1−4−5「俺は死なねぇ!」
速い! 接近戦か!?
跳躍は間に合わないと判断したクロは、機体を半身にして側面にブレードを押し当て、装甲代わりとして攻撃に備えた。
『そらよぉ!』
「うおッ……!」
塵によって影に見えていたシルエットをブチ抜くように、低姿勢で飛び出してきた青色の機体。その敵機は両手で掴んだハンマーを下から上に振り抜く途中、ブレードに衝突して動きを止めた。接触部から浮遊物が円状に吹き飛ばされ、衝撃の程を明らかにする。それでも、咄嗟の防御行動で機体の損傷だけは最小限に抑えることができた。ブレードがなれけば、胸部を程よく潰されていただろう。
でも、まずいな。
案の定、クロ機の構えたブレードはハンマーとの衝突で刃の中央に深いひびが入っている。しかもハンマーの攻撃は計器に表れなくとも、パーツに深刻な負荷を与えている可能性がある。この初撃は大きい。
『ほー、やるじゃねぇかおめぇ。俺が出て来て正解だったわ』
モニターには敵機がでかでかと映し出されている。比較的軽量な装甲で、見慣れぬ機体だ。武器は手持ちの得物のみ。それだけに目が向いてしまう。ハンマーは機体半分程度の頑丈な柄に無骨な塊が付いただけの武器で、重量は大型ブレードを超える。圧倒的な質量で目標を圧し潰すその一撃は厚い装甲を物ともしない。
『で、この攻撃はうまく凌いだかもしれねぇが、次はどうする?』
近接武器は接触の加減が難しいところだが、この敵機は跳躍の微調整も難なく使いこなしている。明らかに先ほどまでの相手とは一線を画す。しかも密接状態は完全に敵の間合いである。雑魚相手ならば即座に引いてもう一本のブレードを取り出す場面。しかし敵の技量を考えると、詰められながらの速度が乗ったハンマーは厄介だ。クロはこの押し合いの状態から迂闊に動けなくなってしまった。
力を継続して出し続ける機体に負荷が掛かり、排熱機関が唸りを上げている。
『ほらほら、グズグズしてると死ぬぞ。何とか言ってみろっての。これだから軍隊気取りの傭兵団は詰まんねぇなぁ』
クロの心情を知ってか知らずか、敵機は一向に動こうとしない。その代わり、今この戦場で唯一通信を放つ眼前の敵、ザッパーはとにかく絶えず煽り続けていた。
『チッ、あいつハンマーなんて使えたのかクソ。相性が悪い』
『これでは動けませんねぇ。まぁ、せっかくですからあの喧しい方に応戦してみてはいかがでしょう、クロさん』
「え? でもそれって……」
『精神攻撃は傭兵の基本だ。相手が少しでもできると感じたらガンガン煽れ。精神状態が操縦に影響しない奴はいない、やれ』
「は、はあ」
できれば訓練の時とかに言って欲しかったが、こういったことは空気感とかが大事なのだろう。なんとなくわかる。クロはメイカに言われるまま通信の設定を変更した。こんなのに思考を割くわけにもいかないので、思ったことを口から垂れ流す。イメージはザッパーと話していた時のメイカだ。
「あ、どうも、聞こえる? せっかく裏取りから踏み込んで有利なのに動かないんだね。包囲が完成しないと勝てる自信がないの?」
『アッハッハ、メイカと同じぐらい威勢のいいのが乗ってんな。安心しろって。誤射は勘弁だからかち合ってる分には撃てねぇよ』
そんなやり取りをしている間に、クロ機の周囲に新たに5機の反応が現れて止まった。ザッパーの言うように大きく距離を開けると、四方から攻撃を受けてしまう。対峙する喧しい機体は初めからどうにかなるとして、周りの機体を片付けるにはアイゼンの援護があった方が安全である。となれば、早めに決着がつく場合はザッパーを殺さないようにする必要がありそうだ。
『さぁデスマッチの始まりだ。次も来てるしな、すぐ楽にしてやるわ』
「危なくなったら逃げる気満々のくせによく言うよ。お先にどうぞ」
『そりゃありがと、な!』
ザッパー機は小さくハンマーを引いて2撃目を放ってきた。近接攻撃は予備動作がわかりやすく、反応しやすい。クロ機はそれをわずかな後ろ跳躍で躱し、空振りしたところにブレードを押し付ける。その衝撃でひびの部分が折れて、刃の半分が回転しながら飛んでいった。
損傷は与えられないが、この姿勢ではハンマーを振れない。状況は再び機体同士が密着したゼロ距離での押し合いだ。先程との違いといえば、敵機は後ろに引かない限り攻撃できず、ややクロに有利な状況になった。
「これで形勢逆転」
『ハッ、それがなんだっての。おめぇからは結局これ以上もち込めねぇ』
「どうかな。サブ武器は非常時のためだけにあるわけじゃあない」
クロ機の右脚部横からハンドガンが跳ね上がり、ブレードの刃の部分を押さえつけていた右手で掴むと同時に、ザッパー機の跳躍機関目掛けて撃ち込んだ。軽量機の薄い装甲を貫く爽快な音が響く。1発目から割といい手応えだ。
『上がお留守になってんなぁ!』
3発目を放ったところで、抑えの弱くなったブレードをザッパー機に押し返された。腕部だけでない、跳躍も用いた機体全体の力にクロ機は少しだけ飛ばされてしまう。相手からすれば絶好の攻撃機会だ。
『甘いんだよ! 潰れてろ!』
ザッパー機は押し返した動作の流れで小さくハンマーを引き、機体をわずかに沈ませた。
ここだ!
そう思った直後、クロの時は緩やかに流れ始める。圧倒的な集中力によって確実に捉えた跳躍の前兆。この一瞬に勝機を見た。相手を倒すための道筋が閃いて、リスクを顧みる間もなくクロの体を突き動かす。このとき頭の中を駆け抜けたのは、度々思い出されるメイカとの一幕であった。
『これだけは覚えておけ。いかに機体自体の能力に差があったとして、戦場で誰よりも早く動けるのはお前だ。先に殺せば関係ない』
弾き飛ばされ、不安定な状態から復帰しなければならないからといって、それでも先に動くのはクロの機体だ。今この瞬間、一撃で相手を潰せる手段はなくとも、相手の始動より先にぶつけられる武器は持っている。クロは3発の弾丸を命中させたザッパーの跳躍機関に狙いを定めた。
「当たれッ!」
ロックオンを待たずに発砲した弾丸は、有効射程内で威力を十分に保ったまま目標に吸い込まれる。始動の直前、跳躍機関のイカれたザッパー機は思うような飛距離と方向が出ず、クロ機に向かって来ながらバランスを崩した。
『ああ?』
何が起きたのか理解仕切れていないザッパーの滑稽な声が漏れた。敵の混乱と同時にもたらされた十分すぎる隙に、クロは素早く状況を確認する。アイゼンの機体はまだ少し距離がある。ならば今ザッパーを殺すのは早い。
「とりあえず、腕!」
ブレードを交換している時間はない。すかさずクロ機はハンドガンを捨て、折れたブレードを両手で掴んで振りかぶると、ザッパー機がハンマーを振り上げている側の肩部に叩きつけた。千切れるようにして両断された肩部が機体から分離し、持っていたハンマー共々飛んでいって地面に転がった。
『ぐぅッ! うがあああぁあ!』
ザッパーの通信から溢れ出す悲痛な叫び。ブレードを肩部にぶつけた際の衝撃で、胸部が変形でもしたのだろう。体の一部を挟まれて潰れてしまったか、はたまた機体の破片か何かが刺さってしまったか。怪我の程度はあれど、声が上がったのならとりあえずは生きている。
一応徹底的に潰しておくか。
最悪、跳躍機関を使った蹴りでも危険な攻撃となり得る。完全な無力化を図るために、クロ機は続けてザッパー機の無事な方の跳躍機関を切り払いにかかった。
「あっら!?」
折れて半分の長さになったブレードが盛大に空を切る。ザッパー機は直前に無理やり片脚で跳躍してクロ機の攻撃を避けた。軽量で武器を持たず、片側の肩部まで失った機体は速い。空振りの動作を収める少しの間に、飛び退いただけとは思えないほどの距離が開いていた。
しまった、呻きで油断した。
次いで四方からの狙い澄まされた銃撃がクロ機を襲う。苦し紛れの微跳躍で胸部への致命傷は避けられたが、損傷は大きい。
『脚部小破! 跳躍出力を上げ過ぎるな、機体がぶっ壊れる!』
「余裕、いける」
刹那の後悔の後、思考はすぐに次のことへと向けられた。再度ザッパーに貼り付けば攻撃は止むはずだ。それに、このまま追いかけて行けば包囲を抜けられる。いくら跳躍の出力に制限が掛かろうが、片脚の跳躍で逃げる機体に遅れを取るわけにはいかない。
クロ機は折れたブレードを捨て、肩部のブレードに持ち替えた。そして、おぼろげになってしまったザッパー機の影を見据えて走行を始めた。
『右肩部被弾、小破。っと左も食らった。あーまただ、これ結構ヤバいやつだぜ!』
包囲の中で取り残されたクロ機に集中砲火が浴びせられた。ロックオンの予測射撃をブレのある走行で上手く回避しているが、四方からの攻撃全てを避けきることはできない。徐々に装甲を剥がされていく。
「作戦に支障なし!」
クロはどれだけ機体が損傷しようとも、全く意に介すことなく前進を続ける。次第にはっきりとしてきた目標の影を見ながら、攻撃のタイミングを読んだ。
今の加速なら十数歩、でも確実に追いつける。
『敵機視認した。クロ、こちらは任せろ』
包囲を抜ける手前で丁度入れ替わるようにしてアイゼン機が到着し、敵機に対して攻撃を開始した。これによってクロ機への攻撃が止み、回避を考慮しない走行に切り替える。
「このままザッパーを追います」
『逃すな、最後まで殺しきってみせろ』
「了解」
包囲の間を抜いた敵機2機が追撃してきているが、高速移動中の射撃が当たるはずもない。差も広がっているので、そちらを完全に無視して前方に意識を絞った。
あと数歩で距離は十分、そしたら踏み込んで落とす。
クロ機はブレードは右肩部の上に担いで攻撃の準備に入った。速度が乗りづらい追い討ちであっても、振り下ろしの力で確実に破壊する。
『あああぁぁあ……俺は死なねぇ!』
小さな呻きを漏らしていただけだったザッパーが、ここへきて理性のフィルターを素通りした叫びを上げた。それが合図であったかのように、クロ機とザッパー機の間に反応が現れた。
『うぉ、12時、近い!』
あと一歩、クロが丁度踏み込み位置に決めた十字路の交差点。建物の陰から乗り出してライフルらしきものを構えた機体は、クロ機にその銃口を向けていた。
まさか、全てはこのための罠!?
最悪の可能性に心臓を抉られたような喪失感に襲われる。それでも、目は急に出現した機体を注視し、頭ではその情報の分析が始まっていた。人間である以上、動揺を完全に防ぐことはできないが、慣らして上手に付き合うことはできる。命のやり取りを行う駆人としてクロはそのような訓練を受けていた。
敵機の待ち構えていたにしては直立の姿勢、それに射撃の反動を微塵も抑えようとはしない腕部の構え方。いかにも素人くさいが、この敵機に構っていたら、ザッパーに再び間を空けられてしまう。少しでも手間取ると追っ手の相手もしなければならない。そうなってしまえば、もはやザッパーに追いつくことは不可能だ。
どうせ当たらない。最悪、胸部に一発ぐらい何とかなれ!
クロはこの機体に対応しないことを決めて、ザッパーの方を優先した。死をも予感させた敵機の横に脚をつく。これで機体の速度、距離共に条件は整った。踏み込む脚の着地の際、跳躍を若干遅めて機体をつんのめらせ、重心をさらに前にもっていく。自壊を防ぐために抑えていた跳躍の出力を解放し、ここぞとばかりに全力でペダルを踏み抜いた。
これで、終わりだ。
真横で響いた射撃の音を意識から追い出し、急に上がった機体の速度で操縦席に押し付けられることを期待したクロ。しかし事象は起こらない。その僅かな時間の差異で瞬時に異常を感じ取り、咄嗟に別の入力を入れた。
完全に重心の崩れたクロ機は、踏み切ろうとした反対の脚を出してギリギリ転倒を防ぐ。操縦席にけたたましい警報を鳴らしながら、機体は長時間に渡り道路を抉ってようやく停止した。
『脚部被弾。右の跳躍機関が逝っちまった。今ので左脚もやべーぜ』
「くッ……」
クロは乱暴にボタンを殴りつけて警報を止めた。クロ機の跳躍は突如現れた敵機の攻撃によって不発に終わる。その間にザッパー機は塵の中に消え、しばらくして反応も消えた。追撃していた敵機の反応もなくなっていた。
そんな、取り逃がした。
クロの殺意がザッパーに及ぶことはなかった。メイカから発せられた命令を、アイゼンに助けてもらったにも関わらず果たせなかったのである。ザッパーに致命傷を与えた方法をやり返されるとは何と皮肉なことか。
『ちょっとクロさん、この前のメイカ様よろしく悔しそうな声出さないでくださいよ。今回は勝てそうですからね』
『ん、ザッパーは手負いだ。あの分ならその辺でくたばるだろう、死に様を見れんのは残念だがな。まぁよくやった。あと、お前の運のなさもよくわかった』
『そうそう。死ななきゃオッケーよ』
『こっちは全機撃破した。そんなときもある』
反省の間もなく聞こえてきた通信にクロの険しくなった顔が解ける。そう、まだ“勝てそう”であって、勝ったわけではないのだ。
「ありがとうございます。……最後の1機を処理します」
クロ機はザッパー機への一撃を邪魔した機体にゆっくりと近づいた。最初に行動を起こして以降、一切動きがないのをみるに、ザッパーを逃す目的を果たしてこれ以上戦う意味がなくなった、とかそんなところだろう。
時間が経って塵がいくらかマシになり、少し距離があっても機体を確認できた。白のYOROI、ライフルと大型ブレードを持った所謂傭兵スタイルの敵機は、クロ機の方を向いて立っている。そこそこ整備された機体だが、強そうな気配は全然伝わってこない。あまりにも無抵抗でどうしたものかと思っていると、メイカが話しかけた。
『お前、敵のクライアントだな?』
『いかにも。私は未来へ踏み出す勇気の一歩の代表をしていたデュークマンだ。君たちの強さはわかっていたことだが、いやはや恐れ入ったよ』
敵意を一切感じさせない男の声はやや上ずっていて硬い。
『雇い手が傭兵を守るとはどういう了見だ?』
『彼は私たちを勝たせるために色々としてくれた。私は私なりにしてあげられることをしただけだよ』
『それが本心なら相当おめでたいな』
『どうなんだろうね。本当は死ぬ間際になって、何でもいいから達成感を得たくなっただけなのかもしれない。理由なんて曖昧さ。嬉しさの中にも悲しみはあるし、愛おしさの中にも憎しみは存在する。自分の中でも100%確かでないのに、それを言葉にしてしまえば、もっと確かでなくなる。……ハハッ、どうでもいいことなのに、つい饒舌になってしまうよ』
デュークマンは恥ずかしそうに笑った。誰かと話をして、言葉を発していないと自らの死を意識してしまい、怖くてたまらないのだろう。おそらく駆人になってまだ日は浅い。初めての出撃で似た様子になる駆人をクロは何人か見たことがあった。
『あの状況でそのまま逃げることもできたはずだが?』
『いいや、そんなことはしない。未来へ踏み出す勇気の一歩はデレクタブルだからこそあるんだ。……西の大征伐で全部を失った。どうしてもやりきれない未練を抱えた私たちが、死に場所を求めて集まったのが初まりだから』
僕も似たようなものだな。
他人からしてみれば、取るに足らないようなことで縛られる人間を愚かだとは思わない。クロはデュークマンの言葉を聞いて率直にそう思った。ザッパーとの戦闘から冷めやらぬ興奮で少々感情的になっている。
『急速に人が増えて、いつしか目的も変わってしまったけど……そんなに甘い世界ではなかったね』
ここで、これまで棒立ちだったデュークマンのYOROIがブレードを肩部に担ぎ、半身になってライフルを構えた。そして頭部のアイライトが一度だけ強く光を放つ。
『だからさ、最後は傭兵になった身として、昔の、それから今の仲間たちに自慢が出来るように、あのザッパーに勝った君と勝負をさせてもらうよ』
『面白いな。いいだろう』
『……ありがとう。せっかくだから名前を教えてもらえるかい?』
『どうせすぐに広がる情報だ。構わん』
メイカに許可を求める前に答えが返ってきた。ザッパーには逃げられてしまったが、目の前の目標を倒せば依頼は果たされる。とはいえこのデュークマン、少し話を聞いただけなのにどうにも憎めない男だ。
せめて満足してもらおう。
「ゼンツク傭兵団、クロ・リースです」
『いずれはアイゼンさんに代わり、我が団の代名詞となられるお方です』
『おお、それは凄い』
クロは自らが強いと思われるイメージで、落ち着いた雰囲気を匂わせるよう静かに名乗った。冗談にしても波紋を呼びそうな一言を秋山が添える。そして、感嘆の後の静寂。
あとはクロとデュークマン、二人の世界である。
『……では——』
『「勝負!」』
かつては栄えていた大都市デレクタブルの一角、塵に包まれた戦場にブレードの交錯した金属音が大きくこだました。




