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幕間 その一

 テレビでは孤島の洋館で起きた陰惨な殺人事件のニュースが流れていた。嬉々として一大スクープを伝えるニュースキャスターに、事件の当事者であるわたしは嫌気が差していた。だがしかしそれでもニュースを観つづけ、自分の名前が登場しないことを知ると、わたしは安堵していた。警察も事件関係者の名前の公表はおろか、事件の詳細なことまでは発表しておらず、そのためマスコミも憶測でしか事件を語っていない。


 それもそのはずだ、とわたしは思った。犯人が捕まったとはいえ、いまだ事件は調査中なのだから、事件にかかわる重要なことを警察がマスコミに漏らすはずがない。そのおかげで自分がマスコミにつきまとわれることもないだろう。


 わたしはリモコンを使ってテレビの電源を消すと、静まり返った部屋を見まわした。入院中の病院の個室は殺風景で、わたしがいるベッドのそばに車椅子があること以外は、特に語ることのない特徴のない部屋だ。


 わたしがぼうっとしていると、部屋のドアがノックされた。

「どうぞ」


 わたしがそう言うと、ドアが開かれひとりの人物が姿を現した。その人物は四十代と思われるスーツ姿の男で、手にはビニール袋を携えている。

「いや、どうもどうも」男が言った。「容態が安定したと聞いたのでお伺いに来ました」


「あの、すみません。どちら様ですか?」


「あっ、申し遅れました」男はそう言ってスーツの内ポケットから、警察手帳を取り出して掲げる。「わたくしこういうものです」


「刑事さんですか」


「はい、そのとおり」男はうなずいた。「西園寺コウジと言います。よろしくお願いします」


 西園寺と名乗った刑事の男は、ベッドのそばにあった車椅子へとわたしのことわりもなしに勝手に腰かけた。西園寺はぼさぼさ頭で無精髭を生やしており、一見だらしのないような男に見えるが、そのあご髭をなでる右手は手入れの行き届いたきれいな指をしており、さらにその爪は磨きあげたかのようにぴかぴかだ。そのためがさつなのか、清潔感のある男なのか、よくわからないといった印象を受ける。さらには高級感ありそうなスーツに、いかにも安っぽいネクタイを締めている。そのネクタイはモダンアートを思わせるデザインで、いくつものカラフルな直線と六つの円で構成されていた。


 わたしの視線に気づいたのか西園寺はネクタイに手をふれる。

「このネクタイやっぱ気になっちゃいますか」西園寺は笑いながら言う。「センスないでしょう、このデザイン」


「えっ……いえいえ」虚をつかれわたしは吃ってしまう。「そんなことありませんよ。斬新ですてきだと思います」


「いいんですよ気を使わなくても。みんなにもよく指摘されますから、そのネクタイ悪趣味だって。自分でもそう思ってますから」


「えっ?」わたしは疑問符を頭に浮かべた。「趣味が悪いと自覚していてそのネクタイを締めているんですか?」


「実はこのネクタイ、だいぶ前に別れた妻が最初の結婚記念日にくれた物でして、最初は嫌々締めていたんですが、そのうち愛着がわいちゃったんですよ」


「そうなんですか」


「まったくあいつのデザインセンスはだめですよ。はじめての結婚記念日に、こんな悪趣味なネクタイをプレゼントされたときは唖然としました」


 西園寺はそう言って楽しげに苦笑する声を漏らした。別れた妻の思い出を楽しそうに話す西園寺に、わたしは困惑してしまう。


「あっ、そうそう」西園寺はビニール袋に手を入れる。「お見舞いの品というわけじゃありませんが、さっき売店で缶コーヒーを買ってきました。よろしかったらどうぞ」


「刑事さん、そんな気を使わなくても」


「いえいえ、そんな遠慮しなくてもいいですよ」西園寺は二本の缶コーヒーを取り出した。「ブラックと微糖どちらにします?」


 わたしは少しのあいだ逡巡する。「……それでしたら、微糖をお願いします」


「それは遠慮してください」西園寺はきっぱりと言った。


「はい?」わたしは思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。


「わたしはブラック苦手なんですよ。ですからあなたにはブラックを選んでほしいんです」


 だったら訊くなよ。「……ええ、べつにわたしはブラックでも構いませんよ」


「そうですか。それじゃあどうぞ」


 わたしはブラックの缶コーヒーを受けとると、飲みたいわけでもないが礼儀としてそれを口にする。西園寺はその様子を満足げな笑みを浮かべて見ていた。すると西園寺はスーツの内ポケットからストローを取り出し、それを使って缶コーヒーを飲みはじめた。


「……ストローですか?」


「ええ」西園寺はうなずく。「缶飲料って飲み口が汚いことが多いでしょう。だからふだんからストローを持ち歩いているんですよ」


「そうなんですか」

 わたしが自分の缶コーヒーの飲み口に目をやると、西園寺ははっとした表情を浮かべた。

「あっ、すみません、気が利かなくて。あなたもストローを使いますか?」


「……いえ、だいじょうぶです。それよりも刑事さん、きょうはどのような用事で訪ねてきたんですか?」


「あっ、そうそう。すみません、肝心なことを忘れていました。今回の事件、犯人を逮捕できたのはいいんですが、『神崎』のやつがなかなか口を開こうとしなくてね、黙秘をつづけているんですよ。まったく黙秘権なんて法律で定めたやつを呪いたくなります」


「そうなんですか」


「わたしは今回の事件の犯行動機が、ただ人を殺したかったという殺人衝動では納得できない点が多々ありまして、それで困っているんですよ。ちなみにあなたは神崎の犯行動機について、なにか思いあたることはありませんか?」


「いえ、わたしは犯人がだれなのかを探るのに必死で、その犯行動機についてまでは、よく知りません」


「あっ、そうでした。たしかあなたはたまたま偶然にも事件に巻き込まれてしまった部外者でしたよね」


 わたしはうなずく。「ええ、そうです」


「事件に巻き込まれて大変だったでしょう。しかもこんな怪我までされて心中お察ししますよ」西園寺はそう言うと、音を立てて缶コーヒーをすする。「ところであなたは、いちど見たものを細部まで正確に記憶できる直感像記憶の持ち主なんですよね?」


「えっ、どうしてそれを知ってるんですか?」


「インターネットであなたの名前を検索したんです。そしてら昔の地方ニュースに直感像記憶を持つ天才児として、あなたのことが紹介されていました」


「そうだったんですか」


「昔は靴底を減らして聞き込み調査をしろと言われていましたが、最近では名前をネットで検索するだけで、その人物のプロフィールから交友関係までわかることが多くてね、いまでは聞き込み調査をするまえに名前を検索するのが常なんですよ」西園寺はそこでポケットからボイスレコーダーを取り出した。「まあ、そういうことで、物的証拠の乏しい今回の事件、あなたの証言が貴重で有力な証拠になるんです。ですのでこれで録音してもよろしいでしょうか?」


「ええ、いいですよ」


「では事件について、お話しをお聞かせください」

 西園寺はそう言って、ボイスレコーダーのスイッチを押した。

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