第三幕 第一場
わたしの手元にある二台のビデオカメラ。それに記憶された映像データを何度か見返していたが、やはり犯人の決め手になるような情報はない。
生存者は六名。傷の男、長髪の男、痩身の男、入れ墨の女、金髪の女、少年アキラ。
二台目のビデオカメラでは、殺人鬼の足下で倒れているアキラの姿が映っていた。おそらく殺人鬼に襲われたのであろう。だかしかしアキラが殺されずに、生きていたことが気になる。殺人鬼が殺さず生かしておいた理由は不明だが、アキラが犯人ではないことはたしかだ。
できればアキラにビデオカメラの映像を観せて、協力者になってもらいたいが、浜辺でわたしの姿を見て逃走したことから、それはむずかしいだろう。
アキラが除外されたいま、容疑者は五人に絞り込まれた。このなかから犯人を特定しなければならない。とりあえず、いままで得た情報をまとめてみることにした。
この島に集った十人の男女。西村親子以外の『八人』はママ先生と呼ばれる人物の庇護のもと、みなでいっしょに暮らしていた孤児でまちがいないはずだ。だからあんなに親しげに、下の名前で呼び合っていたんだ。
そして十三年前、ママ先生が階段から転落して亡くなってしまい、彼らはばらばらになってしまった。その転落事故がただの事故だったのか、それとも殺人なのか、いまのわたしには知るすべもない。考えてもしかたがないだろう。
そして時が経ち、いま彼らはママ先生の遺言によりこの島に集められた。その遺言がなんなのか、これまた知るすべがなく、わたしにはわからない。
彼らがこの島に来た初日。みなは楽しそうに過ごしていた。ビデオカメラにはリゾート地ではしゃぐ、なんの変哲もない若者らの姿しか残っていない。
そして二日目。西村ユイがいなくなったことで、息子であるアキラが彼女を探しはじめ、それにみなも協力する。そうこうしていると、小柄な女である石川ヒナコの首吊り死体が発見された。するとタイミングを見計らったように携帯電話の通信が不可能になり、固定電話も故障。これは明らかに故意によるものだとみて、まちがいないだろう。これを偶然と呼ぶには、あまりにもできすぎている。それは考えられない。
そして崖下で見つかった西村ユイの死体。二台目のビデオカメラに残されていた映像から、ユイが初日の夜遅く出かけており、そのときに亡くなったと思われる。
それから一同は集まり、起きた出来事について話し合っていた。ヒナコが自殺か他殺か。ユイが事故死なのか他殺なのか。
ヒナコの死因について。首に引っ掻き傷がないことから自殺と思われるが、状況が状況だけに怪しい。もし殺されたのだとしたら密室の謎がある。部屋は施錠されており、鍵は室内にあった。マスターキーは亡くなったユイが所持しており、髭の男である田中リョウマの話によると、その鍵が使用された可能性は低いらしい。たしかにリョウマの話は自分も納得できる。たまたま外出したユイがたまたま持っていたマスターキーを利用するのはおかしい。だとすると使われた可能性のある鍵は、アキラが持っていたマスターキーのスペアだ。それを使えば密室はできあがる。
やがてユイやヒナコについて話し合いを終えた一同は、部屋にもどった。みなはこの事件は殺人で、外部犯の犯行だと考えていた。なぜだかわからないが、彼らには殺される理由があるらしい。そのため昔、殺されかけたことがあるらしく、傷の男の頬の傷跡もそのときのものらしい。その際に正当防衛とはいえ襲ってきた人物を殺してしまったらしく、人殺しの子供になった。そしてみずから手を汚したことで悪魔の子供になったと嘆いていたが、どうもそのことばが妙に引っかかる。悪魔の子供。そのことばに何か特別な意味があるように思えるが、それがなんなのかわからない。だがいまここで考えても答えは出ないだろう。
話をもどそう。この事件が内部犯だと疑っていたリョウマが、ビデオカメラに証言を記録している最中に停電。そして現れる狼マスクに黒いレインコート着た殺人鬼。拳銃を持つその手には、指紋対策のためと思われる白い軍手がはめられていた。
殺人鬼はまず最初に痩身の男に襲いかかり、次いでリョウマに襲いかかった。そして洋館の中はパニックになり、一同は外へと逃げ出したと思われる。
だがしかし、逃げ遅れた眼鏡の女は殺されてしまう。そしてそのあと、もどってきたリョウマも殺されてしまった。動画ファイルの撮影日時の情報から、殺しの順番はまちがいないだろう。
そして三日目。嵐で難破したわたしがこの島に漂流し、目を覚ました日で、きょうの出来事だ。砂浜で目を覚ましてすぐにアキラと出会うも逃げられてしまう。そして洋館にたどり着いたわたしは、死体とビデオカメラを発見し、いまに至るわけだ。
だいたいの時系列の流れは把握できた。迎えの船は四日目であるあしたの朝にしかやってこない。それまで生き延びなければ。
容疑者の五名についても考えてみることにした。
傷の男。子供の頃に命を狙われたらしいこの男は、そのときに頬に傷を負ったと思われる。自分のせいでみんなが人を殺してしまったことに罪悪感があるらしい。強面の姿とは裏腹に、ヒナコが死んだことで精神的なもろさを見せた。ママ先生のことを溺愛しており、彼女が殺された可能性について頑なに否定している。そのせいでどこか怪しく感じてしまう。
長髪の男。落ち着いた印象のある男で、ユイやヒナコの死について話のまとめ役をつとめていたことから、彼らのリーダー格の人物だと思われる。ビデオカメラに残されていた映像からは、特に怪しいところはなかった。だがそれはあくまでも、ビデオカメラに残された映像のみの情報から判断した答えで、もしかすると犯人なのかもしれない。
痩身の男。ルックスのいい好青年だ。ビデオカメラにはあまり映っておらず、そのため痩身の男についての情報は少ない。だがバースデーパーティーのときに、ユイと何やらこそこそしゃべっていたのが気になる。パーティーの最中になぜ抜け出したのか不明だ。いちばん最初に殺人鬼と遭遇した人物だが、殺人鬼といっしょにいるところを目撃したわけではない。もしかすると自作自演の可能性もある。こいつも怪しい。
入れ墨の女。文字通り腕に入れ墨を彫っている女で、どこか影のある人物だ。今回の集まりに、リョウマとともに遅れて島にやってきた。なぜ遅れたのかは不明。そしてママ先生が殺されたと主張し、その犯人を探している節がある。そのためいまのところ、いちばん怪しいと思われる人物だ。ママ先生が殺されたと確信した話の情報源は不明。八人のなかのだれかと思われる。
金髪の女。塾の講師をしているらしく、占い好きの女だ。がつがつした印象のある人物で、恋人はいないもよう。酒を飲んで体調を崩したヒナコを介抱したらしい。もしヒナコが自殺ではなく他殺だと断定することができたら、もっとも怪しい人物になる。ヒナコの死体第一発見者であり、どうしてあれほど頑なに彼女の部屋にはいろうとしていたかは理由は不明。殺人鬼の襲撃後、林の中でリョウマと合流していたが、撮影日時の情報から犯行はじゅうぶん可能である。みなを襲撃し、眼鏡の女を殺害。そのあとで林で合流し別れ、ふたたび洋館に先まわりしてリョウマを殺害。リョウマは慎重に行動していたらしく、洋館に侵入するまでにかなりの時間を要していた。そのため先まわりすることは比較的容易だ。
五人の容疑者について考え終えた。この中から犯人を断定するには、まだ情報がたりない。




