第二幕 第五場
つぎの動画ファイルを再生した。画面には夜の砂浜が映し出された。どうやらバーベキューをしているときの映像のようだ。その証拠に画面に見切れるようにして、髭の男である田中リョウマがビデオカメラを手にしている。
画面はリョウマの姿を中心に据えると、前へと進みだした。
「ねえ」眼鏡の女の声だ。「ジュンたちがどこに行ったか知らない。ビデオカメラを取りに行ってもどったら、いなくなっているし」
「あいつらなら食事を済ませて向こうだ」髭の男がとある方向をあごでしゃくる。「花火をやるつもりらしい」
「いいね花火」眼鏡の女がうれしそうに言う。「ところであんたはやらないの?」
「おれはもう少しここで涼んでおくよ」リョウマは不機嫌そうに肩をすくめた。「先に行っててくれ」
「わかった。それならあとでね」
「ああ」
画面が動きはじめ、しばらくすると長髪の男がこちらに向かって歩いてくる。すると画面は動くのをやめた。
「あれ、どこ行くの?」眼鏡の女が言った。「これから花火するんじゃないの?」
「ちょっとはしゃいでいたら、お腹がすいてしまった」長髪の男は足を止めた。「もう少し食べてくる」
「ジュンに負けじと食欲あるね」
「あいつといっしょにするなよ」
眼鏡の女の笑い声が聞こえた。「それじゃあ、あとでね」
画面がふたたび進みはじめた。するとほどなくして、スマートフォンで電話をしている傷の男、花火の準備をしている入れ墨の女に小柄な女である石川ヒナコら三人の姿が現れた。
入れ墨の女がこちらに顔を向けると、失笑したかのような笑みを見せた。
「何よ」眼鏡の女は不満げに言う。「何がおかしいの」
「リョウマといい、あんたといい、ビデオカメラの撮影が好きなんだなって思ってさ」入れ墨の女が言った。「ただそれだけ」
「何よそれ。まるでわたしが変な趣味を持った女みたいに聞こえるじゃない。もう失礼しちゃうわね」
入れ墨の女とヒナコは笑い声を漏らした。ふたりが楽しげに笑っていると、傷の男が通話を終えた。傷の男ははにかむような笑みを浮かべている。
「ずいぶんと長電話だったね」ヒナコが言った。「こんなに長く、いったいだれとしゃべっていたの?」
傷の男は誇らしげに右手の小指を立ててみせた。
「ええ、恋人!」ヒナコが声を張りあげた。「彼女いたの」
「まあな」傷の男はうなずく。
「ちょっとそんな話、わたし知らなかったんですけど」眼鏡の女が言った。「くわしいことを聞かせてもらおうかしら」
「わたしも聞きたい」ヒナコが賛同する。
「なんでだよ」傷の男は迷惑そうな様子だ。「なんでおまえらに話さないといけないんだ」
「いいじゃない、話して減るもんじゃないんだし」眼鏡の女が追撃に出る。「それにわたしたちは仲間でしょう。話してくれたって構わないでしょう」
「仲間ね……」男は照れくさそうに頭を掻いた。「わかったよ。何が知りたいんだよ?」
「彼女と付き合ってどのくらい?」ヒナコが訊いた。
「えーと、たしかもう三年くらいかな」
「三年!」眼鏡の女が驚きの声をあげた。「そんなに長く付き合っているの。それじゃあ結婚とか考えているのかしら?」
「結婚か……」傷の男は表情を曇らせる。「プロポーズしたいとは思っているけど……」
「思っているけど?」
「ほら、あれだよ」傷の男は言いにくそうな雰囲気だ。「自分が昔、孤児だったてことを、まだ話していないんだ。それにあのときの事件のこともあるし……」
「そっか……」眼鏡の女は声を落とした。「そうだよね」
「彼女に隠し事はしたくないけど、どうしても言い出せなくて。それでなかなか結婚に踏み切れないんだ」
「あんたのその気持ちわかるよ」入れ墨の女が会話に加わる。「わたしも結婚したいと思っている恋人に、秘密を打ち明けることができなくて……。きっとそれを知ったら彼は、わたしに幻滅するんじゃないかってこわいの」
入れ墨の女がそう告げると、みながしゅんとしたように静かになった。しばし静寂がつづく。
「しんみりするのはやめだ」傷の男が静寂を破る。「せっかくみんなで集まったんだ。こんな機会はめったにないんだから、楽しくやろうぜ」
「それもそうよ」眼鏡の女が明るい口調で言う。「よし、気を取り直して、さっそく花火をはじめましょう。楽しまなくちゃ」
数秒後、動画はそこで終了した。




