第一幕 第十一場
つぎの動画ファイルを再生した。画面には黒いレインコートを着た長髪の男が映し出された。場所は屋外であたりは薄暗く、どうやら小雨がぱらついているなか、歩きながら撮影をしている。
「まったくもう」長髪の男がため息まじりに言う。「なんでぼくがこんなことをしないといけないんだ」
「そう文句を言うなよ」髭の男の声だ。「ユイ姉さんの捜索がてら、この島を散歩できると思えば楽しいだろ」
「こんな天気じゃなかったらな。なんでおまえが傘でぼくがレインコートなんだ」
「仕方がないだろ。だってこっちはビデオカメラを使うんだから」
「こんな様子を撮影してて楽しいか?」
「ああ、楽しいよ。だから撮っているんだよ」
「もう、おまえの好きにしな」長髪の男はあきらめたかのように肩をすくめた。「それにしてもユイ姉さんどこに行ったんだ?」
「どこに行ったのかはわからないけど、この島にいることは確実だ。なんせ迎えの船は、明後日の朝にしか来ないからな」
「そんなことわかっているよ。ぼくが言いたいのは、ユイ姉さんがどこに行ったのか、見当がつかないかって訊いているんだ」
「さあ、どうだろうな。ユイ姉さんがいそうな場所はあらかた見てまわったし、ほんとどこにいるんだろうな。でもまあ、この島は広い。隠れる場所はいくらでもある」
「隠れるってなんだよ?」長髪の男は怪訝そうな顔をした。「なんで隠れる必要がある」
「だれにだって、ひとりになりたいときがあるだろ。ユイ姉さんもそうだったんじゃないのか」
「おまえといっしょにするなよ。ユイ姉さんが集まったみんなをほうっておいて、そんな無責任なことをするかよ」
「なんだよその言い方。まるでおれが無責任みたいじゃないか」
「図星だろ」長髪の男はにやりと笑う。
髭の男が舌打ちする音が聞こえた。「まったくどいつもこいつも、おれをばかにする」
「おいおい、ただの冗談だよ。そんなに気にするな。それよりも、もう近くまで来たんだから、いったん洋館にもどろう。もしかするとユイ姉さんが帰っているかもしれない」
「そんなことしないでも電話して、もう帰っているかどうか訊けばいいじゃないか」
「それもそうだな」
長髪の男はズボンのポケットからスマートフォンを取り出すと、その画面を見つめ、困惑した顔つきになる。
「どうした?」髭の男が言った。「早く電話しろよ」
「……おかしい。圏外になってる。きのうはそんなことなかったのに。どうしてだ?」
「たまたま中継局の調子がおかしいだけじゃないのか。まあそれならこのまま洋館へと向かおう」
「ああ、わかった」そう言って長髪の男は、スマートフォンをポケットにしまった。「そうするか」
「なあ、ところでおまえさ、金がはいったら何に使う?」
「おいおい、きのうのきょうだぞ。まだ何も考えてないよ」
「まだ何も考えていない?」髭の男は疑うような口調だ。「ほんとうにか?」
「ほんとうだよ。そう言うおまえはもうきめたのか?」
「もちろんきめたさ。おれは世界旅行に行くつもりだし、カオルは車を、ジュンは家を買うつもりらしいぜ」
「みんなきめるの早すぎだろう」
髭の男と長髪の男の何気ない会話が、しばしのあいだつづいた。すると画面に洋館が見えてくる。すると洋館の入り口に金髪の女が立っている姿が見てとれた。画面は金髪の女へと据えられた。
髭の男が疑問を口にする。「あいつ雨なのに、あんなところで何してるんだ?」
「さあな、ぼくに訊かれてもわかんないよ」
画面が洋館の入り口に近づくにつれ、金髪の女がうつむき、肩を振るわせて泣いているのがわかった。それに気づいたのか、画面が進むのが速くなる。おそらく小走りになっているのであろう。
「おい、どうした」長髪の男が言った。「なぜ泣いている? 何かあったのか?」
金髪の女は顔をあげると、真っ赤に腫らした目でこちらを見つめてきた。「……ヒナコが死んだ」
「……えっ」髭の男がつぶやくようにして言う。「なんだって?」
「ヒナコが死んだのよ。自分の部屋で首を吊ってた」
「嘘だろ」長髪の男は困惑した口調になる。「冗談にしてはたちが悪すぎるぞ」
「冗談なわけないじゃない!」
金髪の女は叫ぶと、その場にうずくまるようにして泣きつづける。
すると長髪の男がしゃがみ込み、金髪の女の肩に心配そうに手を置いた。次いで画面に顔を向ける。
「おい撮るなよ。カメラを止めろ」
長髪の男がそう言うと、そこで動画は終了した。




