第一幕 第三場
廊下に倒れている若い男は胸と腹部から出血しているらしく、衣服を赤く染めあげ、廊下に血だまりを作っていた。半開きとなった目には生気を感じられず、ただ宙を見据えている。男は微動だにしない。明らかに死んでいる。
「……また死体だ」
わけがわからず、わたしは口をあんぐりとあけながら、男を見おろしていた。男は二十代と思われる若者で、あご髭を生やしていること以外には、特に特徴のない顔立ちに髪型だ。
「なんで死んでいる?」
最初に発見した死体とはちがい、これは明らかに殺人だとわかる。おそらく胸と腹を鋭利な刃物で刺されたのではないだろうか。素人目にはそのくらいしか推測できない。
わたしはしばしのあいだ立ち尽くしていた。どのくらいの時間をそうしていたのかわからない。五分? いや十分、もしかすると三十分以上かもしれない。時間の感覚がわからなくなるほど、それほど目の前の血まみれの死体のインパクトは強烈だった。
やがて気分が落ち着くにつれ、ようやく髭の男のそばにビデオカメラが落ちていることに気がついた。
「……ビデオカメラ?」
死体とビデオカメラ。このおかしな状況を不審に思ったわたしはビデオカメラを拾いあげた。もしかすると、いまの状況を理解するための何かが映っているかもしれない。
ビデオカメラは人気メーカーの売れ筋モデルで、ごく一般的な物だった。わたしはいくつかの操作をし、ビデオカメラに記録されている映像データーを調べた。十以上の動画ファイルが日付順に並んでいる。
ためしにいちばん日付が新しい動画ファイルを再生してみることにした。ビデオカメラの液晶ディスプレイ画面には、緑色の濃淡とした映像が映し出された。
「これは何?」
画面を見つめつづけるうちに、夜間撮影用の暗視モードで撮影しているのだと察せられた。画面では嵐の夜に、洋館へと忍び込む様子が淡々とつづいている。
変化の乏しい映像にしびれを切らしたわたしは、動画を早送りする。画面では洋館の中を探索する様子が流れていた。キッチンから食堂、そして廊下を通ってラウンジへ。そして階段をのぼって行く様子が映し出されている。
「いったい何をしている?」
わたしが疑問を口にすると、画面に大きな変化が起きていた。すぐさま早送りをやめる。すると画面では、髭の男が廊下の壁に背中を預けるようにしてすわっていた。そんな髭の男に対して、画面から見切れるようにして拳銃が向けられている。
「……おまえは、おれたちの仲間のだれかなんだろ?」
髭の男が苦しげにそう言ったが、相手は何も返事を返さない。
「無言はイエスだと受け止めさせてもらうぜ」そう言うと髭の男は激しく咳き込んだ。「『ヒナコ』や『ユイ』姉さんが死んだって聞いたとき、みんなは外部犯だと頑なに考えていたが、おれはずっとおれたちのなかの、だれかのしわざだと思っていたよ」
何やら意味深な会話がつづくなか、わたしは動画を早送りする。画面では長々と髭の男と謎の人物が会話を交わしている様子だ。
わたしはある程度早送りすると、それをやめて通常再生にもどしてみた。
「『ママ先生』の死を聞いて唖然としたよ。でもすぐに悟ったよ、ほかのだれかに先を越されたって。よくよく考えれば、みんなもママ先生の虐待に怒りを覚えていたはずなんだ。自分以外の人間が手を下さないわけがない。なんていったっておれたちは『悪魔の子供』なんだからさ」髭の男はそこで間を置いた。「十三年前、ママ先生を殺したのはおまえだな?」
拳銃を突きつける相手はなんの反応も示さない。ただじっと沈黙しているだけだ。
わたしはふたたび早送りをするも、すぐに画面に変化が現れたので通常再生にもどした。
「……おまえのしわざだったのか」髭の男が言った。「しかしわからないな。どうして泣いている。意味不明だよ」だんだんとその声が弱々しくなる。「涙を流す……やさしさがあるのなら、早くおれを……この苦しみから楽にしてくれ。さっさと引き金を——」
銃声がとどろくと、髭の男の頭が画面に向かって落ちてきた。そしてビデオカメラにぶつかった途端、そこで動画は終了した。おそらくぶつかった際の衝撃で、録画が中断されたのであろう。
「何がどうなっている?」
わたしは自分がそうつぶやくのを聞いた。いまわたしが見たのは殺人が行われた映像だ。何者かがここに横たわる髭の男を、拳銃で射殺した揺るぎない証拠。いったいなぜ、このような映像が撮影されたビデオカメラが残されているのか疑問だが、髭の男が何者かに殺されたことに疑いの余地はなかった。