第一幕 第十二場
つぎの動画ファイルを再生した。画面にはソファーにすわる傷の男と長髪の男が、何やら言い争う様子が映し出された。場所は洋館のラウンジだ。ふたりの背後にある窓から見える外の景色は真っ暗で、嵐を彷彿とさせる激しい雨音が聞こえてくる。
ビデオカメラの撮影に気づいたのか、ふたりは言い争うのをやめ、こちらに顔を向けた。
傷の男が驚き顔になる。「おまえこんなときに、何してるんだよ。まさか撮っているのか?」
「ああ、そうだ」髭の男のまじめぶった声が聞こえた。
長髪の男が信じられないっといった表情になる。「おまえ頭おかしいんじゃないのか。この状況がわかってないのか?」
「おれはいたって冷静だ。いまの状況ぐらい理解している」髭の男は声を大にする。「こんなときだからこそ、記録を残さないといけないんだ。あとで警察が調査するときに、情報が必要になってくるはずだからな。警察に事情を訊かれたとき、記憶にまちがいがあったら大変だろ。ただでさえみんないろいろと混乱しているんだ。わかるだろ?」
傷の男はわずらわしいといった様子で頭を掻いた。「勝手にやってろ」
「とにかく話をまとめよう」長髪の男が言った。「これは事件なのか事故なのか考えよう」
「事件に決まってるだろ!」傷の男が声高に言う。「ヒナコは殺されたんだ」
「でもいったいだれが、なんのために?」
「だれのしわざなのかはわからない」傷の男は声を落とした。「けどおれたちみんなには、だれかに殺される理由があるだろ。あの事件を忘れたのか。殺されかけたんだぞ」
「その話はやめろ」長髪の男は首を横に振る。「あれは思い出したくない」
「でも大事なことだ。おれたちには殺される理由があり、ヒナコは死んだ。ヒナコには自殺する理由なんて存在しない。だったら他殺にきまっているだろ。おれたち以外の何者かが、この島に隠れているにちがいない」
「でもちょっと待って」金髪の女の声が聞こえた。
画面が横へとスライドし、ソファーに座る金髪の女が現れた。その背後にはふたりの女性らしき人物が立っていたが、腰から上は見切れてしまっているので、だれなのかわからない。
「ヒナコの部屋はドアも窓もすべて施錠されていた」金髪の女は話をつづける。「それに鍵も部屋の中に置いてあった。マスターキーは死んだユイ姉さんが持ってたし、そのスペアキーもアキラ君がずっと持っていたのよ」
「つまり何が言いたいんだよ?」傷の男が訊いた。
「密室だったのよ、ヒナコの部屋は。だれかが侵入したなんて考えられないわ。もし他殺ならどうやったのよ」
「そんなの簡単だ」傷の男が言った。「ユイ姉さんを殺してマスターキーを奪った。そしてヒナコを殺し、ユイ姉さんの遺体にマスターキーをもどしたんだ」
「ちょっと待てよ」
長髪の男がそう言うと画面は横へとスライドし、ふたたびふたりの男の姿を映し出す。
「ぼくたちに殺される理由はあっても」長髪の男はつづけた。「ユイ姉さんが殺される理由なんてないぞ」
「きっと鍵をうばうためだけに殺されたんだ」傷の男は拳を握りしめると、それを震えさせる。「だれだか知らないが、ヒナコを殺すためにユイ姉さんを殺すなんて、おれはぜったいにゆるせない」
「おい落ち着けよ」髭の男が会話に割ってはいる。「まだユイ姉さんが殺されたとは断定できないぞ。ひょっとして誤って足をすべらせて崖から落ちたのかも」
「殺されたに決まっている!」傷の男が叫んだ。「遺体が見つかった途端、固定電話が使用できなくなったばかりか、携帯電話やスマホが急に圏外になったんだぞ。何者かが警察への通報を阻止するために、通信手段を奪ったんだ。おまえも言っていたじゃないか、そのGPSジャマーとやらの装置で妨害電波が発生している可能性があると」
「あくまでも可能性だ」髭の男はなだめるような口調になる。「ほんとうに使用されたかはわからないし、それにこの嵐だ。中継基地が故障した可能性だってある」
「もしそうだったとしてもだ、このタイミングで固定電話も使用できなくなるんて、そんな偶然あってたまるか」
「ぼくもこいつに同意する」長髪の男はうなずいた。「これは自殺や事故なんかじゃない、殺人だ。きっと犯人はボートか何かでこの島に上陸し、みなが寝静まるのを待った。そしてユイ姉さんを崖から突き落とし、マスターキーを奪った。そしてそれを使いヒナコの部屋に侵入し、縄で首を絞めて殺害。その後、ヒナコの死体を自殺に見せかけるために天井から吊り下げた。あとは鍵を閉め、ユイ姉さんの遺体にマスターキーをもどし、島から逃走したんだ」
「もし逃走していなかったら?」髭の男が言った。
傷の男と長髪の男が怪訝な表情でこちらを見つめる。
「どういうことだ?」長髪の男が訊いてきた。
「もしも犯人が逃走せずに、いまもこの島にいる可能性は?」
「それはないだろ。ヒナコへの復讐を終えたあとで、このまま島にとどまりつづけるのはリスクが高すぎる。ぼくたちに見つかれば、お終いだ」
「仮になんらかの理由でこの島に残っていたとしたら?」
傷の男が不気味な笑い声をあげる。「そのときはあの日の夜のように、返り討ちにしてぶっ殺してやればいい」
「だめよ!」金髪の女の悲痛な叫び声が聞こえた。
画面が動きだし、おびえた表情の金髪の女を映し出す。すると暗澹とした口調でしゃべりはじめた。
「わたしたちはもう二度と、人を殺さないって約束したじゃないのよ。あの日の誓いを忘れたの?」
急にみんなが黙り込んだ。不気味な静けさが訪れると、足音が近づいてくる音が聞こえてきた。画面は音のする方向へと向けられる。すると痩身の男がこちらに向かって歩いてくる姿が映り込んだ。
「アキラ君の様子どうだった?」
そう言って金髪の女の背中が画面に映り込んだ。
「だめです」痩身の男は首を横に振る。「お母さんが死んだことで部屋の中でふさぎ込んでいるらしく、返事もしてくれません。落ち着くまでそっとしてあげたほうがいいでしょう」
「……そう」金髪の女は落胆した様子だ。「ごめんね、手間かけさせて」
「いいんですよ、このくらい。それよりも固定電話を直せるかもしれない。なのでちょっと工具を探してきます」
「直せるの?」
「直せるかどうかわかりせんけど、一応ためしてみます。だけどあんまり期待はしなでくださいね」
「うん、わかった。がんばってね」
金髪の女に見送られるようにして痩身の男が画面から姿を消すと、長髪の男の声が聞こえてきた。
「よしみんな、あとは彼に期待してぼくたちはもう休もう」
みなが散らばる足音が聞こえてくると、画面は傷の男と長髪の男に向けられた。ふたりはソファーから立ちあがっているところだ。
「ふたりとも待ってくれ」髭の男が引き止める。「まだ話しておきたいことがある。もしもおれたちのなかに犯人がいるとしたら?」
「ふざけたこと言ってるんじゃねえぞ」傷の男が怒りの形相でこちらを指差した。「あと不愉快だから、これ以上の撮影はやめろ」
傷の男がにらみつけるなか、動画はそこで終了した。




