第四幕 第一場
だれかがわたしに呼びかける声が聞こえてくる。眠りから覚めたくないわたしは、その声を無視しつづけた。するとその声は怒鳴り声に変わった。その叫びはわたしの頭をずきずきと痛ませた。
なぜこんなにも頭が痛む?
……そうだ、わたしは後頭部を殴られ気絶させられた!
事情を理解したわたしは、すぐさまがばっと目を開けた。いまわたしの目には、椅子の脚に縄で足首を縛られた自分の足が見えている。どうやら自分は椅子にすわらせられた状態で足首を縛られ、さらには腕も椅子の後ろにまわされて縛られている。
わたしがおそるおそる顔をあげると、そこには五人の生存者たちが立っていた。傷の男、長髪の男、入れ墨の女、金髪の女、少年アキラ。
一同は疲労困憊といった様子で、その表情は疲れきっていたが、その目には怒りの炎が見てとれる。だがしかしアキラだけが涼しい顔をしており、興味津々といった様子でわたしを見つめていた。
状況をたしかめようと、わたしはあたりを見まわす。どうやらここは個室の空き部屋のようで、窓からは夕日と思われる真っ赤な光が差し込んでいた。そしてテーブルの上には三台のビデオカメラが置いてある。
「おい、こっちを見ろ」傷の男がすごみのある声で言う。「きょろきょろするんじゃねえ」
わたしは言われたとおり、視線を前にもどした。
「いますぐにおまえをぶっ殺してやりたいところだが、おれたちは人殺しをしないと誓っている。だから殺さない」傷の男がくやしげにこぶしを握る。「命拾いできてよかったな」
「ちょっと待って」わたしは恐怖でおびえる声で言う。「あなたたちは何か勘ちがいしている」
「勘ちがい?」長髪の男が語気鋭く言う。「それはいったいなんのことなのか、教えてくれないかな殺人鬼さん」
わたしはすぐさま首を横に振る。「わたしは殺人鬼なんかじゃない。だれも殺していない」
長髪の男が不気味な笑い声をあげる。「この状況でそのことばを信じろと?」そこでひと呼吸間を置くと怒鳴る。「ふざけるな!」
「証拠ならある!」負けじとわたしも叫び返した。「ビデオカメラだ。ビデオカメラにわたしが犯人ではない証拠が映っている。きみたちの仲間の男が犯人の顔を見た。そしたらきみたちのなかの、だれかだと認めた」
「嘘を言うな!」傷の男がわたしの胸ぐらをつかんだ。「おれたちのなかに殺人鬼がいるって言うのかおまえは」
傷の男がにらみつけるなか、わたしは真剣な表情でうなずいた。
「ふざけやがって」傷の男は目を血走らせる。「やっぱりぶっ殺してやる」
「落ち着け!」長髪の男がわたしから傷の男を引き離す。「冷静になるんだ」
傷の男がわたしを指差す。「こいつはおれたちのなかに、殺人鬼がいると言っているんだぞ。これほど屈辱的なことはない」
「みなさん落ち着きましょう」アキラが冷淡な口調で会話に割ってはいる。「とりあえず、この人の言っていることがほんとうかどうか、たしかめるべきです。そうすればこの人が嘘をついているかどうか、すぐにわかりますから」
「……それもそうだな」長髪の男がうなずいた。「そうしよう」
長髪の男がテーブルに歩み寄ると、アキラがこちらに意味ありげな視線を送ってきた。わたしにはその行動の意味がわからず、怪訝な表情になってしまう。
長髪の男がビデオカメラを手にし、それを調べはじめた。だがすぐにビデオカメラを置くと、つぎのビデオカメラを手にする。するとこんどもすぐにビデオカメラを置いた。そして最後のビデオカメラを手にすると、乾いた笑い声をあげる。
長髪の男はこちらに向き直る。「そんな映像残っていないぞ」
「残っていない?」わたしは愕然となった。「そんなばかな!」
「どのビデオカメラにも映像データーは残されていない」そこで間を置く。「ひとつもな」
「嘘だ。たしかに記録されていたはず」
「どうせおまえが消去したんだろ」傷の男が言った。「証拠となる映像が残っていたらまずいから」
「そんなことわたしはしていない」首を激しく横に振ってわたしは否定する。「もし映像が消されていたとしたら、きみたちのなかのだれかがやったにちがいない」
「このごにおよんで、まだそんなことを言うのか」長髪の男が鼻でわらう。「この殺人鬼め」
「ちがう。わたしはだれも殺していない。たまたま嵐に巻き込まれて、この島に漂流しただけの部外者の人間。きみたちを殺す理由がない」
「ばかばかしい。そんなが偶然あってたまるかよ」傷の男が吐き捨てるように言う。「もっとまともな嘘はつけなかったのか」
「まったくだ」長髪の男が同意する。「その場しのぎの作り話に、ぼくたちがだませるとでも思ったのか」
絶望的だ、とわたしは感じた。傷の男と長髪の男はわたしを犯人だと決めつけている。入れ墨の女と金髪の女は何もしゃべらないが、その蔑むような表情から、わたしを犯人として見ているにちがいない。唯一アキラだけが、いまのこの状況を楽しむかのように、その口元に微笑みを漂わせている。そのためいったい何を考えているのか、よくわからない。
「一応訊いといてやる」長髪の男が言った。「だれの復讐だ」
「復讐?」わたしは困惑してしまう。「いったいなんの話?」
「とぼけなくていい」長髪の男は淡々とした口調だ。「だれを殺されたんだ。家族か、それとも友人。もしかして恋人か」
「……意味がわからない」
「そうか意味がわからないか。なら単刀直入に訊く。だれの親に殺された」
わけがわからず、わたしは当惑した顔つきになって沈黙してしまう。いったいなんの質問をしているのかわからない。
「こいつだんまりを決め込むつもりだぜ」傷の男が言った。「あの時とは全然ちがう。あいつはべらべらと復讐の理由を語っていたのによ」
「あの時?」わたしは言った。
「おまえには関係ない話さ」傷の男はほほの傷をなでる。「それにしても許せない。どうしておれたちは憎まれなければいけない。親の罪は子供の罪なのか」
「何のこと?」
「そこまでしらを切るつもりか。どうしておまえは復讐の標的以外の人間も殺した。おれたちが人殺しの子供だからか」そこまで言うと、傷の男はくやしげな表情になる。「なぜユイ姉さんまで殺した。ユイ姉さんに殺されていい理由なんてないのに」
もはや理解不能だ、とわたしは思った。生存者たちはわたしのことを復讐者だと思っている。その理由がよくわからない。
「何か言ったらどうなんだ!」傷の男が怒鳴り声をあげた。「これじゃあ、理由も知らずに死んでいったみんなが不憫だ。復讐者なら復讐者らしく、その理由を語って聞かせてみろよ。昔年の恨みがたまっているんだろ。その恨みをぶつけろよ」
「……わたしは復讐者なんかじゃない」
傷の男が舌打ちすると、長髪の男が一歩前に出る。
「なるほど言いたくないってことか」長髪の男が言った。「べつにいいさ。そのかわりGPSジャマーの隠し場所を教えろ」
「なんのこと?」
「妨害電波を発生させている装置のことだ。この島のどこに隠してある?」
わたしは首を横に振る。「そんなの知らない」
「強情なやつだな。状況を考えろ。もうおまえはぼくたちに捕まったんだ。もはや逃げられない。おとなしく降参して、その隠し場所を教えたらどうなんだ」
「ほんとうに知らない」
「おれが力づくで聞き出そうか」傷の男がこぶしを握った。「死なない程度に痛めつけてやる」
そのことばにわたしはぞっとした。この傷の男ならやりかねない。死なない程度とは言っているが、感情的になっているこの男にそんなことは期待できない。へたしたら殺されるかもしれない。予想していた最悪の展開だ。
「やめろ」長髪の男が止める。「そんな鬼畜みたいなまねしなくていい。どうせあしたの朝には迎えの船が来るんだ。そのときに警察に通報すればいい」
傷の男は鼻を鳴らした。「運が良かったな」
わたしはほっと胸を撫でおろした。だが油断はできない。こうして拘束されてしまった以上、こちらは抵抗できない。生存者のなかに殺人鬼がいるのはまちがいない。おそらく犯人は、わたしがこの島にいるこの状況にとまどっているはずだ。もしかすると邪魔者とみなされて、隙を見て殺される可能性がある。
そんなことを考えていると、突然金髪の女が、体の力が抜け落ちたかのようにして、その場に膝をついた。
「ちょっとだいじょうぶ?」入れ墨の女が心配そうに声をかける。
「ごめん」金髪の女が吐息を漏らした。「ずっと不眠不休だったから、立っているのがつらくて。それに犯人が捕まって安全だとわかったら、緊張が解けてしまってつい……」
「みなさん」アキラが言った。「ここはおれが見張りますから、そのあいだに休んだらどうですか」
「アキラ」長髪の男が言う。「おまえひとりで見張るのは危険だ」
「だいじょうぶですよ。こうしてしっかりと縛られているし」アキラは手でわたしを示した。「それに万が一のときに、みなさんがへとへとで、こいつを押さえきれなかったら一大事じゃないですか」
「おまえは疲れていないのか?」
「おれならちゃんと休息をとったので平気です」
「そうか」長髪の男は眠そうに目頭を押さえた。「それならしばらくのあいだ、こいつを見張っててくれ」
「まかせてください。何かあったらすぐに大声で知らせますから」
「任せたぞアキラ」
アキラをのぞく生存者四人が部屋から出ていった。するとアキラは部屋の鍵を閉めて、こちらに不適な笑みを向ける。




