第一幕 第六場
つぎの動画ファイルを再生した。画面には小型のクルーザーと思われる船の後部で、スマートフォンを片手に電話をしている髭の男が映し出された。その背後では青い海に筋を引くようにして白い波が立っている。
「わかってる、わかってるってば」髭の男が言った。「もうすぐだから」
しばしのあいだ画面では髭の男が電話をする様子が流れた。ほどなくして髭の男は電話を切ると、こちらに顔を向けた。
「人のカメラで何してるのさ?」
「あんたの思い出作りに協力しようと思ってね」入れ墨の女の声が聞こえると、画面端から入れ墨のはいった手が現れ、髭の男を指差した。「ビデオカメラにあんた自身の映像が残ってないと、かわいそうでしょう。ところでいまの電話だれから?」
「『カオル』だよ。さっさと来いってうるさいんだよ。何度も遅刻遅刻ってしつこくてさ」
入れ墨の女がくすっと笑う声が聞こえた。「カオルは昔っから時間にうるさいからね。しかたがないね」
髭の男はため息をついた。「ほんと、いやになっちゃう」
「そういえばあんたさ、きょうわたしたちが集められた理由を聞いている?」
「たしかママ先生の遺言状がどうたらこうたら。くわしい話はよくわからない」髭の男はそう言うと、こちらを手で指し示す。「そっちは何か知っている?」
「あんたと同じで、こっちもママ先生の遺言で集められたことぐらいしか知らない。くわしい話はあとで話すって言われた」
「ママ先生の遺言か、何だと思う?」
「さあ、見当もつかないね」
「不思議に思わないか。ママ先生が亡くなって十三年も経つのに、なぜいまごろになってその遺言で、おれたちが集められるんだ」
「何か理由があるんじゃないの」
「どんな理由?」
「わたしに訊かれても困る。どうせあとで説明してもらえるんだし、ここであーだこーだと言って考えても意味ないわよ」
「たしかにそうかも」髭の男は納得したようにうなずいた。「考えるだけ無駄だな」
「お客さん」知らない男の声が聞こえた。「もうすぐで島に着きますよ」
画面が横へとスライドし、操縦席で舵を握る年配の男が姿を現した。男はこちらに顔だけを向けている。
「おりる準備しておいてくださいね」年配の男はそう告げると前を向いた。
「わかりました」髭の男の愛想の良い声だ。
画面が少し揺れながら動きだすと、クルーザーの横から身を乗り出すようにして前方に見える島をとらえた。島はこちらに切り立った崖を向けている。高さは五階建てのマンションぐらいありそうで、幅も広い。そのため島が人の侵入を拒絶しているかのように思えてしまう。
画面が崖下にある突き出た岬を中心に据えると、それに向かってズームアップしていく。するとそこに桟橋があるのがが見てとれた。その近くの崖にはジグザグの折り返し階段が設けられ、それが頂上までつづいている。
「おい、落とすなよ」髭の男が注意する。「ここでカメラを海に落としたら、おまえを恨むぞ」
「わかってるわよ。そんなに心配しなくてもだいじょうぶだから、安心してよね」
島が近づくにつれ、画面は少しずつズームバックしていく。どうやらビデオカメラのフレームの中に、島の全景をとらえようとしているようだ。だがしかし、すぐにとらえきれなくなってしまった。するとクルーザーは速度を落とし、桟橋へと近づいていく。しばしのあいだ、画面ではその様子がながれた。
「おふたりさん着きましたよ」
年配の男の声が聞こえると、画面は操縦席へと向けられた。
「お客さん」年配の男はこちらに向き直った。「迎えは三日後の朝九時になります。時間厳守ですよ。特におふたりはここに来るのに遅刻しているらしいですから、気をつけてくださいよ」
「あっ、はい」入れ墨の女が虚をつかれたようにして言う。「わかりました。善処します」
髭の男の笑い声が聞こえ、画面がそちらへと向けられた。
「善処しますってなんだよ」髭の男はにやついた笑みを浮かべている。「おまえは政治家か」
「うるさいわね。咄嗟に出たんだから仕方ないでしょ。それよりも早くみんなと合流しましょう」
「そうだな。だがその前にビデオカメラを返してくれ」
「ええ、いいわよ」
入れ墨の女がそう言うと、動画はそこで終了した。