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傭兵より殺意を込めて  作者: やっぴー
11/17

1−4−1「なら私は襲撃だ」

 昼下がりの日中、メイカと秋山は基地を出て傭兵溜まりを歩いていた。


「こうやって歩いていると、ショッピングに出かける仲睦まじい親子に見えませんかねぇ」

「ここだとお前が私を買ったようにしか見えん」

「なるほど。ではその設定でいきましょう」


 ホルテンジアは大きく分けて3つの区画に分かれている。サザン川に近い倉庫街、陸に向かって一般市民が生活を営んでいる中心街、その奥にはスラムが形成されている。傭兵溜まりは倉庫街と中心街の境界辺りに存在する。大陸に根付いてきた傭兵という職業であるが、やはり平和を願って暮らしている人間が大半の世の中、印象は決して良いものではない。そうしたことから、傭兵が中心街に行くことは滅多になく、中心街から治安の悪い傭兵溜まりに来る物好きもいない。


「依頼屋、ここに来るのも半年振りですか」


 二人は目的の場所に着き、足を止めた。周りと大差ない木造2階の建物で、玄関口は多少立派な両開きの扉になっている。秋山は過去を思い出しているのか、懐かしそうに顎髭をさすった。


 依頼屋は傭兵に依頼された荒事を紹介する。顧客と傭兵から仲介料を貰って依頼と傭兵を引き合わせるのである。ゼンツクも初めのうちは依頼屋を利用していたが、ホルテンジアで名を上げてからは個人依頼が次々と入り、顔を出すことは少なくなっていった。


「私が行ってきますか? ……あまり歓迎はされないでしょうからねぇ」

「関係ない。お前は黙って付いて来い」

「かしこまりました」


 扉を開けようとしたところ、中からガタイのいい中年男が出てきた。愛想よく笑った秋山を睨んだ男だったが、メイカの姿を見た途端、顔を背けて去って行った。男の姿を目で追っていると、少しして路地から出てきた女と合流した。


 あいつは、もしかして。


 背格好など、昨日ウェスから聞き及んだ女の特徴と合致する。遠くて定かではないが、女の方もメイカのことを見ていた気がした。


「メイカ様?」

「なんでもない」


 勢いよく両扉を開け放って中に入った。屋内には先程すれ違った男と同じ、屈強そうな男達がそこら辺にいる。依頼書の張られた壁の前で腕を組んで唸っている者。並べられたテーブルで武勇伝を語って酒盛りしている集団。その隣では作戦のブリーフィングを行っており、奥に設けられたカウンターでは受付嬢が暇そうに自らの手先を眺めている。相変わらず、いつ来ても依頼屋は賑やかい。


 扉が開いたことで、数人がメイカ達の方を見た。全員が即座に顔を戻す。その流れは波のように伝わり、すぐに屋内の喧騒が鳴りを潜めた。そんな中、テーブルを囲む男4人の一団がメイカ達を尻目に、あえて聞こえる声量で話を始めた。


「おいおい、まさかな」

「間違いねぇ、ゼンツクのメイカだぜ」

「天下のゼンツク様がこんな所に何用だぁ?」

「知らねぇのか。あの鋼鉄の棺に正面からやりあってボッコボコよ」


 メイカは近くの席に座って茶番を眺めた。どこの馬の骨とも知れない若い連中である。最近調子が良くてイキっているのだろうか。肥溜めで暮らす身の程を知らぬ雑魚の戯言ほど腹の立つものはない。


「それだけじゃねぇって。守備部隊を盾にしてトンズラこいたらしいぜ」

「怖ぇ怖ぇ、そりゃ依頼も来なくなるわなぁ」

「んで、ここに逆戻りってわけか」

「今までの戦績だって、運が良かっただけのことよ。所詮は見た目どおりの甘ちゃんに過ぎねぇ。ようやくメッキも剥げてきたな」

「なんだ、お前の髪と一緒か!」


 そこで一団は揃って下品な笑い声を響かせた。用意した拙い寸劇はこれで終わりらしい。思わず釣られてメイカも口元が歪む。目だけを動かして秋山を見ると、申し訳なさそうに首を横に振った。1発ぶん殴らせろというメイカの要求は秋山の判断によって見送られてしまう。今ここで乱闘が起こったとして、屋内の誰がどちらに加勢するかわからない。秋山1人で戦闘能力皆無のメイカを守るのは不可能である。


「メイカ様」

「安心しろ、これくらいは弁える」


 この地は仮にも帝国の治めるホルテンジアだ。傭兵溜まりは多少融通が利くとはいえ、罪を犯せば普通に捕まるし、中心街の外ではその場で衛兵に射殺されることも少なくない。


 顔は覚えた。外であったら絶対殺す。


 心の中で一団に向けてそう吐き捨てた。煽られたらやり返すのが嗜みというものだ。諜報部隊に死体を持ってこさせるのでは面白くない。


 メイカが何もしないとわかると、屋内は再び騒がしさを取り戻していた。なおもへらへらしている連中に見切りをつけてカウンターに向かう。


「ジョイを連れて来い」

「はーい、お待ちくださいね」


 受付嬢はダルそうに返事をして店の奥へ消える。そしてすぐにジョイが現れた。


「ミスメイカ! お久しぶりです。噂は聞いてますが、元気そうで何よりです」


 太った体を小洒落たスーツで包み、似合わない丸眼鏡が印象的だ。眼鏡を押し上げた額には汗が浮いていて、何とも暑苦しい男である。最後に見た姿とまるで変わっていない。


「ん、来たかブタメガネ」

「毎度クレイジーな挨拶をどうもです。機嫌悪いのですか? それに、眼鏡ならミスメイカも掛けてます」

「一緒にするな。いいか、私は眼鏡を外したとしても私だ。だが、お前の丸顔に合ってないその眼鏡を外してしまった場合、私はお前を認識できん。つまり、その眼鏡はお前の存在たり得るのだ」

「はいはいはいはい……はい?」

「そんなことはどうでもいい。依頼だ、依頼書を見せろ」

「相変わらず人使いの荒い方です。ちょっと待っていてください」


 ジョイはカウンターを出て一面に依頼書が張り出してある壁に向かった。通常は傭兵自身が見合った依頼を探してカウンターに持ち込むのだが、ジョイはゼンツクの現状をわかっている。それならば、ここの依頼を管理している者に任した方が手っ取り早い。


「このくらいでどうでしょう。お勧めもあります。是非受けてくださいお願いします」


 カウンター越しに戻ってきたジョイが数枚の依頼書をメイカの前に置いた。早速内容の確認に取り掛かる。報酬が安いものは論外、仕事の期間が極端に長いものも今は避けるべきだ。そうして、受ける気のない依頼書を適当に放り、舞ったところを秋山が掴んでジョイに返した。


 一枚づつ最後まで読んでおいしい依頼を探す。当然楽な内容で高い報酬を得られる依頼を受けるに越したことはない。とはいえ、あまりに都合の良い依頼は、想定外の事態が潜んでいる可能性が高いのでスルー安定だ。


「あれ、誰かと思ったら……おめぇ、メイカだろ」

「あぁ?」


 呼ばれたことに内心驚いた。先ほどのような間接的な挑発はあっても、直接声をかけられるのは珍しい。メイカはゆっくりと振り返った。髪の縮れた長身の男がカウンター近くのテーブルに腰掛けてタバコを咥えてる。


「お、やっぱりね。てか、マジでガキなんだな」


 いつの間にか屋内がまた静かになっていた。故にこの男もメイカと同じ立場にあるのだろう。ここで見る顔馴染みと戦場で出会えば、その者の力を体感でき、その力は周囲に知れ渡る。そして、いずれは厄介な商売敵として避けられるようになる。屋内の全員がメイカ達の動向に注目しているのがわかった。


「へぇー、目は据わってるな。度胸がいい、顔もいい、なかなかいいね」


 男がメイカに顔を近づけて言った。一々偉そうな喋り方が鼻につく。気づけば片足に重心が行き、拳にも力が入っていた。半年前には見なかった顔だ。おそらく別の地区から流れてきたのだろう。傭兵生活は長そうだ。


「おーミスターザッパー、今日もようこそです。しかし、彼女にその、ちょっかいを掛けるのは少し控えた方がよろしいです、よ?」


 後ろに立つジョイが消え入る声で言った。慌てふためき困り果てている様が容易に想像できる。騒ぎが起きて衛兵でも来ようものなら、色々と掃除が大変そうだ。


「この店回してやってる俺様に文句でもあんのか? 店長さん」

「いやいやいやいや、滅相もないです」

「おめぇは黙って俺に依頼をよこしときゃいいのよ。そしたらここも安泰だろ」


 ザッパーと呼ばれた男に目を向けられると、ジョイは簡単に黙ってしまった。


 なるほど、所詮はお山の大将か。


 メイカはザッパーをそう評価した。周囲から一目置かれる頃には、傭兵と直接契約する個人依頼も舞い込んでいるはずだ。個人依頼の報酬は依頼屋とは比較にならない。それをこなしていけば、自然と依頼屋から足は遠のいていく。しかしザッパーは個人依頼に見向きもせず、小規模で安全な戦場を駆け回っては勝ちを拾っているようだ。そして、帰ってきて三流傭兵相手にでかい顔をする。なんとも楽しそうな生活を送っているではないか。


 是非ともぶち壊してやりたい。


「よう、来たかザッパー」

「あ? おう」


 ザッパーの惨たらしい死に様を妄想していると、例のバカ4人組が近づいて雑に挨拶を交わした。相変わらず舐め腐った視線を向けてくる奴らだ。煽りだけは一人前である。


 これでザッパーも一匹狼ではなく、順調に自らの勢力を築き上げているということがわかった。しかし所詮は烏合の衆。相当な個の実力がなければ、組織である傭兵団には敵わない。そこまで警戒する相手ではなさそうだ。


 メイカが依頼書片手にひそひそと話をするザッパー達をを観察する中、ついにザッパーが一歩前に出てメイカに顔を向けた。連中から若干緊迫した空気が醸し出される。久しぶりに訪れたこの依頼屋で何を吹っかけようというのか。


「よく聞けよメイカ、おめぇらの時代はもう終わってるんだわ。ボロ負けしてずり落ちてきたおめぇらが、偉そうにのうのうとまたやり直そうとしてんのを、俺らはちょーっとばかし気に入らねぇのよ」

「ん、それで?」

「おとなしく出て行けよ、この町の支配者は俺一人で十分だ。まぁ、納得いかねぇのなら相手になるけどな」


 この啖呵を聞いて、固唾を呑んで様子を伺っていた屋内の傭兵達が一斉に歓声を上げた。この雰囲気、野次馬ではない。あらかじめ屋内をほとんど身内で固めていたようだ。ただならぬ空気に受付嬢は奥へ引っ込んでしまった。


 そんなことより、今はこの男である。ずっと考えていた台詞が言えて満足したのか、何とも嫌らしい表情を浮かべている。


 ザッパーは自身が台頭する以前、同じような立場にあったゼンツクを打倒することで、縄張りであるホルテンジアでの地位を確立できる、と考えているのだろう。時代だの支配者だの突っ込みたい部分は色々あるが、そのあたりは奴なりの事情あってのことだ。さして興味もない。しかし当のゼンツクはといえば、アイゼン機が未だ修理中、リム機も調整を終えていない。この男は確実にメイカ達の実情を知っていて、その上で今が好機と一世一代の勝負を仕掛けてきたのである。


 面白い。欲望に忠実な奴は嫌いじゃない。実にたぎる。


「フフフ、フハハハ! ハッハッハッハッハッ!」


 メイカは堪えきれなくなり、大口を開けて笑った。


 受けて立つとしよう。


 依頼屋にはまたしばらく世話になる。相手も考えずに煽るバカもいることだ。ザッパーにはちょうど良い晒し首になってもらうことにした。


「おいおいどうした、決める前におかしくなっちまったってか?」

「それなら俺が今相手してやってもいいんだぜ?」

「まぁ待て」


 高笑いに耐えかねて、近づいてきた取り巻き達を手で制する。そしてメイカは手に持った依頼書から2枚を抜き取ると、カウンターに叩きつけた。


「……何のつもりだよ」

「私はここを離れるつもりはない。なら、どちらかが死ぬしかないだろう。この依頼を受けろ。お前を殺すことは簡単だが、それではつまらん。お互い傭兵ならば、戦場で片を付けてはどうか、と粋な提案をしているわけだ」

「おもしろそうだな、受けてやるよ」


 ザッパーの自信に満ちた返答を受けて、屋内にまた品のない歓声が沸き起こった。


「この2枚の依頼は同一エリアの襲撃と防衛だ。お前に好きな方を選ばせてやる」

「じゃあ遠慮なく。俺は防衛な」

「なら私は襲撃だ」


 カウンターにメイカとザッパーが並び、依頼書にサインする。記入を終えた両者は乱暴にペンを置いた。


「ガキが調子に乗んのはよくねぇよ。おめぇらの命乞い、楽しみにしてるわ」

「ほざけ。人生初の大勝負だろう? 覚悟は決めておけ」


 去りゆく背中に投げかけられた言葉に、メイカは振り返らず答えた。いつの間にか周りで輪を作っていた傭兵達が割れ、メイカと秋山を通す。二人は傭兵達のヤジや歓声に包まれながら堂々と依頼屋を出た。


「さすがに軽率だったか?」


 ザッパーが現れてからは秋山の方を一度も見ていない。負ける要素は少ないとはいえ、多少場の雰囲気に流された感は否めないので、一応聞いてみた。


「色々思案なされたのでしょう? なにも問題はありませんよ」

「そうか」

「それに、メイカ様はとても楽しそうでしたねぇ。ならば例え問題があったとしても、差し出がましい真似はいたしません」


 私が死ぬとしても、だな。


「これを落としたら、次は南部にでも逃れるとしよう」

「聞くところによると、東部もなかなか良い環境らしいですよ」

「ん、稼ぐには困らんわけか。いい時代に生まれたものだ」


 基地への道程を歩く二人。メイカの耳にはあの下品な歓声が未だにこびり付いて離れない。


 次の作戦は期待できそうだ。


 この興奮もしばらくは冷めそうにない。


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