「ヒトデのお姉さん」<エンドリア物語外伝50>
怒った女の子を見たことはある。
激怒した女性も見たことがある。
そして、いま現在、鈍感と言われるオレの目にも明らかなほど怒り狂ったフローラル・二ダウで働いている女の子が目の前にいる。
「おはようござます。どうかしましたか?」
オレの隣にいたシュデルが聞いた。
時刻は、朝8時を過ぎたばかり。
キケール商店街が客を迎える準備をする為に動き出す時間だ。
オレもシュデルも店のカーテンを開けて掃除を始めたところだった。そこにフローラル・二ダウで働いている女の子が飛び込んできたのだ。
「ヒトデに怪我をさせたのはウィルよね」
商店街ではいつも笑顔で人当たりがいいと評判なのに、今は目がつり上がり、顔面が強ばって鬼のようだ。
「ヒトデ?」
「このヒトデよ!」
女の子がエプロンの上に斜めがけしたポシェットを指した。布で出来たポシェットから赤いものがチョコンと見えている。
ムー製作のヒトデ型魔法生物が入っているらしい。
「ひどいと思わないの!」
「店長、ヒトデに怪我をさせたのですか?」
「怪我?」
「ウィルが爆発に巻き込んだんでしょ!」
「いったい何をしたのですか?」
「あれかなぁ」
昨日の夕方、買い物をして帰ってくると店の前で魔術師に襲われた。その時、ヒトデがフローラル・二ダウから店に帰るところだったらしく、道を横切っていた。
「魔術師に襲われたから、ヒトデを捕まえて投げつけた」
ヒトデが魔術師に触れると魔力の流れが狂う。直後、爆発が起きた。
オレに魔法を撃とうとして、暴発したのだろう。
魔術師は腕を怪我していたが、命には別状なさそうなのでオレはそのまま店に帰った。
「あの時の爆発かな」
フローラル・二ダウの女の子が、オレをにらんだ。目にうっすらと涙が溜まっている。
「なんで、投げたのよ!」
「魔術師に襲われたから」
「ヒトデを投げつけることないでしょ!」
「魔法生物だからいいかなと思って」
「魔法生物だって生きているのよ」
「そういわれても」
ムーの部屋の中には、正体不明の魔法生物が色々と生息している。女の子の言うとおりに『生きている』と気を使っていたら、こっちが大怪我する羽目になる。
「もし、魔力が多い魔術師だったら、ヒトデは死んでいたのよ」
言われて、思い出した。
魔力の多い魔術師が触れるとヒトデが壊れるとムーが言っていた。だから、ムーもシュデルもヒトデには直接は触れない。
女の子が飾ってあった素焼きの大壺を持ち上げた。
「やめてください!」
シュデルが慌てて止めた。
「やるなら、こちらの方で」
勧めたのは巨大な青銅の壺。
女の子の力では絶対に持ち上がらない。
女の子は素焼きの壺を置くと、青銅の壺に両腕を回した。
「じゃあ、遠慮なく」
重量のある壺をつかむと、軽々と頭上高く持ち上げた。
「どりやぁーーーー!」
オレに向かって投げつけた。
「わぁ!」
紙一重で避けた。壺はオレの横を飛んでいき、カウンターの側に地響きをたてて落ちた。
「な、なんで、あれが持ち上がるんだよ」
「シュデル、次はこれで殴りたいんだけれどいいかな」
女の子が指したのは、石灯籠。
高さ2メートルほどの長方形の石をくり抜いて作った殺傷力あふれる展示品。
「その石灯籠は振り回されるのは好きじゃないんです」
「青銅の壺なら、投げてもいいの?」
「宙を飛ぶのも地面に落ちるのも大好きです。どうぞ、ご自由に投げてください」
「ありがとう」
青銅の壺を拾いに行こうとした女の子に「待ってくれ」と頼んだ。
「怪我をしたっていうのは、本当なのか?」
女の子はポシェットに手を入れた。そして、ヒトデを取り出した。
「ほら、ここよ、ここ」
手のひらに乗せたヒトデの左手の先端を指した。
ちょっとだけ、削れて白い色になっている。
「自分で何かにぶつかったんじゃないのか?」
「ヒトデは、嘘なんて言わない!」
女の子は顔を赤く染めて怒鳴った。
オレもシュデルも驚いた。
ヒトデは、オレの部屋に置かれている特性ビーカーの中で暮らしている。前はムーの部屋に置かれていたのだが、ムーの部屋には魔法道具が多いため、オレの部屋に置くことになった。
オレが知っているヒトデは、窓辺に置いた透明なビーカーの端にぶるさがってブラブラしていることが多い。オレの方を見ることもなければコミュニケーションを取ろうとすることもない。
ムーから知性があるということは聞いていた。フローラル・二ダウの女の子のところに遊びに行くから”慕う”という感情があることもわかっていた。でも、それはペットのようなもので、言語によるコミュニケーションが取れるとは考えたこともなかった。
「このヒトデ、しゃべれるのか?」
「口がないんだから、しゃべれるはずないでしょ!」
「どうやって、コミュニケーションを取るんだ?」
オレの質問に女の子が驚いた。
「この子、桃海亭では何をしているの?」
「ビーカーにぶるさがって、下を向いている」
フローラル・二ダウの女の子は手のひらのヒトデを、ポシェットに入れた。そして、オレではなく、シュデルに言った。
「この子の怪我、ムーに治せないかな」
「まだ、寝ています。あとで、来ていただけますか?」
「お昼頃過ぎでいい?」
「大丈夫だと思います。ムーさんが無理のようでしたら、そちらに僕が伝えに行きます」
「ありがとう」
オレの方を見ず、店を出ていった。
小さな嵐が吹き抜けた時間だった。
「ムー、いる?」
「いま、呼びますね」
店の奥の扉を開くと「ムーさん、ヒトデのお姉さんが来ましたよ」と呼んだ。すぐにトントンという階段を降りてくる音がして、ムーが姿を現した。
「ほよしゅ」
「ムー、このヒトデの怪我、治らないかな」
布のポシェットからヒトデを取り出した。そっと手のひらに乗せて、ムーの前に出した。
「治らないしゅ」
「治らないんだ」
がっかりした様子で、ヒトデを見た。
ヒトデは無事な右手で、女の子の親指をポンポンとたたいた。
「うん、わかっている。でも、削れていると痛そうだから」
「削れたところは魔法設計に関係ないところだから特に問題ないしゅ。色はつけられるしゅ」
「つけられるの?」
女の子の顔が明るくなった。
「はいしゅ」
「どうやればいいの?」
「そのヒトデの色はビーツしゅ」
「ビーツ……赤カブのこと?」
「元々は白いヒトデだったしゅ。ビーツでつけたっしゅ」
「赤カブの汁を塗ればいいの?」
ムーがプププッと笑った。
「ヒトデの材質は、煮ないとダメしゅ」
シュデルの顔色が変わった。
「ムーさん、まさか……」
「へへへっ、しゅ」
「どうしたんだ?」
「この間、ビーツを煮たんです」
「何に使ったんだ?」
「ボルシチです」
珍しい赤いカブが手に入ったからと、この間シュデルがボルシチを作ってくれた。
とってもうまかったのだが。
「ムー」
「はいしゅ?」
「一緒に煮たのか?」
「煮たしゅ」
オレがつかまえるより早く、女の子がムーの襟をつかまえていた。
「どりやぁーーーー!」
床にたたきつけた。
「ほぎゃあしゅ!」
気の抜けたような叫びを発したムーは、すぐにゴロゴロと転がってオレの足下に逃げてきた。
「ヒトデを煮るなんて、この人でなし!」
人でなし、ひとでなし、ヒトデなし。
「まあ、その通りなんだけど、ギャクとしては……」
「店長!」
青銅の壺が高速回転して、オレの方に飛んできた。
「わっ!」
オレが避けた壺は、カウンターの前でピタリと止まった。
女の子がエプロンから、重そうな金袋を出した。
「あたしが持っている全財産。金貨3枚分。これでヒトデをあたしに譲って」
カウンターにドンと置いた。
「ダメだ」
「ダメしゅ」
断ったオレとムーは、完全に無視された。
シュデルをすがるような目で見ている。
「店長やムーさんに悪気はないんです。魔法生物には大陸共通のルールがありまして、この魔法生物は譲渡できないんです」
「桃海亭はルールなんて、いつも無視しているじゃない。譲って、お願い」
シュデルが苦笑した。
「確かに桃海亭はルール無視の常習犯です。でも、これを譲るとリ……ヒ、ヒトデのお姉さんに迷惑がかかるんです。先ほど言葉がわかるということを話していましたよね。もし、本当に言語を解する魔法生物ならば、売買禁止、譲れる先は魔法協会の本部くらいしかありません。それくらい特殊な魔法生物だと思ってください」
「でも、桃海亭にいたら、また煮られたり、魔術師に投げつけられたりして…………」
そこで女の子は言葉が詰まったのか、口を手で覆った。
肩が震えている。
「僕がそのようなことをしないように見ていますから」
「シュデルがヒドいことをしないのはわかっている。でも、ムーやウィルがやらないとは限らないし、それにシュデルが気づくのはやった後でしょ?」
シュデルがオレ達を見た。
「わかった。もう、魔術師に投げつけない」
「煮ないしゅ」
「これでどうでしょう?」
女の子は首を横に振った。
「では、リ……ヒトデのお姉さんがフローラル・ニダウで働いているときはポシェットに入り、帰るときに店長の部屋のビーカーに戻るではどうでしょう?これならば、魔法協会からの問い合わせにも、フローラル・ニダウに遊びに行っているという理屈で押し通せます」
フローラル・ニダウの女の子の手首に張り付いていたヒトデが、小さな手で女の子の親指にポンと触れた。
「うん、わかった」
そうヒトデに言うと、顔を上げてシュデルを見た。
「その条件でいい。だから、ヒトデをお願いね」
「わかりました」
シュデルはカウンターに置かれた金袋をシュデルが持ち上げると、女の子に渡した。
「どうぞ、お持ち帰りください」
「ヒトデの為に使って」
「桃海亭にあると店長とムーさんのご飯代になります」
そうシュデルが言うと、素早くエプロンのポケットにしまった。
手首に張り付いているヒトデがポシェットに戻ると、女の子は帰っていった。
「驚いたしゅ」
「ああ、驚いた」
オレは女の子が青銅の壺を軽々と持ち上げたことを言ったのだが、ムーは違ったようだ。
「ヒトデ、失敗だしゅ」
翌朝、オレとシュデルがカーテンを開いているところで、桃海亭の扉が乱暴に開かれた。
「ムー、いる?」
フローラル・ニダウの女の子が、大きなバケツを持って入ってきた。
バケツには水が入っており、氷まで浮かんでいる。
顔は昨日より、さらに凶悪な表情をしている。
「まだ、寝ていますが」
シュデルは、逃げ腰にながらも答えた。
「2階よね」
奥の扉を開けて、階段をあがっていく。
「危ないです、ダメです。リ……ヒトデのお姉さん!」
シュデル、そして、オレが続いて階段を上がった。
ためらいもなく、ムーの部屋の扉を開けると、寝ているムーに向かって氷水をぶっかけた。
「ひよぇーーしゅ!」
飛び起きたムーが、女の子に気がついた。
「なにするしゅ!」
「ヒトデを氷水に漬けたわよね?」
「はうしゅ?」
「氷水に漬けて『冷たいしゅ?』って、聞いたのよね?」
ムーがデカい瞳をさらにデカくした。
「なして、わかったしゅ」
「ヒトデに聞いたからに決まっているでしょ。今朝、ヒトデの身体がやけに冷たいから、理由を聞いたら『煮ないしゅ、漬けるだけだからいいんだしゅ』と言って、氷水に投げ込んだそうね」
女の子の全身から怒りのオーラが立ち上がっている。
「すみません。僕がもっと見張っていれば」
女の子は、謝っているシュデルを完全無視。
エプロンのポケットから、スティック型のキャンディを取り出した。
条件反射でムーがキャンディに飛びついた。
そのムーをつかまえると、小脇に抱えて階段を駆け下りて、店からでていってしまった。
「リ………ヒトデのお姉さん、ムーさんにひどいことをしませんよね?」
「まあ、大丈夫だろ」
「店長……」
斜め向かいで働いているのだ。
花屋の女の子なのだ。
それほどひどいことをするとは思えない。
「苦いハーブティでも飲まされて終わりだろ」
それより問題なのは、ヒトデだ。
方法はわからないが、ムーの言葉を正確に花屋の女の子に伝えている。
ムーの計算ではヒトデは人間に換算すると生後2ヶ月ほどの知能で作ったそうだ。人を見分けて、慕ったり嫌ったりすることはあるが、言語でコミュニケーションを取れるだけの高度な知能はつけていなかった。失敗作で高度な知能がついているとなると、ヒトデは見かけとは違い高度な魔法生物に分類される。下手をすると単純な魔法生物ではなく、ホムンクルスなどに使われる人工生命体のルールが適用されることになりかねない。
膨大な書類と魔法協会による厳密な審査。
もちろん、報告するつもりはない。
桃海亭はルール破りの常習犯なのだから。
「帰ってこないのですが」
フローラル・ニダウの女の子はすぐに戻ってきて、笑顔で働いている。ポシェットにはヒトデ。特に変わった様子はない。
「なぜ、ムーさんは戻ってこないのでしょう」
女の子が戻ってきてから、すでに10分以上が経過している。
「まあ、予想はついているけどな」
フローラル・ニダウの女の子。
オレが思っていたより、怒っていたらしい。
「ちょっと、迎えに行ってくる」
「ムーさんの居場所がわかっているのですか?」
「あそこしかないと思うんだけどな」
フローラル・ニダウの店の脇に細い階段がある。地下の保冷庫に降りる階段だ。ニダウの地下にある遺跡には、冷却の魔法がかかっている。そのため、ニダウの住人が自由に使える共同の保冷庫となっているのだが、地下深い場所にあるのであまり利用されていない。
遺跡はニダウの地下全体に広がっているが、その一画に【赤の壁】と呼ばれる場所がある。石を積み重ねた壁がなんとなく赤いから呼ばれているのだが、そこの辺りはなぜか魔法が働かない。
「おーい、ムー。いるかー!」
「こ、ここしゅ」
3メートル四方の大型の木箱が、壁の前に3つ並べてあった。その向こうから声がする。
「生きているか?」
「助けてしゅ。凍っちゃってるしゅ」
泣き声だ。
「木箱を動かすから、危なくないところに移動しろよ」
積み重なっている木箱を押した。
重い。
「このぉーー!」
動かない。
体当たりをしたが、びくともしない。
「ウィルしゃん」
すすり泣きになった。
箱の重量よりも、箱の下の部分が凍って床に密着している。
箱を越えて助け出した方が早そうだ。
箱を登ろうとして、箱の表面が氷の板状になっていることに気がついた。水を掛けたのだろう。ツルツルで指をかけるところがない。垂れた水が凍って箱を床に固定している。
「花屋の子、よく考えているよな」
あらかじめ箱を配置して、そこに水を掛けて逃げられない檻を作り、あの馬鹿力でムーを上から投げ込んだのだろう。
魔法が使えないムーは逃げることができず、凍死だ。
気配を感じて振り向いた。
「どいて」
そういうとフローラル・ニダウの女の子は手に持った大型のポットからお湯を注いだ。箱と床の接着部に沿ってグルリとお湯をかける。
氷が溶けたところを見計らってオレが箱を押した。箱は簡単に動いた。
「ウィル、しゃん」
凍ったムーが丸まっていた。
寒くて、動けないらしい。
「ヒトデも、とってもとっても冷たかったのよ」
ムーがコクコクとうなずいた。
「ヒトデをいじめたら、許さないんだから」
怒っているのに、涙を浮かべている。
女の子が去ったところで、凍ったムーを回収した。
店に戻ると、シュデルがすぐに道具でムーを暖めてくれた。
「どこにいたのですか?」
「地下保冷庫」
「ヒトデを冷やしたからですか?」
「そうだと思う。冷たい辛さをわかってもらいたかったんだと思う。オレが行ったすぐ後に助けに来てくれた」
「過激とというか、乱暴な方法ですね」
「ヒトデのお姉さんとしては、多少乱暴な方法でも、ヒトデに危害を加えられるのを止めさせたかったのだろう」
凍りそうになったのだ。
下手すれば、死んだのだ。
ムーもこれで懲りただろう。
ポシェットにいるヒトデの頭を、女の子が指で優しくなぜている。
ヒトデが、うれしそうに目を細めた。
扉が開いたのは、オレとシュデルが開店準備の為、箒とチリトリを掃除道具入れから出したところだった。
ゆっくりと開いた扉から入ってきたのは、花屋の女の子。
微笑んでいるのだが、表情が固まっている。
オレとシュデルがいないかのように、店の中を横切って行く。
右手の持っているのは、花鋏。
シュデルが慌てて女の子の右腕をつかまえた。
「放して」
静かな言い方だった。
怒っている感じじゃない。
冷え切って、冷え切って、冷え過ぎて熱く感じる、あの感じだ。
「ムーさんのところに行くんですよね?」
「そうよ」
「このハサミをどうするんですか?」
「ちょっと切るだけ」
「何を切るんですか?」
シュデルは女の子を刺激しないように、穏やかに優しく聞いている。
「ムーの髪とか、ムーの爪とか、ムーの指とか」
「それなら、手は放せません」
「なんで?」
「最後のは犯罪です」
「犯罪?何が?」
「化け物のムーさんでも、傷つければ犯罪です」
「『ムー・ペトリは殺しても罪にならない』って、アーロン隊長が言っていた。指を切っても大丈夫」
シュデルは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻った。
「それはアーロン隊長のマイルールです。ヒトデのお姉さんがやったら捕まります」
「なら、あたしのマイルールはムーの指を切っても罪にならないにする」
「落ち着いてください。ムーさん、ヒトデに何をしたんですか?」
女の子の瞳に、じんわりと涙が浮かんだ。
「あのね、シュデル」
「はい」
「ヒトデのこと、針で突っついたの。『痛いしゅ?』だって。ひどいよね」
「はい、ひどいです」
「何度も何度も突っついて『痛覚検査しゅ』って言ったの」
ポロポロとこぼれた涙が床に落ちた。
「すみません。あとでムーさんに」
「いま終わらせる」
ハサミを持ち上げた。
手入れが行き届いているようで、刃がピカピカだ。
「ダメです」
「すぐ終わるから」
「ダメです」
「あたし、上手だから。10本くらいなら、あっという間」
「茎じゃなくて、指ですから」
「ないほうがシュデルもよくない?」
「ないほうが恐ろしいことになるような気がします」
「でも、切るの」
シュデルの腕を振りきって、奥に行こうとした。
「ダメです」
シュデルが腕を再びつかんで制止する。
「ヒトデのお姉さん、よく聞いてください。切ってもお姉さんにもヒトデにもメリットはないんです」
「でも」
「ムーさんの暴挙を止めるには指を切るだけじゃダメです」
「でも」
「大丈夫です。僕と少し話をしませんか?」
「その間にムーが逃げるかもしれないでしょ」
「ムーさんは昼まで起きません」
2人の応酬は当分続きそうだ。
オレは箒とチリトリを持って、店を出た。
最後には、粘り強くて弁が立つシュデルが勝利を収めるだろう。
店の前を掃きながら2階を見上げた。ムーの部屋の窓は閉まっている。
昨日、凍りそうになったばかりだというのに、またやった。懲りないなあと思いながら、オレは掃く手を早めた。