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第一幕 第十三場

 つぎの動画ファイルを再生した。画面には髭の男が映っているが、なぜだか顔に殴られたかのようなあざができていた。どうやら自分でビデオカメラを持って撮影しているらしく、場所は洋館の個室のようで、おそらく自室だと思われる。


「まず最初に自己紹介したいと思います」髭の男が言った。「おれの名前は『田中リョウマ』です。事件の証拠として、このビデオカメラに証言を残しておきます」


 髭の男こと田中リョウマは咳払いをすると話をつづけた。

「きょうの午後二時過ぎ、石川ヒナコが自室で首を吊って亡くなっていたのが発見されました。彼女の遺体は現在ベッドに寝かせておいてあります。彼女の遺体はとても冷たかった。専門家でないのでたしかなことは言えませんが、おそらく昨晩からきょうの明け方のあいだに亡くなったと思われます。もしも彼女が自殺ではなく、他殺だったとしたら、朝以降に殺された可能性はほぼないと思います。その頃には自分たちも起きていたし、そんな人目につくような犯行はできないはずです」


 リョウマは落ち着かない様子で口元をぬぐった。

「それと午後四時過ぎに、岬の近くの崖下で西村ユイの遺体が発見されました。状況から見て転落死だと思われます。彼女の遺体は悪天候のせいもあって、現在その場に放置されたままです。西村ユイは昨夜に外へと出かけているところを目撃されていることから、おそらく深夜に亡くなったと思われます」


 リョウマはそこで深く息をついた。

「なぜ自分がこのようにビデオカメラに証言の残しておいているか、これを観ている人は不思議に思われるかもしれません。単刀直入に言うと、自分が殺されるのでは、という危機感があるからです」

 そう言うと首をかしげて、気難しい顔になる。

「すみません。あの、こういうことになれていないので説明がへたになってしまっているみたいだ。つまりはその……、みんなは外部の人間の犯行だと決めつけているけど、おれだけが内部犯を疑っているんです。もしかするとそのことで、犯人に殺されるのではないかと考えたんです。だから記録を残しておきたかったんです」


 リョウマはそこでひと呼吸間を置いた。

「だいたいこの事件が外部犯だとしたら、いろいろとおかしいんです。たまたま夜遅くに外出した西村ユイが、たまたま持ち合わせていたマスターキーを利用して、石川ヒナコを自殺に見せかけて殺害するなんて状況はあまりにも不自然すぎる」


 リョウマの語る口調が熱を帯びはじめる。

「おそらく西村ユイが持っていたマスターキーは利用されていないはずだ。それに西村ユイを殺害している時点で、石川ヒナコを自殺に見せかける必要があったのだろうか。西村ユイが亡くなっている以上、警察は石川ヒナコの死因を疑い、自殺と他殺の両方で調査するはずなんだから」


 そこまで言うと、リョウマは嘆かわしげに首を横に振る。

「どうして犯人がわざわざ密室にして石川ヒナコを殺害したのか、その理由はわからない。けれど方法はわかる。西村ユイの息子である西村アキラが持っていたマスターキーのスペアを使えばいい。いま西村アキラは母親が亡くなったショックで部屋に閉じこもってしまっているのでくわしい話は訊けないが、彼がスペアの鍵を一日じゅう、肌身離さず持ち歩いているとは考えられない。おそらくこっそりと奪うチャンスはいくらでもあったはずだ。そして犯行後にまたもどせば密室ができあがる」


 リョウマはふたたび口元をぬぐった。

「それと石川ヒナコの死因について不自然な点がひとつある。彼女は縄で首を絞められて殺された。にもかかわらず、それから逃れようとしたであろう抵抗のしるしである引っ掻き傷が、その首元に残されていなかった。もし石川ヒナコが自殺ならなんの問題もない。だが他殺だとしたら、抵抗されないよう睡眠薬か何かで彼女を深い眠りにつかせる必要がある。睡眠薬入りの飲み物を外部の人間が彼女に飲ませることができるであろうか。いや、できるはずない。飲み物を勧められて、なんの抵抗もなく彼女が口にするとしたら、それは顔見知りの人物になる。おれが内部犯を疑ったのはそのせいだ。だれのしわざかわからないが、犯行時刻はみんなが寝静まった夜中。だれにもアリバイはない。だれでも犯行は可能だ」


 そこで何度か深呼吸すると、リョウマの表情がけわしくなる。

「最後に犯人の犯行動機についてだが、もしおれたちのなかに犯人がいるとすれば、その動機に心あたりがないわけでもない。だが確実にそうだとも言い切れない。ただ思いあたる節があるだけで、そうだとは断定できない」


 リョウマは落ち着かなげに、体を小刻みに揺り動かしはじめた。だいぶ緊張しているらしい。

「……おれは、いやおれたちは昔、そうみんなが子供だった頃の話だ。あれは——」

 つぎの瞬間、画面は突如として真っ暗になった。ビデオカメラの故障だろうか?

「なんだなんだ!」リョウマの困惑する声が聞こえた。「どうして電気がつかない。停電?」


 どうやらビデオカメラの故障ではなく、停電のため部屋の明かりが消えてしまったらしい。依然として画面は真っ暗のままで、リョウマのとまどう声が聞こえてくる。

「ちくしょう。どうなっている。どうしてこんなときに」


 ビデオカメラを操作する音が聞こえてきたかと思うと、画面全体が緑色をした濃淡の世界へと一瞬で変貌する。

「よし、暗視モードが使える」


 リョウマがビデオカメラの夜間撮影用の暗視モードを使用したらしい。画面では部屋を見まわす様子が流れている。


「スイッチはどこだ?」

 画面がスイッチのある壁へと前進すると、画面端からリョウマの手が現れてスイッチを押した。だがなんの反応もない。もどかしそうに何度かスイッチを操作したのち、リョウマの舌打ちする音が聞こえてくる。


 ドアをあけて廊下へと進み出ると、一条の光が差し込んでいた。だれかが明かりを持って、こちらに近づいているらしい。やがてその姿が明らかになると、それが懐中電灯を持った痩身の男だということがわかった。


「いったい何があったんだ?」リョウマは訊いた。


「わかりません」痩身の男は首を横に振る。「固定電話を修理に悪戦苦闘していたら、急に電気が落ちて困っているんですよ」


「そうか」


「ちょっとブレーカーの様子を見てきますね」


「ああ、頼むよ」

 画面では立ち去って行く痩身の男の背中が映し出された。やがて廊下の角をまがりその姿を消してしまう。すると痩身の男の叫び声が聞こえてきた。

「だれだおまえは!」


「どうしたんだあいつ」リョウマが言った。「急に叫んで——」

 車のトランクを力任せに勢いよく閉めるような音がとどろき、リョウマの声をかき消した。


「みんな逃げろ!」痩身の男の苦しげに叫ぶ声だ。「拳銃を持ってる。殺されるぞ」


 ふたたび先ほどの音が聞こえてくると、廊下の先から人影が現れた。すると何かが光ったかと思うやいなや、窓ガラスが割れる音が響いた。どうやら拳銃をこちらに向けて発砲したらしい。


 すると画面がめまぐるしく揺れ動きはじめる。リョウマの激しい息づかいとともに銃声が響くと、だれのものかわからない複数の悲鳴が聞こえはじめた。しばしのあいだ阿鼻叫喚とした様子が流れていたが、動画は突如として終了する。

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