幕間 その四
「そこで気を失ったんです」わたしは言った。「それで気がついたときには病院のベッドの上でした」
「なるほど」西園寺がうなずいた。「それは大変でしたね」
「ええ、ほんとうに大変でした」わたしはため息をついた。「もう二度とあんな思いはごめんです」
わたしは目を閉じると、島での事件を振り返った。海で嵐に見舞われ、殺人事件が起きた島へと漂流。助けを求めて洋館へと立ち寄ると、そこには複数の死体が。状況がわからないわたしは、ビデオカメラで島に集った十人と彼らに起きた出来事を知る。そして生存者から犯人扱いされて捕まるも、何者かの手助けにより拘束を解いた。そして洋館からの脱出する際にダイイング・メッセージを発見。さらには犯人と争うことになり撃たれてしまうも、拳銃を奪うことに成功する。洋館から脱出し、生存者に犯人を告げて意識を失い、いまに至るわけだ。
「佐々木さん、ここまで話してくれてありがとうございます」西園寺は言った。「洋館が火事で半焼し、ビデオカメラをはじめとする重要な証拠が燃えてしまい、物的証拠の乏しい今回の事件。直感像記憶を持つあなたの証言が重要な証拠になるでしょう」そこで長々と間を置いた。「その予定でした」
「……予定でした?」わたしは意味がわからずに、おうむ返ししてしまう。「どういうことですかそれは?」
「あなたが虚偽の証言をしたため、これは証拠にはならないんですよ」西園寺は勝ち誇った笑みを浮かべると、ボイスレコーダーを掲げ、そのスイッチを切った。「だがそれと同時にこれは、あなたが虚偽の証言をした証拠になりました」
「……刑事さん」わたしは首をかしげた。「あなたが何を言っているのか、わたしにはわからない?」
「わかりませんか」西園寺は得意げに眉を踊らす。「なら、もっと簡単に言い直しましょう。あなたは嘘をついた」
「わたしが嘘を?」
「ええ、そうです」西園寺は満足げにうなずく。「あなたは嘘をついたんですよ」
「ちょっと待ってください」わたしは慌てて言う。「わたしは正直に事件についてお話ししました。誓ってもいい、嘘なんてついていない。自分が見たことやその身に起きたことを、ありのままに伝えただけです。どこにも嘘なんてありません。ほんとうです。信じてください刑事さん」
「白々しい嘘を」西園寺は鼻で笑った。「もうお互い嘘をつくのは、やめましょう」
「……お互い?」わたしは眉根を寄せる。
「ええ、そうです。わたしもあなたに対して嘘をついていました。神崎は黙秘していると言いましたが、実は嘘です。べらべらと自供しているんですよ」
「自供をしている?」わたしはいぶかしげな顔つきになる。「どういうことですか? それならわたしから、くわしい話を聞かなくてもいいのでは」
「ところがどっこい、そうはいかないんですよね。神崎の供述にはつじつまの合わないところや矛盾点が多く、そのことをこちらが指摘すると、それを取り繕うとまたつじつまの合ない供述をはじめる。あんなの素人でもわかりますよ。神崎は真犯人をかばうために、自分が犯人になりすましているだけだと」そこまで言うと西園寺の目つきが鋭くなった。「真犯人がいる以上、事件を解決するために、わたしはそいつを見つけ出さなければならない」
「まさか刑事さん」わたしは動揺する声で言う。「わたしのことを疑っているのですか?」
「その点はご安心ください。あなただけではなく、残りの生存者のかたがた全員を疑っていますから」そこでことばを切ると、西園寺は冷淡な口調になる。「もっとも虚偽の証言をしたあなたが、いちばん疑わしいですがね」
「そんなのばかばかしいですよ。わたしは真犯人なんかじゃない。だいたいダイイング・メッセージで犯人の名前が書き残されていたんですよ。犯人は神崎マコトでまちがいないはずです」
「それが嘘だと言っているのですよ」西園寺はぴしゃりと言い切った。「もしも洋館が火事で全焼してしまっていたら、あなたのその嘘は押し通せたかもしれません。だが残念ながら洋館は半焼で、松本スミレの遺体とダイイング・メッセージは被害を免れました。だからわかるんですよ、あなたが嘘をついていると」
「……そこまで言うなら刑事さん。わたしがどう嘘をついたのか説明してくださいよ」わたしは憤慨した口調になる。「ちゃんと納得のいくようにね」
「ええ、いいですよ」西園寺は口元に笑みを漂わせる。「あれは松本スミレが死の間際に書き残したダイイング・メッセージではありません。偽造されたものなのです」
「そんなはずありません。あのダイイング・メッセージは彼女が残した物でまちがいありません。彼女はまずはじめに犯人に腹を撃たれた。それでトイレへと逃げ込んだんです。そして殺される前に、便器のふたの裏に名前を書き残して、それを閉じて隠したんです」
「それは不可能なんですよ。松本スミレは最初に側頭部を撃たれて即死しているんですから」
「そんな馬鹿な!」わたしは声を荒らげてしまう。「それは絶対にありえませんよ。彼女は最初に腹を撃たれてトイレに逃げ込み、そのあとに頭を撃たれてとどめをさされたはずです」
「あまり警察をなめないでもらいたい」西園寺は顔の前で指を振った。「腹部の傷跡は彼女の死後に撃たれたものです。その証拠にほとんど出血はなく、丸い血の染みができる程度です。人は死んだら心臓は止まる。そうなると出血は極端に少なくなりますからね」
わたしの脳裏に入れ墨の女の死体が過った。洋館にあった死体の数々が血だらけだったのに対して、入れ墨の女の腹部にはゴルフボールぐらいの大きさの血の染みが衣服に残されている程度だった。これでは西園寺の言い分を認めるしかない。
「……たしかにそうなりますね」
「納得してくれましたか」西園寺はしたり顔になる。「それにしてもつたない偽装工作をしましたね。神崎に罪をなすりつけるために、ダイイング・メッセージを偽造し、その証拠の写真をデジタルカメラで撮る。そのデジタルカメラの持ち主が神崎なんて、あまりにもずさん過ぎて笑ってしまいましたよ」
「あのデジカメの所有者が神崎?」
「そうですよ。あのデジタルカメラは神崎の物です。あなたと神崎は彼に罪をなすりつけるため、松本スミレを殺害後、ダイイング・メッセージを偽造した。だがここで問題が起こった。西村ユイが仕掛けた時限式発火装置により洋館が火事になってしまった。このままでは証拠がなくなってしまうと考えたあなたたちは、デジタルカメラで証拠を残すことを思いついた。そうでしょう?」
「ち、ちがいますよ」わたしはぎこちなく首を横に振る。「わたしは彼女の死体とダイイング・メッセージを見つけて、その証拠を残そうと、たまたま部屋に置いてあったデジカメを使っただけです」
「松本スミレが逃げ込んだあき部屋に、たまたま置いてあった神崎のデジタルカメラを使った?」西園寺は吹き出してしまう。「そんなできすぎた話、だれが信じるんですか。それにあなたが拘束されたとき、都合良く何者かがカッターナイフと懐中電灯を部屋に残して置くなんて、あほらしすぎます。作り話をするにしても、もう少し説得力をもたらすべきでしたね」
「たしかに都合のいい話かもしれません。刑事さんがそう考えるのも仕方のないことでしょう」わたしはそこで深く息をつく。「でも事実なんです。それに神崎はつじつまの合わない供述をしていると言いましたが、それで神崎が犯人じゃないとは言い切れない。ほかの人物に疑いをかけるために嘘をついている可能性も考えられる」
「その可能性はもちろん考慮していました。ですがあなたの話を聞いて神崎が犯人ではないと確信できました」そこでことばを切ると、西園寺は右手で拳銃の形を作り、それをわたしに向けた。「ばーん、ばん、ばん」
わたしはけわしい表情になる。「……ふざけているんですか?」
「ふざけてなんかいません」西園寺はいたずらっぽく笑う。「あなたに確認しましたよね。ビデオカメラに映っていた犯人が、こうやって右手を突き出して銃を撃っていたと」
「ええ、そうですが」
「それなら神崎が犯人ではありえないんですよね。なぜなら神崎は左利きですから」
「神崎が左利き!」わたしは驚きの声をあげた。
「そうですよ。神崎は左利きなんです」
そう言われ、わたしの脳裏に長髪の男がビリヤードをしている場面がよぎった。長髪の男は右手に持つ白い手玉をビリヤード台に置くと、その手でブリッジを作り、すぐさまキューを突くという早業を披露した。たしかに神崎マコトは左利きだ。
「……たしかに神崎は左利きだ」わたしは弱々しい声で言う。「でもあえて逆の手で拳銃を使用したかもしれませんよ」
「人を殺そうというのに、利き手とは逆の手を使うなんてリスクが大き過ぎる。わざわざそんな危険をおかす理由がありません」
正論だ、とわたしは思った。西園寺が言っていることは正しく、反論することができないので、わたしはうつむき押し黙ってしまう。
「ちなみに佐々木さん、あなたの利き手は?」
「……右利きですが」
「そうですか」西園寺はあご髭をなでる。「あなたは犯人と同じで右利きなんですね」
「ほとんどの人間が右利きでしょう」わたしは反論する。「それだけでわたしを真犯人扱いするのはやめてください」
西園寺は不適な笑みを浮かべこちらを見つめる。わたしは苛立ちをにじませた顔で見つめ返した。しばしのあいだ沈黙が訪れる。
西園寺はどうしてもわたしを真犯人にしたいようだ。だがそんなことさせてたまるものか。どうにか頭を働かせて、この場を切り抜けなければ。
「そういえばあなた」西園寺が沈黙を破った。「ママ先生こと西村アカネのお子さんは消息不明だと言いましたよね」
「たしかにそう言いました。アキラ君がそう話してくれたので」
「もしも西村アカネのお子さんが、不幸な事故や病気に見舞われず、いまでも生きているとしたら、ちょうどあなたぐらいの年頃なんですよね」
わたしは顔をしかめる。「……何が言いたいんですか」
「いえ、べつに」西園寺はすました顔で言う。「ただ西村アカネのお子さんがいまでも生きているとしたら、あなたぐらいの年頃だな、と言っているだけですよ」
「まさかわたしが西村アカネの子供だと言いたいのですか。ばかばかしい。戸籍を調べればすぐにそうじゃないとわかるでしょう」
「警察としてはお恥ずかしい話、戸籍を変える方法というものが存在していまして、それを商売にしているあくどい輩もいましてね、手を焼いているんですよ」
「刑事さん、あなたの話についていけません。だいたいわたしが真犯人ではありえないんですよ。わたしにはアリバイがある。最初の殺人があったとき、わたしはあの島にはいなかった。あの日は友人といっしょにホテルに宿泊していたんですよ。石川ヒナコや西村ユイを殺害することなんてできないんです」
「そのアリバイはもう崩れているんですよ。あなたがたが宿泊したホテルは全員別々の個室だった。夜中にあなたを見た人はいません。ですから夜中にホテルを抜け出して、ボートか何かであの島に上陸することは可能なんですよ」そこまで言うと西園寺はとぼけた表情になる。「あっ、そういえばつぎの日、天候が悪いと知っていたのに、ヨットで海に出ることを強行したのはあなただと聞きましたが、それは事実ですか?」
痛いところを突かれた、とわたしは思った。
「……ええ、たしかに事実です」
「まるで偶然の漂流者を装うために海に出たみたいですね」
「待ってください刑事さん。あれはただ天候をなめていただけです。友人たちと久々に集まったのに、その機会を無駄にしたくなかったので、それで海に出てしまっただけの話です」
「つまりは島の近くまでヨットで近づき、そこから泳いで島へと渡った。そして狼マスクをつけて変装し、つぎつぎと彼らを殺害。そして翌日砂浜に横たわり、だれかに目撃されるのを待った。西村アキラに目撃されたあなたは偶然の漂流者を装った、そうですね」
「そんなのありえません。嵐の海を泳ぐなんて、そんなことができると思うんですか?」
「できるできないの問題ではありません。現にあなたはあの島にいたではないですか。それにあなたは学生時代は水泳部だそうで、泳ぎは得意だったとか。時には一日で十キロも泳ぐことができ、得意種目が潜水だと聞きました。それなら嵐による波の影響もさほどなかったはずでは」
「そんなの強引過ぎます。わたしは断じてだれも殺していない。真犯人ではありません。信じてください刑事さん」
「反論になってませんね。情に訴えても無駄です。あなたは西村ユイを殺害し、マスターキーを奪った。それを使って石川ヒナコの部屋に侵入し、眠っていた彼女を絞殺して自殺に見せかけた。そしてその後、西村ユイの遺体に鍵をもどしてボートで島から逃走した」
西園寺の話を聞いたわたしは、うつむくと両手で顔を覆った。
「そしてつぎの日」西園寺は話をつづける。「ヨットで海に出て嵐に曹禺し、島へと向かった。そしてみなをつぎつぎと殺害し、翌日無関係な漂流者を装った。けれど捕り拘束されてしまったあなたは、神崎に助けられた。そしてふたりでダイイング・メッセージを偽造した。そして自分が被害者を装うため、わざと脚を撃った。そうなんでしょう?」
思わずわたしはくすくすと笑い声を漏らしてしまう。その声は自分でも不気味に聞こえた。だけど笑うのをやめることができない。
「どうやら図星だったみたいですね」西園寺が言った。「すべて洗いざらい白状してもらえますよね、佐々木さん」
「刑事さん、その推理は……」わたしは顔をあげると、決意のまなざしで西園寺を見つめる。「大まちがいですよ!」
西園寺は怪訝な表情になる。「わたしがまちがいだと?」
「ええ、そうです。あなたはわたしが石川ヒナコを絞殺したといったが、それはまちがいだ。たとえ眠っていようが首を絞められれば、それに気づき抵抗するはずです。だが彼女には引っ掻き傷がなかった。それにマスターキーを奪ったのに、西村ユイの死体にそれをもどすのはおかしい。つぎの日も犯行に来るのに、なぜ利用価値のあるマスターキーをもどす必要がある」
西園寺の表情が曇る。「……たしかにそうですね」
「そしていちばんのまちがいは、嵐の悪天候を利用した件について。あの島に彼らが集められたのは、石川ヒナコの誕生日にあわせてだ。だとしたら彼女の誕生日の翌日に嵐が発生するのが前提の殺人計画になる。そんな自然の偶然に左右される計画を立てるはずがない。もし嵐が来なければ、わたしは友人とそのまま過ごしていることになりますよ」
負けを認めたのか、西園寺は苦しげな表情を見せている。
「だいたいあなたはおかしい。是が非でもわたしを真犯人にしようと意固地になっているみたいだ。なぜそこまでする?」
「……べつに意固地になっているわけではありませんよ」そう言った西園寺の声音は弱々しかった。「ただあなたがいちばん怪しかったもので」
「刑事さん、わたしに何か隠し事をしていますね」わたしは追撃に出る。「缶コーヒーを買ってもどってきたとき、あなたの態度はおかしかった。明らかに何かをごまかそうとしていましたよね?」
「いえいえ、とんでもない」西園寺は力なく首を横に振る。「わたしにもいろいろと事情がありまして、事件について話せない事柄だってあるんですよ。そこはご理解いただきたい」
わたしは鋭い視線で西園寺を見据える。「たしかあなた、別れた奥さんがいましたよね?」
「……ええ」西園寺はうなずいた。「だいぶ前に離婚しましたが」
「ひょっとしてその人の名前、西村アカネって言うんじゃないんですか?」
西園寺は苦笑する。「何をばかなことを言うんですか。そんなわけあるはずがない」
「はたしてほんとうにそうですかね。西村アカネは殺害された。妹である西村ユイはそう確信したから、あの島にみんなを集めた。その復讐劇にあなたも一枚噛んでいたとしてもおかしくはない」わたしはそこで西園寺のネクタイを指差す。「そうやって別れた奥さんから最初の結婚記念日にもらったネクタイを未だに愛用しているあたり、あなたは彼女のことをいまでも……あれ?」
わたしはあることに気づき、ことばを止めてしまう。まじまじとネクタイを見つめる。ネクタイはモダンアートを思わせるデザインで、いくつものカラフルな直線と五つの円で構成されていた。
……五つの円?
いや、おかしい。最初に見たときは六つの円だったはず。とてもよく似たデザインのネクタイだが、まったくの別物だ。
「どうかしたんですか?」西園寺が不安げに訊いてきた。
「ネクタイを変えましたよね?」
「へっ?」西園寺はネクタイにふれる。「いえ、変えてませんよ」
「いや、絶対に変えたはず。最初に見たネクタイとはよく似ていますが、ところどころにちがいがある。いちばんわかりやすいのが、円が六つから五つになっていることだ。明らかに別のネクタイ」
「ただの見まちがいでは?」
「そんなはずはない。このネクタイはちがう」わたしは声高に主張する。「わたしの直感像記憶にまちがあるはずない」
困り果てた様子の西園寺は右手であご髭をなでた。
わたしはなぜ西園寺がこうまでも頑なに、ネクタイを変えたことを否定するのかわからず、その顔を見つめてしまう。指が動いているため、そちらに注目が集まると、あることに気がついた。西園寺の手入れの行き届いたきれいな指。その薬指にまるで傷跡のようにひと筋の白い線が横切っていた。
わたしは思わず西園寺の右手を取ると、自分のもとへと引き寄せた。困惑する西園寺を尻目のその薬指を観察する。どうやら指輪の日焼けあとらしく、そこだけ白くなっている。
……おかしい。最初に見たときにはこんな跡はなかったはずだ。いつのまにか日焼けをした? こんな短時間に? ありえない。だとしたらいま目の前にいる人物はだれだ?
「ちょっと佐々木さん、いい加減にしてください。その手を放してくださいよ」西園寺はわたしの手を振りほどいた。
わたしはゆっくりと顔をあげた。「あなただれですか?」
「はい?」西園寺は眉をひそめる。「最初に名乗ったじゃないですか、西園寺コウジだと」
「ちがう」わたしは首を横に振る。「あなたはわたしが最初に見た西園寺さんではない」
西園寺はあきれたかのように笑う。「何を言っているんですか」
「わたしも自分が何を言っているのか……わからない」
「だいじょうぶですか」心配するような口調だ。「もしかして、事件のときに頭でも打ちましたか」
「いえ、そんなはずはない……」
目の前にいる男は最初に見た西園寺とは別人だ。しかしそんなことが現実にありえるはずない。だがわたしの直感像記憶は別人だと告げている。だとすると答えはひとつしかない。
「もしかして西園寺さん」わたしはおそるおそる尋ねる。「あなたは双子なのですか?」
その質問に対して西園寺は相好を崩すと、スーツの襟元を口元に引き寄せた。「もしもし兄貴、聞こえているだろ。おれたちが双子だってばれちゃったよ」
目の前で起きた光景に、わたしはただ唖然とし、あんぐりと口を大きくあけた。
「……あの、これは……いったい?」
「だいじょうぶ」西園寺はほほ笑みながら、結婚指輪らしきリングを右手の薬指にはめた。「もうすぐ兄貴が来ると思うから、そしたら全部説明しますよ」
ほどなくして部屋のドアが開かれ、西園寺とそっくりな男がはいってきた。服装もまったく同じだったが、ネクタイだけがちがう。ちがうというより、最初に見た円が六つのネクタイにもどったと言うべきだろうか。そしてその右手の薬指には指輪の日焼け跡はない。最初に見た西園寺という男でまちがいない。
「どうも佐々木さん、あらためて自己紹介させてもらいます。刑事の西園寺コウジと言います」西園寺は車椅子にすわる西園寺を手で指し示した。「こいつは弟の西園寺ハヤトです。同じく刑事です」
「どうもはじめましてになるのかな」西園寺弟は頭をさげた。「だますようなまねしてごめんね」
「こ、これはいったい……なんですか?」
「あなたの直感像記憶とやらが、極度の緊張状態でも正常に機能しているか調べたかったんです」西園寺は説明する。「もしも正常に機能してなければ、あなたの証言は不確かなものになりますから、だからこうやってわざとあなたを追いつめたんです。そのおかげであなたが非常に優秀で、その記憶の正確さがわかりました。あなたはわたしたちの双子の入れ替えを見抜いた。実にすばらしい」
「だからって……ふつうここまでしますか?」
「ふつうはしませんね。けどわたしはやります」西園寺は悪びれた様子もなく言う。「それが何か問題でも?」
わたしはあきれてことばも出なかった。頭のなかは真っ白だ。
西園寺弟の笑い声が聞こえた。「ごめんね佐々木さん、兄貴はちょっと変わっていてね、おれも昔から苦労してきたんだよ。これだから奥さんにも逃げられる」
「うるさいぞハヤト」西園寺が言った。「おまえはこの事件の担当じゃないんだから、役目がすんだらとっとと署に帰れよ」
「ひどいな。事情聴取と同時に直感像記憶をたしかめられる絶好の機会だから、頼むから協力してくれ、とか言っていたくせに感謝のことばもないのかよ」
「はいはい、ありがとう弟よ」西園寺はそう言うとわたしに目を向ける。「それでは行きましょうか佐々木さん」
「えっ?」わたしは突然のことにとまどう。「どこへ?」
「署にまでですよ。容疑者は全員集めてあります。このなかから真犯人を見つけ出すには、あなたの直感像記憶が必要になるんですよ。わかりますでしょう、今回の事件の物的証拠のとぼしさ。あなたの協力が必要不可欠なんですよ」
「でもわたしは入院中の身で、退院はおろか外出許可もまだ——」
「外出許可ならすでに先生からもらっています」
「ちょっと待ってください。それはつまり、最初からわたしが犯人ではないとわかっていたんですか?」
「……まあ、そうなりますね」西園寺はなんでもないかのようにうなずいた。「それが何か問題でも?」
わたしはまたしても、あきれてことばが出なかった。
ふたたび西園寺弟の笑い声が聞こえてきた。「この人に何を言っても無駄だよ」
「……そうなんですか」もう気にするのはやめよう。
「佐々木さん、いっしょに今回の事件の真犯人を捕まえようではありませんか」
西園寺が手を差し出し、協力者としての握手を求めてきた。わたしは困惑しつつもその手を握った。
こうしてわたしたちは警察署へと向かうことになった。




