第四幕 第二場
「ようやくふたりっきりになれたね」少年アキラが言った。「この時を待っていたよ」
アキラはわたしの前に椅子を引っ張ってくると、それにすわって携帯ゲーム機で遊びはじめた。わたしにはそれが信じられなかった。この状況が理解できていないのか?
いや落ち着け、とわたしは自分に言い聞かす。三台目のビデオカメラに残されていた映像。このアキラは母親が亡くなっているにもかかわらず、盗撮めいた行為をしていた異常性がある。明らかにふつうの少年ではない。
だがこの少年が犯人ではないことはわかっている。どうにか説得して味方にできれば心強い。都合のいいことに、ほかの生存者がいなくなったいまが、絶好のチャンスだ。
「ねえ、アキラ君」わたしは呼びかけた。「きみの名前はアキラだよね」
「うん、そうだけど」ゲーム機から目もあげずに平然とした態度で言う。
「たしか最初に浜辺で会ったよね。あのときは状況がわからなくて、きみをこわがらせたみたいで、ほんとうにごめんね」
「べつにこわがっていたわけじゃないよ。漂流者がいたことにびっくりしただけさ」
「アキラ君、こんなことを言っても信じてもらえないと思うけど、わたしは犯人じゃない」
「へー、そうなんだ」アキラは興味無さげに返事をする。
「アキラ君、わたしはまじめに言っている。お願いだから犯人じゃないと信じて」
「うん、信じてるよ」アキラはぶっきらぼうな口調で言う。「だから安心してよ」
「信じてない!」わたしは思わず声を大にする。「お願いだからわたしの話を信じて」
「だから信じるってば」アキラがゲーム機から顔をあげ、めんどくさげにこちらを見る。「あんたが犯人じゃないって信じてる。これでいいだろ?」
「よくない。どうして信じてくれない?」
「だから信じてるって」アキラはため息を漏らした。「どうしてさ、あんたはおれのことを信じてくれないの」
「そんな人を馬鹿にするような態度で言われても、信じられるわけない」
「じゃあいったいどうすればいいのさ」アキラは大仰に肩をすくめてみせた。「まじめぶった態度で言えばいいの、信じてますよ、と。そういう問題じゃないだろ。おれはあんたのことを信じた。だからあんたもおれのことを信じてもらわないと、話は進まないよ」
「ふざけるな!」わたしは思わず怒鳴り声をあげてしまう。「人の話をまじめに聞け。わたしはだれも殺していない。お願いだから信じて」
「はいはい、信じてますよ。あんたはだれも殺していないし、犯人でもない。だから安心してくれよな、信じているから。これでいいだろ『佐々木シノブ』さん」
そのことばにわたしは目を丸くするばかりだ。「……どうして、わたしの名前を?」
アキラが無邪気に笑う。「やっぱりあんたの名前、佐々木シノブで合っていたか。そいつはよかった」
「よくない」わたしは愕然とした口調になる。「どうしてわたしの名前を知っている?」
「あんた最初に会ったときに自分で言ったろ、ヨットで海に出たら嵐に見舞われた、と。だからここいらの海域で遭難事故のニュースがないかどうかネットで調べたんだ。そしたらビンゴ、若者ら四人をのせたヨットが嵐で遭難。そのうち三名は救助されたけど、残りのひとりは依然として行方不明。そいつの名前が佐々木シノブだったんだよ」
「ちょっと待って。ネットで調べたってどういうこと。通信網は遮断されているはずでは?」
「そういえば言ってなかったけど、GPSジャマーの有効範囲を設置したこの洋館を中心に半径一キロに設定しているんだ。だから入り江のある岬の先っぽあたりだと、かろうじて携帯電話が使えちゃうんだよね。でもまあ、とぎれとぎれにしか電波がつながらないから、電話をするのは無理だけど、ネットで調べものするぐらいなら問題はないんだよ。けっこうもどかしいけどね」
突然の衝撃的な告白に、わたしは目眩を覚えた。「きみは……何を言っているんだ?」
「何ってGPSジャマーの説明だよ。外国製の結構値が張る品物でね、でもそのぶん効果はこのとおり絶大だ」
「まさかきみが……この状況を作り出しているのか?」
「ああ、そうだよ」悪びれた様子も見せずにうなずく。「不測の事態が起きた場合、通信網を遮断する手はずになってたんだ」そこでため息をつく。「それにしても計画を練るにあたって、いろいろとアクシデントは想定していてね、悪天候も考慮していたけど、まさか嵐のせいで漂流者が流れ着いてくるとは予想できなかったよ」
わたしは信じられない思いでアキラを見つめる。この少年のことばが信じられず、受け入れがたい。だが状況が状況だけに、事実を語っているとしか思えない。
「あんたがこの島に流れ着いたおかげで、殺人計画がめちゃくちゃだ。まったくどうしてくれるんだよ」
「きみは……自分が何を言っているのかわかっている?」
「もちろんだよ佐々木さん。そんなのわかっているにきまっているじゃないか」
「殺人計画だなんて、そんな残酷なことがどうしてできる?」わたしは問いただす。「しかもきみはまだ子供じゃない。どうしてそんなことを?」
アキラはけたけたと笑う。「大人はいつもこれだ。そうやっていつも子供をきめつける。子供は純粋無垢な天使だと思っているのか。そんなはずないだろ。自分の子供時代を思い出してみろよ、子供ほど残酷な生き物はいないだろ。あんたにもひとつかふたつぐらい、心あたりがあるはずだ」そこでにやりと口元をゆがめる。「かつて子供だったはずの大人たちは、みんなそのことを都合よく忘れて生きている。まったく無知ってこわいよね」
わたしはアキラの告白のせいで衝撃にとらわれている。中学一年の少年が、こうまで嬉々として語ることばに戦慄するばかりだ。
「……アキラ君、どうしてきみは殺人計画なんて考えた?」
「どうして?」アキラは苦笑する。「そんなの簡単だよ。遺産分配を阻止するためさ。まったくおれの亡くなったおばさんとやらは、どうにも人がよくて、血もつながらない孤児であるあいつらに遺産を相続させようなんて頭がおかしいとしか思えない」
「そのために人を殺すの?」
「何かおかしいか?」アキラは眉をひそめた。「世のなかには、たかが数千円で人を殺すやつだっているんだぜ。まあ、そいつらはどうかと思うけど、こっちは数千万、へたしたら億単位の金がかかっているんだ。だいたいさ、西村家の財産はいずれすべておれのものになる予定だったんだ。たしかおばさんには子供がいたらしいが、都合よく別れた旦那が引き取ったらしく、いまでは連絡もつかなくて消息不明だ、と母さんは言っていた。それならあいつらを皆殺して遺産分配を阻止するでしょう」
「悪魔だ」わたしはことばを震わせた。「きみは悪魔の子供だ」
「おれが悪魔の子供?」アキラは楽しげに眉を踊らせる。「あんたおもしろいこと言うね。おれなんかよりも、あいつら孤児のほうがよっぽど悪魔の子供さ。なんと言ったって、あいつらは人殺しの子供なんだぜ。そしてみずからも人を殺めた。考えるだけでもおぞましい。それにくらべたらおれなんてかわいいものさ」
「……ふざけたことを言うな」アキラの話を聞いて、だんだんとわたしは怒りがわいてくるのを感じた。「それは正当防衛でやむを得なくしたことで、しかたがなかった。きみのようにみずから望んで殺そうとは考えなかった」
アキラは首をかしげた。「何を言っているんだ?」
「彼らはたしかに人を殺してしまったかもしれない。けれど——」
「ちがうちがう。そうじゃない」アキラがわたしのことばをさえぎった。「あいつらは人殺しの子供なんんだよ」
「そんなのわかっている。けど彼らは——」
「ちがう、そう言うことじゃないんだよ」アキラは食いちがいを楽しむかのようにほほ笑む。「あいつらは全員、人殺しの親を持つ孤児なんだよ。だから人殺しの子供なのさ。それゆえに親戚に見捨てられ施設でも邪魔者扱いされていたあいつらを、どういうわけかおばさんがひとつに集めた」
「親が人殺しの子供だけを?」
「ああ、そうさ。放火魔に通り魔といろいろそろっているぜ。そのせいであいつらは被害者から恨まれていた、人殺しの子供としてね。なかには施設に押し入って、恨みを晴らすためにその子供を殺そうとした事件まで起きた。そのときにあいつらは返り討ちにして、そいつを殺してしまった。人殺しの子供が人殺しをしたんだ。だからあいつらは自分たちのことを悪魔の子供と呼んでいるのさ。結構ショックな出来事だったらしく、その事実は警察には伏せて説明していたようで、おかげでただの強盗事件ってことになってる」
アキラの説明で、これまで謎だった彼らの行動がわかってきた。彼らには殺される理由がある、それは親が人殺しだからだ。だからわたしにだれの親に殺された恨みだ、と問いただしてきたのだ。おそらく彼らにはわたしが復讐者に見えていたのだろう。状況を考えれば、それもしかたがないことだ。
「だからなのか」わたしは言った。「きみは彼らが悪魔の子供だから殺していいとでも言いたいの? そんなのひど過ぎる」
「べつにそういうわけじゃないよ。ただ赤の他人に西村家の財産が奪われるのがいやなだけさ。それにこの殺人計画は母さんからおれに持ちかけられたんだぜ。おれだって最初から殺そうとは考えてなかったよ」
「西村ユイが殺人計画を立てた?」わたしはその事実に驚愕してしまう。「でも彼女は……死んだはず」
アキラはわけ知り顔になる。「どうやらあんた拾ったビデオカメラを観て、ある程度こっちの事情を知っているらしいな。どうせリョウマさんあたりが、ビデオカメラに余計なことを記録していたんだろ。ビデオカメラの映像データーを消去しておいてよかった」
「ビデオカメラはきみのしわざ?」
「ああ、そうだよ。どうやらおれたち親子以外にも、殺人計画を立ててたやつがいるらしく、母さんもそいつに殺されてしまったようだ。だがどうしてかおれは殺さないらしい。襲われて気がついたらベッドの上だったんだぜ」アキラはそこで楽しげに笑う。「さすがにびっくりしたよ。まさか夢オチ、だなんて思ったりもしたさ。でも実際には洋館で人が死んでいた。どうやら犯人は皆殺しを実行しようとしているみたいだし、それなら都合がいい。このまま殺人をつづけてもらうことにしたんだ。だから犯人に不利になる映像は消去しないとね」
「……狂ってる。きみは母親が殺されたというのに、どうしてそんなことが平然とできるの。しかも母親の死を笑って話すなんてどうかしている」
「はいはい」アキラはやれやれといった様子だ。「またそうやって人のことをきめつける。母親が殺されたら、かならず悲しめだなんてばからしい」
「母親が死んだんだよ。きみはなんとも思わないの?」
「思わないね」アキラはきっぱりと言い切った。「だいたい母さんも父さんも親失格なんだよね。あいつらおれが物心ついたときには、すでに仮面夫婦だったんだぜ。ふたりが離婚するまでのあいだ、おれはそんな家庭環境で育ったんだ。まともな人間になると思う。なるわけないだろ」
「そんなまさか」
「なんだ信じられないのか。これだから恵まれた家庭で育った人間は、理解力が浅い。でもまあ、その気持ちわかるよ。おれもさ、よくテレビとかでカルト教団にはまる信者たちを観て、こんなものに洗脳されるなんてばかじゃない、とか思ってた。でもある日、友達の家で夕食をごちそうになったことがあったんだけど、そのときにさ、そいつの両親が親しげに会話をしているのを見て気持ち悪いと感じたんだよ。そのあとで気づいたんだ、自分の両親はおれを通してしか会話をしていないという事実に。それまでそのことが異常であるとは考えもしなかった。洗脳されている人間ほど、自分がおかしいと気づかないんだよ」
「アキラ君……」かけることばが見つからず、口ごもってしまう。
「その事実に気づいて以来、おれはずっとストレスを感じてきた。父さんも母さんもおれがいるから離婚できないんだ、逆に言えば、おれがいるからしかたなく夫婦生活をつづけているんだ、と言われているように思えて苦しかった。子はかすがいってことばあるだろ、あれ死ぬほどきらいなんだ。かすがいにされたほうは、親を殺す権利があっていいと思うんだよね」
「本気でそんなことを考えているの?」
「もちろん本気さ。だから母さんが死んでもなんとも思わない。ずっと苦しめられてきたからな。世のなかには子供を殺す親もいれば、親を殺す子供もいる。なにもおれだけが特別におかしいってわけじゃないのさ。だけど世間はその事実に目を伏せている。自分たちの価値観でしか物事を計ろうとしない。いまのあんたのようにね」
ゆがんでいる、とわたしは思った。置かれた家庭環境のちがいでここまで人は冷血漢になれるものだろうか。
「昔さ」アキラは話をつづける。「片親の友達が両親がいるおれのことをうらやましい、とか言ってきたんだ。だからぼこぼこにしてやったんだ。片親の自分がどれほど恵まれているかも知らずに、不幸ぶっているのが気に食わなくてね」そこでくすくすと笑いはじめる。「でも皮肉だよな両親がいる俺は愛情に恵まれず、人殺しの親を持つ孤児たちには愛情が注がれるなんてね。でもまあ、それもあいつらが悪魔の子供になったせいで終わってしまったけどな」
「きみはビデオカメラを観なかったの?」わたしは言った。「きみのお母さんは、あなたのことを愛していると言っていた」
「そんなの嘘に決まっているだろ。だいたい母さんはいつも姉さん姉さん、と言っておばさんのことばかり考えて、おれのことなんてほうっておいた。母さんはおばさんに心を囚われている。だからおばさんが死んだのも、事故死では納得しなかった。あいつらのなかに犯人がいるとにらんで、おばさんが死んだあともあいつらと仲良くしていた。探りを入れるためにね。そしてようやく最近になってあいつらのなかのだれかに殺されたと確信したらしく、それで皆殺しの殺人計画を実行しようとした。おれがその計画に協力したのは、親子の縁ではなく、たんに利害が一致したらからに過ぎない」
「死を予感していた人物が、その前に嘘をつくと思うの。あれはぜったいに彼女の本心」
「本人ならまだしも、どうして赤の他人のあんたがそうまで言い切れる。これだから偽善者ぶる大人はきらいだ。だけど許してやるよ。これから死ぬ相手ぐらい、大目に見てやる」
「……これから死ぬ?」わたしは目を丸くする。「まさかあなたはわたしを殺すつもり?」
「おれ殺したりなんかしないさ。だけど犯人は別だ。おれたちとはまったく関係のない部外者のお手伝いさんを殺しているんだ。あんたのことも邪魔者として殺される可能性がある」
「部外者のお手伝い?」
そのことばでわたしが連想した人物は痩身の男だ。そう言われてみると、思いいたるところがある。バースデイパーティーを抜け出したのも、バーベキューの準備をするためだとしたら納得がいく。
「ああ、そうだよ」アキラが言った。「さすがにおれたち親子ふたりで、この洋館を仕切るのは大変だから雇ったんだ。でも殺されるとは運の悪いやつ。だからあんたも殺されるだろうな。たとえ殺されなくて、死ぬことには変わりないけどね」
「どういうこと?」
アキラはしたり顔になる。「どうしておれがこうも素直に、あんたとおしゃべりしているのか不思議に思わなかったのか。あんたが死ぬとわかっているから、そうしているんだよ。今夜この洋館は火事になる。予定では睡眠薬で寝静まったみんなを焼き殺すつもりだったんだ。お手伝いさんにはその際に、おれたち親子は逃げるのに必死でみんなを助ける暇はなかった、と証言してもらうつもりだったんだぜ」
「そんなことは止めて!」わたしは懇願する。「わたしは死にたくない」
アキラは人差し指を顔の前で振る。「おっと、いまさらやめてくれとは言わないでよね。時限式発火装置を仕掛けたのは母さんだ。おれも隠し場所を知らない。だから止めることもできない。それにほかのみんなも、殺人鬼だと思っているあんたを助けようとは思わないさ」
「そんな……」
自分が逃れられない死の運命にあることを知って、わたしは血の気が引く思いだった。このままでは確実に死ぬ。
「さてと」アキラが立ちあがった。「おれがここにいたら、犯人もあんたを殺しにくいだろうし、そろそろ避難がてら行くね。ひとりっきりになるけどこわくないでしょう、大人なんだから」
「ちょっと待って!」わたしは叫んだ。「行かないでアキラ君。お願いだから助けて」
「そいつはできない相談だ」アキラは肩をすくめた。「知りすぎたあんたをおれが助けるとでも。その気があるんだったら、最初からあんたとぺらぺらとおしゃべりするはずないだろ」そこでにっこりと笑う。「でもひさしぶりに楽しいおしゃべりができたよ。いままで腹の内を明かせる大人なんて、おれのまわりにはいなかったからさ、あんたと話せてずいぶんとすっきりしたよ。そのせいなのかな、あんたに対して情がわいているんだぜ、かわいそうだなって。正直な話、おれ自信も驚いている」
「かわいそうだと思うなら、助けてよ」
「ごめん、心苦しいけどそれはできない。恨むのならこんな島に漂流してきた、自分の運のなさを恨んでくれよな」
絶望するわたしを尻目に、アキラはテーブルに歩み寄ると、ビデオカメラを集めだした。
「何をしている?」
「これから夜になる。そうなれば犯人の絶好の殺人タイムだ。おれ気づいちゃったんだよね。どうして犯人が真っ暗闇のなか、明かりもなしに歩けるのか。暗視ゴーグルをあのマスクの中に仕込んでいるにちがいない。だからこれは回収する。だれかがビデオカメラの暗視モードを利用して、こっそり犯人から逃げないようにね」
アキラの言うとおりかもしれない、とわたしは思った。たしかに犯人は明かりもなしに動きまわっていた。何かしらの暗視装置を使用していたと考えられる。
「それじゃあ佐々木さん、元気でね」
「待ってよ!」わたしはアキラを呼び止めた。「ビデオカメラを持っていかないで」
アキラは苦笑する。「持っていかないでと言われても、これはあんたの物じゃないだろ。おれたちの物だ。おれがどうこうしようと、あんたには関係ない」
このままアキラを行かせてはだめだ。この少年がわたしを助ける気がないのはわかっている。ならばほかの生存者に助けを求めるしかない。そのためにはどうにかして、生存者のなかから犯人を特定しなければならない。その情報を引き出すんだ。
「待ってアキラ君。きみがこの部屋を出て行く前に、ひとつだけ質問させてほしいことがある」
「ひとつだけぐらいなら、冥土の土産に答えてやってもいいよ」
「石川ヒナコは密室で死んでいた。つまりはきみが持っていたマスターキーのスペアが利用されたはず。だれかにスペアの鍵を貸したはずだよね。その人物はだれ?」
「殺人計画の重要アイテムだぜ。だれにも貸すはずがないだろ」
「そんなばかな。だったら一時的に盗まれた可能性は?」
「ないない」アキラは首を横に振る。「ちゃんと大事に保管してたよ。部屋の外へ出るときは、かならずドアに鍵をかけてね」
「それじゃあどうして彼女は密室で死んでいた?」
「ヒナコさん、なんか思い詰めていたみたいだし自殺じゃないの」
「そんなはずない。来週のテスト勉強を熱心にする人間が、それを前に自殺すると思う」
「うん、思うよ」アキラはうなずいた。「世のなかには先生に注意されただけで、自殺するような人間だっているんだからね」
「そんな答えできみは納得できるの?」
「あーもう、質問はひとつだけじゃなかったの。さっきから何度もしつこいな。ヒナコさんが自殺だろうが他殺だろうが、おれにとってはどっちだっていいんだよ。それじゃあ、もう行くね」
そう言うとアキラは出て行き、わたしは部屋にひとり残された。




