけなさいよ、ビールばっかり飲んでないでー、学校もちゃんと行きなさい。弥生から聞いたわよ」


このあとも、しばらく根掘り葉掘りと私生活を問い詰められ、体のいいお茶請け代わりにされ、他のパートのおばちゃんが休憩にくるまで付き合わされた。



=============================




「……あ。ビール切らしてるわ」



 風呂上がりに冷蔵庫を覗き、漏れた一言。その途端、足にがっしりとしがみつく存在。

 生まれたその日に酒の味を覚えた、我が家の飲兵衛モンテさんがキラキラした目で俺を見上げていた。


 その目は確かにこう言っていた『買いに行こう?』。


 モンテをパーカーのフードに放り込み、近所の酒が売っている自販機まで歩いていく。一番近いところでも、徒歩で10分以上はかかるのだが、風呂上がりということもあり自転車は使わず、のんびりと夜風に当たりながらの散歩に繰り出した。


 一応緑小人たちには人目は避けろと教えてある。魔物被害のニュースが連日流れていることもあり、ナリは小さくても危険視されて狩られるかもしれない。モンテにも人がいる時はフードの中で小さくうずくまっていろと言ってある。


 鼻歌まじりにふらりふらりと歩いていると、夜を切り裂くような悲鳴が聞こえた。甲高い女性の叫び声。すぐ近くにある家は一つしかない、掛川さんの家だ。


 モンテをフードから降ろし「家に帰ってろ」と置き去り、急いで走る。


 門を開けるのがもどかしく飛び超えて中に入り、玄関のドアに手をかける。鍵がかかっている。激しくドアを叩いても返事はしない。ためらわず裏庭に回ると、綺麗に手入れされている芝の上に横たわる2人の男女。掛川夫妻だった。



 そばに駆け寄り体に手をかけたところで気がついた、死んでいる。


 体のいたるところを齧られ、肉や骨が見えている。おびただしいまでの血が芝生に広がっていた。

 また、そのすぐ近くには燻んだ緑色をした小柄な体、髪のない頭に尖った耳、そして鷲鼻と乱杭歯。醜いゴブリンが2匹死んでいた。


 状況は把握できた。今も家の中から物が壊れる音と魔物の興奮した声が聞こえている。

 スマホを取り出し警察に通報をしようとするが、焦って手元が狂っている。数回パスコードの入力をミスってやっと繋がる。早口で状況を説明して電話を切るが、何せど田舎だ。到着するまでに15分以上はかかる。


 側には血に濡れたスコップが落ちていた。きっと光一さんが使ったのだろう。それを握りしめ、庭から家にそっと上がっていった。


 慎重に物音のする方向へいくが、その間にある部屋も確認していく。床が軋むたびに心臓が跳ね上がるが、そこまで気の回るほど知能の高い魔物じゃないらしい。どうやらゴブリンがいるのはダイニングキッチンのようだ。


 スコップを握りしめ、息を殺し、そっと開いているドアの隙間から覗いてみた。


 薄暗い部屋の中にうごめく複数の影、目を凝らして見ると1匹のゴブリンが女性に覆い被さり、しきりに腰を動かしている。残りの2匹は「グギャ」「ギギャ」と愉悦の声をあげ女性を押さえつけていた。



 頭が沸騰するかのようだった。

 ドアをけ破り言葉にならない声をあげ、スコップを垂直にして腰を動かしているゴブリンの頭に叩き込む。気落ちの悪い感触が手に伝わり、顔に返り血が付着する。

 ゴブリンが驚いているうちに左側にいたもう1匹をスコップの腹で叩きつける。が、そのタイミングで残りの1匹が正面から飛びかかってきていた。

 腕をとっさに前に出してガードすると、思い切り噛みつかれ、牙が肉に食い込み血が噴き出した。今まで味わったことのない激痛に悲鳴が止まらない。


 そのゴブリンに飛びかかる複数の小さな影が見えた。


 緑小人の助けを呼んでくれたらしくモンテもゴブリンに飛びついていた。横をみると吹き飛ばされたゴブリンにも大勢が襲いかかっている。


 血が止まらない腕に手を当てがい、うめいていると、モンテが床へ叩きつけられたのが目に入った。よくみると、すでに数人の小人たちが床でうめいているのに気付いた。

 腕の痛みを忘れ、感情のままに目の前のゴブリンの顔を殴り飛ばした。倒れたところで思い切り体を蹴り飛ばし、蹲るゴブリンの首にスコップの先を合わせ、足で踏み抜き首を切断した。


 振り返ると、もう1匹には多くの緑小人に群がられ滅茶苦茶に暴れている。

 そのゴブリンの空いている側頭部へフルスイング。水平にしていたことによりスコップの刃先が半ばまで入り、即座に絶命させていた。


 荒れた息を落ち着かせ周囲を見渡せば、もうゴブリンはいない。だが、床に無残にも転がり、ピクリとも動いていない緑小人が8人はいる。

 その光景から目を逸らさずにいると足元に微かな重みを感じた。目をやるとモンテが足に抱きつき、心配そうに俺を見上げていた。


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