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第五幕 第五場

「まずはじめに」西園寺は言った。「今回の事件の首謀者について話しておきましょう。それは西村ユイです」


「ユイ姉さんが!」金髪の女は愕然とした表情になる。「そんなの嘘でしょう」


「嘘ではありません。彼女は姉である西村アカネの転落事故を不審に思い、あのとき施設にいたあなたがたのだれかに殺されたのではないかと疑っていたのです。そうでしょう、アキラ君」


「ああ、そうだよ」アキラはため息まじりに言う。「だからおばさんが死んだあとも、みんなに会いに行っていたんだよ。それとなく探りを入れるために、家庭をかえりみず何度も何度も頻繁にね」


「ユイ姉さんがおれたちのことを、そんなふうに見ていただなんて、信じられない」傷の男の顔には失望の色が浮かんでいる。


「話をつづけます」西園寺が言った。「そしてつい最近になって、西村アカネが殺されたと確信した西村ユイは、遺言状を捏造し、あなたたちをこの島に集めた。皆殺しにするために。それはつまり、西村アカネが殺されたと確信しているが、それがだれなのかわからないから全員殺すという、狂気の復讐心を持った殺人計画。それだけ西村ユイにとって、姉の存在は大きかったのでしょう」


 傷の男と金髪の女の表情が苦しげにゆがむ。信じていた人に裏切られたのだから当然だろうな、とわたしは思った。


「この殺人計画については、アキラ君も母親にだまされ、利用される形で協力させられました。そうだよね、アキラ君」


「なんだよそれ」アキラは眉をひそめた。「おれを擁護するつもりなのか」


「いえ、ただ事実を言っているだけです」


 アキラは苛立った様子で舌打ちする。「ああ、そうだよ。母さんにだまされたんだよ。遺産相続が嘘だって知らなかった」


「よろしい」西園寺は満足げにうなずいた。「西村親子が立てた殺人計画は、みなに睡眠薬を飲ませたあと、洋館を火事にして焼死させることでした。だがその計画は実行されず、別の人物が殺人を犯し、みなをつぎつぎと殺害した。それが今回の事件の真犯人です」


 西園寺はことばを切ると、居並ぶ人々を順繰りに見やる。まるでこのなかに真犯人がいるぞ、と言いたげに。


「今回の事件はひとつの事件ではなく、いくつかの事件が重なってしまったため、複雑な様相を呈しています。そのため事件をわかりやすく理解するため、真犯人が起こした事件とは関係のない、石川ヒナコの死について説明しましょう。ずばり彼女は自殺です」


「そんな馬鹿な!」傷の男が抗議の声をあげる。「どうしてヒナコが自殺なんかしないといけないんだ。そんなことをする理由が、あいつにはない」


「残念ながら石川ヒナコにはその理由があったのです。それはなぜなら十三年前に、西村アカネを階段から突き落として殺害したのが彼女だからなのです。おそらくはずみとはいえ、彼女は西村アカネを殺してしまったことを罪の意識をかかえていたのでしょう」


「嘘だ!」傷の男は叫んだ。「そんなはずはない。あれは事故だ。何か証拠でもあるのか」


「証拠ならあります。偽の遺言状で遺産相続の話を知った石川ヒナコは良心の呵責に苦しめられました。自分が殺してしまった相手が、自分のために遺産相続を約束されていたとは思いもしなかったのでしょう。そのため彼女は小林さんにその罪を打ち明けています」


 傷の男は金髪の女に顔を向ける。「その話ほんとうなのか?」


 金髪の女は小さくうなずいた。「……ほんとうよ」


「ヒナコがママ先生を……」傷の男は膝の上でこぶしを握ると、西園寺に顔を向ける。「でもだからといって、かならず自殺したとはいえない」


「部屋は密室でした」


「ユイ姉さんが持っていたマスターキーを使えばいい」


「たまたま西村ユイが持っていたマスターキーを利用したとは考えにくいし、そのスペアを持っていたアキラ君もその鍵をきちんと管理し、だれにも貸し与えていません。そしてなによりも、その首に抵抗した跡である引っ掻き傷がありませんでした。司法解剖の結果、石川ヒナコの体内からは睡眠薬の成分は検出されていません。どう考えても自殺です」


「そんな……」傷の男は意気消沈とした様子になる。


「工藤さん、あなたが他殺を疑うのは仕方がありません。たとえ自殺だとしても、その後に殺人が起きてしまえば、そのせいで殺人を連想し、他殺を疑ってしまいますからね」


 傷の男は何も言わずに頭をかかえていた。


「皮肉なことに、西村ユイがみなを集めるために捏造した遺言状により、その復讐は果たされていたのです。だがそうとは知らずに、真犯人は殺人をはじめた。その人物もまた、あなたがたがママ先生と呼ぶ、西村アカネの復讐のために皆殺しをおこなったのです。なぜならその人物は西村アカネの子供だったからです」


「ちょっと待ってください」金髪の女が驚きの声で言う。「事件当時、あの島にママ先生のこどもがいたんですか?」


「ええ、そのとおりです。あなたがたといっしょに、あの洋館に泊まっていました」


 金髪の女が説明を求めるかのように、アキラに顔を向ける。

「ナツキさん、そんな顔でおれを見ないでよ。おれだって知らなかったんだ、おばさんの子供が紛れ込んでいただなんて。生まれてこのかた、一度も会ったことがなかったから、まさか佐倉さんがおばさんの子供だって気づか——」


「それはちがいます」西園寺が否定する。「お手伝いとして雇われた佐倉カズヒロは、西村アカネの子供ではありません」


 その事実はわたしを驚かせた。だがよく考えてみれば、佐倉カズヒロは最初に殺されている。だから真犯人ではありえない。


「はあ?」アキラは眉をひそめた。「それじゃあ、いったいだれなんだよ。まさかおれたちのなかのだれかに変装して、紛れ込んでいただなんて言わないよな。双子でもあるまいし、そんなことすればすぐにわかるぜ」


「そうよ」金髪の女が言った。「みんなとはたまにしか会えなかったけど、入れ替わりを見逃すほどわたしたちの絆は浅くないわ」


 西園寺は得意げな顔であご髭をなでる。「その人物は変装もしていませんし、ましてや双子でもありません。なぜならば西村アカネの子供は、あなたがたといっしょに施設で生活をともにした、七人のなかのひとりだからです」


「なんだって!」傷の男が目を丸くしている。「おれたちのなかに、ママ先生の子供がいたのか」


「ええ、そうです」西園寺はうなずいた。「実は西村アカネと離婚した夫はあくどい人間だったらしく、あの手この手を尽くして、子供の親権を奪ったそうです。そしてその後、彼は連続通り魔事件の犯人として捕まり、死刑囚となりました。その結果、西村アカネの子供は人殺しを親に持つ孤児となったのです」


「私たちといっしょだ」金髪の女はつぶやくようにして言った。


「西村アカネが亡くなったいま」西園寺は言う。「憶測でしかものを言えませんが、もしかして親が殺人鬼になってしまったことで、その子供はひどく傷ついたのだと思います。それゆえに同じ苦しみを知る、互いに理解し合える仲間が必要だと考えた。だからあなたがたは西村アカネが運営する児童養護施設に集められた。彼女が西村家の資産の大半を施設の運営にあてたのも、それが理由で納得できます」


「そうか」アキラはため息をついた。「そういうことかよ」


「西村アカネはあなたがたに、自分の子供が紛れ込んでいることを隠していた。おそらくは自分の子供が、あなたたちに特別の目で見られないよう、そう配慮したのでしょう。だから自分をママ先生と呼ぶように言いつけた。それは自分の子供がまちがって自分のことを、ママと呼んでもだいじょうぶなように」


 それなら理屈に合うな、とわたしは思った。自分をママ先生と呼ばせた不自然さはそのためだったのか。


「当初施設の運営は順調だった」西園寺は話をつづける。「だがある日事件が起こった」傷の男に視線を向ける。「工藤さんの父親に婚約者を殺害された人物が、その子供であるあなたに復讐をするため施設に侵入した。その結果、あなたは顔に怪我を負い、あなたがたはその人物を返り討ちにし殺害してしまった」


 傷の男は苦々しいといった様子で、頬の傷を指でなでてる。


「それを知った西村アカネは変わってしまった。これもまた憶測でしか言えませんが、あなたがたが人を殺してしまったことで、急にその存在がこわくなってしまったのでしょう。人殺しの親を持つ子供が人を殺せば当然の反応でしょうね。それがたとえ正当防衛だったとしても」


 金髪の女は過去を思い出して気分でも悪いのか、口元を手で押さえはじめた。


「だから西村アカネは自分の子供に害が加わることをおそれ、あなたがたをきびしく教育したと思われます。おそらくまともな人間に育てあげようと必死だったのでしょう。ときにはいきすぎた虐待に近い行為もあったようで、そのせいで西村アカネに対してあなたがたは恨みを募らせてしまう。その結果、石川ヒナコによって階段から突き落とされ、彼女は亡くなってしまった」


 傷の男は頭をかかえると、嘆かわしげに首を横に振った。


「西村アカネが殺害されたと確信した真犯人は、その人物がだれなのかわからず、皆殺しを決行した狂気じみた理由が、親殺しの復讐なら納得できるでしょう」西園寺はひと呼吸間を置いた。「納得はしたくないですがね」


「それで刑事さん」アキラが語気鋭く言った。「いったいだれが真犯人で、おばさんの子供なんだ。ナツキさんか、それともジュンさんなのか」


「ちょっと待ってよ!」金髪の女は声を大にする。「わたしはママ先生の子供じゃないし、ましてや真犯人でもない」


「お、おれもちがうぞ!」傷の男は動揺した様子だ。「だれも殺したりはしていない」


「でもジュンあなた……」金髪の女が傷の男に顔を向ける。「ママ先生のことをだれよりも溺愛していたわね。まさかあなたがママ先生の子供なの?」


「ちょっと待ってくれ!」傷の男は首を激しく横に振る。「おれだってママ先生の子供じゃないぞ。ほんとうだ」


 どちらかが嘘をついている、とわたしは思った。生存者で容疑者はこのふたりだけなのだから。いったいどっちが真犯人だ?

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