1−1−2「ん、来るか」
「もしもーし、ボケっとして……また思い出してましたね?」
「あぁ? ん、そんなところだ」
天井に取り付けられた蛍光灯が頼りなく照らす車内は、様々な計器やモニターに埋め尽くされている。モニターの発する光が眼鏡に反射してメイカの顔を不気味に浮かび上がらせる。
足を組んで頬杖をつくメイカは口を尖らせた。
「それより、守備部隊の連中の動きを見たか? 今日の作戦は嫌な予感しかしない」
「存外動けることを願いましょう。おそらく数はこちらの方が多いはずですから、相打ち道連れなら勝てます」
「だといいな」
「まぁ、きっとなんとかなりますよ」
「気楽なやつだ」
年齢を感じさせる低くしゃがれた声で秋山が答えた。その声色には緊張感の欠片も無い。薄暗い指揮車両の中、電子機器で埋め尽くされた壁の前で椅子に腰掛けて笑っている。
「時間だ、外に出る」
「かしこまりました」
おもむろに立ち上がった二人は車両の後ろの扉から外に出た。雲ひとつない晴天の下、眩しさのあまり手で太陽を遮るメイカの視界に、網目状に区切られた人工的な街並みが映る。何棟も並ぶ集合住宅など、一つ一つの建物が大きい。振り返るとこの町の入り口である立派な門があり、高さのある頑丈な塀が町全体を囲っている。これから町の外で起こる戦闘の様子を見物するのなら、この塀の上がうってつけだ。二人は近場に作られた階段に向かった。
「はぁ、はぁ、あぁぁ……待て、休憩だ」
上までもう少しというところまで来て立ち止まった。普段全く運動をしない体にこの長い階段は地獄だ。上から容赦なく照りつける日光も追い打ちをかける。階段の日陰になった部分に腰を下ろして一息ついた。
「あーあー、情けないですねぇ。ほら、汗もかいてしまって。もう十代ではないんですから、気を抜くとお腹だって——」
「うるさい黙れ。貸せ、汗ぐらい自分で拭く」
メイカは差し出されたハンカチをすかさず奪い取った。眼鏡を外して額を拭う。その様子を秋山が苦笑いで見守っている。
この高さになると、正しく均一の高さに建てられた町の建築物の屋上全てが一望できた。中心には外からの攻撃に対する耐久を意識したビル群がそびえている。
あれが今回の防衛対象か。
統治企業“アザー”。大陸西部北の荒野の中、四面を強固な塀で囲った街の機能を丸ごと備えた企業だ。町が企業の管理下に置かれているともいえる。どの面からでも対称に見えるよう計算された設計はなかなかに洗練されている。
「嫌いじゃない、60点」
「いかんせん面白みに欠けますねぇ。でも意外と高評価ですな」
「防衛設備はまぁまぁだ」
街を囲む塀の内側をぐるりと見渡した。メイカ達のいる辺りの高さから、一段だけ段差のついた造りになっている。これで籠城の際には、跳甲機がここを足場にして塀の上から敵を撃ち下ろすことができる。等間隔に備え付けられた砲台の数もそれなりだ。
「跳甲機が戦場の主役になって数十年、今ではだいたいの規格が跳甲機基準ですからねぇ」
メイカはこれまでに学んできた歴史について思い出す。跳甲機が戦場で戦果を挙げて以降、多くの企業が跳甲機開発に参入し、争いの火種を次々と作っていった。個人でも運用可能なことに加えて小規模な戦場が増えたことで、傭兵という存在が爆発的に増えることとなる。
そして、今の私がある。
「私が若かった頃はですねぇ——」
懐古な雰囲気を感じた秋山が語り出してしまったが、年寄りの話はいい加減聞き飽きている。息も整ったので先を急ごうとしたところを立ち眩みに襲われた。倒れそうになったメイカの体は秋山にしっかりと支えられていた。
「危なっかしいんですから。せっかくですし、抱っこしていきましょうか?」
「チッ……いくぞ」
「はいはい」
それからすぐに塀の上に着いた。人がゆうゆう両手を広げられるほどの幅で作られている。攻撃を防ぐには十分な厚さだ。町の外は見渡す限りの荒野で、風化した丘や岩がちらほら見えるだけである。門からは舗装された道路が地平線まで続き、陽炎がその道を歪めている。
「メイカ様、準備が整いましたよ」
「ん」
秋山が手を向けた先には折りたたみできる簡易椅子と、その上に手で持てるサイズの薄型モニターが置かれていた。どこに隠し持っていたのかは定かでない。とにかく、仕事のできる男である。メイカは首にかけていたインカムを正しくかけ直した。それに倣って秋山も小型インカムを耳に素早く取り付けた。
「アイゼン、リム、聞こえるな」
『聞こえている』
『オッケー』
一列に並んだアザー守備部隊の青々とした機体が左右に展開して待機している。そんな中、中央の直立した2機の灰色の機体がメイカ達の方を向いた。
両翼の機体にはない傭兵団“ゼンツク”の印、肩部に“筑紫”の字が書かれている。
アイゼン機の方はだらりと下がった両手に、地面につくよりも長いライフルを2丁持ち、左肩部には大型のブレードが固定されている。リム機は片手にライフル、そして砲身が機体と同じくらいあるキャノンを両肩部で固定し、空いた方の腕部を振るような動きをしてみせた。
『今塀の上いるんだよね、見える? ヤッホー』
「ん、見える」
『すごくない? これ最近練習したんだよね』
「カッカッカッカッ、兵器が手を振る動作というのもなかなか滑稽ですなぁ」
機体は“パラキート”社製の“DEC-1”。最初期の機体であり、時代遅れと言われても仕方のない代物だが、小規模な戦場で戦う傭兵界隈では、こういった機体を独自に改修して使用する方が一般的である。
胸部と肩部は厚い装甲に覆われ、それに比べると小ぶりな頭部。胸部は下にいくにつれて細くなる。脚部には機動力の源となる跳躍機関が組み込まれ、機体の半分以上を占める。各企業の開発コンセプトによって重要視される性能は異なるも、跳甲機の背格好は似たようなもので、共通規格の武器が用いられている。
「では、最終ブリーフィングを始める」
遠目で機体を見るのもほどほどに、メイカは凛として言った。戦いの時は近い。実際の作戦エリアと準備を整えた跳甲機の布陣を目の当たりにして、ようやく気持ちが入ってきた。
「概要は端折るが、今回のクライアントはアザーだ。商売敵の企業とひと悶着あったせいで相当な恨みを買ったらしい。ご丁寧に戦線布告までして本気で潰しに来るそうだ。山本からの報告によると、侵攻部隊は“鋼鉄の棺”で間違いない」
その名前を聞いて駆人の二人が息を呑んだ。未だ緩みきっていた通信の空気が多少引き締まる。
『むう』
『あーらら、そこが来ちゃうかい』
鋼鉄の棺はメイカ達が主に活動している大陸西部において、最大にして最強の傭兵団だ。機動力を殺すかわりに必ず複数機で行動し、相手をゆっくりと追い詰めて倒す。実に大所帯らしい連携を重視した戦い方を取る。
跳甲機とは跳躍機関によって生み出した力を用いて跳躍することで、本来機動力を活かして戦う兵器である。しかし、鋼鉄の棺は重装甲で知られる“グローカス”社製の装甲をさらにぶ厚く改造しており、重量過多による事故のリスクを常に背負って戦うことで有名だ。有り体に言って、まともではない。
『でもさ、鋼鉄の棺ったって何回かやり合ったことあるじゃん? 大丈夫ダイジョーブ。ね、アイゼン』
『余裕だ。任せておけ』
「いやはや、頼もしい限りですねぇ」
駆人達の曇りない勝利への自信をメイカや秋山は疑わない。それでも、もし歯が立たなかったときのことを考えるのはメイカの仕事である。駆人は目の前の敵に全力でぶつかればそれでいいのだ。
「勝負に満足して死ぬなよ。作戦の説明だ、秋山」
「はい。本作戦の目標は敵部隊長の撃破になります」
『頭を叩くのは基本だよね』
部隊のトップが潰されるということは即ち戦況の傾きを意味する。賢い傭兵団であれば直ちに撤退するであろう。
『はいはーい、質問。そいつぶっ殺しても帰ってくれない時は?』
「示談です」
『うわぁ、でたー』
「まあまあ任せてくださいリムさん。メイカ様では交渉決裂必至ですし、私にはこれくらいしかできることがないのですよ」
「おい」
『そっかそっか、だよねー』
特定の周波数で通信を行えば必ず相手の傭兵に言葉が届く。傭兵界隈の暗黙のルールというわけだ。これは主に初見の機体にコンタクトを取ったり、煽り、命乞い、交渉のために用いられる。ただし話ができるというだけであって、会話が必ずしも成立するわけではない。傭兵にはこちらの理解を超えた殊勝な思考をもった者も多い。
「話が進まん。後にしろ」
『さーせんした』
「ん。許す」
「続けますね。配置ですが、正面の門より離れた位置に陣を展開、会戦にて迎え撃ちます。……まぁ今のままですけど。我々の部隊は真ん中を担当しまして両翼をアザー様ご自慢、鍛え抜かれた精鋭による守備部隊の皆様に就いていただきました!」
『よっ、ぱちぱちぱちぱち』
メイカの守備部隊に対する心境を汲み取り、秋山が皮肉たっぷりに説明した。アザー社守備部隊は今回の作戦に全36機を投入し、24機を外に布陣。残りを本社前に配置している。機体は全てパラキートの最新型である“DEC-4”だ。確かに戦力だけを見れば申し分ない。
跳甲機が通れる門は正面と右面の2つだけであり、塀を越えない限りはそこ以外からアザーへ入ることはできない。指揮車両と跳甲機を運搬してきた輸送車両2台は、今のところ安全な正面の門内に停車している。
12-2-12という数が極端に偏った布陣だが問題は無い。会戦であれば跳甲機の機動性が十分に活かされ、物量に勝るとも劣らず駆人の技量がものをいう。ゼンツクの絶対的なエースであるアイゼンに対して、メイカの信頼は厚い。
「アイゼン、リムは今回キャノン用の仕様だ。初めの展開ではクソの役にも立たん。お前が全部さばいてやれ」
『承知』
『はー何その言い方ムカつくわー。だったら中で待機でいいじゃん。全力で援護してやるし』
「そうか。勝手にしろ」
「はい、でですね。ここで戦線が瓦解した場合は残った——」
ブリーフィング中の通信に突如、喧しい警報音が鳴り響く。それを聞いて秋山も説明を止めて黙った。
『こちら本部、敵部隊を目視! 反応の数は……15!』
続いて戦場にいる全員に向けての通信。見張りが敵部隊を発見したらしい。メイカの位置からはまだ見えない。
「せっかちな方が率いているんでしょうねぇ。お昼は取ったのでしょうか」
メイカは秋山から双眼鏡を受け取って覗いた。荒れた地を貫く1本の道を辿っていくと、中央に待機している2機が映る。そしてさらに道を進んでいくと、丘の影から砂煙と共に、重厚な装甲を纏った跳甲機の一団が現れた。
ついに、来たか!
敵の姿を確認したことで鼓動が速まる。程よい緊張感、頭は最高に冴えている。メイカは思わず立ち上がっていた。
一団は走行で迫って来ている。通常、跳甲機は長距離を移動する場合、エネルギー節約のために両脚による大跳躍で進行するが、あの機体では事故の可能性があるのだろう。単機を先頭に2機ずつが広がるようにして続き、移動中陣形が崩れることはない。それなりの統率力である。
「ご丁寧に迷彩の塗装までしてきたか」
「どれ、私にも見せてくださいよ」
「黙れ」
「いけずですねぇ」
倍率を上げてそれぞれの機体を詳しく観察する。跳躍で上下に大きく動かないのでいつもより見やすい。機体はグローカス社製“YOROI”。旧世代重量機の代名詞ともいえる機体だ。先頭から3機がグレネードランチャーを持ち、残りの装備はライフルで固めてある。やはり装甲で重量を食うせいか最低限の武装だ。
左の肩部には、一部を四角く抜いた縦の白い長方形で棺を模し、その抜いた部分からは、頭部のアイライトを表しているであろう鋭いひし形が赤で描かれている。いつ見ても安直なエンブレムだ。しかし、それ故に印象は強い。
「先頭の1機のみ各所パーツに微妙な差異を確認した。こいつは、いかにもな隊長機だな」
「普通わざわざ狙われるような改造は避けますが……おっと、彼らに普通は通じませんね」
頭部には通信機能の強化、跳躍機関周りにも装甲を追加して胸部の排熱部分までも装甲を盛っている。跳甲機の脆い部分、つまり弱点を隠すようにしているが、明らかに重量過多である。どうやら敵の隊長機はまともな跳躍をする気がないらしい。
「そっちは確認できたか?」
『見えている』
『ああ、なるほど。これは分っかりやすい』
「では先頭の機体を目標に指定。後は事前に説明したとおりだ。……作戦開始」
『承知』
『よっしゃ、やったるよー』
メイカの号令を合図にアイゼン機が跳躍して陣形の一番前に躍り出た。リム機は正確な援護射撃ができるように膝立ちの体勢でその場に控えた。
『撃てー! 撃てー! 数ではこちらの方が上だ。のろまにありったけの弾を食らわせてやるんだ!』
両翼では既に攻撃を開始しており、大きく距離が離れていたときに比べて速さの増した敵の一団に向け、一斉に射撃している。
「チッ、バカが。あいつらはライフルの有効射程も知らんのか」
いくら跳甲機用の武器が大きめで、攻撃力に重きを置いているからといって、あの距離では命中しても有効な一撃になる確率は低い。まして相手は重装甲だ。抜けるはずもない。
敵の機体のあちこちから火花が散っているが、撃っている数からすると明らかにその回数は少ない。メイカの思った通り、一団は24機にもなる怒涛の集中砲火をものともせず、アザーに向けて進行を続ける。守備部隊もしばらくして効果が薄いと分かったのか攻撃を止めた。
「メイカ様、一応言いますけど、危ないので戻りませんか?」
「あぁ? こんなまともに肉眼で戦場が見られる位置、そうそうないぞ! 誰が戻るかクソ死ね」
「死ねって……はいはい、まぁ分かってましたよ」
呆れた様子でため息をつく秋山。守備部隊の取った残念な初手はメイカをイラつかせるのには十分だった。
「ん、来るか」
敵の一団の先頭を進んでいた機体が急停止し、残りがこちらの3つの部隊配置に合わせて3手に分かれた。左右に6機づつと、2機がアイゼン機に向かってくる。真ん中の集中突破は左右に挟まれるので、現実的ではない。それでももう少し数を割いてくると思っていた。アイゼンの実力を考慮しているのなら、敵の頭はできる。ついに各所で撃ち合いが始まった。
『ゼンツク傭兵団、アイゼン! 突撃する!』
早々にアイゼン機は前に来た2機に突っ込んでいった。経験からくる優れた予測によって被弾を回避し、距離をとった敵機の片方に的を絞って一気に詰め切った。旋回の遅れた敵機の真横に滑り込み、もう1機の攻撃から盾にできるような位置を取る。そして胸部横、装甲の薄い部分を確実に捉えて弾丸を叩き込んだ。
『敵機撃破』
攻撃を受けた敵機は直後に制御を失って転倒した。
「本日も絶好調ですねぇ」
「初めからこいつの心配はしてない」
両翼では守備部隊が盾を使って壁を作りながら、お手本のような戦線を築いて戦っていた。敵も無理には突っ込もうとせず、互いに有効射程ギリギリでの撃ち合いが展開されている。故にどちらにも被害は及んでいない。
「入りの感触は思ったほど悪くないな」
「このまま膠着してくれるとありがたいですが」
防衛側であるアザーは戦闘が長引くほど有利だ。敵の一団に弾薬や予備のバッテリーを積んだ機体は見当たらなかった。この状態が1時間でも続けば攻撃手段を失った敵は引き上げる他ない。そういった意味でも荒野のど真ん中にあるこの町は強い。
しかし、その後すぐに戦況は傾き始めていった。