オークの受難
目の前で、豚が泣いている。
”鳴いている”じゃない、”泣いている”だ。
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ある日の午後
ガンジーと縁側で向かい合ってオセロに興じていた。
モンテはオセロ盤の横で、どこぞの大仏のような格好で横たわりそれを眺めている。
ロッコはというと、庭で開催されている緑小人達の相撲大会を観戦していた。
突如、頭の中に響き渡る緑小人たちの救難信号。
『きゃー たーすーけーてー』『ブタさんきたー』『いーち、にーい、さん?』
どこか楽しそうな、緊張感に欠けるテレパスを受けとる。
あいつらは、自分らが餌になっているという自覚がまったくない。いや、自覚はあるかもしらんが大して焦っていない。せいぜい鬼ごっこ感覚だ。
「むっ! これはイカんぞっ!」
とっさに勢いをつけて立ち上がったせいで、オセロの盤面がグシャっとなる。手を添えていたせいで軽くシェイクもされている。修復は不可能だ。
ジトっとした目で見つめてくるガンジーを放置して、庭におりて正一の名を叫ぶ。ついでに格好つけて指笛も吹いてみた。
目の前の畑で、緑小人を背に乗せ休んでいた俺の愛鳥ランバードの正一くんが、立ち上がってこちらに向かってきた。
なんとなく『うるせぇなコイツ、テンション高えよ』という気持ちを感じたが気のせいだろうな。でも近くにいるときは、この呼び方はもう止めよう。嫌われたくない。
ガンジーとロッコもランバードにまたがり、救難信号の発生点を目指し樹海の町を疾駆していく。
アスファルトを猛スピードで駆け抜け、道を塞ぐ物や倒木を軽々と跳び越える。
建物の屋根へと跳び上がれば、羽を上手く使い着地の重さを無くしている。屋根から屋根へ、時に巨木の枝からも滑空し、樹海を走るランバードを阻むものは何もない。
現場の近くにいた小鬼族騎兵隊の一隊は、既に戦闘を開始しているらしい。
現場に到着してみると案の定、オークの集団だった。槍や剣で武装しているのが3匹いる。
これまでは、樹海の奥にまで侵入してくる魔物といえばゴブリンやコボルトばかりで、オークは初めて見た。
一応ネット動画でも数々の戦闘シーンが公開されており、その高い膂力と打たれ強さは確認できている。
厄介なのは、人間の武器を装備して戦う唯一の魔物というところだろうが、まあ見る限り速度はそれほどでもないようだし、技術といっても振り回しているだけだ。
対する騎兵隊の標準装備は、2メートルのがっしりとした杖がメインに、それぞれの獲物を腰や背中に装備している。
杖の材質が樹海の木だからなのか、魔力を込めれば金属武器が相手でも受けとめれる。
防備はイノシシの皮革を重ね合わせて作られた、胸当てと腰あて、腿当てに小手とブーツという動き安さを重視した最低限のものを使っていた。
その長い間合いとランバードを駆る素早い動きは、騎兵隊一隊でも十分オークたちを撹乱している。
俺たちの到着と同時に、端のオークに騎兵隊を一隊全員で当たらせ、残りの2匹は俺と岩人の2人で受け持つことにした。
とりあえず、端の一匹はガンジーだけで抑えておいてもらおうか。
指示をうけ、それぞれが自分の担当に向かっていく。
ロッコと俺に距離を取られて挟まれるオーク、2人で交互にフェイントや牽制を入れ圧をかけていく。
しびれを切らしたオークが飛び込んで西洋剣を振り下ろしてくるが、余裕を持って避けれる。
そのやり取りを何度か繰り返し
ーー なんだ、こんなもんか
一応、初見の魔物ということで慎重に様子を伺っていたが、特に問題はなさそうだ。
ロッコとタイミングを合わせ、オークの背後を駆け抜けざまに斬りつけた。
スコップは刃先をしっかり研ぎあげているので、それなりの切れ味がある。
魔力を多めに込めていたこともあり、オークの呻き声とともに確かな感触が手に伝わってきた。
切りつけていった俺に対して、オークは血走った目を向けてきている。脂肪に包まれているだけあって、評判通りタフではあるようだな。
視線がぶつかりあい、さらに緊張感が高まっていく。
ーー ドッゴン
凄まじい重低音と共に俺たちの横を別のオークが飛んできた。
ズザザーっと音を立て地面を滑っていき、ぐったりと両手両足を力なく投げ出している姿が目にはいった。
一体何事かと飛んできた方向をみると、ガンジー先輩が腰を落とし正拳突きを打ち抜いた状態で静止している。少し後ろで、クールに控えているのは相棒のランバード。
ーー マジカッケぇ
と思っていると、すぐ側からも ーー ズドン という重い音。
振り返れば、オークが体をくの字に曲げて、若干体を浮かせていた。
いつの間にかランバードから降りていたロッコさん。体のひねりを加え、存分に体重をのせた見事なボディブローだ。
この前テレビで見てたボクシング試合の影響かな? 庭でよくシャドーしてたしね。
オークはそのまま受身も取れず、地面に崩れ落ちていった。
お尻を突き出してピクピクしている。
小鬼族たちはというと、順調にオークを追い詰めている。
じつは、オークを相手取りながらもちょこちょこと視界の端には入ってきていた。
最初はかなり強気な様子だった。
槍を肩におき、口端を釣り上げ周囲を不敵に見渡していた。
騎兵隊に3方向から囲まれ杖を突きつけられても、怯みもせずに悠然と槍を構えはじめたほどだ。
その雰囲気は喧嘩慣れしたアウトローのようだった。自信に満ちている。
俺の側でロッコが、オークの腹をサンドバック代わりにしている。自分のフォームにイマイチ納得いってないようだが、それを軽く諌めながら小鬼族たちを眺めていた。
こらこら、そろそろ止めたげなさい。その子吐くもの残ってないよ。
ーー ゴンッ
オークの思った以上に、騎兵隊の突きは強く鋭かったらしい。
斜め後ろから不意をついて飛んできた突きをかわせず、側頭部にモロに受けてしまっていた。
顔を痛みに歪めながらも、憎々しげに相手を睨みつけ槍を向きかえた。
その直後に ーー ドスッ と別方向から横腹に杖先がめり込んでいた。結構めりこんでた。
あれはやせ我慢のしようがないだろう。
ーー そもそも小鬼族って、真面目だから毎日訓練欠かしてないんだよな。
それに囲まれた上、ランバードの勢いと体重まで乗ってんだから……そりゃぁ ねぇ?
逆になんであんな自信満々だったのか問いただしてえわ
オークの言葉なんかはわかるはずもないが、なんとなくその表情や唸り声、立ち居振る舞い方から察すると
『おう、やんのかぁ いい度胸してんじゃねえか』
『ああん、テメエなに生意気に一発入れてくれてんだゴラぁ』
『上等だよ、てめえからやってやんよ……』
『おぉぶぅ』
『イヤ、だからっ オマエからっ』
『イタっ ちょっと待てって!』
『チョッ マジっ』
『マっ ごふぅぅっ』
という感じで、騎兵隊から終始小突き回されていた。
武器を落とし、両手で頭を抱えてうずくまったのは最悪の悪手だったな。
小鬼族の突きに加えて、ランバードの蹴りも加わり始めた。
それはもう容赦なくガッシガシ蹴り入れてた。さすがは樹海の町の走り屋チーム。小鬼族のツナギが特攻服にしか見えなかったね。刺繍いれてやりてえわ。
オークさん、涙と鼻水と血で顔がエライことになってますよ……
結論、半端に強いと地獄を見るよね。




