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始まりの日

「起きなさい」


 部屋に大きく響く声に煩わしそうに呻き声を上げる。そして寝返りを打ちながら睡眠に入る。


「起きろ」

 布団を無理やり剥がされる。12月1日は冬だ。寒い、寒い。薄めを開けながら煩い母親を見ると、何時もの5割増しで怖い顔をしている。幻覚か2本の角が見える。不思議そうな顔で母親を見る。確か今日は金曜日だから授業はないはずなのだ。手を伸ばし時計を取ると時間は9時を指している。昼食までもまだ時間がある。


「まだ9時じゃん」

「あんた何言ってるの? 今日何の日だか知ってる?」

 何の日? そういえば冬は今日から始まるな。そんな事はどうでもいいし……。


「世界エイズデー?」

「はぁー」

 さすがに違うか。でもほかに思いつかなかったのだ。憎しみを込めたように見える眼で威圧してくる。


「ごめん、そういえば母さんの誕生日今日だったよね」


 そう聞くと母親は無言で部屋から出て行った。もう分かんねぇよと思いながらテレビをつけた。ニュースでは、今日から冬ということで雪がいつ降るか予想している。次のニュースへ変わると、国家神道の代表である都内の神社が映される。スーツを着た若者とその両親と思われる人物たちが映り意気込みを語っている。薬でもやっているのかと思うほど目がぎらついた男女が、お隣の2国から非難されている神社に集結している所を見るとデモか何かだと思ったがどうやら違うようだ。大学3年生である自分にも関係のある就職活動祈願のようだ。熱心なことだと番組を変えると、このイベントには新就活者の大多数が参加しているということが分かった。何が楽しくてこんなことをと思いながらもとりあえず1階へ降りた。


 家のリビングは6畳と狭い。都会だとこれが普通の大きさなのだろうか? 引っ越し前は25畳程あったのに。虚しさを感じるが母親の前に小さくなりながら座る。無言、無言、無言。しかもケチな母親により暖房すらついてない。部屋に戻りたい。テレビにはやはり神社が映っていた。


「母さん、神社行こうかななーんて」

 何気なさを装いつつ話しかけるが、蚊の鳴くような声でありあえなく無視される。


「母さん」

「なにやってるの! 早く着替えてきなさい」

 めんどくさそうな顔で母親を見るとすでに準備満タンだ。専業主婦なのにスーツを着込んでいる。化粧もバッチリ、まるで別人だ。母親はそのことを悟ったのかテレビを凝視している。


 2階に上がりクローゼットを開ける。部屋は4畳半しかないそれだけでも一苦労だ。1度試着しただけで新品のスーツを取り出す。めったに着ないスーツに時間をかけ、身だしなみの準備にかれこれ30分も掛かった。ようやく準備完了かと思いきや母親が鬼の目でじろじろ見てくる。心臓の音を聞きながら無心で母親を見つめる。


「よし、優斗いくよ」

 母親は息子の身だしなみに頷くと腕を取り玄関に引っ張る。


「母さん、自分で歩けるから。もう」

 ぶつぶつ言いながらも仕方なくついていく。母親には勝てない。20年生きてきて嫌というほど教えられたのだ。車に乗せると目的地も告げずどこかへ走らせた。

 今日は道路が混んでいるようだ。だらだらと走り30分経つ。すると高速に乗ろうとしている。


「あのさ、どこいくの?」

「……」

 溜息を吐きながらシートを倒し、眼を閉じた。外の大きな風の音が聞こえてくる。起き上がりメーターを見ると150kmに達しようとしている。顔を青くして、慌ててシートベルトを締めた。


 福島県郡山市。昔住んでいた母親の実家がある場所だ。もうすぐ1時になるが、東京から急いでどこに行くかと思えば……。毎年お盆と初詣で必ず連れてかれていた妙宝寺で就職祈願をしろというのか。こんなところまで連れてくるなよと心の中で叫ぶ。もちろん口には出せない。お昼どころか夕食まで抜かれかねないからだ。


 近くのファミリーレストラン昼食をとると、いよいよ妙宝寺に到着する。妙宝寺はこの辺りでは有名な神社だ。供養塔としては東北地方最古の者であり、国の重要文化財の指定を受けているとか。それも家のご先祖様が眠っているらしい。

 それはともかく今日は本当に人が多い。初詣の時と変わらない気がする。唯一の違いは寺の中にいる人の服は、真っ黒で葬式でもやっているかのようだ。しかし横を通る人々のギラギラした目が、すべてを語っている。


 さっさと済ませようと早足で鳥居へと向かう。軽く一礼して歩き出そうとしたとき、首根っこを押さえつけられる。


「優斗、気持ちがこもってないよ」

 鳥居をにらみながら再度一礼する。そして母親を尻目に手水舎へ行き柄杓で身を清める。このやり方は毎年嫌でもやらされるのでさらっとできる。まあ俺は神様なんて信じてないけど。


 さて参拝だ。しかしすごい。前の人々の気合いに圧倒されてしまう。賽銭箱へと壱万円札が空中を舞っている。黒いオーラすら見える。自分の番になると腰に手を当てるがなんと財布がない。横にいる母親に手を差し出す。


「優斗、自分のお金を出さないとご利益がないよ。あんたは何時も……」

 後ろの人の目が気になり小さくなりながらようやく5円玉を貰い賽銭箱へ。参拝が終わり一息つくと背中をばしばし叩かれる。


「せめて境内の中ではびしっとしなさい」

 境内から出ると今度こそ一息つけた。ただ周りの空気は張りつめていたが。車の傍で小学校からの友人とすれ違う。しかし切迫したような顔をしていて声を掛けられなかった。


 その後母親の実家へと足を運ぶ。しかし今は誰もいない。祖父は小学生の時に亡くなっているし、祖母は近くの老人ホームへ入っているからだ。石垣の門のお出迎えが家に帰ってきたことを実感させる。母親の家は昔豪族だったらしく家は大きい。まあ祖父は普通の教師だったらしいし、他に土地があるわけでもないが。それにしても母親がお嬢様なんて冗談にも程があるだろう。ほんとに夢がない。姉の容姿を考えると昔はどうだったかなと思うが。


「さっさと来なさい」

 溜息を吐きながら思う。いつもこうだ。これから部屋と仏壇を掃除させるんだ。


 その後仕方なくバケツと雑巾を手に取り掃除を始めた。母親はドラマを見ながらお茶を飲んでいる。恨めしそうに見てもテレビに夢中で気づきもしない。夕が暮れるとドラマも終わったようで、線香を立てて花を変えている。


 そしてようやく帰るようだ。よし家でネットサーフィンだと意気込む。しかし簡易バッグを投げつけてきた。バランスを崩しあわや転びそうになりながらも受け取る。さすがに不満が募るが何も言えない。


「優斗は泊りね、じゃあ」


「えっ!?」


「あっ、そうそう7時から同窓会があるみたいだよ。これ招待状ね。いやーよかったね忘れられてなくて。なんなら女の子連れ込んでもいいから。でも明日暇だろうから庭の草むしりお願い。忘れたらただじゃおかないからね。そういうことだから」


 マシンガンのように放たれる言葉に、呆然と手渡された招待状を眺めていた。思い出したように玄関に駆け寄るが、ヘッドライド見えエンジン音とともに去って行った。


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