獣人とランバード④
初めてだった。
今までランバードが軽やかに走り去るところを見ていたけれど、それを鞍の上から見るのは……。
景色が流れるように過ぎ去っていく。
大きな岩や、木の根っこなんかをほとんど衝撃も感じさせずに飛び越えていく。
ーー 凄いっ ランバードってこんなに早かったんだ!
そう思っていると、俺たちが走っている目の前の上空から、いくつものランバードに乗った人影が降りてきて合流しはじめた。
ーー レン達だ
レンに加えて、一角族のゴツイにいちゃん達、それにガンジーとロッコまでもがそれぞれランバードに乗って駆けている。
その時点で気がついた。魔物の襲撃だ。
その援軍に向かってるんだ。
そう思ったら、俺の頭にケイさんの手が載せられていた。
見上げると「飛ばすよ」とボソリと呟いた。
ーー え? 今まで飛ばしてなかったの?
瞬間、体が宙に浮いているような感覚になる。
まるで体重がなくなったような感覚。
いつの間にか視界に映っていたレン達の姿が、横向きになったり、上下に左右になったりと一瞬で位置が入れ替わり、入り乱れるように動き回っている。
いや、レン達が動いてるだけじゃない。俺たちが動き回ってるんだ。
ラルクが羽を広げるたびに、景色が一変する。
最初は道路の上を飛び跳ねながら走っていたはずなのに、今は巨木の枝から枝へと、ブワリと無重力状態で飛び移っていく。
建物の上を音も立てずに走っていると思えば、空間を貫くように羽を広げ滑空している。
太い木の幹、突き出した枝、障害物、それらを紙一重で当たり前のように避けていく。
あまりの風圧で横を向く事すらできないけれど、流れるように見えていた景色が、今や色付きの線にしか見えていない。
それでもさらに縦横無尽に、衝撃もなく駆け続けているため、目の前の色さえも混ざり合っていく気がしていた。
それは……水の中を泳ぐ魚の気分だった。
ーー 何…コレ………
訳がわからない、わからないけど……ただ……ただ凄かった。
その目に映るもの、感覚に完全に心を奪われていた。瞬きするのを忘れていた。
いつまででもその世界に溶けていたかった。
気がつくと、徐々に景色が通常に戻ってきていた。
知らず知らずのうちに呼吸が荒くなってた。ドキドキが止まらない。
頭上からケイさんが覗き込んできて「大丈夫?」と心配してくれている。
返事が出来なかったので頷くと「じゃあ、ちゃんと見てて、大事な事だから」。
そういって指差した先では、オーク達との戦闘が始まっていた。
以前、両親から聞いていたオーク。
人種と同じ装備を使い、知能も高く必ず数体一組で行動している。
熊獣人なみの体躯と膂力、分厚い脂肪は天然の鎧、その上凄まじいまでの嗅覚を備えており、一度補足されたら足が砕けるまで走って逃げろと教えられていた。
その恐ろしい魔物の代表格、オークの10匹近い群れがまるで相手になっていなかった。
まず最初、先行して足止めしていた騎兵隊の人たちが、タイミングを合わせたように散らばった。
そう思ったら、ガンジーとロッコのミサイルのような突貫で、オーク2匹がきりもみ状に吹っ飛んでいった。
続いてレン達が到着したの見つけて、群がってきたオークたちを一角族の2人が余裕で受け止めてさばいている。
その重心、バランス、一歩も下がらない強い気持ちと力。
手放しでランバードに乗っているのに、一角族の心と合わさっているような動きだった。
一角族の戦い振りに戸惑うオークがいれば、それまで軽快に相手との間を外して避けていたレンが、瞬時にオークの側を駆け抜けていく。
目で追えなくなるような緩急の速度の後には、地面にボトリと落ちるオークの首と、血を吹き出し糸の切れた人形のように倒れこむ大きな体があった。
騎兵隊の小鬼族達も、その長く太い杖を上手に操り、仲間とのチームプレイとランバードと一体化したような動きでオークを狩りとっていく。
その後、ガンジーにぶっ飛ばされるヤツ、一角族にズッパリと切られるヤツ、騎兵隊に小突きまわされるヤツ、オークが可哀想に見えるような圧倒的な戦いだった。
呆然とその光景を見ていると、いつの間にか俺たちの側にはレンとロッコがいてくれていた。
頭に感じる暖かい感触。
見上げると、手を置いたケイさんが優しい笑顔でコチラを見つめていた。
戦闘が完全に終わると、レン達にお礼を言って先に帰っていく。
行きのようなものすごいスピードという訳じゃなく、ゆるやかにランバードの乗り心地を楽しむような走りだった。
ケイさんに後ろから腕をまわされ、流れ行く景色を目にしながら、涙が溢れていた。
ーー 俺……バカだったな………
ランバードの賢さと強さ、乗り手たちとの信頼関係の深さ、そしてそれに全然気づいていなかった自分が情けなかった。
あのランバード達をただの鳥と思って、見下していたことが恥ずかしかった。
彼らは、ちゃんと乗り手を理解してた。
その能力に癖、性格、気持ち、その上で全力で力を貸してくれている。
まぎれもなくパートナーだった。
詰所に着いた瞬間、ロープを外して飛び降りた。
納屋に駆け込み、親鳥たちの目を見て必死で謝った。攻撃されることも覚悟して謝った。
最初は襲いかかられそうだったけど、それでも謝った。
卵に無神経に近づこうとしてごめんなさい。
バカにした態度でごめんなさい。
ちゃんと謝らなくてごめんなさい。
何度も何度も声に出して謝った。
次第に……威嚇されることはなくなっていった。
納屋の外へ出ると、ケイさんとラルクが優しく抱きしめて迎えてくれた。
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「ーーという事があったんですよ」
「なるほどねぇ……」
今は縁側でケイ君とオセロを打っている。
モンテは相変わらずの大仏さまスタイルだ。ミーニャちゃんはそれを飽きもせずにニコニコと眺めている。
「しかし、それでも気の毒だねー
ランバードデビューがケイ君とラルクの鞍の上とか………」
ケイ君といえば、小鬼族きってのランバード狂い……もとい、ランバード愛好家。
ケイ君といえば、樹海の町きっての走り屋でスピード狂。
彼の休日は、樹海の奥地をいかに鋭く縫い走れるか、いかに直線でぶっちぎれるか、いかにギリギリのコーナーリングを攻めれるか、どれだけ鋭くキレのある滑空ができるのか。
ミリ単位での重心移動、コンマでのせめぎ合い。
彼は一体何と戦っているのだろうか?
ランバード乗りの間では、ケイ君の走りはもはや変質的、ただの変態として有名だった。
もちろんその相棒ラルクも同じ扱いである。
この前のオーク戦だって、俺らが合流してすぐ弾丸のように消えて行った。
そして、なぜか鞍の上に縛り付けられていたヤーシャに、俺は心の中で合掌していた。
「ちゃんと加減はしてましたよ?」
上目遣いで伺うように言い訳してくる、町一番の変態走り屋。
「どうかね? 見ていたかぎり、やたらと立体駆動が多かった気がするけど……」
「気のせいです」
目を見ずピシャリと否定された。
「で、その後は?」
「それはもう、人が変わったようにランバード達に接していましたよ。
彼の仕事振りには深いランバード愛を感じました。ヤーシャもこれで立派なランバード愛好家ですね」
「……ちょっと」
「…………一般的なレベルでの、ランバード愛ですよ。……………今はね」
最後の言葉だけは聞かなかったことにしよう。
「それで、その結果が……アレなワケだ」
「はい。アレなワケです」
和やかに微笑む彼の視線の先には、
ーー 綿あめのような雛と一緒に駆け回る、ヤーシャの姿があった。
これで二章は完結です。
只今、三章を書き進めているところですので、出来上がり次第また投稿していきます。
これまでブクマ、評価してくださった方々、本当にありがとうざいました^^