Let's Try 乙女ゲー!
人のすなる転生乙女ゲームといふものを、私もしてみむとてすなり。
突然だが、私は転生者である。
別にとトラックに轢かれたとか、神様の手違いで殺されたとか、そんなファンタジックな死因ではない。
ふつーに寿命だ。
子と孫に囲まれて逝けた私は、幸せ者だった。
転生先も私が死んだ数年後の日本だ。
剣と魔法のファンタジーでなくて本当に良かったと思っている。
あんな日常的に命の危機に陥る上に、生活水準の低い世界などごめんだ。
そう、ここは現代日本である。
例え初代総理大臣の名が板橋退助であろうが、第二次世界大戦終戦記念日が8月30日だろうが、
ここは私の良く知っている現代日本だと主張する。
また、前世の記憶があっても、どうやら精神年齢は身体年齢に影響されるものらしい。
かっこいい男の子を前にするとドキッとするくらいには乙女である。
決して同級生を孫のようになんて思っていない。
ただ、少しばかり精神年齢が高いだけだ。
前世の記憶は少しづつ思い出し、大体3歳くらいの時にはすべて思い出していたと思う。
それで幼いころから自分で自分に文武両道の英才教育を施していたのは転生者の特権というものだ。
今では全国でもトップクラスの成績を誇っている。
ただ、他の教科に比べて歴史の点が悪いのはご愛嬌。
なんで比叡山の焼き討ちをしたのが織田信朝なんだ。
「織田信長」とうっかり書いてしまったテストの答案に、彼氏の名前が信長なのかな、とかコメント付けるなよ先生。
私がミスするのがそんなにおかしいか。
私の前世ではホトトギスを殺そうとしたヤツの名前は信長だったんだよ。
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さて、そんな私も今日から花の女子高生だ。
どこの高校かって?
このあたりで一番レベルの高い公立です。
ふふ、最後にものをいうのは最終学歴だけなのだよ。
(セルフ)英才教育を受けてきた私が態々金のかかる私立へ行く必要はない。
話はそれたが、今は入学式の最中である。
体育館で校長先生の長い話を大人しく傾聴しているところだ。
精神年齢が高かろうと、社会人経験者であろうと、長い話がつらいことには変わりない。
校長先生の話が終わり、生徒会長が壇上に上がった。
おお、生徒会長は意外に男前だ。
名前は園田紫苑というらしい。
挨拶の内容も高校生にしてはなかなかのものである。
進学校で生徒会長をしているだけのことはあるというべきだろうか。
挨拶している間中、生徒会長にじっと見つめられていた気がしたが、おそらく私の自意識過剰だろう。
うん、そうに違いない。
例え顔の向きを一切変えなかったとしても、気のせいなのだ。
きっと緊張とかしていたのだろう。
――――慣れた様子でステージに上っていたが。
つつがなく(?)始業式は終わり、それぞれの教室へと移動する。
担任の先生からの連絡が一通り終わった後、一人ずつ自己紹介することになった。
森本蘇鉄と名乗った担任は、20代半ばのまだ教師歴2、3年と言った若い男性教諭だ。
担当は数学らしい。
そんな整った顔立ちの森本先生が、話をしている間、私を見る回数が異様に多かった気がするのは、私が真ん中に座っていた以外の理由などないと信じている。
教員が一人の生徒を贔屓するなんてまずするはずがないだろう。
あ、私の入試の点数がそんなによかったのかなぁ。
先生、私、高校の範囲はほとんど習得済みですので期待していてくださいね。
――――その視線から敵意が感じ取れたのは気づかなかった方向で。
順番に自己紹介をしていき、私の右後ろの男の子の番になった。
うん、こいつもモテそうな顔面をしている。
篠崎木賊君というらしい。
中学時代はテニス部で、得意教科は現国だそうな。
さっきからずっと右斜め後ろから感じていた体に穴が開きそうなほどの視線は、多分勘違いだろうと思いたい。
例え彼が立った途端に感じなくなっても勘違いだと思いたい。
私にはファンタジー主人公的な特殊センサーの持ち合わせもなければ、背中に目があるわけでもないのだから。
確かに、私は一般にかわいいといわれる顔立ちであることは否定しない。
しないが、その視線から恋だとか愛だとかいった感じの熱は一切感じられないのだ。
どちらかというと怯えたような……。
彼と私は初対面。
私の中学時代は品行方正だったので、何か悪い噂を聞いたという線もないだろう。
――――だからきっとその怯え方が、小学校のころにいじめられたガキ大将を見たかのようなものであったのも、私の思い過ごしだろう。
そんなこんなで今日のオリエンテーションは終わり、帰る準備をしていると、左隣の女の子に話しかけられた。
確か、藤塚桜ちゃんという名前のはず。
明るくて感じのいい子だ。
その、笑っていない目さえなければ。
もしかしてアンタもあのワケ分からん3匹のイケメンどもの同類か?
それともあの3匹に見つめられてたっていう八つ当たり的な嫉妬か?
いや、きっと嫉妬だろう。
この子の出身中学は篠崎君と同じだって言っていたからな。
――――モルモットを見つめる研究者みたいだなんて、思ってなんかいないんだからねっ。
……うん、私がやっても気持ち悪いだけだな。
こんな魔窟には長居したくないので、さっさと会話を切り上げて教室を出る。
この学校に来たのは失敗だったのだろうかとつらつら考えながら校門に向かって歩いていると、男子生徒がこっちへ走ってくるのが見えた。
知らない人だったので邪魔にならないようにと右へよけたら、正面衝突された。
何故だ。
付けているバッジからするに2年生だ。
顔を見た。
イケメンだった。
ま さ か お ま え も か。
ありありと恐怖を表情に出してこちらを見つめている。
凍り付いたかのようにピクリとも動かない。
――――コイツの反応が一番ひどかった。
そっちからぶつかっておいてその反応はないだろう!
何なんだ一体、私が何をしたっていうんだ!!
コイツが謝る気配もないので、こっちから謝罪だけしてとっとと帰ることにした。
もう、断じてこいつらに関わりたくなどない。
平穏無事に高校卒業できるのだろうか……。
一日目にして、そんな不安を持ってしまったのであった。
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「入学式の日、グランドで、衝突、か」
生徒会長、園田がぽつりと言った。
「うるせーっ。俺だってちゃんとよけたんだよ。なのにあいつも同じ方向によけるから…」
「そもそも走ってこなければよかったのに」
ぶつかった生徒とどこかに通った顔立ちの男子生徒が呆れたように言う。
「俺にもわかんねーんだよ。万が一を考えて校門までは歩いてきた。なのに校門をくぐったら走らなきゃいけねー気がしたんだよ」
「マジかよ」
そう言って疑わしそうに、だが嫌そうに顔をしかめたのは1年生の篠崎だ。
「だが実際、おれは彼女の担任になってしまったし、お前はクラスメイトだ。
これがゲームの強制力、ということだろうな」
それに森本はそう反駁する。
「その通りね。私も同じクラスの隣の席になったわ。
でも、見ていた限りでは知らないみたいね、ここが乙女ゲームの世界で、自分がその主人公だってこと」
藤塚の言葉に、園田と森本、篠崎は確かに、と頷く。
「転生者なのかどうかもまだわからんしな」
「そこらへんの細かいことはどうだっていい。考えなければならないのは、終業式までの1年間どうやって無事に乗り切るかだ」
「幸いなのは彼女がわざとフラグを立てようとはしないと推測されることだな」
「ああ、俺との衝突を避けようとはしていたんだ。それは間違いない」
「あと、僕たち6人が前世で知り合いだったことも幸運と言えば幸運だね」
「前世の忘れたいこともネチネチ言われ続けるけどな」
「まあとにかく、今後の人生のためにも私達はゲームの強制力に屈するわけにはいかないのよ!」
「「「「「おう!」」」」」