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第一幕 第十場

 つぎの動画ファイルを再生した。画面にはビリヤードの準備をしているふたりの若い男の姿が映し出された。ひとりは顔の頬に刃物で切られたかのような傷跡のある男で、もうひとりは髪の長い長髪の男だ。どうやら撮影場所は遊戯室のようだ。


 長髪の男がビリヤード台にボールをセッティングし終えると、傷の男がこちらに向き直った。


「ちゃんと見てろよ」傷の男が言った。「ビリヤードがへたくそなおまえのために、おれがブレイクショットのお手本を見せてやるからな。あとで何度も見返すことになるぜ」


「参考になるんだったらな参考にしてやるよ」髭の男の声だ。「撮られているからって緊張してミスしたら、あとでみんなに見せて笑い者にするからな」


「そんなへまはぜったいにしないね」

 画面が傷の男へとズームアップされる。傷の男は短く刈りあげたソフトモヒカンの髪型をしており、いかつい顔つきと頬の傷跡とが相まって近寄りがたい雰囲気を醸し出している。さらには鍛えあげたであろう、筋肉隆々としたその体つきが、それに拍車を掛けていた。


 傷の男はキューを構えると力強く手玉を突いた。手玉のボールはセッティングされたボールへと勢いよくぶつかり、甲高い音を立ててそれらをはじき飛ばす。ビリヤード台の上をボールたちが駆け巡ると、すぐにポケットへとボールが落ちる音が聞こえてきた。


 傷の男が画面に得意げな顔を向ける。「どうだ。これがブレイクショットだ。ちゃんとあとで見返せよ」


「自信満々なのはいいが」画面に見切れるようにして映っていた、長髪の男が言った。「おまえが落としたのはこれだぞ」


 画面が傷の男から長髪の男へと向けられる。長髪の男は右手に持つ、手玉である白いボールを顔の高さに掲げていた。


「こいつはいい」髭の男のうれしそうな声が聞こえてきた。「あとで何度も見返すことになるだろうな、みんなで」


「くそ、最悪だ」傷の男がくやしそうに言う。


 髭の男の笑い声が聞こえると、長髪の男へと画面がズームアップされた。長髪の男は肩まで伸びた長い髪をゆるやかに波立たせた髪型をしており、穏やかな笑みを浮かべるその顔立ちは、落ち着いた大人の印象を与える。


「いいかよく見てろよ」長髪の男が言った。「ビリヤードはパワーではなく、テクニックだってことをぼくが教えてやるよ」


 長髪の男は手に持つ手玉をビリヤード台に置くやいなや、その手でブリッジを作り構えると、すぐさまキューを突く早打ちを披露する。手玉は一番のボールをポケットへと落とすと、クッションへと跳ね返り、九番のボールにぶつかった。すると九番のボールもポケットへと落ちていった。


「これでこのゲームはぼくの勝ちだね」長髪の男が勝ち誇った笑みを見せた。「こんどはおまえがボールをセッティングしろよ」


 長髪の男がそう言って傷の男を手で指し示すと、画面はズームバックする。傷の男は不服そうな表情で準備をはじめた。


「そういえば、ほかのやつらまだ起きてこないのか」髭の男が言った。「もう昼過ぎだぞ」


「あいつらきのう、みんなで飲んだあと」長髪の男が言う。「さらに部屋で飲んでいたらしいぜ。たぶんいまごろ『スミレ』たちは、まだベッドから起きあがれないんじゃないのか」


「女どもの酒癖悪すぎだろ。あいつら無理矢理に飲ませてくるんだぜ。おれは酒に弱いのに」


「たしかおまえ、途中で部屋にもどっていたな」


「だってもう限界だったんだ。酔いがまわって眠くてしかたがなかったんだよ」


 髭の男と長髪の男がたわいもない会話をつづけていると、不安げな表情をした少年アキラが画面に登場した。


「あの、みなさん」アキラが言った。「母さんを見かけませんでしたか?」


「ユイ姉さんか」傷の男がアキラに顔を向ける。「それなら見てないけど」


「おれも見てないな」髭の男が言った。


「どうしたんだアキラ」長髪の男が心配そうに言う。「何かあったのか?」


「実は朝から母さんがいなくて、部屋にもいないんです。さっきから洋館の中を探しているんですけど、どこにもいなくて困ってるんですよ。携帯電話も部屋に置きっぱなしで、居場所がわからないんです」


「そいつは妙だな」傷の男の表情が曇る。「ユイ姉さん、どこに行ったんだ」


「どうせ散歩でもしているんだろ」髭の男が言う。「そんなに心配ならおれたちも探しに行こうか」


 アキラが画面に向き直る。「いいんですか?」


「ああ、もちろんだと。なあ、おまえたちいいだろ」


 傷の男と長髪の男が不満げな顔を画面に向けると、動画はそこで終了した。

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