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傭兵より殺意を込めて  作者: やっぴー
13/17

1−4−3「次はない」

「デレクタブルに入りました。ターミナルまで距離6500です」

「速度は維持しろ。指示を出すまでは突っ切れ」

「了解っす。揺れますから気をつけてくださいっすよ」


 ゼンツクの車両群はメイカの乗る指揮車両を先頭に、敵が控えている中心近くのターミナルに向けて走る。瓦礫の多い住宅街の間の道を事故らない程度にとばしていく。近くを跳び回るアイゼン機が着地するたびに車体に振動が伝わってきた。


『敵さん、依然として動きがありません。待ち伏せの心配はなし、お好きにどうぞであります』

「ん、こっちはそろそろ住宅を抜ける」

『了解。ばっちり見えているであります』


 山本からの通信が入った。諜報部隊の報告はすべて一度山本を通して、伝達する必要があると判断した情報だけがメイカ達に伝えられる。遮蔽物の多い市街地戦では諜報部隊が戦況を見渡す目となるので、情報伝達の遅れがそのまま対応の遅れにつながる。しかしメイカは情報の発信元を絞って、いつでもわかり易さを優先していた。


 それにしても、こちらの出方を見てから対応しようとは小生意気な連中である。


「これを考えたのはザッパーだろうな。あいつも伊達にゴロツキ傭兵共のボスを気取っているだけのことはある」

「おかげで後出し合いになってしまいましたねぇ。これではお互い睨み合って名乗るような絵になる場面もないでしょうな」


 相手は機体をギリギリまで出さないことで、メイカたちが取り得る行動の幅を狭めてきた。ゼンツクが早々に機体を出して向かってしまえば、その構成を見てから優位に立てるような武器や仕様に換装する時間は十分にある。何より、作戦エリアと車両群が離れる分だけ不足の事態に対応できなくなってしまう。故に輸送車両ごと奥へ行かなければならない。これによって撤退のリスクが高まり、作戦の失敗はすなわち死を意味する。


『敵さん、ついに跳甲機の展開を始めたであります! 敵機、続々と出撃中!』


 やっと来たか。


「全車両進路変更、所定の位置に向かえ!」


 メイカが声を張り上げると、指揮車両は次の交差点を速度を落とさずに右折した。粗々しい運転で頭を揺すられるが、こればっかりは我慢するしかない。


 ここが恐らくザッパーの考えた車両が即座に反転しても逃げられないラインだ。これまで通って来た道は大きな瓦礫も落ちていて速度を出すのは難しく、跳甲機には確実に追いつかれる。今出撃中の何機かは必ず車両を狙ってくるだろう。包囲網を敷くために部隊を分ける可能性もある。メイカは敵の攻撃パターンを頭の中でいくつもシミュレーションして備えた。


『出てきた機体数は置いといて……えー4機が先行中、後続も確認。全速で団長の方に向かっているであります』


 続けざまに山本の報告が来た。まずは読みどおりである。


「接敵の予想時間は200秒です。有効射程を考えればマイナス10秒ぐらいでしょうか」

「余裕だ。到着したらすぐにリムの機体を出せ」


 ゼンツク一行は所定の位置へと急いだ。目指すポイントである建物の上に立てば、高いビルに囲まれているターミナル付近を直接見ることができる。そこは諜報部隊の綿密な調査によって発見した絶好の狙撃場所であった。


 後出しの争いは既に終わっている。ここからは部隊を展開する場所と速さの勝負だ。特にゼンツク側は車両群を防衛する意味でも、攻めの起点となる場所は重要となる。


「到着っす」

「ッ……!」


 急ブレーキが掛かり、メイカの首が一際大きく振れた。正直今のは危なかった。否、微妙な違和感を感じるあたり、ダメだったのかもしれない。それでも、秋山が笑って見ているのできっと大丈夫である。


『機体に異常なーし。オッケーいっちょやったるよ!』


 すぐに輸送車両の起き上がったハンガーからリム機が降ろされ、生き生きとした叫びで動き出した。目的の場所へは直接行けないので、近場の屋根を跳び移りながら軽快な動作で上がっていく。これこそ跳甲機の強みだ。先の一戦の負け惜しみではないが、跳躍はやはり跳甲機の重要な機能である。


 リム機は無事にたどり着くと、床にバンカーを打ち付けてキャノンを構え、盤石の射撃姿勢を整えた。


『俺も出る』


 両手にライフル、肩部に大型ブレードと索敵ランチャーを装備したアイゼン機が接近中の敵部隊方向へ大跳躍した。これでゼンツクの部隊展開は完了である。


 リムのいる前方は開けた直線の長い道路で、その脇にはちょうど跳躍で超えられそうな高さの建物が隙間なく並んでいる。建物の屋根を伝って来るならリムが、道路を進んで来るならアイゼンが対処できる。先行部隊を迎え撃つ布陣は万全だ。とりあえずしばらくはこの二人に頑張って貰えばいい。


 余裕のできたメイカはデレクタブルの全傭兵たちに通信を飛ばした。


「あーあー、聞いているか、ケチな貧乏傭兵共。私は傭兵団ゼンツクのメイカだ。今から未来へ踏み出す勇気の一歩と一戦交える。それ以外の奴に用はないが、出てきたら容赦なく潰す。死にたくなかったら大人しくしていろ。以上だ」


 名前が知られているというのはこういう時に便利だ。細々と生きる傭兵にとっては戦場で出会いたくない相手だろう。ミライからゲリラ戦を仕掛ける命令が出ていたとしても、しけた報酬に命を張る者がいるとは思えない。これで十分な予防線が張れた。


『おーすメイカ、死地に踏み込んじまったのにえらく威勢がいいな。それとも気づいてねぇのか? おめぇはもう逃げらんねぇのよ、今日でゼンツクは終了な』


 いつか聞いた鬱陶しい声が耳に届いた。ザッパーである。通信が来るなら普通はミライの団長だが、この男であれば貧乏な弱小クライアントぐらい支配下に置いていそうだ。敵からの下らない通信は無視することも多い。しかし、この一戦に関しては戦況に応じて煽りを挟むのも悪くない。メイカは努めてふざけた態度で対応した。


「そうだったか。負けることなど微塵も考えてなかったから知らなかった。礼を言おう」

『……じゃ、余裕がなくなってく様子でも拝ましてもらうわ』


 そこでちょうど先行していた敵部隊4機が遠くの交差点を曲がって姿を現した。デイが3機に“筍一号”が1機。エンブレムもなければ、所々塗装が剥げていて見窄らしい。このいかにも弱そうな部隊は恐らくミライだ。ホルテンジアの傭兵ならば、もう少し見た目に気を使うはずである。


 さらにいえば、筍系を開発した“シトロン”は跳躍機関の技術に秀でており、その機体は山中や岩場などの足場が安定しない場所で真価を発揮する。市街地戦では利点を生かせないどころか、まして筍一号は自動制御を嗜む駆人に扱える代物ではない。ひとつでも何か褒めるとしたら、それは事故りやすいデイに乗り込んだ勇気ぐらいである。


『しっかし呑気にキャノン構えてていいのか? 前に出てるエースのアイゼン様は万全じゃねぇんだろ? 間を抜かれて即決着ってのは詰まんねぇから止めてくれよ』


 なるほど。そこまで知っているか。


 ゼンツクに強者の駆人アイゼンありというのは周知されていることだ。しかし、その絶対的エースは扱う機体に対して繊細なところがあって、操縦に違和感がある状態では、満足に力を発揮できない面倒な一面をもつ。メイカはこれまで知られているとは思わなかった。前回の作戦で機体を損傷した一番機は左腕部を取り替えたのだが、未だその調整に手間取っている最中だ。故に本作戦でアイゼンは補助的な役に回っている。


「心配ない。丁度いいハンデだ」

『対処する』


 アイゼン機が道路を直進し、ライフルの有効射程まで詰めていく。アイゼン機が迫ってきたことで敵部隊は動きを止め、同じくライフルによる先制攻撃を仕掛けた。気にせず突っ切っても簡単に当たる距離ではないが、即座にアイゼン機は大きく右に跳んだ。建物を挟んだ反対側の道路に移るらしい。その行動は完全な状態に比べると、どこか少し消極的に感じられる。


 アイゼン機の軌道をなぞるように敵部隊の銃口が動いたその時、筍一号の胸部にキャノンの砲弾が直撃した。高所から角度をつけて貫通した弾は道路に刺さって、その残骸を飛び散らす。直後、風穴の空いた敵機は爆散した。


『私もいるんだから無視しないでね。ボケっとしてたら呑気に構えたキャノンでぶち抜きまーす』


 リム機に意識を向ければアイゼン機への対応が疎かになり、その逆もまた然り。そこいらの傭兵は実戦で跳甲機の操縦を学んできたといえば聞こえはいいが、要は己の体を動かす感覚で操縦できるほど技術が成熟していない。複数のことに意識を割いたり、思いどおりに動かせてもらえない状況では、著しく能力が落ちるものだ。


 一瞬にして目の前の機体がやられた残りの敵3機は、取り乱して屋根や道路に散開した。それをアイゼン機は装甲の薄い背中側に回り込んで、ライフルを軽々と命中させていく。追撃によって逐次敵機は刈り取られた。


『ターミナル上に敵機発見!』

『実はそいつもう狙いつけてたんだよー、ねッ!』


 一方、リム機はターミナルの陰に姿を覗かせた遠距離武装の機体の半身を大破させた。損傷する直前に放たれた敵の砲弾は、リム機を狙っていたか疑わしい程逸れ、町の瓦礫を増やした。操縦の技量に加えて、慣れない武器を使えばその差は歴然である。とはいえ、索敵も届かないノーロックでの撃ち合いを一発で決めるとは、リムの狙撃もなかなか様になってきた。


「見たか。ウチのリムは確かに大した狙撃技術はないが、お前たち相手に外すほどでもない。今のアイゼンでも雑魚の露払いにはもってこいだな。このまま小出しに部隊を送って隙を突くつもりなら無駄だ、止めておけ」

『アッハッハッハ、あんなのやったぐらいで、おめぇらおめでたいわ。今のは挨拶代わりの小手調みたいなもんよ』

「ほう、それで今度はどうする?」

『焦るな焦るな、もうすぐあの世に送ってやるよ。次でゼンツク終了な』


 ん、ここまでか。


 表面上では余裕があるように装うザッパー。ただ、何となくこれ以上はあまり趣向を凝らしたものは見れないと思った。それなりに楽しめていたザッパーへの興味も、2回目の“ゼンツク終了”を聞いて冷めていくのを感じた。


『団長、後続の部隊が停止したであります』

「恐らく一度立て直してから数に物を言わせて包囲でもしてくるでしょうねぇ」


 山本の報告を聞いて、メイカの変化を感じ取った秋山がつまらなそうに漏らした。


「総数は?」

『敵の出撃数は、えー……16機であります』


 その数の機体に包囲されてしまえば、いくら実力差があろうと車両を守りながら戦うのは厳しい。しかし包囲するまでに時間がかかるだろうし、こちらには敵情を逐一報告する目もある。メイカは敵が移動する隙を突きながら奔走して、各個撃破する様子を少しだけ思い浮かべてみたが、あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎて途中でやめた。


 駒を動かし合う戦術ごっこも、これで“終了”か。


「次はない」


 メイカはザッパーに向けて短く強く言い放った。


『はぁ? どういう意味だよ』

「今度はこっちから奇襲をかけよう。最後の思い出に、壮観な景色でも見せてやる。精々楽しみにしておけ」


 対してザッパーがやかましく吠えているが、もうメイカの耳には意味のあるものとして届かなかった。これ以上の茶番に意味はない。後は奴が直接出てくるのを待つ。果たして駆人としての実力はどの程度であるのか、どのように散っていくのか。残りのザッパーへの興味はこれくらいだ。


 次の行動に移るべく、メイカは戦場の各々に端的な指示を出した。


「聞いていたな、仕掛けるぞ。リムはマークしたビルを狙え、一発で落とせるはずだ』

「敵もさぞ驚いてくれると思いますよ」

『はいはーい、ついにいきますか』

「クロは条件が整い次第機体を出す。突撃して場を荒らしてこい」

『了解です』

「アイゼンは索敵だ。待ち惚けているターミナルの奴らを晒せ。弾が切れたらクロの援護だ」

『承知した』

「それから山本、今までご苦労だった。撤収していいぞ」

『了解。でもどうせ待ちますし、そちらの警護を増やしておくであります』

「移動の際はお気をつけください」


 これから戦場は変曲点を迎え、決着の時へ向かって急速に状況を加速させていく。メイカは大きく息を吸って声を張り上げた。


「よし、始めろ!」


 リムはターミナルから少し外れたビルの中層あたりに照準を合わせると、躊躇いなく砲弾を発射した。着弾した瞬間にその階だけが爆発してビルが分断され、上が下の部分を潰しながらスロー映像のようにゆっくりと倒壊していった。それと同時に真っ黒の粉塵が舞い上がり、道路に沿って高速で町を飲み込んでいく。


 ビルが崩れ切るまでは呼吸するのも忘れてその様を見守った。轟音と共に激しい地鳴り続き、否応にもメイカの落ちかけていた気分を急浮上させた。他の団員も言葉を忘れたかのごとく単音のみを発している。“壮観な景色”を見せてやるとは簡単に言ったが、こうもうまく町を覆ってくれるとは素晴らしい。


 これにはさすがのザッパーも満足してくれたようで、通信の設定を切り替えるのも忘れて愉快な仲間達に怒号を飛ばしている。


 地鳴りが治まると、ようやく皆が動き始めた。黒い塵の壁は既に近くまで迫っている。アイゼン機は近場の屋根に上ると、ライフルと右肩部の索敵ランチャーを入れ替えた。そして、遠くへ飛ばすために大分上を向けて撃った。


『索敵きたよ! 敵の反応がバーッと……って多すぎでしょ!』


 上空を通過する索敵機から発見された敵機の位置がモニターに反映されていく。塵で何も見えない中、モニターには明らかに予想される以上の反応が示されていた。しかし、視界が制限されてから敵が急に出撃させたとは考えにくい。


「チッ、索敵ダミーまで用意していたか。なかなか金があるな」

『で? どうすんのよ。しかもなんかノイズ多いし』

「塵の影響だ。別に見えているなら構わん、撃ち尽くせ」

『はいよー、それじゃあ砲撃スタート!』


 リム機は特に気にすることなく、ターミナル付近に対して遠距離攻撃を開始した。


『おー動きまくってる。でも残念、そしたら本物ってバレちゃうんだよねー』


 アイゼン機が索敵ランチャーを継続的に撃つことで、リムがその反応を頼りに撃ちまくる。突如視界を奪われた上に、キャノンで狙いをつけられているとわかったら生きた心地がしない。案の定、敵は動き回ってしまい、索敵ダミーの意味をなくしていた。


 景気良く砲撃を続けていると、塵の壁がゼンツク一行を通過した。衝撃の代わりに、跳甲機のモニターが一面灰色に変わり、黒い細かな無数の粒が空間を漂っている。やはりこの中ではほとんど何も見えない。おまけに味方機の反応も弱まった。これで敵味方ともに見張りの意味はない。さらに敵は混乱の最中にある。


 襲撃の準備は整った。


「クロの機体を出せ」


 敵は当然ゼンツクの輸送車両の数が出撃数と合わないことに気がついているだろうし、この絶好の状況を砲撃だけで終わらせるはずがないこともわかっているだろう。ここでクロが返り討ちにあうのも想定の内にはある。最悪死んでしまったら、所詮はそれまでの男だったということだ。作戦に支障はない。


 だが、それはあくまで考えておくべき想定の話。


 絶対に作戦を遂行するだろうという予感がメイカにはあった。あのシミュレーションでのクロの操縦を一目見て、言葉では言い表せぬ何か光るものを確かに感じ取ったのである。結局あの時はアイゼンにも届かなかった。それでも、理論や証拠に基づくものではない。所謂女の勘とかいうやつだが、奴ならばメイカは己の野望の一端を託せれるかもしれないと思った。


 それに、根拠のない予感ほど当たれば存外嬉しいものである。


『機体に異常ありません。クロ・リース、いつでもいけます』

「ん、突撃だ。全部食っていいぞ、派手にかましてこい」


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