第一幕 第九場
つぎの動画ファイルを再生した。画面には少し離れた場所でバーベキューグリルを囲むユイとアキラと金髪の女、それに背が高くてやせている痩身の男が映し出された。場所は砂浜のようで、あたりはすっかり日が落ちて夜になっており、設置されたいくつかの投光器により周囲は明るく照らされている。
画面がズームアップされると、金髪の女と痩身の男が何やら楽しげに会話している様子が見てとれた。だが距離があるためか、その声は聞こえてこない。
「なんだよあいつ、楽しそうにしやがって」髭の男の愚痴る声が聞こえた。
痩身の男はスタイルもよく、その顔立ちもよいため好青年のような雰囲気を醸し出している。白い軍手をはめて率先してバーベキューを調理しているのも好印象を感じられた。
「あんな男がいいのか」
画面がズームバックしていくと、画面端から新たな人物な登場した。その人物は眼鏡をかけた女で、手にはビデオカメラを掲げており、どうやら撮影している様子だ。そのためビデオカメラが邪魔で顔がよく見えない。
眼鏡の女がこちらに近づいてきた。「ねえ、『ジュン』たちがどこに行ったか知らない。ビデオカメラを取りに行ってもどったら、いなくなっているし」
「あいつらなら食事を済ませて向こうだ」髭の男が言った。「花火をやるつもりらしい」
「いいね花火」眼鏡の女がうれしそうに何度かうなずく。「ところであんたはやらないの?」
「おれはもう少しここで涼んでおくよ。先に行っててくれ」
「わかった。それならあとでね」
「ああ」
眼鏡の女が立ち去ると、画面はその背中に向かって動き出した。いま画面では、眼鏡の女が闇にまぎれて消えていくのを静かに見守っている。やがてその姿が見えなくなと、画面が大きく反転する。すると突如として金髪の女が目の前に現れた。
髭の男が驚きの声を漏らす。「驚かすなよ、ばか。急に出てきたらびっくりするだろ」
「急にってどういうことよ」金髪の女が不満げに言う。「わたしならさっきからここにいたわよ。カメラの撮影に夢中で気づかない、あなたが悪いんじゃないの」
髭の男が溜息を漏らす音が聞こえてる。「それで、おれに何か用なのか?」
「あら、用がないと話しかけたらだめなの」金髪の女は挑発するかのような口調だ。「だってあなたひとりでぽつんと、さみしそうにしてたから声をかけてあげたのに」
「大きなお世話だよ。それよりもいいのか?」
「何が?」
「おまえ、あいつと楽しくおしゃべりしていたんじゃないのか?」
「あいつってだれのことよ?」
画面が動きだし、バーベキューグリルの前に立つ痩身の男を映し出す。数秒後、ふたたびビデオカメラが金髪の女に向けられた。
金髪の女は含み笑いをしている。「もしかしてヤキモチを焼いているの?」
「だれが焼くもんかよ!」髭の男は声を大にして否定する。
金髪の女がくすくすと笑い出すと、髭の男は何やら言い訳がましいことを口にしだした。すると金髪の女の背後を男性らしき人物が横切って行く。だが肩から上が画面から見切れてしまっているので、だれなのかわからない。
「はいはい、わかったわかった」金髪の女が言った。「ところでみんなはどこへ行ったの?」
「あっちで花火やるってさ」
「そいつはラッキー。ついているね」
「ついている?」
「うん、そう」金髪の女はうなずいた。「きょうの占いでラッキーアイテムが花なの」
「あいかわらずおまえは占いが趣味なんだな」髭の男はうんざりといった口調になる。「いい加減飽きないのか」
「飽きるわけないでしょう。大好きなのに。あなただって子供の頃は、はまってたじゃない」
「子供の頃の話だろ。おれたちはもういい大人だ。占いから卒業したらどうだ」
「いちいち人の趣味にけちをつけないでよね。それよりも早く行きましょう」
「行くってどこへ?」
「きまってるじゃない、花火よ。いっしょに行くでしょう?」
しばし間があく。「ああ、行くよ」
「だったらいつまでもそのカメラで撮影してないで、さっさと行くわよ」
金髪の女がそう言って画面から姿を消すと、動画はそこで終了した。