第五幕 第三場
こんどの相手は金髪の女だった。その表情は暗く、おそらく眠れぬ日々を過ごしたのであろう、目の下にはくまができている。そのため、その目つきの悪さと相まって、ものすごく不機嫌に見えてしまう。
神崎マコトが犯人ではない以上、真犯人はこの女か傷の男になる。いったいどっちだ?
「小林ナツキさん」西園寺が言った。「もう一度事件についてお話しを聞かせてもらえますね」
「……はい」金髪の女は小さくうなずいた。「構いませんよ」
「ずばりお聞きしたいのは石川ヒナコについてです」
金髪の女が不安げな表情になる。
「石川ヒナコが酒を飲んで体調を崩したとき、彼女を介抱したのがあなたですよね?」
「……そうですけど」
「そしてつぎの日、あなたは起きてこない石川ヒナコを心配して、彼女の部屋のドアを叩いていましたよね。それも激しく何度も。それはどうしてですか?」
「どうしてって、それはただヒナコが起きてくるのが、遅かったから心配で……」金髪の女はことばを濁した。「ただそれだけです」
「小林さん、嘘はやめてください。正直に話してもらわないと困るんですよ」
「嘘は言っていません。ほんとうに心配だったんです」
「どうしてそこまで心配だったんですか?」
「それは、その……」金髪の女は口ごもってしまう。
「二日酔いでただ静かに眠っているだけだとは、考えなかったんですかあなたは」
金髪の女は気まずそうに西園寺から視線をそらすと、うつむき押し黙る。
明らかに何かを隠しているな、とわたしは思った。もしかすると、この女が真犯人かもしれない。
「小林さん、実はね、あなたと石川ヒナコが彼女の部屋で言い争うのを目撃した人物がいるんですよ。そのときに石川ヒナコは、自分も悪魔の子供だと、あなたにそう告げたそうですね」
金髪の女は愕然とする顔をあげた。
「人殺しの親を持つあなたたちは、みずからも人を殺めたことで、自分たちのことを悪魔の子供と呼んだ。そうですね?」
しばし間があく。「はい、そのとおりです」
「施設に強盗が押し入ったとき、幼かった石川ヒナコは隠れていた。彼女は手を下していないはず。にもかかわらず彼女は自分を悪魔の子供だとあなたに告げた」
金髪の女の顔色がみるみる青ざめていく。
「つまり石川ヒナコは人を殺した経験があるとこを意味しています。ここまでくれば、あとはわかりますね?」
「……何がですか?」
「あなたたちがいた施設で十三年前に起きた、西村アカネの階段からの転落死事故。あれは事故なんかではなく、石川ヒナコによって引き起こされた殺人事件だということですよ」
「ちがいます!」金髪の女は激しく首を横に振る。「あれは転落事故です。ヒナコはママ先生を殺したりなんかしてない」
「その事故直前に、西村アカネがだれかを叱咤し、その顔を打つ音を聞いた人物がいるんです。そのあとすぐに、階段を転げ落ちる音が聞こえたそうですよ」
「やめてよ」金髪の女は苦しげに顔をゆがめた。「ヒナコはだれも殺したりなんかしてない」
「彼女をかばうあなたの気持ちはよくわかります。ですが正直に話してもらわないと、この事件は解決しないんです」
「もう解決したじゃないのよ!」金髪の女は叫んだ。「マコトが犯人だったんでしょう」
「彼は犯人ではありません」
「えっ!」金髪の女は驚愕した面持ちになる。「……それはどういうことですか?」
「神崎マコトはいまのあなたと同じように、殺人を犯した人物をかばっているのです。だから自分が犯人になりすますために、ダイイング・メッセージを偽造し、みずからを犯人に仕立てあげた」
「そんな……それじゃあ、いったいだれが犯人なんですか?」
「その真犯人を突き止めるためにも、あなたには嘘をつかず正直に事実を話してもらわなければならない。もしこれ以上、真実をひた隠しにするというのなら、まるであなたがこの事件を迷宮入りにしたくて黙っているのでは疑うことになります。つまりはこの事件を解決したくない真犯人だとね」
「ちょっと待ってくださいよ」金髪の女はおびえた様子だ。「わたしは犯人なんかじゃありません。だれも殺していない」
「ならば正直に話してください、小林さん。あなたがたは西村アカネの遺言状によってあの島に集められた。しかしサプライズバースデーを企画していたため、石川ヒナコだけはその理由を知らなかった。そうですよね?」
金髪の女はうなずいた。「……はい、そのとおりです」
「遺言状により遺産相続を聞かされた石川ヒナコは、自分が殺してしまった西村アカネが、自分たちのために遺産相続を約束してくれていたことに良心の呵責を感じてしまい、あなたに自分の罪を打ち明けたのでは?」
金髪の女は何も言わずにうなずいた。
「その内容は十三年前、西村アカネを階段から突き落として殺害してしまったことですね?」
「……はい、そうです」
「だからあなたはつぎの日、石川ヒナコが起きてこないことに不安を覚えた。思い詰めた彼女が自殺でもしてしまったのではないかと、そう心配して彼女の部屋のドアを叩いた」
「そのとおりです」
「その結果、石川ヒナコは首を吊って亡くなっていた。あなたはすぐに自殺だと判断したはず。けれど西村ユイの遺体が見つかり、みなが他殺を疑うなか、あなたはその真実を言い出せなかった。言ってしまえば、石川ヒナコは西村アカネを殺した人殺しになってしまから。そうですね?」
「……はい」
金髪の女は涙をこぼすと、息苦しそうに咳をする。その姿はとてもつらそうに思えた。
「だいじょうぶですか」西園寺は気づかうような口調だ。「もう少し質問をつづけたいのですが、もし気分が優れないようでしたら、休憩を挟んでもかまいませんよ」
「大丈夫です。このままつづけてください」
「わかりました」西園寺はうなずいた。「そういえばあなたは、取り乱した彼女にあなたは薬を飲ませたはずです。それはもしかして睡眠薬ですか?」
「……いいえ、胃薬です。ヒナコは何度も吐いて苦しそうにしていたので」
「そうですか」西園寺は居住まいを正すと腕を組んだ。「それでは最後の質問です。石川ヒナコが西村アカネを殺害した事実を、だれかにしゃべりましたか?」
「スミレに話しました」
松本スミレ。入れ墨の女のことだ、とわたしは思った。
「それはいつ話しましたか?」西園寺は訊いた。「事件の前、それともあとですか?」
「事件のあとです。佐々木という人がわたしたちに捕まったあと、気が緩んだわたしは、スミレに話してしまいました」
「どうして彼女に打ち明けたのですか。あれほど真実を隠そうとしていたのに」
「どうして打ち明けてしまったのか、自分でもよくわかりません。ただ色々あって精神的にまいっていたんだと思います。そのせいでママ先生の死の真実を、自分ひとりで抱え込んでいることがつらくて、それでつい……」
「その秘密を打ち明けた相手である松本スミレは亡くなりました。彼女に話した際、だれかに聞かれた可能性はありませんか?」
「それはわかりません。けど一応だれかに聞かれないよう、三階の空き部屋で話をしました。あのとき生き残っていたわたしたちが、利用していた部屋が全員二階の個室だったので」
「なるほど、わかりました。正直に話してくれてありがとうございます」西園寺は取調室のドアを手で示す。「質問は以上です。どうぞお下がりください。少し休むといい」
金髪の女は無言で立ちあがると、軽くお辞儀をして取調室から出て行った。
西園寺は立ちあがると、こちらに向き直る。「おい、若林」
わたしの隣に立つ若い刑事が、部屋に設置されたマイクに歩み寄ると、そのスイッチを押した。
「なんでしょうか?」若い刑事の声が取調室のスピーカーから響いてきた。
「頼みがある」
「工藤ジュンを連れてこればいいんでしょう?」
工藤ジュン。傷の男であり最後の容疑者だ。
「いや、彼は連れてこなくていい」西園寺は言った。
「えっ、どうしてですか?」
「もうその必要はないんだよ」西園寺は両手を組むと背伸びをはじめた。「そのかわりどこかあいている会議室にでも、事件の当事者を全員集めてくれ」
「ちょっと待ってください。それは問題があるでしょう」
「だいじょうぶです。なんの問題もありません」
「いや、問題あるにきまってる。いま現在事件の犯人として拘束している神崎と容疑者たちを一カ所に集めるなんて、何かあったらどうするんですか?」
「あーもう、うるさいな」西園寺は面倒くさそうに言う。「だったら警固の人間を何人かつけて、神崎には手錠でもかけとけばいい。それでもし何か問題が起きたら、わたしが全責任取りますから」
若い刑事はあきらめのため息をついた。「はい、わかりました」
「苦労しているんですね」わたしは若い刑事に言った。
「あの人いつもああなんです。弟のほうはまともなんですけどね」
苦笑いする若い刑事の顔を見て、西園寺の日頃の態度が伺えた。はたして西園寺に事件が解決できるのだろうか……。




