海町の御一行
「いやー、助かりました。
仲間の怪我に気を取られていて、魔物の群れに気づくのが遅れてしまいましたよ」
小学生並みの体躯にも関わらず、しっかりした大人の受け答えをしている。
見た目も小さいのは体だけで、顔つきは青年のそれだった。
パーツが小さいせいで、どこか幼く見えてしまうのは種族特性なのだろう。
「いえいえ、通りすがりだったものですから……アルニアハンターズシティの方ですか?」
初めて接する小人族に内心驚きながらもにこやかに接していく。
コボルトとの戦闘に割って入った俺たちは、そう時間をかける事なく殲滅した。
最初の瞬間こそ俺たちへの警戒心を強めていたが、コボルトを次々と仕留めていく中で彼らへの敵意がない事は理解してくれたようだ。
ただ巨人族と他の仲間達は、武器を未だ手放してはいない。
「目的地はハンター街なんですが、住んでいるところは別コミュニティですよ。あなた方はどちらから?
ハンター街の人ではないですよね。見たこともない種族や騎獣も気になりますし……
何より………アルニアハンターズシティなんてフルネームで呼ぶ人は初めて行く外部の人と決まっていますからね?」
先ほどから彼らを代表して話している小人族の男性は、ちょっとこちらを探るように聞いてくる。
彼になんと答えようか窮しているとーー
「ーー 助けてもろうたにも関わらず、出会い頭に根ほり葉ほり聞きよるのは、小人族の悪い癖じゃぞい。
地球にはいい諺があるじゃろうがい、『好奇心は猫をも殺す』じゃ。……自重せい」
不機嫌そうなイゴールさんの言葉が横から飛んできていた。
どうやらこういった事はよくあるみたいで、イゴールさんの言葉に同意するようにエルフの男性も小人族を窘めている。小人族の女性は咄嗟にこちらに謝ってきていた。
「おっとっとっと。そうですね。ちょっと立ち入ったことを聞きすぎました。小人族の性格でして、お許しくださいね?
僕らは通称【海町】と呼ばれる、都心部から外れた場所に位置する独立コミュニティの住人なんです。
そこの交易を担当している小人族のローと言います。以後お見知り置きを。
もう一人の小人族は妹のラー、そして冒険者兼護衛役のエルフのボロと、そこにいる一際大きいのが荷役兼護衛役の巨人族のゴーダです。
失礼ですが、そちらのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
仲間達からの指摘に笑いで答えながら、流れるように会話を再開している。
ーーなんというか………場慣れしているなぁ。これがリアル商人というやつだろうか。
「あっ、あぁ、すいません。レンと言います。こちらはエルフのルルさんに、ドワーフのイゴールさんですね。他のみんなは俺たちの護衛役です。
俺たちもここからは少し離れた所にコミュニティを構えているんですよ。最近やっと環境が落ち着いてきまして、今回は物資の調達に初めて……ハンター街?に行っています。
それより………この匂いって、もしかして?」
相手の雰囲気に圧倒されないようにと、ちょっと頑張りながら受け答えしていると、嗅ぎ慣れた匂いが鼻腔をくすぐり始めていた。
この癖の強い、独特の香りは……。
「ははは、やはり日本人ですねー。気になりますか?
僕ら海町の特産品はなんといっても魚介類ですから、ハンター街に売りにいくものは魚の干物や塩がメインなんですよ。
せっかくですから、助けてもらったお礼に幾つかお譲りしますよ?
あと、お気に召して頂けたのなら、ウチの商品を材料にここからハンター街までの護衛依頼も兼ねて交渉させてもらってもいいですかね?
初めてでしたら、ハンター街での案内役も入り用でしょう? あそこは慣れるまでに少々コツが要りますからね。どうでしょう、お互いに損はない話だと思いますけど?」
なるほど、アルニア商人というのはこういう図太さと、油断ならない計算高さがあるんだなー、と他人事のように思う。
会議でイゴールさんが付いていくと言いだしてくれたのは、こういう意味もあったのかもしれないな。日本人には足りないハングリー精神が溢れている気がする。
茶目っ気を見せながらも、どこか利に聡そうな目を向けてくるローさんを苦笑い気味に眺めていた。
海町の住人たちを小鬼族の後ろに乗せ、巨人族ゴーダさんの徒歩に合わせて進めていく。
道中の魔物たちの襲撃もあるにはあったが、特に問題なく捌いていた。
俺たちの、この周囲ではやや過剰とも言える戦力を見て、海町の人たちが少し緊張気味になっていたシーンもあったが、そこはルルさんとイゴールさんが気を利かせて上手く交流してくれていた。
また、それらの魔物素材に見向きもしないことにも、どこか異様に映っているようだった。まぁ仕方ないよね、それ以上の品をパンパンに詰め込んでいるんだから。
樹海を出るときには夕方前には到着する予定ではあったのだが、日も暮れ始めてきたのでそこらの倉庫で一泊することにした。
ハンター街までは、ここから徒歩で2時間はかからない位らしいが、夜はやはり危険だろうとの判断からだ。この辺でも夜行性の魔物達は多くいるようだ。
近場で見つけて来た一斗缶に、燃える物をいれ火をつけた。
角材などの太めの薪に火がつき始めれば、パチパチと小気味のよい音を鳴らしながら、周囲を赤く照らしていた。
見張りは、一角と小鬼族たちが交代でやってくれている。俺も手伝おうとしたのだが、あっさり断られた。何でもそれなりに慣れや訓練が必要らしい。
そう言われたら後は休むだけなのだが、焚き火を眺めモンテやイゴールさんたちと缶酎ハイでちびちびと晩酌を楽しんでいた。
久しぶりに味わう缶酎ハイ。以前はそこまで飲んでいなかったけれど、この状況ではやたらと美味く感じる。モンテもご満悦な様子。
まぁ、お酒につられて飛び出してきたモンテを見て、海町の商人一行は目を丸くしていたけどね。
特にエルフのボロさんなんかは口を大きく開けたまま固まってしまっていた。
即座にルルさんと目配せしあい口を噤んでいたが、以前ルルさんに緑小人はエルフにとって特別な存在だと聞かされていたことがあったからそれのことだろう。
何でも神聖な生き物らしい、缶酎ハイでへばっているこのグータラ者がね。
おかげで、多少は自分たちの事を説明する必要が出てきた。
只でさえ、岩人、小鬼族、一角族、ランバードにと、見た事もない種族が勢ぞろいなのだから。
それまでも、事情を聞き立たそうにうずうずしているローさんを妹のラーさんやエルフさんが目で制していたからね。
小人族は、とにかく好奇心旺盛なのが欠点らしい。その分商人や情報の先取りが大事な仕事には向いているとかなんとか。
「俺たちのコミュニティは魔境に近いこともあって……この子も含めて、変わった生き物が沢山いるんですよ。多分、あそこから流れ出てくるんでしょうかね。
あの濃密な魔素環境の中で生まれているのか、ひょっとしたら護衛役である彼らと同じように、何処かアルニアの別大陸からまとめて転移してきたのかもしれません。……正直俺たちにもよくわからないんですよ。」
海町の御一行は俺の雑な説明を、真剣な表情で聞いていた。
その後、岩人兄弟や他の種族たちを紹介していった。
眷属達はあまり海町一行とは交流しようとしていない。俺が探り探り慎重に対応していることが伝わっているんだろう。
ちなみに、ルルさんたちには俺の生物錬生の能力を伝えていない。
なんとなく、この能力は人目には触れさせたくない。
忌避感を抱く人もいるだろうし、人とは違う扱いを受ける可能性もある。
なにより、俺にとっては新しい子たちに魂を分け与え、願いを込める大切な時間だったから。
他人にズケズケと踏み込まれたくはなかった。
岩巨人を錬生した時でさえも、夜中にこっそりと抜け出してやっているしね。
彼らが樹海をうろついているのを初めて見た時はみんなかなり驚いていたし、俺や眷属の子達と普通にコミュニケーションとっていることにもさらに驚いていた。
「樹海の奥では、よく新しい種族が生まれるんですよ」と内心ドキドキしながら言ってみたのだが、それぞれの反応で受け止めてくれていた。
獣人兄弟は「樹海すげーーーっ」と目をキラつかせ、お爺ちゃんズは「まあ、ココは何でもありじゃろ」とどこか投げやり、ルルさんはなぜか畏敬の念を込めた表情で大きくうなづいていた。
海町の一行も、俺たちの事情を聞いてそれぞれの反応を示している。
巨人のゴーダさんは「ほーかほーか」と人が良さそうにうなづいている。巨人ゆえに小さい事はそれほど気にしないらしい。喋り方もそうだけど、のんびり屋さんのようだね。
エルフのボロさんは、お酒に酔って変な踊りを始めているモンテの事を眩しそうに眺めていた。憧れの人がやる事は、どんな事でも素敵に見えるナンタラ効果みたいなもんだろうね。だってあの振り付けは、某アイドルグループの踊りを真似ているだけだからね(ほぼ原型ないけど)。
ラーさんは何を考えているのかわからないが、真剣な表情で聞き入っている。
ローさんはというと………言い分を完全に信用はしてはいないだろうし、多分頭の中で今凄まじく計算しているんだろうなー、というのが伝わってきた。この人は本当に、食えない人のようだ。
しばらくすると「わかりました。……色々と事情があるようですし、これ以上は踏み込みません」と頷き、また黙って缶酎ハイを飲み始めていた。
缶酎ハイが無くなり、今はイゴールさんの荷物の大半を占めていた果実酒で一杯やっていた。
「な、何すんじゃい! こんな老い先短いジジイからタカるとは何事じゃっ」とプンスカ怒っていたが、ハンター街には結構酒場も多いらしいので「魔物素材売りさばいたらたくさん飲ませてあげるから」と口約束して荷物から引きずり出した。
というか、着替えも何も入っていなかった。つまみと酒とメモ帳くらいだった。一体何考えてついてきたんだろうんだろう?このお爺ちゃん。
「あれ?………ローさん、どうしたんですか?嬉しそうですね」
一斗缶の中で燃える火を眺めながら、俺たちのそんなやり取りを眺め、どこかうっすらと笑みを浮かべているローさんがいた。イゴールさんは自前の酒樽に抱きついている。
「……いえね。以前アルニアで交易商人をやっていた時も、よく仲間達とこうやって火を囲んで酒を呑んで騒いでいたので……思い出してしまったんですよ。」
焚き火が横顔を照らしている。火の弾ける音を聞きながら「美味い果実酒ですね」と、どこかしっとりとした雰囲気で場を楽しんでいるようだった。
言われてから周囲を眺めると、ルルさんとボロさんが酔いつぶれてお腹を掻きながら寝ているモンテを、それぞれ指でつついて笑っている。
ガンジーはそれを横からじーっと眺めているが、ロッコは俺の横に来て静かに座っている。時折、服の裾を摘んでくるので甘えているのかもしれない。
ゴーダさんは俺たちが分けてあげた果物を頬張りながら、いつの間にか仲良くなっていたのか正一の体を、優しく丁寧に撫でてくれていた。正一も気持ちが良いようで、顎をゴーダさんの膝に乗せ寝息を立てている。話を聞いたところ動物が好きらしい、ヤーシャやケイ君と気が合うかもしれないね。
「どんな仲間達だったんですか?」
俺も少し酒が回ってきたらしく、ボンヤリとローさんに投げかける。
「………いい奴らでしたよ。
そりゃあ、長いこと一緒にいたらムカつくことなんてしょっちゅうでしたけどねぇ」
きっと、今彼らの顔を思い浮かべているのだろう。
火の中を見つめながらも随分と嬉しそうだった。
言葉を挟まずに、視線で相槌を打つ。
「……昔、取引相手の口車にのって散財した事があったんですが、あの時は仲間全員での罵り合いでしたねぇ、ひどい喧嘩だった………。
………羊人族のシュピーというヤツなんかはもう烈火のごとく怒ってまして、最初に話を持ってきた小人族のルンに掴みかかっていましたから。
リザード族のリオは見た目の割に心優しいやつで、必死に止めに入っていましたね」
ニコニコとローさんが語り始める横では、ラーさんも懐かしそうに話に聞き入っている。
妹だし、その仲間達に会ったこともあるのだろう。
「…………ただねぇ 私も怒りのぶつけ所を探してましたから………
喧嘩の仲裁に入っていたリオに向かって、なに部外者気取ってんだよお前って怒鳴りながらケツを蹴り上げてしまったんですよ、ふふふ。
そしたらもう………リオも我慢の限界だったんでしょう。
四人揃っての大乱闘で…………しばらく収拾つかなかったなあ 鼻血と酒と泥だらけの取っ組み合いですよ……聞くに堪えない罵倒の応酬で。
いやー リオがあんなに怒ったところを見たのは初めてだったなあ
リザード族って見た事ありますか? 見た目怖いんですよお……あの時は本気で食われるかと思いましたよっ あははは」
懐かしそうに、可笑しそうに笑うローさんを見る限り、本当に仲良しだったのだろう。
つられて俺も笑ってしまっていた。イゴールさんやルルさんたちも楽しそうに聞いている。
ひとしきり笑い落ち着くと、お腹を軽く摩りながら語りを再開する。
「………ふぅう、もう二度とあのメンツで旅をすることはないでしょうし………。
転移してきた当初は、こうやって旅の途中で焚き火を囲んで酒を飲むようなことはもうないとも思っていたんでね。
僕らのコミュニティがうまく回り始めたのもやっと最近ですし………。
レンさんやお仲間達とのやり取りを見ていて、少しだけ感傷的になってしまったのかな? あの酷い喧嘩がこんなに懐かしく感じるなんてねぇ。」
食えない人だとは思うけど、イメージ通りではないのかもしれないな。少なくとも、仲間を見る眼差しに感じる暖かさは本物のようだ。
その後も、ポツポツと話すローさんの昔語りを聞きながら、イゴールさんの果実酒が無くなるまで飲み明かした。




