第五幕 第四場
いまわたしは車椅子にすわり、西園寺がそれを押して建物の廊下を進んでいる。
「佐々木さん、最後にもうひとつ質問に答えてもらいたい」
「なんでしょうか」
「わたしの考えがまちがっていなければ、彼らを襲ったのは神崎ではありません。しかしあなたを襲ったのはおそらく神崎だと思われます。あなたを襲った人物は左利きでしたか?」
「思い出してみます」
目をつむって記憶を思い起こしてみる。わたしは階段をくだるために左手で手すりをつかんだ。そのとき階段の下に目を向けると、手すりをつかむ軍手をはめた白い手が見えた。その手は階段をのぼってくる。つまりは手すりをつかむ手は右手だ。そして姿を現した殺人鬼は、手すりをつかむ反対の手に持つ拳銃をわたしに向けた。
「左利きです」
「やはり神崎でまちがいなかったか。あとは例のやつさえ準備できれば真犯人はまちがいなくわかります」
わたしは振り返る。「例のやつってなんですか?」
「あなたの証言のおかげで、ある物が重要な証拠だと気づいたので、それを科学捜査研究所で調べてもらっているんですよ」
「西園寺さん」前方から声が聞こえた。
前を向くと小太りの男がこちらに小走りで近づいてくる。
「何かわかったのか」西園寺が訊いた。
「十三年前の西村アカネの転落事故。その第一発見者は西園寺さんの読み通り、神崎マコトでした」
「やはりそうだったか」
「あと例のやつ解析が終わりました。先ほどざっと目を通しましたが、西園寺さんの推測どおりでしたよ。これで事件は解決ですね」
「そいつはよかった」西園寺は満足げな口調になる。「よし、あとでそいつを会議室に持ってきてくれ」
「わかりました。準備しておきます」
来たときと同じように男が小走りで立ち去ると、わたしはふたたび西園寺に顔を向ける。
「それで西園寺さん、例のやつっていうのは、いったいどんな証拠なんですか?」
「まあまあ落ち着いてください。どうせあとで見ることになるんです。それまで待ってください」
「……わかりました」
わたしは重大な証拠がなんなのか気になってしまう。しかもそれさえあれば事件が解決するほどの証拠。そんなものが残されていたとは考えにくいのだが……。
やがてわたしと西園寺は会議室へと足を踏み入れた。部屋の中には数人の刑事とともに傷の男、金髪の女、西村アキラの三人が椅子に腰かけていた。わたしの姿を見るなり、傷の男と金髪の女は気づかわし気な視線をこちらに向ける。アキラは不満げな表情でわたしを見ていた。
西園寺はホワイトボードの前に私を連れてくると、そこで足を止めた。その位置から生存者たちの顔を見つめている。どうやらここを立ち位置にして、事件についての話をするのだろうと察せられた。
だがなぜわたしもここに置いた。これでは彼らと面と向き合わなければならなく、とてもきまりが悪い。そのへんのところを、もう少し配慮してもらいたかったが、西園寺という男には無理だろうな、とわたしはあきらめた。
ほどなくして両脇を刑事に固められた長髪の男がやってきた。その手には手錠がかかっている。すると明らかに場の雰囲気が変わった。だれも何も発しないが、その表情はみなきびしい。
長髪の男が椅子にすわると、西園寺が口を開いた。
「さてみなさん、この場にあなたがたを集めたのは、今回の孤島の洋館で起きた殺人事件を解決するためです」
「刑事さん、事件ならもう解決しているだろ。マコトが犯人だ」傷の男が長髪の男へと怒りの顔を向けた。「なあ、そうだろマコト。おれは絶対におまえを許さないからな」
長髪の男は黙してうつむいている。傷の男とは目を合わせようとはしない。
「工藤さん、落ち着いてくださ。彼は犯人ではありません」
長髪の男は顔をあげると、驚きの表情を見せた。それに負けじと、傷の男も驚愕した顔つきを見せている。
「神崎さん、あなたは真犯人をかばうために、自分が犯人のふりをしている。そうですね?」
「……ちがう」長髪の男は暗澹とした口調だ。「おれがみんなを殺した。それはまちがいない事実だ」
西園寺は肩をすくめた。「そうですか。あなたが素直に認めて、事実を話してくれれば、こうやって当事者を集めて話をする必要もないんですけどね」
長髪の男はふたたびうつむくと、押し黙った。西園寺の問いかけに答えるつもりはないようだ。
「やれやれ、黙秘ですか」西園寺はあご髭をなでる。「しかたありません、それでは話をはじめましょう」




