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第四幕 第六場

 いまわたしは憎き犯人の顔を思い浮かべながら、階段をおりている。右手には拳銃を、左手には懐中電灯を手にし、一段ずつたしかめるようにして進んでいく。右太ももの傷のせいでゆっくりとしか動けないのが、非常にもどかしかった。


 階段をおりるにつれ、だんだんと視界が明るくなってくることに、いやな予感を感じた。そしてその予感どおり二階へとおり立つと、その先の階段に火の手がまわっているのが確認できた。


「避難が遅過ぎた……」


 このまま駆け抜けて強行突破しようかと考えたが、この脚では無理だ。走れずに焼け死ぬのが目に見えている。ならばどうする?


「……考えろ、死にたくなければ考えろ」

 わたしは何か脱出する手段はないかと、あたりを見まわした。そして目に留まったのがベランダだった。

「そうだ!」


 わたしはベランダへと向かう。その途中、窓にかかっていたカーテンを引き離し、それをいくつか集めながら進んだ。ベランダへと出ると、集めたカーテン同士を結んでロープの代用品を作り出す。そしてベランダの柱へと固く結んだ。それがすむと、できをたしかめるように、カーテンを強く引っ張った。


「これでだいじょうぶ……かな?」


 不安ながらもカーテンを外へと放り投げる。カーテンは地面まで達しており、長さはじゅうぶんだ。あとはこれを伝っておりるだけ。心配なのはわたしの重さで、カーテンがほどけてしまわないことだけだ。


 わたしは欄干を乗り越えると、カーテンをロープ代わりにして、地面へとおりていく。焦らず慎重に、と自分にいい聞かせながら。そして地面までもう少しというところで、突然カーテンがほどけて、わたしは落下してしまう。さらに最悪なことに、わたしは撃たれた右足から地面へと着地してしまった。そのため鋭い痛みが駆け巡り、失神しかけた。よろめきながら地面へと倒れると、苦しげに息を喘がせた。


 目の前に星がちらつき、視界が霞んでいく。すぐそこで洋館が燃えているというのに、体がとても寒く感じる。ここで気を失ってはならない。そうなれば終わりだ。わたしはなけなしの気力を振り絞り、なんとか立ちあがった。


 生存者を探すべく庭園の物陰に身を隠しながら、洋館の正面へとまわりこむ。

「……いた」


 洋館の前には四人の生存者が呆然とした様子で、燃える建物を見つめている。傷の男に長髪の男、金髪の女、その三人から少し離れるようにして少年アキラが立っていた。


 好都合だな、とわたしは思った。全員そろっているなら話は早い。問題はどうやってわたしの話を聞いてもらうかだが、その解決法はすでに考えていた。アキラを利用すればいい。その準備はすでに終わっている。


 わたしは物陰からでると、アキラの背後に忍びよる。みなは燃える洋館に目が釘付けでこちらに気づく様子はない。わたしはアキラの頭に拳銃を突きつけた。


「全員その場から動くな!」わたしは声を張りあげた。「少しでも動いたら、こいつの頭を銃で吹き飛ばす!」


 生存者が驚いた様子でこちらに向き直った。三人ともわたしにきびしいまなざしを浴びせている。


「……あんた生きていたのかよ」アキラがつぶやいた。


「おかげさまでね」わたしは小声で言う。「だいじょうぶ、殺したりはしない。犯人を暴露するのに協力してもらうだけだから」


 アキラは舌打ちする。「勝手にしろ」


「おいおまえ!」傷の男がこちらを指差した。「いますぐアキラから離れろ!」


「こいつを解放したければ」わたしは言った。「こちらの要求を聞いてもらおう」


「要求だと?」長髪の男がいぶかしげに言う。「いったいどういうつもりだ。何が目的なんだ?」


「いますぐに救助の電話をしろ。洋館に設置されたGPSジャマーはいまごろ燃えているはずだ」そこでわたしは声を落とす。「そうだろアキラ君?」


「うるせえな……」アキラはぶっきらぼうにつぶやく。


 金髪の女がスマートフォンをポケットから取り出すと、その画面に視線を落とした。「ほんとうだ、電波がつながっている!」歓喜したようにそう言うと、すぐさま電話をかけはじめた。どこにかけたかわからないが、その口ぶりからこちらの要求どおり救助を要請していることがわかる。この島がどこにあるかわからないわたしにとって、ありがたい話だ。


 金髪の女が電話をかけているあいだ、傷の男と長髪の男はわたしを油断なくにらみつけてくる。隙さえあれば襲いかかってきそうな雰囲気だ。


 金髪の女が電話をかけ終えた。「すぐにヘリで駆けつけてくれるそうよ。十五分以内に着くみたい」


 十五分か、とわたしは思った。昔ニュースでドクターヘリの特集を見た覚えがある。十五分で五十キロの距離を飛行すると説明していた。それがほんとうなら、おそらくこの島は陸地から五十キロ圏内にあるのだろう。


「そちらの要求を聞いたぞ!」長髪の男が語気を荒らげた。「アキラを解放しろ」


「まだだ!」わたしは叫んだ。「もうひとつ要求がある」


「なんだと」傷の男が眉を吊りあげた。「まだ何かあるのか」


「わたしの話を聞いてほしい。ただそれだけ」


「話だと?」長髪の男が言った。「ここにきてようやく復讐の理由を明かすのか」


「ちがう、わたしは復讐者ではない。漂流者だ」わたしはそこでひと呼吸間を置いた。「わたしの名前は佐々木シノブ。友人たちとヨットで海に出ていたところ嵐に見舞われ、わたしはヨットから落ちてこの島へと漂流した」


「嘘だ!」傷の男が声を荒らげた。「そんな都合のいい話があってたまるか」


「嘘じゃない。わたしはたまたまこの島に流れ着いた漂流者。この島で起きている殺人事件とは無関係の人間。あなたたちのことも、洋館で拾ったビデオカメラの映像を観て知った」


「みんなだまされるな」長髪の男の目つきが鋭くなる。「おまえが無関係の人間なら、どうして銃を持っているんだ。銃を手にしている時点で自分が犯人だと言っているようなものだぞ」


「この銃はわたしの持ち物じゃない。さっき犯人と争ったときに奪ったもの。そのせいで脚を撃たれた」わたしはみんなに見えるよう右足を前に出す。「いまだに血は止まらない。おかげで意識が朦朧としている。気を失う前にあなたたちに犯人を知らせておく」


「ちょっと待ってよ」金髪の女は血相を変える。「あなたはわたしたちのなかに犯人がいると言いたいの」


「残念ながらそうだ」


「ふざけるな!」傷の男が目を剥いた。「おれたちのなかに殺人鬼がいるだと。そんなふざけた話、おれは絶対に信じないぞ」


「証拠がある。入れ墨の女がダイイング・メッセージで犯人の名前を書き残していた」


「ダイイング・メッセージってどういうことよ?」金髪の女はたじろいだ。「まさかスミレが死んだとでも言いたいの。そんなの嘘よ。スミレはどこかに避難しているはず。お願いだから嘘だと言ってちょうだい」


 わたしは首を横に振る。「残念だけど彼女は殺されていた。でも死に際に犯人の名前を書いた。だからわたしは犯人を知っている」


 生存者の三人は疑わしげにお互いの顔を見合わした。疑心暗鬼に陥っているのが見てとれる。


「この島で起きた殺人事件の犯人はおまえだ」

 そう言ってわたしは長髪の男を指差した。すると長髪の男は愕然とした表情になる。


「へえー、そうだったのか」アキラがささやいた。「マコトさんのしわざだったんだ」


 アキラのことばで長髪の男がマコトだと再確認できた。あのときのわたしはイニシャル占いの数字で犯人を導きだした。

 M・K……マコト。数字は二十四。

 S・M……スミレ。数字は三十二。

 J・K……ジュン。数字は二十一。

 K・A……カオル。数字は十二。

 N・K……ナツキ。数字は二十五。


 このなかで田中リョウマの占いの数字である三十八と相性がいいのは、マコトとスミレとカオル。相性が悪いのはジュンとナツキ。ここまでわかれば、あとは簡単だった。彼らの名前候補から名前が絞り込める。


 傷の男……ジュン、マコト。

 長髪の男……ナツキ、マコト。

 金髪の女……カオル、ナツキ、マコト。

 入れ墨の女……スミレ、ジュン。

 眼鏡の女……スミレ、カオル。


 入れ墨の女はリョウマと相性がよかった。すなわち犯人の名をのぞき、スミレかカオルになる。そして入れ墨の女の名前候補にあてはまるのはスミレだけ。入れ墨の女は名前はスミレとなる。

 金髪の女はリョウマと相性が悪かった。となるとその名前はジュンかナツキになる。そして金髪の女の名前候補に合致するのはナツキしかない。だから金髪の女の名前はナツキになる。


 ふたりの名前が明らかになったことで、名前候補が絞られた。

 傷の男……ジュン、マコト。

 長髪の男……マコト。

 眼鏡の女……カオル。


 眼鏡の女の名前はカオルになり、ジュンの名前候補者がほかにいないため、傷の男の名前はジュンになる。長髪の男の名前候補がひとつだけしかないので、必然的に彼がマコトになる。


「ぼくが犯人だって?」長髪の男が言った。「そんなばかな嘘に、みんなだまされるな。だいたいダイイング・メッセージが残されていると言ったが、ほんとうかどうかわからないぞ。洋館が火事なのをいいことに、嘘をついているにちがいない」


「ならこれを見ろ!」わたしはポケットからデジタルカメラを取り出した。「このカメラにばっちり証拠を押さえた」


 長髪の男の顔が青ざめたかのように見えた。


「そこのふたり、カメラの画像を確認して」

 わたしは金髪の女へとデジタルカメラを投げた。金髪の女はデジタルカメラを受け取ると画面に視線を落とす。するとすぐさま口元を手で覆った。


「……スミレ嘘でしょう」金髪の女は涙ぐむと、長髪の男に顔を向けた。「マコト、どうしてこんなことをしたのよ?」


 長髪の男は真顔になり、何も答えない。


「おれにも見せろ」傷の男が金髪の女の肩越しにデジタルカメラを見つめると、その表情はみるみる曇っていく。「……嘘だろ」


「これでわかったでしょう」わたしは畳み掛ける。「この男、マコトが犯人だ」


 傷の男は長髪の男に向き直る。「おい、マコト。嘘だって言ってくれよ」そこでわたしを指差す。「どうせこいつが偽造でもした偽のダイイング・メッセージなんだろ。なあ、そうだと言ってくれよ、頼むから」


 長髪の男は何も言わず、前髪をかきあげるようにして夜空を見あげた。するとくすくすと不気味な笑い声をもらしはじめた。やがてその声は大声になり、耳を聾しはじめた。


「止めろ!」傷の男がたまらず叫んだ。「嘘だと言ってくれよ、マコト!」


「……まさかスミレのやつにしてやられるとは」長髪の男はやれやれといった様子でため息をつく。「ちゃんと最初の一発目で殺してやるんだったよ」


 犯人の告白に衝撃を受けたのであろう傷の男と金髪の女は、信じられないといった面持ちになる。ふたりともその目には涙が浮かんでいた。


「そうだよ。このぼく神崎マコトのしわざさ」


「ふざけやがって!」傷の男が歩き出す。


「おっとジュン、そこまでだ」すぐさま長髪の男はズボンのポケットから折りたたみナイフを取り出すと、それを突き出すようにして構える。「こっちに近づけば刺し殺す」


 傷の男はくやしげに立ち止まると、怒りにも燃える目で長髪の男をにらみつける。「どうしてみんなを殺した?」


「きみのおかげさジュン。ぼくたちは子供の頃、復讐者に襲われたきみを助けるために、みんなで人を殺した。人殺しの子供が人を殺して悪魔の子供になった瞬間さ。あれ以来、ぼくは人殺しに興味を持っていた。殺人衝動に芽生えたんだよ」


「ふざけないで!」金髪の女が泣き叫んだ。「だからってどうして仲間を殺すのよ。わたしたちは家族も同然だったはずなのに」


「親しければ親しいほどぼくは興奮する」長髪の男は悪びれた様子もなく言う。「軽蔑してくれたって構わない。所詮僕らは人殺しの子供で、悪魔の子供たちだったというだけさ」


 言い終えると長髪の男は高笑いをはじめる。その様子を一同が唖然と見守るなか、アキラがわたしに向かってささやいた。

「佐々木さん、あいつを撃ち殺せ。いますぐによ」


「えっ!」わたしははっとする。「それは不可能だよ、アキラ君」


「度胸のない、だらしない大人だな」


 やにわにアキラのこぶしが、わたしの右太ももへと放たれる。そのためわたしは激痛に呻きながら地面へと倒れてしまう。するとアキラはわたしの手から拳銃を奪った。


「全員動くなよ!」アキラが叫んだ。「ここはおれが仕切らせてもらう」そこで長髪の男に拳銃を向けた。「マコトさん、そのナイフをこっちに寄越しな。いますぐにだ」


「……こわいなアキラ」長髪の男はにやりと笑うと、折り畳みナイフをアキラの足下へと投げた。「これでいいだろ?」


「ひとつ訊きたい。母さんを殺したのもあんたか?」


「ああ、そうだよ。ユイ姉さんを殺したのもぼくのしわざさ。大好きな母さんが殺されてくやしいよな。ぼくを恨んでいるのなら、その引き金を引けばいい。復讐はそれで終わる」


「馬鹿らしい」アキラは拳銃をおろした。「母さんのことは大きらいだった。だからあんたのことを恨んでなんかいない。復讐なんてあほくさい。それはあんたらがよく知っているだろう」


「それじゃあ、どうして訊いた?」長髪の男は挑発するような口調だ。「ほんとは大好きだったんだろ母さんが。だから怒りを感じている。だからその死の原因を知りたがる。きみは母さんが——」


「うるさいだまれ!」アキラはふたたび拳銃を向ける。「やっぱりおまえは死んどけ!」


 アキラが引き金を引くと、弾切れを告げる乾いた音が鳴るだけだった。

 アキラはわたしに顔を向けた。「これはどういうことだ?」


「……だから不可能だと言った」わたしは薄れゆく意識のなかアキラを見あげた。「危険がないように弾は抜いておいた」


 アキラは雄叫びをあげながら拳銃を地面へと叩き付けた。するとそれを合図かのように傷の男が長髪の男に飛びかかる。それを見て金髪の女が泣き叫ぶ。


 やがて空からヘリらしき物音が聞こえ、ライトと思われる強い光がこちらを照らすと、わたしの意識はそこで途切れた。

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