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傭兵より殺意を込めて  作者: やっぴー
6/17

1−2−3「なんか強そうですけど」

「2機! 視認!」

『機体認識、両機とも“デイ”ですねぇ』


 暗視装置のでせいで色ははっきりとしないが、DEC-1に比べてパーツの凹凸が少なく、のっぺりした跳甲機2機がモニターに映る。2機はクロ機が飛び越えてくるのを待ち構えていたようで、既に射撃姿勢でライフルの銃口を向けていた。


 大丈夫、動きはわかる。


 AIは人間と違って緊張や動揺しないことが一番の強みだ。どんな状況であっても正確で、堅実にロックオンから命中する攻撃を仕掛けてくる。しかしそれが逆に弱点でもある。いつでも反応が変わらないのを逆手にとって、戦いを誘導してやることも可能だ。


 ロックオンから射撃まであと3拍、その前に。


 クロ機は両機の間を狙い、先んじてライフルを発砲する。当然弾は敵機に命中することなく地面を弾けさせた。すると、同じタイミングで2機が後ろに同じ距離だけ小さく跳躍した。


「次はもう一歩左右にランダム跳躍。お互い離れるように跳ぶ!」


 クロの予想は的中。敵機は着地後間を置かず、左右に別れて跳躍した。このAIは有効射程からの先制攻撃に対して攻撃よりも回避を優先し、2段階の回避行動を取る。2段目の跳躍は互いの接触を避けるために、外側に飛ぶしかない。


 この間にクロ機も壁を越える大跳躍から着地した。ここまでは想定通り、順調にことを運べている。


 まずは状況把握だ。


 クロは砦内部に目を向けた。並んだ照明によって外ほどは暗くない。地は舗装された平面、複数の跳甲機が跳び回れる四方空間でいくつものテントが設置してあり、壁際には跳甲機の整備できる環境が整えられている。そして敵機を挟んで奥の壁には正面の門と同じものが見えた。残りの機体が見当たらないことを考えると、あの門にも注意を向ける必要がありそうだ。


 先に武器を構えなおした左の敵機の脚部を狙って応戦する。


 情報による敵機の数から、一々撃破していたのでは弾がいくらあっても足りない。まずは跳躍機関の破損を狙って機動力を奪うことを優先する。跳躍機関は熱がたまりやすいので、装甲をあまり厚くできない。うまくいけば1発で破壊できる。


 砦内で忙しなく跳ねる敵機に対してクロ機はほとんど動かず、1丁のライフルを片手に2機を相手取る。


 敵はロックオンしないと攻撃できないので、攻撃を当てるために必ず一旦静止してから攻撃に入る。回避優先のAIであるが故に、両機を交互に攻撃していれば反撃を受けることはない。この狭い空間ならばライフルの射撃間隔を考慮しても、もう1機くらいはなんとかなりそうだ。


『クロさん、少々遊びすぎではないですか?』


 10発以上攻撃を続けているが、敵機の跳躍機関が壊れるどころか、機動力が削がれる気配は一向にない。交互に1発づつ狙いを変えてノーロックで射撃しているとはいえ、確実に命中はしているのだ。ここまで損傷につながらないのはさすがに運が悪い。


「遊んでる、つもりは、ないですけど!」


 砦内には侵入に気づいた駆人が着々と出撃の準備を進めているに違いない。AI機だろうが、数は減らしておいた方がいい。ここは打って出るべきか。


『新たに2機の反応です』

「くッ! 視認」


 そうこうしている間に、奥の門が開き、2機のデイが投入された。むこうのデイに駆人が乗っていない保証はないが、あの動きを見る限り、この場の機体は全てAIとみていいだろう。どの道1機で敵の全機を見るのは不可能だ。必然的に攻勢を強いられてしまった。AI相手なら負ける気がしないと高をくくったものの、それでも多勢相手はリスクが増す。


 やるしかないか。


 クロはブリップを握り直すと一度大きく深呼吸した。そして一番手前にいた敵機を見据えた。


「行きますッ!」


 クロ機の重心を前へと傾けたことで、そのままゆっくり前に倒れこみそうになる。瞬間、両脚の跳躍機関を大きく作動させて地面を這うように跳び出した。その緩急のある前進は、敵の自動照準を一瞬だけ置き去りにする。次いで右、左、右と何度も練習したタイミングで跳躍機関を自在に操る。前重心の鋭い走行により、ものすごい速度で目標の敵機に迫っていく。蹴るたびに地面が抉れ、真上に破片を飛び散らした。


 速く、ただ速く。


 それだけを考えて瞬く間に距離を詰めた。狙いをつけた敵機の横をすり抜け、最後に脚部から突っ込んで低姿勢で急停止。近距離から跳躍機関をしっかり捉えると、まだ振り向ききってない脚部に2発の弾丸を直撃させた。攻撃を受けた敵機は脚部の制御がイカれ、振り向き様に転倒した。


「1機!」

『お見事です、前!』


 ちょうど正面近くにいた敵機に照準を合わせられ、慌てて転倒した敵機を挟む位置に跳んだ。このAIは味方を損傷させる恐れがある時、攻撃を継続することはない。よってこの転倒した機体は対AIにおいて強力な盾となる。


 攻撃を止めた前方の敵機が、回り込もうと歩行を始めた。特に遮蔽物があるわけでもなく、距離も近いので一方的に攻撃する。すぐに左の跳躍機関から煙が上がり、動きが鈍った。


「2機目」

『人質を取りましたか。やりますねぇ』

「え? あの、人じゃないからいいんです!」


 すぐに残りの2機の方に目を向けた。どちらもロックオンは完了しているとばかりに、万全の射撃ができる姿勢で静止している。少しでも転倒している敵機から離れようものなら損傷は確実だ。これはどう動いてもさすがに当たる。それにライフルの残弾数も少ない。


 クロは一切の迷い無く、遠い方の敵機に射撃を開始した。攻撃を受けた敵機が後ろに跳び退く。その隙に立ち上がりつつ右手のライフルを捨て、左肩部に固定された大型のブレードに持ち替える。肩部武装用の炸薬が大きめの爆発を起こしてブレードを頭上に跳ね上げ、落ちてきたところを両手でがっちりと掴んだ。


「よし! うまくいった」


 初めて使った炸薬式ハードポイントからの武器変更を成功させた。微かにあった感覚のズレも気にならなくなり、調子が出てきた気がする。


 クロ機はブレードを盾にして胸部と跳躍機関を守りながら、撃たなかった方の敵機に突っ込んだ。後ろから転倒した敵機が攻撃してきているが、弾はクロ機を避けるように逸れていく。跳躍機関は脚部の要だ。直立もままならぬ機体のロックオンなどは意味を成さない。


 距離が近づいたところで敵機が離れようと引いたのに合わせ、クロ機も跳躍で踏み込んだ。着地と同時に脚部を薙ぐ。接触した部分が潰れてバランスを崩し、きれいに仰向けに転倒した。敵機が倒れたおかげで衝撃が逃げて腕部への負担も軽減される。


 即座に向きを変え、攻撃してきた最後の敵機に対してブレードに角度をつけることで弾を弾く。流れのまま4機目も仕留めてしまおうと移動を開始したとき、突如モニターに反応が現れた。


「え?」

『距離200!?』


 正面に据えた敵機に重なるようにして反応を隠していた敵影は後方、先ほど開いた門前にいた。膝立ちで脇に大きなキャノンを抱えており、いつでも射撃できる体勢でその時を待っていた。


 しぬ!?


 クロが反射的に前の敵機に滑り込むと同時に、敵機のキャノンから凄まじい音が轟いた。クロ機は胸部から地面に接触し、各所に少なからぬ負荷がかかってしまったが、粉々になるよりマシだ。砦の壁が崩落して騒がしい中、立ち上がってすぐさま状況を確認する。目の前にライフルを構えたままのデイが微動だにせず、完全に停止していた。見ると胸部が4分の1ほど抉れている。


「————」


 思わず声にならない息が漏れた。少しでも遅れていれば、クロの機体がこうなるところであった。


『機体異常なしです』

「……身体も問題ありません」

『いやー素晴らしい素晴らしい。っと、来ましたねぇ』


 ゆっくりとデイが傾いていく。その向こうからはDEC-1が高速で接近していた。装備はサブ武器のハンドガンとナイフだ。不意の一撃に失敗したことで潔くキャノンを捨てて近距離戦闘を挑んできた。この敵機には間違いなく駆人が乗っている。一方でまだ息のあるAIたちは残弾尽きたのか大人しくなっていた。


「視認、いけます!」


 リーチはハンドガンがある分相手の方が有利だが、一撃の重さならこちらに分がある。敵機は依然として走行で向かって来ている。一跳びでぶつけられる距離まではブレードを盾にしてジリジリと詰め寄った。


 クロ機はタイミングを見計らって、初めの突撃と同じ要領で跳び出した。何度も何度も繰り返して磨いた動きだ。そう簡単に反応することはできない。狙うは胸部下の細くなっていく部分、排熱機関ごと分断する。


 刃を水平にして腕部を前に突き出した。至近距離から放たれた敵機の弾丸がクロ機の速度も相まって肩部や頭部の装甲を貫く。その一発がメインカメラに当たったようで、モニターが真っ暗になった。


 関係ない、やれる。感じろ。


 クロはモニターが見えているかのごとく、攻撃の位置を微調整していく。刹那、両機が交錯した。胸部を貫こうと動いたナイフは速度に対応しきれず空を切り、クロ機のブレードは難なく敵機の装甲を引き裂いた。敵機は2つの塊となって、慣性のままに後ろへ転がっていく。そして、その2つは同時に爆ぜた。


「撃破……」

『お見事。メインカメラが逝ってしまいましたねぇ。まぁ損傷軽微です』

「はい、カメラ切り替えます」


 モニターの映像が胸部にいくつか取り付けられたサブカメラの映像に切り替わり、視界が一段下がった。敵機がぞろぞろやって来た門の向こう側は、ここと同じように造られた空間がもう一つ続いている。その中央に敵影を見つけた。


「敵機視認」


 DEC-1がライフルと大型ブレードを装備して佇んでいた。ブレードはクロ機と同じ両手持ち用と思われるが、柄の端を片手で掴んでいて刃が地面と接してしまっている。


「うわ、なんか強そうですけど」


 明らかに駆人の操縦である。傭兵に多い両手持ちの大型ブレードを方手で持つスタイルだ。大抵は直立姿勢の時点でどこかバランスが悪く、実際戦ってみても大したことはなかった。しかし、この敵機にはそういったところが一切見られない。クロは直感的に敵の駆人が熟練者であることを見抜いた。


『そうですか。まぁ頑張ってみましょう。何とかなりますよ』

「了解、です」


 とはいえクロ機の武器はブレードとサブ武装だけだ。雑魚だろうが強敵だろうがやれることは限られている。敵機はライフルを装備しているので、近距離戦闘は避けるだろう。とにかく詰めて壁際まで追い込む。砦の外へ逃げられても仕切り直しになるだけだ。


 おそらくこれで最後、やるしかない。


 クロは3度目となる突撃を仕掛ける。それに合わせて敵機も突っ込んで来た。ブレードをずったままで耳障りな音を撒き散らし、鈍い光を放つ単眼のライトが残像を残して揺れ動く。幾度となく対峙してきたDEC-1であるが、この敵機だけは異質に感じられた。ライフルも構えておらず、撃ってくるような気配がない。


『なるほど。引きずったブレードは飾りではないということですね』


 得意か慢心か、敵はクロの仕掛けた近接戦闘に付き合ってくれるようだ。ただ、そんなことはどうでもいい。


 速く、速く、さらに速く。


 絶妙な跳躍から繰り出される突進の加速は止まるところを知らない。手足を動かす感覚で跳甲機を駆り、ペダルを踏む足は脚部を通じて地を蹴る感触を錯覚する。足裏のスパイクが地面を確実に踏みしめて抉り、爆発的な推進力を生み出す。加速につれて逆に景色は緩やかに流れ始め、やがて無音の世界となった。


 急速に両機の距離が縮まる。ここにきて敵機が急停止し、ライフルを構えた。


 それは予測できてる。


 クロ機は敵機に向かってまっすぐに突き出していたブレードを右側に向けた。すると右に大きく傾いて瞬時に進行方向が変わった。跳躍での絶妙な調整によって減速は最小限に抑えられる。敵機の放った一発は左肩部の装甲をもっていった。


『左肩部被弾、小破』


 問題ない、もらった。


 敵機は急停止による勢いを殺しきれておらず、クロ機を視界の正面に捉えることはできない。相手が視認できなくなる限界まで敵機の横に回り込み、クロは敵機のブレードが未だ重そうに引きづられているのを確認した。


「ここだ!」


 再び同じ要領で方向を変え、敵機に切り込んだ。ブレードを持つ左腕部は後ろに引っ張られ、胸部横の空いた部分を狙って刃を滑り込ませる。敵機は柄を掴んでいた手を逆手に持ち替えて持ち上げ、刃をこちらに向けて地面に突き立てた。無駄の無い一連の動作にクロの反応が遅れる。


「なッ!?」


 刃と刃が合わさったことで鈍い金属音が響き、一際大きな火花を散らした。衝突によってとてつもない反動がクロ機を襲い、ほとんどの部位がイカれて制御を失った。互いのブレードはぶつかった箇所から欠損して、もはや使い物にならない。接触の直前でとっさに手を離した右腕部は無事だ。痛み分けとなるはずの敵機への衝撃は大半が地面に吸収され、左腕部以外に大した損傷は見られない。クロは見事にカウンターを受ける形となった。


 完全にしてやられた。


『損傷甚大、すぐに離脱して——』

「でも! まだ終わってない!」


 秋山からの通信を遮って、クロはすぐさま今の状況で取れる最善の行動に移った。動かせる部位を確認して右脚部横のハンドガンを取り、敵機胸部の一点、駆人の位置に向けてひたすら弾丸を撃ち込む。


「らぁぁっぁあ!」


 敵機もライフルを向けようとするが、なんとか機体を押し付けてそれを防ぐ。銃身の長いライフルをこの状態で当てることは不可能だ。機体同士を密着させてバランスを取らせなくし、あわよくば転倒を狙っていく。


「抜けろぉぉ!」


 もつれるようにして敵機を数歩後退させた。それでも、残り2、3発で装甲を抜けるかというところで敵機は無理やり後ろに跳躍、クロ機との間隔を離した。


 互いに左腕部はだらりと下がり、反対の手で得物を構えて睨み合う。この距離では装甲の削れかけた一点だけを狙い澄ますことは難しい。何発かに1発当てれたとしても、弾数が足りない。もしあそこで、敵機が距離を空けることよりも攻撃を優先していれば、勝機があったかもしれない。しかし万策尽きてしまった。残念ながら詰みだ。


「……ここまでか。仕方ない」


 そう言いながらクロは股の間にあるボタンを拳の底で強く叩いた。

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