第四幕 第三場
少年アキラが部屋から出て行って、どのくらい時間が経過しただろうか。すでに夜の帳はおり、あたりは真っ暗になっていた。暗さに目が慣れたとはいえ視界は悪く、一メートル先に何があるのかすらわからない状態だ。
「くそっ!」
わたしは縄の拘束を解こうと躍起になっていた。急がないと犯人が殺しにくるかもしれない。そうでなくても火事に巻き込まれて、焼け死んでしまう。だがしかしどんなにもがこうが、手足に縛られた縄は固く結ばれており、はずれる気配は一向にない。生存者たちはよほどわたしのことを恐れていたのだろう。
「はずれない!」
縄がはずれない以上、残りの生存者に助けを求めるしか方法はない。だがどうやって助けを求める。彼らはみんな自分の個室にいるにちがいない。自分が動けない以上、向こうから来てくれるのを待つしかない。
その可能性はあるだろうか?
……可能性はじゅうぶんある。見張りをしているアキラのことを心配して、だれかが様子を見に来るはずだ。その人物に助けを求めればいい。
問題はその人物が犯人かどうかだ。
依然として容疑者は四人。傷の男、長髪の男、入れ墨の女、金髪の女。早く犯人を特定しないと、新たな犠牲者がでるかもしれない。もしかすると、すでに犯人以外殺されていてもおかしくない状況だ。急がないと。
わたしがそんなことを考えていると、突然ドアノブをまわす音が聞こえてきた。わたしはすぐさまドアへと顔を向ける。だが暗くて何も見えない。
やがてドアがきしる音を響かせると、ひと筋の光芒が部屋の中へと差し込まれた。光は部屋を探るようにして、せわしなく動きまわっている。おそらく懐中電灯の明かりだろう。
「だれ!」わたしは思わず叫んでしまう。「だれなの?」
すると光はこちらに向けられた。そのまぶしさにわたしは顔を背けてしまう。暗闇に慣れきった目には、懐中電灯の光は強烈過ぎる。目をあけていられない。
「もしかしてアキラ君?」
心変わりしたアキラが、助けに来てくれた可能性に賭けて呼びかけてみるも返事はない。どうやらアキラではないようだ。
わたしがまぶしがっているのを悟ったのか、光は顔から足下へと向けられた。わたしは光源へと顔を向ける。かろうじておぼろげな人影が見てとれるも、いったいだれなのかわからない。
犯人か、それともほかの生存者なのか?
心臓が早鐘を打つなか、カチカチという音が聞こえると、懐中電灯の光源の前にカッターナイフの姿が現れ、わたしの脈拍はさらに速まった。
犯人だ! 犯人がわたしを殺しに来たんだ。
「お願い殺さないで」わたしは恐怖で震える声で言った。「死にたくない」
相手はなんの返事もしない。もはや殺される、と思ったつぎの瞬間、思いがけないことが起こった。カッターナイフがわたしの足下へと放り投げられた。
「えっ?」
わたしは困惑しながらも足下へと目を向けた。数センチほど刃が飛び出したカッターナイフが落ちている。しかもそのカッターナイフに懐中電灯の光が向けられていた。まるでわたしがそれを視認しやすいように。
「これはいったい何?」わたしは勇気をだして尋ねてみた。「何がしたいの?」
相手はまたしても答えない。
やがて懐中電灯の光が降下し、床の高さと同じになると、そこからわたしの足下を照らすような形になった。するとドアが閉じる音が聞こえてくる。
何が起こっているのかわからず、しばらくのあいだわたしは呆然とカッターナイフを見つめていた。耳をすましてもだれの息づかいも聞こえてこない。どうやら相手はカッターナイフを投げ入れると、部屋から出て行ったようだ。
いったいなんのためにこんなことを?
だがすぐにそんなことはどうだっていい、とわたしは思った。このカッターナイフがあれば縄を切ることができる。
わたしは体を揺すって椅子を揺れ動かすと、その勢いに乗せて床へと倒れた。ぎこちない動きで体を動かしながら、カッターナイフが落ちていた場所へと手を近づける。すぐにその指先にふれる感触があった。わたしはカッターナイフを拾うと、慣れない体勢に悪戦苦闘しながらも、なんとか縄を切ることに成功した。
「やった」思わず歓喜の声をあげてしまう。
わたしは足首を縛る縄をほどくと立ちあがった。逃げ遅れる前に、この洋館から脱出しなければならない。




