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第五幕 第二場

 いまわたしは、薄暗い部屋の中で車椅子にすわっている。目の前にはマジックミラー越しに取調室が見えていた。取調室では西園寺がこちらに背を向けるようにして椅子に腰かけ、テーブルを挟んだ向こう側には西村アキラが腰かけている。ふたりのやり取りを、わたしは数人の刑事とともに見守っていた。


「アキラ君」西園寺は姿勢を崩して脚を組んだ。「もう一度事件について話をしてもらえるかな」


「……だから言っているじゃないですか」アキラはおびえた口調で言った。「母さんが死んで、そのあとで襲われたんですよ。とてもこわい思いをしたせいで、記憶が混乱しているみたいなんです。まだ事件から三日しか経ってないんだ。もう少しだけ気持ちが落ち着くまで時間をくれませんか」


 白々しい、とわたしは思った。明らかな嘘だ。完全なる被害署を装うつもりだ。


「白々しい」西園寺がわたしの気持ちを代弁する。「ちゃんと正直に事件について話してもらわないと困るんですよ」


「刑事さん」アキラは涙ぐむ仕草を見せた。「おれだって事件について協力したいよ。でもほんとうに混乱してて——」


「佐々木さんから全部話は聞きましたよ」西園寺はアキラのことばをさえぎる。「あなたたち親子の殺人計画も」


 アキラは顔をしかめて舌打ちする。「あいつ生きていたのかよ」


「ええ、ちゃんと生きていますよ」


「しくじったな」アキラは弱々しい態度を一変とさせる。「あいつに色々しゃべるんじゃなかった」


「なんですかその態度は、まるで反省していませんね」


「反省?」アキラは仏頂面になる。「どういうことだ。たしかにおれたちは殺人計画を立てたが実行はしていない。だれも殺していない。それどころか逆に母さんは殺されたんだぞ。おれは被害者だ」


「そのことを言っているのではない。きみは殺人がおこなわれると知っておきながら、通信網を遮断しつづけた。これは殺人幇助に値します。ほんとうならいまごろ少年院にぶち込まれても、文句は言えませんよ」


 アキラは苦々しい顔つきになる。「脅すつもりかよ」


「いいえ、べつに脅しているわけではありません。ただ事実を述べているだけです」


「わかったよ」アキラはあきらめのため息をついた。「正直に話せばいいんだろ。何が聞きたい」


「きみたち親子の殺人計画についてだ。きみの母親は偽りの遺言状でみんなを島に集めた——」


「ちょっと待てよ!」アキラは慌てた様子だ。「偽りの遺言状ってどういうことだよ?」


「おや、知りませんでしたか。西村アカネが自分の施設にいた子供たちに遺産を相続させるなんて遺言状は、存在しないんです」


「はあ?」アキラは驚き顔になる。「そんなばかな」


「その反応から察するに、ほんとうに知らなかったみたいですね。西村ユイは西村アカネの復讐のために偽りの遺言状を理由にして、みんなを島に集めたんです。殺人計画を実行するためにね」


「……意味がわからない。どうして母さんはおれに嘘を?」


「わたしもその理由が知りたくてね、きみに訊きたいのですが、何か心あたりは?」


「まったくないね」


「ほんとうに?」


「ほんとうだ。母さんが何を考えているのかさっぱりだ」


「それじゃあ質問を変えましょう。もし遺産相続の話がなかったら、きみは母親の復讐を手伝いますか?」


「手伝うわけないだろ。自分が生まれる前に死んだおばさんだぞ。その復讐のために皆殺しなんかして、おれに何か得があるとでも」


「そうなると、きみの協力を得るために、偽の遺言状の話を持ちかけて協力させたことになりますね」


「そうみたいだな」アキラはくやしげに爪を噛んだ。「母さんに、まんまとだまされたよ」そこでほっと息をつく。「けどよかった。これで西村家の財産は守られたからな」


「西村家の財産ですか」西園寺はひと呼吸間を置いた。「どうやらきみは、西村家に多額の財産があると思い込んでいるようですが、それはまちがいですよ」


 アキラは眉をひそめる。「どういうことだ?」


「たしかに昔は西村家はかなり裕福な家庭だったようですが、西村アカネが児童養護施設の運営に、そのほとんどをつぎ込んでいるです。いまの西村家には財産どころか、多額の借金があるですよ」


「嘘だろ!」アキラは目を丸くする。


「嘘ではありません。こちらでちゃんと調べましたから」


 アキラは頭を抱えた。「おばさんはばかなのか。なんで血のつながりもない、人殺しの子供のために財産を使い果たすなんて……」


「どうやらきみの母親は、きみに対していくつもの秘密を持っていたようですね」


 アキラは顔をあげた。「ああ、そうみたいだな」


「ではつい最近、母親に多額の保険金がかけられたことは?」


「なんだよそれ?」アキラの顔に動揺の色がひろがる。「そんなの聞いていないぞ」


「だとするとその保険金の受取人に、きみと西村アカネのお子さんの名前が書かれていたことも知らないようですね」


「おばさんの子供が?」アキラはいまや困惑している。「どういうことだ?」


「きみは母親から、西村アカネのお子さんは消息不明だと聞かされているんですよね」


「そうだよ。別れた旦那に引き取られて、それ以降はどこにいるのかすらわからないって話だった……はずなのに」


 西園寺は机に身を乗り出した。「アキラ君、単刀直入に訊きたい。きみは西村アカネのお子さんを知っていますか?」


「知るわけないだろ。会ったこともないのに。顔も名前もわかんないよ」


「顔も名前もわからないか……」西園寺はことばを切ると、頭を掻いた。「それでは事件当時、あの島に西村アカネのお子さんがいたことに気づかなかったというわけですか」


 そのことばにわたしは驚かされた。あの島に西村アカネの子供がいた? しかも事件当時に?


「どういうことだそれは!」アキラは声を荒らげた。「佐々木みたいに、こそこそと隠れていたやつがもうひとりいたのか」そこではっとした表情になる。「まさか保険金が欲しくて、それでそいつが母さんを呼び出して殺したんだな」


「そう興奮しないでアキラ君」西園寺は手で落ち着くようにと、手振りで示す。「きみは顔も名前も知らないと言っていたが、実は知っているんですよ。あの島でどうどうときみに姿を見せていましたからね。もっとも宿泊名簿にあった名前は偽名でしたけど」


 わたしは驚きながらも手元にあった顔写真をめくり、痩身の男に視線を落とした。佐倉カズヒロ。まさかお手伝いとして雇われたこの男が、西村アカネの子供だったとは思いもしなかった。


「佐倉が!」アキラも仰天している。「佐倉がおばさんの子供だと。いったい何がどうなっている? だから母さんはあいつをお手伝いとして島に連れてきたのか」


「おやおや、その様子だとほんとうに何も聞かされていなかったようですね」西園寺が手をあげた。「それがわかれば、もう話は充分です」後ろを振り向いた。「つぎの人をお願いします」


 わたしと同じ部屋にいた刑事のひとりが出て行くと、ほどなくして取調室に現れた。興奮するアキラをなだめるようにして、取調室から連れ出していく。


 ひとりになった西園寺は、こちらに意味深なウインクを送った。

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