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傭兵より殺意を込めて  作者: やっぴー
14/17

1−4−4「お手並み拝見ですねぇ」

 薄明かりのライトに照らされた跳甲機内の操縦席、クロはただただ出撃の時を待っていた。


 切羽詰まった輸送車両の運転に揺られ、止まったかと思えば今度は長く激しい地鳴り。目では見えなくとも、忙しなく流れ続ける通信や体感から十分に戦場の空気を感じていた。


 デレクタブル近くの丘では飛び出してどこかに行ってしまいそうだった心臓も、操縦席に乗った途端に大人しくなった。これにはクロ自身とても感心したものである。


 あの時も、覚悟さえ決まっていれば。


 目を閉じて自然と脳裏に映し出されたのは学生時代、実機演習が惨劇へと変わり果てた忌まわしき初陣であった。鳴るはずのない突然の警報。訳も分からぬ状況で攻撃を受け、次々と途絶えていく仲間の通信。それより後のことは覚えていない。気づいたときには全てが終わっており、索敵の反応は教官の機体一つだけ。それ以外は何もかもが壊れていて動かなかった。


 ほとんど忘れかけていた記憶をふと思い出したのは、どんなに高機能なシミュレーションであっても味わえない実戦の緊張感に、体が反応しているからかもしれない。とはいえ何かが変わるわけではなく、今はただ己に与えられた役割を果たすのみである。


 やっぱり、僕の居場所はここしかない。


 これから十数機を相手に、敵陣へ飛び込む(めい)を受けたクロは大変落ち着いていた。


『クロの機体を出せ』


 ついにメイカからお呼びが掛かり、予備用からクロ専用の三番機に昇格した機体がモーターの唸りと共にゆっくりと持ち上がっていく。


『あれ、なんだっけ? あー……そうそう、通常モード起動っと』


 次に聞こえたのは通信で喋り慣れていなさそうな、何ともたどたどしい声だった。


「ウェス!? え、何で?」

『おう、俺だ。駆人個人のオペレーターも俺らの仕事なんだけどよ。適正があるかは実戦やんなきゃわかんねぇから、ついでにお前もやっとけって、先輩がな』

「なッ、そんな。えー……」

『情けない声出すなよ。心配すんな、聞いてらんねーってなったら代わってくれるらしい』


 そのとき、ハンガーとの接合部が外れて機体が落ちた。完全に頭の中は別のことでいっぱいになっていたが、着地ぐらいはしっかりキメる。


 機体を反転させると、モニターには今まで見たこともない灰と黒の世界が広がっていた。建物は黒っぽく、空間は白っぽくなっている。水平面より少し上にアイゼンの機体を示す反応は微妙な影のようで、目視だけではとても跳甲機だとは判別できない。暗視装置にも切り替えてみたが、それほど改善されなかった。


『ってわけで、よろしくな』


 特殊な環境に意識が向いていたクロだったが、ウェスの声で再びそちらの思考に引き戻される。


「はぁ、わかったよ。それじゃあ二人で頑張ろう」

『任せろ相棒!』


 正直勘弁してほしい。ウェスには悪いが今すぐチェンジと言いたかった。先ほどの感じからして、ウェスが教本のようなものと計器類、モニターで視線を行ったり来たりさせながら話している光景が浮かぶ。その隣では監督役の先輩が笑いをこらえてニヤニヤ見ていることだろう。これはあくまで想像だ。


 メイカや秋山を筆頭にゼンツクの緩いスタイルを受け入れてはいるが、こんな時ばかりはさすがに何とかならないものか。それほど気負ってないのは事実にしても、ウェスの初々しさ有り余って冗談のようなオペレーションにツッコミを入れる余裕はない。ウェスが隠された才能を遺憾なく発揮してくれるか、逆に酷すぎて監督役の先輩の笑みを消し去るか。とにかく極端に振れることを願った。


 クロ機は起き上がったハンガー脇の大型ブレードを取って両手でつかみ、一通り素振りしてから正面に構えた。


『手早く効率良くってことでメイン武器は近接だけだ。お前の大好きな大型ブレード2つな。あとサブでいつもの』

「別に大好きなわけじゃあないけどね」


 もう一本のブレードは右肩部に縦ではなく、横向きに固定されていた。重心が高くなり、右にも寄っていて安定感はないが、代わりに機体の瞬発力が増す。大型ブレードは重く、積載量の限界いっぱいなのでライフルの一本さえ持てない。持っていたとしても、この視界ではシステムのロックオンに頼らざるを得ないので役立たずだ。そのようにして武装やシステムなど、本作戦でのクロの役割にあった調整が成されていた。


「機体に異常ありません。クロ・リース、いつでもいけます」

『ん、突撃だ。全部食っていいぞ、派手にかましてこい』

「了解ッ!」


 クロはグリップの感触を確かめるように2、3度握り直すと、走行を行うべく手足の感覚に神経を集中させていった。動かす度合いによる操作に一切の遊びはなく、微かに力を込めるだけで機体はそれに答えてくれる。


 現在陣を展開している場所から建物をいくつも跳び越えていくと、車線が複数ある広い道路に出た。ここで一度立ち止まり、ターミナルを目指すために中心の方を向いた。


『何も見えねーのにわざわざ跳んでいくのかよ。事故ったら洒落になんねーぜ』

「大丈夫、移動する辺の地図は大体わかってる。実機は初だからちょっと馴らしたかっただけだよ。でもこっからはまっすぐ」

『そうみたいだな。ただ車両が転がってたりしてコケるかもしれねー。この塵のせいで索敵も弱まってる。あんま急ぐなよ』

「フフッ、了解」


 敵の攻撃以外での損傷を気にしまくる通信が斬新で、思わず笑ってしまった。整備の苦労はわからないでもない。“了解”を聞いたウェスは興奮した様子で、落ち着いた配慮あるオペレーションを先輩に自慢している。しかし、移動を再開したクロ機は障害物のない直線道路で走行を始め、次第に速度を増していった。


 ごめん、割と急ぐよ。


 走行でとばしている理由は2つ。視界を制限された戦闘において、自機の索敵だけでは多少心許ない。現在アイゼンが索敵機を撃っているが、補給分を合わせてもそう続くものではないので、早く着いて活用したいのが一つ。また、距離が離れている段階から敵に見つかるのは避けたい。少しでも索敵に掛からないためには周囲の建物よりも低く移動する必要があり、鋭い跳躍は都合がいい。


 これを説明して理解してもらうのは面倒だ。速度が出ていることに対するウェスの疑問を適当に流しながら、クロは心の中で謝った。


 左右に影、正面は若干明るく塵の舞う景色はどれだけ進もうが変わらない。もはや自機がどのあたりにいるのかさえわからない。アイゼンの索敵によって表示された敵機反応との距離だけが近づいていることを示す唯一の証であり、それだけが頼りである。短い間隔で激しく揺られるクロは特に意識を割かれる事もなく、ただ目の前に広がる灰色の虚空を見つめて接敵に臨む。


 

 入団から数日後、初めて訓練をするクロを呼びつけてメイカは言った。


『お前が初日にシミュレーションで用いたシステムは私が初めて作ったもので、アイゼン達が乗っていたものとは異なる。あまりに性能が違うと戦闘どころではないと思ってそうした。そしてこれからは最新版のシステムに(こな)れてもらう必要がある。このシステムは間違いなく大陸の中で最高だ。様々な要素を犠牲にして速度の一点だけを極限まで高めている。触ってみればわかるはずだ』


 ゼンツクのシステムは慣れるまで苦労したものの、一度馴染んでしまえば従来のシステムで操縦するのが億劫になるぐらい快適だった。メイカが自慢する反応速度は本物で、トリガーやペダルの入力を受けてから機体が動くまでの時間がとにかく早い。初めて歩行したときは思っていた間隔と合わずにコケてしまったほどであった。他のシステムと比べてのコンマ数秒が、駆人にとってはあまりにも大きな差となる。


 だから大丈夫だ、誰が出てきても僕は負けない。


『11時方向、最短の敵機まで500。付近に……数2?』


 敵機反応の数字が小さくなってきて、ウェスが微妙な報告を入れた。一番近くの反応はもっと近くにあるが、これは動いていないので索敵ダミーの可能性が高い。ウェスの告げた反応が最も近い敵機とみていいだろう。ダミーを見抜ける余裕が出てきたのは良い傾向だ。


 視界良好であれば、索敵は届かずとも視認されているような位置に反応も見えるが、未だ気づかれずに接近できている。リムの攻撃によって多くの敵機が一斉に動くので、音での発見も難しくなっているようだ。このままいけば最初の一撃は無警戒の状態で入れられる。


「敵を倒したらすぐに次に近い敵機の方向だけ教えて」

『ま、任しとけ』

「頼んだよ。じゃあ、強襲いきます!」


 クロ機は速度を保ったまま左に大きく跳ねる。建物を飛び越える途中で敵機らしき影が見え、索敵の反応と重なった。


「敵機視認!」


 敵機はいきなり現れたクロ機に動揺しているのか、動きを見せない。反撃が来ないのはわかっていたことである。ブレードを胸部の位置で固定したまま敵機の目の前に着地し、落下の勢いだけで頭部から胸部にかけてを引き裂いた。接触によって発生する腕部からの衝撃に確かな手応えを感じる。裂け目からは黒い液体が勢いよく噴き出し、付着してブレードや機体を汚していく。胸部にブレードがめり込んだ状態の敵機は完全に沈黙した。


 跳甲機はシステム、主機、そして何より駆人の操縦で動いている。損傷を主機にまで与えると機体が爆発する確率が高くなるので危険だ。近接武装で一撃離脱を繰り返すのなら、装甲一枚隔てた向こうにいる駆人を狙うのが確実であり、一番効率が良い。


『12時、正面』

「視認」


 真後ろにもあった反応をウェスは索敵ダミーと判断したらしい。悠長に確認するほどの余裕もないので、ここはウェスを信じる。クロ機は流れるように敵機を蹴り飛ばしてブレードを引き抜き、切っ先を次なる敵へ向けて全速で突撃した。影はくっきり見えていて距離は近いが、まだクロ機の方を向いていない。システムに捉えられてロックオンが完了する前に刺し貫く。


 しかし敵機はクロ機の接近を警戒し、間をとる跳躍で反転してライフルを放った。


「うッ!?」


 機体を伝わって操縦席に届いた嫌な音に変な声が出てしまった。確認すると右脚部に被弾していた。幸いなことに異常はない。当然当たらないものと確信した攻撃だけに、思うところがないわけではないが、即座に割り切って気持ちをもち直す。


「お返し!」


 素人に毛が生えた程度の跳躍がクロの前進に対抗できるはずもなく、瞬く間に距離は詰まった。敵機を貫く直前で急停止し、勢い余って機体がぶつからないように調整。ブレードは胸部を突き抜け切らずに止まってしまったが、敵機のライフルから次弾は発射されない。すぐに軽く後ろに跳んで敵機から得物を抜く。滴る液体が刃先の軌跡をなぞるように落下して道路に線を引いた。


「よし、次」

『9時だ』


 クロ機は指示と同時に進行方向へ跳躍し、一切の躊躇いなく走行を開始した。ブレードはなるべく胸部の前から動かさない。振り回すとそれだけ機体の重心も振られてしまい、次の行動へ移るのに一拍遅れる。この遅れが命取りだ。敵はクロの侵入に気づいており、索敵の届いている機体が1機でもあると、位置を特定され続けてしまう。軽快に撃破していかなければ、すぐに包囲されて終わりである。


 敵機の反応は進行中の道路上、距離はまだ離れている。途中に障害物が存在するはずもなく、クロの機体は敵機からも探知されているだろう。このまま突っ込むのは自殺行為である。今こそ駆人三人で毎日共同訓練している成果を見せる時がきた。


「リムちゃん、前!」

『はいはーい、見つけたよ。タイミングよろしくー』

「始めてどうぞ。2発で大丈夫です」

『オッケー!』


 リムに牽制してもらい、敵が足を止められなくなったことで、ロックオンが有効に働く射撃姿勢を崩す。これまで遠くに聞こえていた砲弾の着弾音が急に近づいた。おそらくクロの意図した敵を狙ってくれている。実戦初の連携はうまくいきそうだ。待ち構えての攻撃さえ防げば、この視界で致命傷を受ける確率はほとんどない。クロ機はさらに速度を速めると、敵機の反応に猛進していった。



 目標に対して、建物を挟んでいようがとにかく最短で接近。即座に撃破して敵の索敵から自機の反応を潰しながら、クロ機はターミナルへと近づいていく。町の中心部付近になると建物の背が高くなり、道路での移動を余儀なくされた。それでも全速の奔走を続け、ほぼ無傷で7機を行動不能にさせたのだった。


『7時。あ、消えちまった。結構遠かったぜ』

「うん、見えてた。けど……」


 ターミナルに到着して間もなく、ついに味方からの支援が途絶えた。モニターに出ていた反応のほとんどが消えて、付近のものだけが残る。視界のない戦場に響き続けていた豪快な砲撃、着弾音も聞こえなくなった。


『索敵ランチャー残弾なし、これよりクロの援護に入る』

『あいつはもうターミナルだ。援護急げ』

『こっちももう打ち止めだよ。クロちゃんガンバー』


 メイカ達の通信を耳に入れながらも、戦闘は継続していた。クロが単機で中心部に向かっていることは誰が見ても明らかであり、実際に敵はこの場所に集まってきている。


『さて、ここからお手並み拝見ですねぇ』

「危なくなったら逃げてアイゼンさん待ちます」

『うむ』

『そう遠慮するな。残さず食え』

「……はい」


 今しがた倒した敵機の不能を確認すると、クロ機はターミナルの開けた空間から伸びる一本の道路の前に立った。赤黒く染まったブレード構え、この先にいるだろう敵機を見据える。その影は未だ見えてこない。


『行かねーのか?』


 反応が消えるまでは確かに近づいて来ていたが、この間に指示が出て待ち伏せているかもしれない。直前に嫌な気配を感じ取ったクロはそんな気がしていた。索敵の支援がなくなった途端にこれでは先が思いやられる。しかし、直感を無視するわけにもいかない。迷いが生じた時点でこの選択はなしだ。


「んー、やっぱりこの敵は後回しで。次——」

『6時! クロ後ろだ!』


 警戒していたこともあって、索敵に現れた反応には瞬時に対応することができた。ウェスの叫びとともに反転して影を視界に捉える。突如出現した反応は急激に距離を縮め、すぐそこまで迫っていた。


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