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第二幕 第六場

 つぎの動画ファイルを再生した。画面には洋館の個室と思われる場所で、テーブルを囲う入れ墨の女と金髪の女が映し出された。ふたりとも缶チューハイを手にしており、テーブルの上には飲んだあとだと思われる、いくつもの空き缶が並んでいた。


 金髪の女が缶チューハイを一気に飲み干すと、すぐに新しい缶チューハイへと手を伸ばす。


「ちょっと飲み過ぎじゃない」眼鏡の女の声だ。「ペース早すぎるわよ」


 金髪の女は画面に視線を寄越した。「うるさいわね。飲まなきゃやってられない気分なのよ。それにワイン瓶片手に飲んでいる眼鏡に言われたくないわね。この酒豪女。あんたのせいでリョウマは飲み潰れたわよ」


「だからわたしの名前は眼鏡じゃないって言っているでしょう。ほんと昔からあなたは、わたしの名前をちゃんと呼んだことが、ろくにないんだから」


「べつにいいでしょう。眼鏡で通じるんだから」

 そう言うと金髪の女は缶チューハイをあけて、飲みはじめた。


「さすがに飲み過ぎじゃない」入れ墨の女がたしなめる。「ヒナコみたいになっちゃうわよ」


「そういえばヒナコだいじょうぶだった?」眼鏡の女が心配するような口調になる。「あなたが面倒を見たんでしょう」


「ヒナコならだいじょうぶ」金髪の女の表情がやや曇る。「あの子、はじめてお酒を飲んだみたいで、なれなかったらしいの。だけどもう心配ないわ。いまは薬を飲んで部屋で寝ているから」


「はじめてお酒を飲んだ?」眼鏡の女は疑うよな口調だ。「冗談でしょう。この国で飲酒法をきちんと守って、成人するまで一度もお酒を飲んだことないやつなんて存在するの?」


「ヒナコの家庭は、そういうこときびしいらしいのよ。知っているでしょう、十三年前ママ先生が亡くなって、わたしたちはみんなばらばらになった。そのときわたしたちのなかで、いちばん年若かったヒナコだけは、引き取り手が現れた」


「そのくらい知ってる。石川夫妻でしょう」


「その石川夫妻、ヒナコの生い立ちや境遇に深く同情したらしく、ヒナコに対して手厚い愛情を注ぐと同時に、かなりきびしく教育されているみたいよ。門限やら何やらいろいろ、たくさんのきまりがあるらしいわ。ヒナコがそう言ってた」


「窮屈じゃないのかしら?」入れ墨の女が言った。


「施設暮らしに比べれば、天国みたいなもんでしょう」金髪の女が鼻で笑った。「あのあとばらばらになって、ほかの施設での生活がどんだけひどかったことやら。いかにママ先生のところでの生活がすばらしかったか、実感できたわよ。ママ先生もあの事件さえなければやさしいままだったのに……」そこでことばを切ると、頭を抱える。「ごめん。こんな話するべきじゃなかったわね。ふたりの言うとおり、飲み過ぎたみたい」


「べつに気にしてないよ」入れ墨の女がすました顔で言う。「それにこんなときじゃないと、この話はできないからね」


「あのときはママ先生のことを恨んだりしたけど」眼鏡の女がしんみりとした口調で言った。「いま考えればしかたがないって理解できるな。たしかに行き過ぎたきびしい教育だったのかもしれない。でもすべてはわたしたちを思ってのこと。きょう、ママ先生の遺言を聞いて改めてそう思ったわ。ユイ姉さんもみんながばらばらになったあとも、会いに来てくれたし、大人になったいまでもこうしてやさしくしてくれる。西村家には感謝しかないわ」


 そのことばを最後に、みなは口を閉じた。まるで昔を懐かしむような表情を浮かべている。だれも口を開こうとしない。


「ほんとわたしの上司もこんなふうにやさしかったら、どれだけいいことやら」その場の雰囲気を察したのか、金髪の女が話題を変えはじめる。「あのはげ親父、仕事もちゃんとできないくせに、威張り散らす。そのうえわたしに髪型がどーたら、がみがみうるさいのよね。ほんと最低だわ」


「あんたの仕事、たしか塾の講師だったけ」入れ墨の女がくすっと笑った。「たしかにその金髪の頭で人に物事を教えるのは、どうかとわたしも思うわね。社会的常識が欠如しているんじゃないの」


「べつにいいでしょう!」金髪の女が目を剥いた。「だいたい公務員の教師じゃないのよ。それくらい自由にしたっていいじゃない。それに入れ墨をしている女に、社会的常識がどうとか言われたくないわね」


「まあまあ、ふたりとも落ち着いて」眼鏡の女がなだめる。


「落ち着いてられるか」そう言って、金髪の女が缶チューハイを飲み干す。「今夜は飲まなきゃ眠れないのよ」


「どうしたのさ」入れ墨の女が不思議そうに金髪の女を見る。「なんかいやなことでもあったの?」


 金髪の女は視線をそらした。「べつに、ただ飲みたいだけよ。それが悪い?」


「べつに悪くはないけど」


「あっ、そうだ。占いしよう、占い」


「唐突に何を言いだすんだ、この女」入れ墨の女はあきれた口調だ。


「ちょっと待ってて」

 そう言って金髪の女は画面から姿を消した。そしてふたたび姿を現したとき、その手には紙とペンを手にしていた。

「イニシャル占いをはじめたいと思います」


「イニシャル占い?」眼鏡の女が言った。「何それ?」


「教え子の中学生に教えてもらったの」金髪の女は紙に文字を書き出した。「こうやってAが一でBが二。Cが三といった具合にアルファベットに順番よく数字を書いていって、最後のZが二十六になるの。自分のイニシャルに対応する数字を足した数が、自分の数字ってことになるの」


「たとえば?」入れ墨の女が訊いた。


「そうね、田中リョウマを例にすると、イニシャルはR・Tになる。Rに対応する数字は十八、Tに対応する数字は二十。このふたつをたしか三十八がリョウマの数字よ。これでほかの人の数字と足して奇数なら相性はだめ、偶数なら相性がよいってことになるの」


「何よそれ」入れ墨の女がくすくすと笑い出した。「くだらない」


「ちょっと笑わないでくれますか」金髪の女は口を尖らせた。「この占いはいま、女子中学生のあいだで流行っているんですからね。そこまで笑うんだったら、あなたとリョウマの相性占ってあげる」


「なんでわたしとリョウマなのよ」


「べつにいいじゃん。どうせわたしたち仲間全員の相性調べようと思ってたし」そこで金髪の女は紙を掲げる。「ほら、あなたとリョウマ相性ぴったりだ。よかったじゃん。付き合っちゃいなよ」


「よしてよ」入れ墨の女は掲げられた紙を押しのける。「そう言うあんたはどうなのさ。リョウマとの相性は」


「わたし?」女は紙にペンを走らせる。「あら残念。相性はだめでした。しかたがないからリョウマはあんたに譲るわ」そこで画面に視線を向けた。「そこぼやっとしてないで、お酒を持ってきてよ」


「えっ、わたしが?」


「そうよ、眼鏡がいちばん冷蔵庫に近いじゃない」


「まだ飲むの?」入れ墨の女が顔をしかめた。「いつまでわたしの部屋でたむろするのさ」


「もちろん朝までよ。ほら眼鏡、お酒を取ってきて」


 眼鏡の女のため息が聞こえると画面は上昇し、移動をはじめる。冷蔵庫そばの窓に差しかかったとき画面は止まり、なぜか外の景色へとズームアップされた。すると突然暗視モードに切り替わり、外を出歩く西村ユイの姿が浮かびあがった。


「ユイ姉さん、こんな夜中にどこに行くのかしら?」眼鏡の女が疑問を口にする。「あっ……バッテリーが切れそう。充電しないと」


 眼鏡の女がそう言うと、動画はそこで終了した。

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