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第二幕 第九場

 ビデオカメラに残された、最後の動画ファイルを再生した。だが画面は真っ暗で何も見えず、何か騒々しい物音だけが聞こえる。


「いったいなんなの!」差し迫った様子の眼鏡の女の声だ。「何が起きている!」


 つぎの瞬間、画面は緑色の濃淡の世界へと変貌する。どうやら暗視モードに切り替えたらしく、撮影された日付と時刻から察するに、停電中の出来事のようだ。

 眼鏡の女の緊張した息づかいが聞こえるなか、画面は個室と思われる場所から廊下へと、あたりを探るようにしてゆっくりと移動を開始する。


「ねえ、これはなんの騒ぎなの!」


 廊下へ出るやいなや眼鏡の女が叫んだが、なんの返事も返ってこなかった。先ほど聞こえていた騒々しい物音は、いまは聞こえてこず、嵐による激しい雨風の音が聞こえてくるだけだ。


「なんなのよ……」眼鏡の女はつぶやいた。「これってただの停電じゃないわよね」


 画面は廊下を進みだした。雷が鳴り響き、まぶしい光りが窓から差し込むと、眼鏡の女は小さな悲鳴を漏らした。

「これじゃあ、まるで肝試しじゃないのよ」


 画面は隣の部屋のドアの前に来ると、それを開いた。

「マコトいるんでしょう?」眼鏡の女が呼びかけた。「いるんなら返事をして」


 だが返事は返ってこない。眼鏡の女はうなり声をあげると、ドアを閉じて、ふたたび廊下を進みだした。そしてつぎの部屋のドアをあけた。


「ねえ、だれかいる? いるんなら返事をして」


 やはり返事は返ってこない。眼鏡の女は毒づくと、ドアを閉めて廊下を進む。やがて画面には階段の姿が見えてきた。どちらに進むのか迷っているらしく、のぼりとくだりの階段を交互に映し出している。


「みんなどこへ行ったのよ?」

 眼鏡の女が逡巡していると、上の階から物音が聞こえてきた。

「……いまの何?」


 画面はのぼりの階段を進んで行く。一歩一歩足場をたしかめるような、緩慢なスピードだ。三階へとたどり着くと、周囲を警戒するように画面がまわりだす。そして広間の姿をとらえると、その動きはぴたりと止まった。


「……何あれ?」


 画面には黒いレインコートを着た人物の後ろ姿に、その足下で倒れている少年アキラの姿があった。アキラは身じろぎせず、ぴくりとも動く様子はない。


「ちょっとあなた、アキラに何をしているの!」


 眼鏡の女が叫ぶとレインコートの人物が振り向き、狼マスクを着用した顔でこちらを見る。それを見て驚いたのか、眼鏡の女が悲鳴をあげた。すると狼マスクが拳銃を掲げ、こちらに向かって一直線に早歩きで近づいてくる。そして銃声がとどろくと、画面が大きく揺れ動く。


 眼鏡の女が金切り声をあげる。「嘘でしょう!」


 画面がはげしく揺れ動きつづけているため、何が起きているのか把握しづらい。だが階段をくだる大きな足音が聞こえることから、下へと逃げているらしい。やがて揺れが軽減されると、二階の廊下を急いで進んでいる様子が映し出された。


「殺される」眼鏡の女は恐怖におびえた口調で言った。


 画面が眼鏡の女が使用している個室の前に来ると、そのドアを開き中へとはいる。そして急いで鍵をかけると、後ずさるようにしてドアから離れていく。


 すぐに走る足音が部屋の前にやってきた。するとドアノブが、がちゃがちゃと動き出した。次いでドアに体当たりする音が部屋に鳴り響き、眼鏡の女の呼吸が荒くなる。


「どうしよう、なんとかしないと……」


 画面ではめまぐるしく揺れ動きながら、部屋を見まわしていく様子が流れている。


「そうだ」

 眼鏡の女がそう言うと、画面は床へと下降し、そこから部屋を見あげるような構図になった。いま画面では、クローゼットの中へと隠れる眼鏡の女を映し出している。


 クローゼットの扉が閉まると同時に、拳銃の轟音が響く。すると荒々しくドアを開く音が聞こえてきた。


 警戒するかのような足音が、一歩ずつゆっくりと聞こえてくる。やがてその音が近くなると、狼マスクの人物が画面に登場した。そいつは床に置かれているビデオカメラが気になるのか、不思議そうにしてそれを見おろしていた。


 そしてつぎの瞬間、雷が鳴り響き部屋の中に明かりが差し込んだ。そのタイミングを見計らったように、クローゼットの扉が勢いよく開くと、眼鏡の女が飛び出してきた。その手にはハンガーが握られており、それを狼マスクの人物が右手に持つ拳銃へと力強く振りおろされた。


 拳銃が床に落ちて画面から姿を消した。狼マスクはすぐさまそれを拾おうと動くも、眼鏡の女に右手をつかまれ阻止される。

 眼鏡の女は狼マスクの右手をつかんだままの状態で、ハンガーを闇雲に振りまわした。


 狼マスクはつかまれた手とは反対の手で、ハンガーをどうにかしようとしている。だがなかなかうまくいかない。そして振りまわされたハンガーがその顔にあたり、マスクがずれた。

 その拍子に眼鏡の女の手からハンガーがこぼれ落ちると、こんどは両手で狼マスクの右手をつかんだ。拳銃を拾わせるのを阻止するために必死に引っ張っている。


 狼マスクは右手の軍手に指をかけると、滑らせるようにして脱ぎ捨て、眼鏡の女から拘束を解いた。

 眼鏡の女はバランスを崩して後ろへとよろめき、ビデオカメラを蹴ってしまう。そのため画面は揺れ動く。揺れが収まると、画面は狼マスクの人物を真下から見あげるような構図になった。


 狼マスクはすでに拳銃を拾い終えているようで、画面から見切れるようにして右腕を突き出している。マスクがずれて顔の鼻あたりまで脱げてしまっているようだが、下から見あげている映像のためだれなのかよくわからない。狼マスクが素顔を隠すようにして、左手で口元を覆いながら親指と人差し指を使って、ずれたマスクを引きおろした。すると雷がとどろく。


「どうしてあなたが」眼鏡の女の声は驚きに打たれていた。「こんなことを——」


 ふたたび雷がとどろくと同時に銃声が響いた。眼鏡の女がよろめき床へと倒れ落ちる音が聞こえたかと思うと、画面は回転しだし、動画はそこで終了した。おそらく最初のビデオカメラと同様に、このビデオカメラも倒れてきた眼鏡の女とぶつかり、その際の衝撃で録画が中断されたようだ。


 これで二台目のビデオカメラに記録されていた、すべての動画ファイルを見終えたことになる。

 だがしかし、いまだに犯人は特定できていない。


 この島にやって来た十人の男女。

 いま現在わかっているだけで、死亡者数は四人。小柄な女である石川ヒナコ、西村ユイ、髭の男である田中リョウマ、そして眼鏡の女。

 生存者は六名。傷の男、長髪の男、痩身の男、入れ墨の女、金髪の女、それに少年アキラ。

 まだこのなかから、犯人を特定するには情報がたりない。

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