第二幕 第七場
つぎの動画ファイルを再生した。画面では洋館のベランダから、外の景色を映し出している。外は薄暗くぽつぽつ雨が降っていて、水平線の先の空では黒い雨雲がどんよりと曇っており、嵐の到来を予感させた。高さのある高所からの撮影で、おそらく三階のベランダから撮られたものだと思われる。
「あーあ、せっかく島に来たのに天気が悪いなんて」眼鏡の女の残念そうな声だ。「しかも、ものすごい大雨になりそう。いやになっちゃう」
眼鏡の女が嘆いていると、何やらドアを激しく叩く音とともに、だれかの叫び声が聞こえてきた。画面が反転し、洋館の中へとはいると、廊下を進みだす。すると階段付近にある部屋の前で、顔を青ざめさせた金髪の女がドアを叩きながら、ヒナコの名前を必死に叫んでいた。
「ちょっとうるさいわよ」眼鏡の女がとがめるように言う。「いったいなんの騒ぎなの?」
金髪の女がこちらに顔を向ける。血の気の引いたその顔は、恐怖でおののいているように見えた。「どうしよう、ヒナコが起きてこないの」
「起きてこない?」
「そうよ。もうとっくにお昼は過ぎているのに、いまだに起きてこないの」
「たしかにお寝坊さんだけど、寝かしておけば」
金髪の女はそのことばを無視すると、ふたたびドアを叩き、ヒナコの名前を叫んだ。
「ちょっとやめなさいよ」眼鏡の女が言った。「何をそんなに必死になって——」
「いったいどうしたんですか?」少年アキラの声が聞こえた。「何かあったんですか?」
画面の奥からアキラが現れると、小走りでこちらに近づいてくる。すると金髪の女はアキラに向き直った。
「ねえ、アキラ君。ヒナコの部屋をあけたいんだけど、合鍵とはないの?」
「合鍵はなかったと思います」アキラはとまどった様子だ。「けどマスターキーならあるんですけど、それを持っていた母さんがいなくて。いまみなさんに探してもらっているんですけど……」そこで間を置くと思案気な表情になる。「あっ、たしか自分の部屋にマスターキーのスペアがあったと思います」
「お願い、その鍵を取って来て!」金髪の女はアキラの両肩を勢いよくつかんだ。「いますぐに!」
金髪の女の鬼気迫る様子に、アキラは気圧された様子だ。
「わ……わかりました」アキラはおずおずとうなずいた。「取ってきます」
画面からアキラが走り去って、その姿を消した。
「いったいどうしちゃったのよ?」眼鏡の女は心配するような口調で訊いた。「あなた様子がおかしいわよ」
「ヒナコが心配なだけよ」
金髪の女はそう言うと、気を揉むかのようにそわそわしはじめた。両手を組み合わせ、それに額をつけて何かを祈るかのような格好になると、体を揺さぶらせる。
眼鏡の女は何かを察したのか、無言でその様子を見守っていた。
やがてアキラがスペアの鍵を手に持ち、画面に現れた。
「鍵を持ってきました」
金髪の女はスペアの鍵を受け取ると、すぐさま解錠してドアをあけた。
「ヒナコ!」
金髪の女がそう叫んで部屋の中へとはいると、アキラが不安げな視線を画面へと向けた。
「何があったんですか?」
「さあ、わたしにもさっぱり。何が——」
金髪の女の悲痛な叫び声が、眼鏡の女の声をかき消した。動揺した様子のアキラが、部屋の中と画面に向かって、顔を交互に何度も振る。すると金髪の女の泣き声が聞こえてきた。
画面が部屋の中へと進みだした。そして部屋の奥へとやってくると、そこには天井の梁に縄を掛けて首を吊っている、小柄な女である石川ヒナコの姿があった。手足をだらりとさせて、力なく垂れさがるその姿は生きているとは思えない。その足下には椅子が床に転がり、そのそばで金髪の女が泣き崩れている。
「……ヒナコ」
眼鏡の女が呆然としたようにつぶやくと、画面が大きく揺れ動き出した。揺れが収まると、画面は床から部屋の戸口を映し出すような構図になる。どうやらショックを受けた眼鏡の女が、ビデオカメラを落としたようだ。
画面では呆気にとられた様子のアキラが映っていたが、すぐにきびすを返すかのようにして、部屋から走り出て行った。
金髪の女のすすり泣く声だけが聞こえてくる。
やがて眼鏡の女のものと思われる手が画面に映り込むと、動画はそこで終了した。




