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幕間 その三

「犯人はあなたです」男がこちらを指差した。「西村ヒロミ、あなたがみんなを殺した殺人鬼だ」


 西村家の名前が突然飛び出してきたことに、不意をつかれたわたしはどきっとしてしまう。思わずチャンネルに手を伸ばすと、テレビのボリュームをさげた。

 いまわたしは病院の個室でテレビを見ている。画面では刑事ドラマが流れており、その犯人の名前が偶然にも西村家と同じだったことに驚かされているところだ。


 刑事の西園寺は缶コーヒーのおかわりを買いに行ったきり、いまだに帰ってこない。かれこれ三十分以上、時間は経過している。いったい何をしている。まさか病院で迷子にでもなってしまっているのだろうか? 


 ……もしそうだとしたら刑事らしからぬ失態だが、あの西園寺という男、かなり変わっているように思えた。そのためもしかするとありえるかもしれない、とわたしは思ってしまっている。


 わたしはため息をついた。「いつまで人を待たせる?」


 あいかわらずテレビの画面では、刑事ドラマが流れつづけている。退屈なその内容に、わたしは眠気を誘われ、うとうとしはじめてしまう。

 わたしの眠りをさまたげるかのように、突然部屋のドアが開かれ、西園寺が現れた。


「すみません」西園寺は顔の前に片手を立てた。「だいぶ遅れてしまいました」


 わたしはテレビを消した。「遅いですよ刑事さん。何をしていたんですか」


「いやいや、ちょっと打ち合わせが長引いてしまって」


「打ち合わせ?」わたしは眉根にしわを寄せた。「いったいなんのことです」


「あっ、いやその」西園寺の目が泳いだ。「ほら、あれですよ。捜査本部から緊急の連絡がありましてね、それで電話が長引いてしまったんですよ」


「もしかして事件に何か進展があったんですか?」わたしは少しばかり興奮した口調で訊いた。「神崎が自供をはじめたとか」


「いえ、べつにたいしたことではありませんでした。あなたが気にするようなことではないですよ」


「たいしたことではなかった?」わたしはいぶかしむような顔つきになる。「緊急の連絡だったのに?」


「ええ、そうでう」西園寺は大仰にうなずいた。「そういうこともあるんですよ」


「はあ、そうですか……」


 西園寺の不審な態度に、わたしは疑いの目を向ける。捜査本部からの緊急連絡があったのに、たいしたことではなかった、と西園寺は言った。明らかに怪しい。もしかすると犯人である神崎がなんらかの行動を起こし、それをわたしに知られたくないため、ごまかしたように思えてしまう。そのせいであろうか、何か不吉な予感を感じさせられた。


「さてと」西園寺はそう言って車椅子に腰かけると、手にしていたレジ袋から缶コーヒーを二本取り出した。「どちらのコーヒーになさいます?」


「ブラックコーヒーのほうで」


「えっ、どっちもブラックですけど」


「はい?」わたしは思わず素っ頓狂な声をあげた。「両方ともブラック?」


「ええ、そうですけど」


 わたしは西園寺が手にする缶コーヒーへと目を向ける。たしかに二本ともブラックの缶コーヒーだ。ちがいといえば、メーカーがちがうぐらいだ。


「あのー、刑事さん。たしかあなたはブラックコーヒーが苦手だったのでは?」


 長々と間があく。「ええ、たしかにブラックコーヒーは苦手です。ですが、ひと言も飲めないとは言っていませんよ」


 わたしは顔をしかめてしまう。なんなんだこの男は。やはり変わり者にちがいない。

「……そうでしたか。それじゃあ、そっちの缶コーヒをください」


 わたしが缶コーヒーを指差すと、西園寺はそれを手渡す。缶コーヒーを受け取ったわたしは、すぐにある異変に気づいた。缶コーヒーは濡れており、表面は水滴だらけだ。

「刑事さん、この缶コーヒー濡れてませんか?」


「ああ、それですか。べつに気にすることではありません。洗ってきたから当然です」


「洗ってきた?」


「だって缶飲料の飲み口って汚れていることが多くて、不衛生でしょう。だから自分は飲む前に水で洗うようにしているんですよ」


「ストローは使わないんですか?」


「ストロー?」西園寺はまたしても長々と間を置いた。「ああ、ストローはいまちょうど切らしていて、それでしかたなく洗ってきたんですよ」


「それじゃあ、さっきあなたはストローを切らしているにもかかわらず、わたしにストローを勧めてきたんですか」


「まあ、そうなります」西園寺は缶コーヒーに口をつけた。「一応礼儀として勧めただけです。そんなこまかいこと気にしないでくださいよ」


 もはや確信した。この刑事は変わり者だ。これ以上、深く追求するのはやめよう。目の前にいる西園寺という男を理解することは、わたしにはできそうもない。


「さてと」西園寺がボイスレコーダーのスイッチを入れる。「どこまでお話しをしてくれたんでしたっけ?」


「えーと、二台目のビデオカメラを見終えたところまでです」


「では、話のつづきを」西園寺は手振りで催促する。「どうぞお話しください」


「その後、犯人の手がかりを求めて三階へと移動しました。そしたらベランダで男の死体を発見し、次いで広間でビデオカメラを発見したんです。すぐにビデオカメラの映像を確認したんですけど、そこに残されていたのは西村親子による奇妙な記録映像でした」


「奇妙?」西園寺は興味を引かれた様子だ。「それはどういうことですか」


「いろいろ不審なところがあるんですけど、いちばんのおかしなところは、西村ユイは死ぬ可能性があるとわかってて、夜中に外出をしたんですよ。自分の口でそう語っていました」


「それは奇妙ですね」西園寺があご髭をなでる。「そういえば、西村ユイの死については、いつくかおかしな点があるんですよ。転落死でまちがいないんですが、問題は発見された場所なんですよ。彼女は階段からやや離れた場所で倒れていましてね、そこへ落ちるには転落防止用の柵を乗り越えなければなりません。だからわたしは、彼女が銃で脅されて柵を乗り越え、崖から突き落とされた考えているんですが、なぜ犯人はわざわざそんなことをしたのか不思議なんですよ。素直に階段から崖下へと突き落とせばいいのに。そうすれば事故死に見せかけることだってできたはずです」


「その点について、神崎はなんて言っているんですか?」


 西園寺は首を横に振る。「最初にも言いましたが、神崎は黙秘をつづけています。口を開いたと思ったら、腹がすいたとか、トイレに行きたいだの、そんなことばっかなんですよ」


「苦労しているんですね」


「素直に自供してくれれば、こうしてあなたの手間を煩わせる必要もないんですけどね」西園寺はため息をついた。「つまりは西村ユイは殺されるかもしれないとわかった上で、夜中に外出をした。そうせざるを得ない理由があったことになります」


「もしかするとママ先生……じゃなくて、西村アカネの遺言状が関係しているのではないでしょうか。それが理由で彼らが集められたのだから、可能性としては考えられるのでは」


「西村アカネの遺言状ですか」西園寺は渋い顔になる。「実はですね、調べたところそんなものは存在していないんです」


「えっ?」わたしは驚きの声を漏らした。「それはどういうことですか?」


「西村アカネは遺言状なんてものを、書き残していないんですよ。だからその可能性はないと思います」


「遺言状がない……」

 たしかに自分は三台目のビデオカメラで、西村ユイが遺言状について語っているのを見た。しかしあれは嘘だった。だが驚くに値しない。

「……なるほど」わたしは言った。「そういうことか」


「どうしました?」西園寺が尋ねる。「何かわかったことがあるんですか」


「西村ユイは、姉である西村アカネの遺言状を捏造し、それを理由にあの島にみんなを集めた」


「ええ、そうなりますね」西園寺が不満げにうなずく。「でもどうして彼女がそんなことをしたのかが謎です」


「理由は簡単じゃないですか、刑事さん」


 西園寺は首をかしげる。「えっ、どういうことですか?」


「だって今回の事件の首謀者は西村ユイですよ」


「なんだって!」西園寺が車椅子から飛びあがった。「死んだ西村ユイが事件の首謀者。いったいそれはどういうことですか?」

 西園寺は身を乗り出すようにして、わたしに驚きの顔を近づけた。そのためわたしの目に、センスの悪いネクタイが飛び込んでくる。


「刑事さん落ち着いてください。もしかして話を聞いていないんですか?」


「いったいなんの話のことです?」


「アキラ君からも事情聴取したんでしょう。なら知っているはずですけど」


「ええ、たしかに彼からも話を聞きました。ですが彼は母親を失ったショックと、恐怖体験のため錯乱していたみたいで、記憶が曖昧なんですよ。それとなぜか、あなたの容態をとても気にしている様子でしたね」


「あのくそがき!」わたしは怒りから頭を掻いた。「やられた」


「いったいどういうことか、話してもらえますよね」


「ええ、もちろん。すべて話しますよ」

 こうしてわたしは、くわしい事情を語ることになった。

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