第五幕 第一場
いまわたしは西園寺弟が運転する車の後部座席に腰かけている。隣には西園寺がすわり、わたしに写真のたばを差し出してきた。
「今回の事件の当事者たちの顔写真です」西園寺が言った。「宿泊名簿に記載されていた名前を添えておきました」
わたしは写真を受け取るとそれを見る。西村ユイの写真だ。つぎをめくると西村アキラの写真。つぎの写真には髭の男が写っており、田中リョウマと記載されている。つぎつぎと写真をめくり、わたしは彼ら全員のフルネームを知ることができた。
髭の男……田中リョウマ。
入れ墨の女……松本スミレ。
金髪の女……小林ナツキ。
小柄な女……石川ヒナコ。
傷の男……工藤ジュン。
長髪の男……神崎マコト。
眼鏡の女……青木カオル。
痩身の男……佐倉カズヒロ。
「そうだ忘れていました」西園寺は採取袋にはいったイニシャル占いで使用した紙を取り出し、それを掲げる。わたしが書き残した血文字の計算式が見えるよう、裏面をこちらに向けた。
「あなたが救助されたときの所持品です。血で書かれた数字を見たとき、何かしらのダイイング・メッセージかと思いましたよ。でもすぐにイニシャルに対応する数字を足したものだとわかりましたが、それが何を意味するのか不思議でしたけど、あなたの証言を聞いてやっとわかりましたよ」
「ただのイニシャルを利用した占いですよ。自分と相手の数字を足して奇数なら相性はだめ、逆に偶数なら相性はよい、という極単純なものです」
「でもそのおかげで、あなたは神崎を特定できたのでしょう」
わたしはうなずいた。「ええ、そうです」
「あなたがこれを持ち帰ってくれてほんとうによかった。あなたがこれで犯人を特定したように、わたしもこれで真犯人が特定できそうです」
「えっ!」わたしは思わず驚きの声を漏らした。「それはただの相性占いに使った紙ですよ」
西園寺は得意げな顔つきになる。「いかにも女子中学生が好きそうな簡単な占いですが、だがこれが大きなヒントになるんですよ。おかげで神崎と真犯人のつながりも見えてきました」
わたしは声を大にする。「真犯人はだれなんですか!」
「落ち着いてください」西園寺はなだめるような口調だ。「まだ断定はできないので、だれとは言えません。ほかのかたがたの証言をもう一度聞いて、照らし合わせて考えなければいけませんからね」
そのときだった、携帯電話の着信音が鳴り響いたのは。
西園寺は携帯電話を取り出すと、それを耳に押しあてた。
「西園寺コウジです」しばし間があく。「例のやつ、順調でなりよりです。間に合いそうですか?」再び間があく。「わかりました。では引きつづきお願いしますよ」
例のやつとはいったいなんのことだろう、とわたしは興味を引かれた。おそらく今回の事件に関係することにちがいない。
「佐々木さん」西園寺が言った。「三台のビデオカメラで観て知った出来事を、頭のなかで時系列順に並び替えることはできますか」
「ええ、おそらくは」
「それでは質問しますから、答えてください」
「わかりました」
わたしは記憶を思い出すことに集中するべく目をつむった。
「まずは石川ヒナコの死の謎について」西園寺は言った。「彼女の遺体の第一発見者は?」
金髪の女だ。「小林ナツキです。彼女が起きてこない石川ヒナコを心配して部屋のドアを叩いていました」
「それでは石川ヒナコを生前最後に見た人物は?」
これまた金髪の女だ。「小林ナツキです。酒を飲んで体調を崩した石川ヒナコを部屋まで連れて行って、介抱しています」
「となると、石川ヒナコの死に彼女がなんらかの関与している可能性は高いですね。ですが部屋には鍵がかかっており、密室だった。あなたの話ではアキラ君はスペアの鍵をきちんと管理し、だれにも貸し出しはしていない。もし自殺ではなく、他殺だとすれば西村ユイのマスターキーが使用されたことになります。ですがたまたま西村ユイが持っていたマスターキーを利用したとは考えにくい」
「そうなりますね」
「では、つぎは西村ユイの死について考えてみましょう。彼女は死ぬ危険性があるにもかかわらず、夜中に出かけた。そうなるとだれかに脅されていた可能性があり、マスターキーを持ち出すよう指示されていたのかもしれません」西園寺はそこで間を置くと、うなり声をあげた。「ちなみに西村ユイの第一発見者は?」
傷の男と入れ墨の女だ。「工藤ジュンと松本スミレです」
「そのふたりでしたか。ではそのふたりについてですが……」
こうしてわたしと西園寺は、警察署に着くまでのあいだ、事件についての情報を語り合っていた。




