緑小人①
「うーーーーーん、こいつは何なんだろうな?」
目の前には俺が丹精込めて育てていた観葉植物が、酒を飲んで酔いつぶれていた。
うん、俺自身かなり混乱しているようだ。観葉植物が酔いつぶれているなんて、なにを世迷言を……あぁ、これは多分俺が泥酔しているのだろうな。
あれ、でも全然頭クリアなんだけど……。ていうか、結局一口も飲んでないんだけど。
「とりあえず、ちょっと順序だてて整理してみよう」
去年、大学デビューに失敗した俺は…………。
ここまで遡るのはやめよう、心の毒でしかない。
とりあえず、友達もいないし大学生で時間だけはあるしで、猛特訓の末1年前からできるようになった水魔法で、趣味の観葉植物に水やりをしていたんだ。
ちなみに地方出身者で、大学生ぼっちな俺にはガチで友達がいない。
まあバイト先で話す程度の人はいるけど、遊びにいくような間柄でもないし、なかなかにロンリーでウルウルな毎日を送ってる。
そんな孤独の乗り越え方は、厨二病万歳な娯楽以外では、観葉植物育てたり、色々なペットを育てたりするのが趣味になっている。
あと魔法の修行ね、なんか使い続けることがとにかく大事らしいし、体に保持できる魔力量や操作の緻密さなんかも違ってくるらしい。なにより、ファンタジー要素大好き。
修行がわりというか、最近元気が無くなっていた観葉植物に魔力をちょっと多めに込めた水をやってみた。
効果は覿面だったらしくすっかり元気になって順調に大きくなっていっていたんだが、ここでちょっと持ち前の好奇心が疼いてしまった。
ーーこれ、生き物にやってみたらどうなんだろう?
そこで、俺が買っているグリーンイグアナの吾郎ちゃんに魔力を送ってみることにした。水とか餌ではなく直接体に。
瞑想だったり、魔力コントロールだったりと、修行を続けていくに連れて、最近ではなんとなく人の魔力量とかが目に見えるようになってきていた。
街中を歩いていても、何か色がついたオーラのようなものが見える感じで、強い人にはそれだけはっきりと視覚的にも感覚的にも感じる。ネットで調べてみると、魔力の扱いがうまい人にはそういった感知系の能力のようなものが伸びるらしい。
イグアナの吾郎ちゃんなんだが、少しづつ与えていたところ目に見えて魔力を身に纏い始めてきた。体色もより濃厚な緑になり、目にも知性を感じるようになってきた。たまに俺の言葉を理解しているような気もする。
調子に乗り始めたおれは、カブトムシの近藤くんにカメレオンのサスケさん、それだけに留まらず、近くの倉庫で飼っていた野良な子犬の元助にも惜しみなく魔力を分け与えていっていた。
一ヶ月程それを続けて、みんなすくすくと育っていっている。
最近ではイグアナの吾郎ちゃんは水槽には収まらない元気の良さで、勝手に出てきて部屋中をウロウロしている始末。サイズも30センチ程だったのが倍ほどにはなっている。
ちょっとやりすぎた感があり、魔力をやるのを控えようとしたら、円らな瞳でかなり見つめられてしまったので仕方なく今も続けている。
今日の昼ごろ、バイトに行く少し前に家を出ていき、日課の元助のもとへ餌やりに行った。
倉庫にはいなかった。どこかに遊びに行っているのだろうと、しばらく待っていたのだが帰ってこない。軽く名前を呼びながら周囲を散策していると、決して目にしたくない光景をみつけてしまった。
よくある事ではある。
道路の端にある毛の塊と所々に赤いシミのついた、普段なら目をそらしてやり過ごす物体から、その時は目が離せなかった。
通り過ぎる車が少し避けていく中、フラフラとその物体に近づいていく。近づくに連れて確信していく。その茶色の毛色、大きさ、見慣れた可愛い尻尾。俺の知っている元助だった。
涙は湧いてこない、ただ信じられなかった。
とにかく今はこの子をちゃんとしたところに埋めてやりたい。血にまみれて、半ば潰れた元助の体をそのまま抱き上げた。
周りを歩いている人たちは、「うわぁ」という表情をこちらに向けながらも遠巻きに避けていく。そんな視線を感じながら、とぼとぼと倉庫まで戻ってきた。
近くに転がっていた板切れで、いつも遊んでいた広場の隅に穴を掘る。その時になってようやく涙が流れ出てきた。
元助の体を俺の着ていた上着にくるんで穴に入れようとしたとき、元助の体の奥に青白くはっきりと光るエネルギーを見つけた。魔力のような感じ方だが、魔力ではない。もっと儚げで純粋なエネルギー。無理に掴んだら霧散しそうなほどの脆さを感じる。
ーー受け取ろう
元助にとっての大事な最期のモノ。たぶん魂というモノがあるのならこの事をいうんだろう。そう確信じみたものを感じ、手を差しのばす。元助の冷えた体に触れ、さらに意識を奥へと伸ばしていく事で魂に届いた気がした。
するりと手を通して体に入り込んでくるのを感じる。
驚いたが、集中してみると自分のモノとは別にある元助の魂。きっと俺の中に取り込むこともできると感覚的にわかったが、まあとりあえず今は保留だな。先に元助をちゃんと弔ってやろう。
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「さて、どうしようか?」
部屋のソファーに座り込み、目をつむって自分の中にある2つの魂を見つめている。
一つは自分の、そしてもう一つは元助の。大きさで言えば俺の十分の一にも満たないし、エネルギーの濃さというか強さというのもかなり薄い。
ちなみに、家に帰ってきてから気づいたが、元助の魂を一度知覚したせいか、集中する事で吾郎ちゃんや近藤くんにサスケさんの魂も同じように見えることがわかった。
ネット上でしばらく探してみても、魂のような物を知覚できるという情報は、どこぞの宗教団体くらいしか情報がなかった。それも俺が感じているようなハッキリとしたものではなく抽象的なもの。アテにはならないな。
「取り込むのもありなんだけど……さすがにちょっと怖いよね」
吾郎ちゃん達に試してみるのもやや抵抗がある。
そう考えている時に目に入ったのが観葉植物だった。いつもの熱心な世話のおかげで、うっすらと魔力が通っているのはわかるが、吾郎ちゃんたちのように魂は感じられない。
自分の魂から、ほんの少しだけ元助の魂に流し込んでみた。魂の色が気持ち濃くなってきた。
面白くなりどんどん流し込んでいってみる。
徐々に色合いがハッキリとしてきた。透き通った薄い水色が、青に近づいていく。それと同時に自分の力が衰えていく事を如実に感じ始めてきた。疲労や筋力低下、魔力の減少、なにより生き物として大事な何かが減っているという取り返しのつかない恐怖感。
すぐに止めたが、自分の生命力が目に見えて落ちている。鼓動が激しく、呼吸も荒くなっている。逆に元助の魂は最初よりかなり大きくなり、ハッキリとした力に満ちていた。
あわてて元助の魂を自分に中に流し込んでいく。特に異常はなく、もとの自分のもとへ戻っていく。全てを取り込み終わったら、最初の元助の魂と同じくらいの強さだけを取り出してみた。
ーーなるほど、なんとなくわかってきた。
かなり自由度はあるらしい。
当初の予定どおり、観葉植物に取り込ませてみよう。
取り出していた魂を観賞植物に流し込んでいく、ちっちゃな植物の小人みたいになったら面白いなぁと能天気にイメージしながら。
結果から言おう、ハッキリと動き出した。しかも予想をはるかに超えた状態で。
まず、魂を取り込ませて一時間ほどたったあたりで、植物の幹の部分が太く成長していった。幹だけで直径10センチほどの太さと15センチほどの高さに落ち着く。
俺はというとあまりの急激な変化に開いた口がふさがらない。
次に起こった事は枝葉が少しづつ収縮していき二本の均等な腕になり、先が指のように枝別れかれしていった。頭頂部は丸く膨らんでいき、少し大きなオレンジサイズに落ち着いた、天辺からは葉が何枚かと蔓が数本垂れていて帽子と髪のようになっている。
さらに、鉢の中の土がもごもごと蠢き始め、土が外にこぼれ出す。
動きが止まったと思えば、ソレは出来たばかりの両腕?を鉢の端に抑えて力づくで土から抜け出した。
現れたのは根が集合してできたような2本の足だった。
ヨタヨタと台の上をおぼつかなく歩く、ときおり躓くことはあっても無事歩くことができてきた。
生まれたばかりの子馬を見るような感覚で涙ぐんでいると、台の端から落ちそうになったので咄嗟に抱きかかえる。
その瞬間、ソレの顔に目が二つパッチリと開いた。顔の半分を埋めるくらいの大きな目でこちらをじーっと見つめてくる。特に暴れもせずにギュッと俺の服を掴んでいる姿が妙に愛くるしかった。
ふと気づいたが、足が泥だらけだったこともあり、服が汚れていた。
流しまでいって冷たすぎない程度の低温のぬるま湯で少しづつ足を揉み洗ってやると、気持ちよさそうに目を細めていた。
とりあえずテーブルの上にソイツをのせて、まじまじと観察をしてみる。
見るからに植物感マックスだったため、コップに水を入れて目の前においてやると頭のの蔓を伸ばしてコップに入れていた。たぶん、ああやって飲んでいるんだろう。
満足するまで水を飲んだあと、今はテーブルの上に積まれた本を背もたれに座り込んで、こちらを興味深々に眺めている。
沈黙に耐えかねて試しに指でお腹あたりをコチョグってみた。
最初はびっくりしていたが、すぐに体を悶えさせて笑いころげている。すぐに手を離すと期待に満ちた目で見つめてくる。またこちょばかす。キャラキャラ笑って本当に楽しそう。やめるとすぐに手に抱きついてきた。『もっとしてー』とせがんでいるようだ。
ーーうん、いたって無害。てかチョー可愛い。
しばらく遊んでいると、様子見していた吾郎ちゃんが近寄ってきた。緑小人は瞬時にビクつき、急いで俺の腕に抱きついてくる。顔は今にも泣きそうになって、全身プルプルさせている。
怯える緑小人を肩に載せ、五郎ちゃんを胸に抱く。ーーおおふっ、さすがに60センチサイズは重いな。五郎ちゃんの体をゆっくりと撫でてやっていると気持ちよさそうに目を閉じている。
しばらくそれを続けていると、頭に寄り添って恐る恐ると眺めていた緑小人も、徐々に興味を示してきたようだ。
そろりそろりと頭から蔓を伸ばしている。ーーその蔓チョー便利なのね。
ちょっとだけツンとつついてみると、五郎ちゃんが静かに目を開けて緑小人見つめきた。そしてまた気にせずまた目を瞑る。それで安心したのか、そっと手をのばし撫で始めた。
30分後、五郎ちゃんの背に乗って楽しそうにはしゃいでいる緑小人がいた。
そこで安心した俺は、冷蔵庫からビールをとりだし蓋を開けた。どうやら振られていたようで、缶から泡が溢れ出し床に少しこぼしてしまった。軽く舌打ちをして、風呂場へタオルを取りに行って戻ってみると、緑小人が蔓を伸ばして吸っていた。
俺に気づき、初めての感覚に胸を躍らせている、そんな期待に満ちた目で見上げてきていた。
そして、冒頭にもどる。
バイト先には体調不良を理由に休むと連絡しておいた。