第一幕 第八場
つぎの動画ファイルを再生した。画面にはビキニの水着の上に、パーカーを羽織った金髪の若い女が映し出された。金髪の女は気だるげな表情でソファーに腰かけている。どうやら場所は洋館のラウンジのようで、画面に見切れるようにして入れ墨の女も映り込んでいた。
「どうしたんだよ」髭の男の声だ。「そんな浮かない顔して」
画面が金髪の女へとズームアップされる。すると金髪の女はこちらに顔を向けた。金色に脱色したその髪はボブヘアーの髪型にされており、きめ細かく手入れをしたであろう白い肌の顔によく似合っていた。だがしかし、こちらを射抜くような鋭い目つきからは、高圧的な印象を受ける。
「何を勝手に撮ってるのよ」金髪の女は眉根にしわを寄せると、不機嫌そうな態度になる。「ちゃんと事前にわたしの許可を取りなさいよね」
「べつにいいだろ。せっかくの思い出作りなんだから」
「思い出作り?」金髪の女は眉をつりあげる。「あんたは気楽でいいわね。こっちは出会いを期待して来たというのに、貸し切りってどういうことよ。どこにもいい男がいないじゃない」
「ここにいるぞ」
「冗談はよしてよ」金髪の女は鼻で笑った。「あなたは対象外にきまってるでしょう。大体ね、髭を生やしている男なんて女から見れば不衛生でいやなのよ」
「言ってくれるな。こっちも金髪に染めてる女なんてごめんだ。頭の軽い女みたいでいやだね。おれは知的な女が好きなんだ」
「何よそれ。それってただの偏見じゃない」
「そっちだって偏見だろ。だいたいおまは——」
「はいはいストップ」入れ墨の女が会話に割ってはいる。「これ以上はやめなさい。また昔見たいに喧嘩になるわよ」
「べつに喧嘩なんてしてないわよ」金髪の女が横を向く。「だいたいわたしたちは大人よ。こんな子供じみたことで、喧嘩なんてするわけないじゃないのよ」
画面がズームバックし、フレームの中に金髪の女と入れ墨の女の姿を収めた。
「あら、そうなの」入れ墨の女が言った。「こわい顔しているから、てっきり怒っているのかと勘違いしちゃった」
「ひどい」金髪の女は顔をしかめた。「わたしはただ単に目つきが悪いだけで、べつに怒っているわけじゃいって知ってるでしょう」
「ああ、そうだったわね。ひさしぶりに会うから忘れてた」
「まったくもう」金髪の女はやれやれといった様子でため息をつくと、あぐらをかいて頬杖をついた。
「そんなこわい顔をしていると、男が寄ってこないぞ」髭の男が楽しげに言う。「もっと笑わないと」
「うるさいわね。そんな安い挑発には乗らないわよ」
金髪の女が手で追い払う仕草を見せると、画面は横へとスライドする。するとふたりの女の姿が画面から消えたかと思うと、新たな人物が現れた。その人物は背の低い小柄な女で、何やら教科書らしき本をひろげて呼んでいる。服装はチノパンにポロシャツというラフな格好だ。
「もしもしお嬢さん」髭の男が呼びかける。「こんなときにお勉強ですか?」
小柄な女はその呼びかけに気づいた様子はない。
画面がズームアップすると、その思案気な顔を大写しにする。小柄な女の髪は長く、前髪は一直線に切りそろえられている。切りそろえられた前髪の下から見える細い眉が、お互いに引き寄せ合い、眉間にしわを作っていた。その顔にわたしは見覚えがあった。先ほど見た、ベッドで横たわっていた死体の女だ。
「もしもし聞こえていますか?」
髭の男がふたたび呼びかけると、小柄な女ははっとし、こちらに顔を向けた。
「びっくりした」小柄な女が言った。「いったい何しているの?」
「それはこっちのセリフだよ。おまえこそ何をしているんだ」
「勉強にきまってるでしょう」そう言って小柄な女は教科書をこちらにむけた。「来週にね、大学でテストがあるの」
「おいおい、せっかく島に来たんだから遊べばいいのに」
「もうじゅうぶん遊んだわよ、ふたりが来る前にね。さっきまでずっと海で泳いでいたんだから、あとは勉強の時間よ」
「だからってそんなまじめに勉強しなくても。どうせならカンニングすればいいじゃないか」
「社会人としてあるまじき発言ね」金髪の女の非難する声が聞こえてきた。「恥ずかしくないのかしら」
「べつにいまはおまえとしゃべってないよ。邪魔しないでくれる」
「はいはい、わかりました。邪魔して悪かったわね」
画面がズームバックし、小柄な女の全身をとらえる。その小さな体つきのせいか、どうしても弱々しい印象を感じてしまう。
「そうそう話のつづきだけど」髭の男が言った。「いまどきスマホや携帯電話を使ってテスト中に答えを教え合えばいいじゃないか」
「それがだめなの」小柄な女は肩をすくめてみせた。
「どうして?」
「GPSジャマーって知ってる?」
「GPSジャマー?」髭の男はおうむ返しする。「何それ?」
「わたしもくわしくは知らないんだけど、妨害電波を発生させる装置らしいの。大学の教授がそれを使って、テスト中のスマホや携帯電話の通信を遮断させてカンニングを防いでいるのよ」
「すごいな」髭の男は感心したような口調になる。「いまの大学ってそこまでするのかよ」
「まさか」小柄な女は首を横に振る。「その教授の個人の判断で使用したらしく、それで大学側ともめているのよね。通信法がどうたらこうたらで、ややこしい話になってるみたい」
「そりゃ勝手にやったら問題になるわな。それにしてもそのGPSジャマーってのすごいな」
「そうみたい。軍でも利用されていてるらしく、かなり強力な物があるらしいの。それが紛争地域で活躍しているらしく、相手の通信網をかなりの範囲で遮断できるみたい」
「へー、そうなんだ。よく知ってるね」
「知っているといっても人から聞いた話だから、どこまでがほんとうの話かよくわからないけどね」
そのときだった。小柄な女の背後を少年アキラが通り過ぎて行く。すると入れ墨の女がアキラを呼び止めた。
「アキラ、ユイ姉さんはいまどこに?」
アキラは足を止めた。「母さんなら『サクラ』さんといっしょに夕食の準備をしているよ」
「手伝おうか?」
「いいですよ。来たばっかりなんだから休んでてください」
アキラがそう言って画面から消えると、金髪の女にビデオカメラが向けられた。
「おまえ暇だったら手伝ってあ——」
「さてと」金髪の女は髭の男のことばをさえぎる。「シャワー浴びてこう」そう言って立ちあがると画面から姿を消した。
「まったく逃げ足の早いやつだ」
画面が動きだし、ふたたび小柄な女をとらえると、彼女は立ちあがっていた。
「さてと、ここじゃ勉強に集中できないから部屋にもどるね」
そう告げると小柄な女は逃げるようにして立ち去った。
「まったくどいつもこいつも逃げ足が早いと思わない?」
画面が入れ墨の女に向けられるも、すでにその姿はなかった。
「あれ、いつのまにかおれひとりかよ……」
髭の男がさみしげにそうつぶやくと、そこで動画は終了した。