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淡雨

リンゴと粒子

作者: ヨビネ

 リンゴを切る。まず半分にしてから、更に切る。半分にするか三等分にするかは、リンゴの大きさによって決める。よくドラマやマンガなんかにある、リンゴをくるくると回しながら皮をむく方法はやらない。皮を美しく繋げられないし、リンゴに触れている時間が長くなってしまって、どんどん茶色くなるからだ。たいしてあのやり方に思い入れもないので、皮のついたまま食べるサイズに切り、その後にそれぞれの皮を取っていく。まな板の上にリンゴの赤い肉片のようなものが、折り重なって増えていく。これを生物にやったらたまったものじゃない、リンゴも生物だけど、と思っている間に作業が終わった。できあがったリンゴは塩水につけない。風味が嫌いだからだ。僕ではなく、彼がだけど。

「えっ、もう」

 白い丸皿に並べられたリンゴを見た彼が、おそらくうしろに「そんな時期だっけ」と続くセリフを言った。

「もう、そういうのは、この星にはないんだ」

「何か大切なものを失ってしまったかのような言い方」

「果物の時期は知らない。奥田さんがくれた」

「出た」

 彼はとなりの部屋の住人に会ったことがなくて、勝手に幽霊だと決めつけている。だから「出た」という言い方になるのだろうが、そのわりにはなんの警戒もせずにリンゴを三切れ食べた。「ふつうに甘い」と言っている。

 自分も一切れ食べてみると、やわらかくもなく、味もふつうに甘かった。さっき捨てたリンゴの残骸にも、白くて甘い部分はけっこう残っていた僕がたいして上手くないせいでゴミになったけど、あれだってリンゴだった、と感じた。僕は「皮って、くっついてたのに、もう二度とくっつかないのって不思議だ」と思った。もともとひとつのものだったのだから、戻れてもおかしくないのに、切り離したらただのゴミになっている。

「また達観なことを」

「えっなにが」

「リンゴの皮はくっつきません」

「言ってた…?その、粒子ってある程度は引き合うんだけど、ある程度近づいたら反発するんだって。それを最近読んだせいだ…と思っただけ、のはず」

「言ってましたとも。皮はある程度近づき終わったんじゃね…わからんけど」

「そうか?だから、こう…」

 テーブルの上にあった彼の手に、僕の手を載せた。

「入っていかないのが反発だろ」

「ああ、ATフィールド」

「観てない」

 それの、ヒトが液体になる映像は観たことがあったけど、グロテスクだったから、まともに全部は観ていない。

 でも、彼の皮膚の下の更に奥にある、触れられないモノについて考えてみると、

「入っていければいい…離れなくてすむ」

 と思う。でも彼は「それは」と否定的な声色で即答した。

「それは、今後、こうやって触れなくなるんじゃね…だから、どうかと」

「…そうだね。どうかと思うね」

「まあ、もし今後がないんなら、そうなるのも」

 彼は立ち上がり、リンゴの蜜で濡れた手を洗いに行った。僕に背をむけたまま、

「いいけどな」

 と続きを言った。彼はたいして真剣な様子ではない。蛇口をひねる甲高い音がして、水がシンクに叩きつけられる。リンゴは当然、彼にも吸着できない。僕の手の熱もだ。単なる水道水で、流れて消える。

 ほんの少しだけの僕と彼のすき間が、反発と接近を繰り返し、減少しては増大している、そういう感じがした。皿に一切れだけリンゴが残っている。

「皮、じゃないな」

「なんか言った?」

「いや」

 残骸として捨てられるリンゴの皮よりも、実の部分なら、離れなくてすむ、そう思った。

リンゴの時期は本当に知りません(わたしが)

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