第一幕 第七場
つぎの動画ファイルを再生した。画面にはつい先ほどわたしが見ていた洋館の姿が映し出された。少し離れた場所から撮影しているようで、だんだんと洋館へと近づく様子が流れる。
「でかい建物だな」髭の男の声だ。「撮影のしがいがあるよ」
「わたしたちだけの貸し切りだってさ」
入れ墨の女の声が聞こえると、画面が横へと動きだし、その姿をとらえる。
「ってことは、この島にいるのはおれたちだけってこと?」
「ええ、そうよ」入れ墨の女はうなずいた。「せっかくみんなで集まるんだから家族水入らずがいいだろうって、ユイ姉さんが洋館の貸し出し別荘を丸ごと借りたの」
「さすが『西村』家」髭の男は感心するかのよう口調だ。「金の力は偉大だな」
画面がふたたび洋館を映し出すと、それに向かってズームアップしていく。すると二階のベランダに人の姿をとらえた。どうやら少年のようで、こちらに向かって手を振っている。だがピントが合っていないのでその顔がよくわからない。ピントを合わせようと、ズームアップとズームバックを繰り返すが、その前に少年は洋館の中へとはいってしまう。
「『アキラ』のやつ大きくなったな」髭の男が言った。「たしかいまは小学六年生だっけ」
「ちがうわよ。中学生よ」入れ墨の女は訂正する。
「えっ、もう中学生なの」
「そうよ、中一よ」
「大人になると時間が過ぎるのはあっという間だな。子供の頃はあんなに時間が経つのが遅く感じたのに」
「……そうね」入れ墨の女が声を落とした。
「ん、どうした」
画面が入れ墨の女を映し出す。その表情はどこか儚げだ。
「子供の頃って言われると、どうしても昔のことを思い出しちゃって。大人になってしまったいま、もうあの頃にはもどれないんだなと考えると悲しくなるの」
「そんな顔するなよ。たしかにママ先生はもういないし、おれたちがみんなで住んでいた家も取り壊されたけど、でもこうしてまたみんなで集まることができるんだ。それでよしとしようじゃないか。過去に縛られて悲しい顔なんてしてたら、それはママ先生の意に反する。亡くなったママ先生に怒られるぞ」
「……それもそうね」入れ墨の女は口元に笑みを浮かべた。「あんたにしては、めずらしくまともなことが言えるのね」
「なんだよそれ」髭の男が笑いまじりに言う。「おれの評価はそんなに低かったのかよ」
画面が入れ墨の女から洋館へと向けられる。すると洋館はもう間近に迫っており、入り口にはふたりの人物が立っていた。ズームアップされると、それが三十代半ばと思われる女と少年であることがわかった。わたしにはその少年に見覚えがあった。わたしが浜辺で目覚めたときに、自分を警戒するように見つめていたあの少年でまちがいない。
「ユイ姉さんおひさしぶりです」
髭の男がそう言って入り口に立つ女へとビデオカメラを向けた。柔和な顔つきをした落ち着いた雰囲気のある女で、画面にむかってやさしくほほ笑んでいる。
「ええ、ひさしぶりね」ユイが言った。「長旅で疲れていない」
「少し疲れたかな」
「だったら休むといいわ。部屋はたくさん空いているから、好きな部屋を使ってね」
「でもいい部屋は、先に来たみんなに取られているんでしょう」
「ええ、そのとおりよ」ユイは少し困ったように笑う。「でも残りの部屋も、それに負けじ劣らずいい部屋だから安心して」
「おれが案内しますよ」少年の声が聞こえた。
画面が動き出すとこんどは少年を映し出した。少年は凛々しい顔立ちをしているが、まだどこか幼さが感じられる。成長過程特有の顔つきが、少年の短髪と相まってさわやかな印象を受ける。
「よお、アキラひさしぶりね。元気にしてたか」
そう言って画面に入れ墨の女が映り込むと、少年の頭をなではじめる。アキラと呼ばれた少年は、自分の頭をなでる手を迷惑そうにどけた。
「頭をなでるのはやめてくださいよ。もう子供じゃないんだから」
「何言っているのよ。大人のわたしから見れば、あんたはまだまだ手のかかる子供よ。大人がちゃんと面倒見ないとね」
「はいはい、そうやって大人はいつも子供を決めつける。それってよくないことだと思いますよ」
入れ墨の女は笑い声を漏らした。「大人びたことを言うようになったわね」
「あたりまえです。子供じゃないんだから。それよりも部屋に案内するからついてきてよ」
アキラを先頭に一同が洋館の中へとはいると、動画はそこで終了した。