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善悪と、僕と、彼女たち  作者: 砂鳥 えいち
1章 花壇荒らし
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第7話 宮代このえと坂井和人のこと


 坂井和人のことは実は、けっこう前から知っていた。

 1年の時、部活で同じだった苑田優子が彼の彼女だったからだ。彼女も私と同じスポーツ推薦でこの高校に入学したと聞いていた。だから、私たちはけっこう仲良く部活をやっていた。

 しかし、1年の後半くらいだろうか。大会を後に彼女は急遽、部活を去ることになった。というよりも、不登校になってしまったらしい。

 周囲の面々の反応は、あまりいいものではなかった。

「普通な子だったのに、急におかしくなった」

「いきなり休んでいなくなるなんてありえなくない?」

「絶対、なんかあったんだよきっと」

「不登校になったって聞いたけどマジ?」

 明朗快活だった彼女が、一気に地に堕ちた噂話の主役になる。

 私は、その噂に参加はしなかったけれど、それでも耳に入ってきた。急に休みがちになり、全く学校に来なくなったということ、そして坂井和人とは別れたということ。

 一緒に帰っているところを見たことがある。

 二人は仲良く話しながら笑顔を浮かべていた。仲の良い、本当に仲の良いお似合いの二人だった。

 そして、私も2年の大会を前に靭帯を断裂し、陸上部を退部するハメになる。いや、本当は逃げたのかもしれない。リハビリをしても以前のように走れない、という話を聞いてしまったから、一刻も早く陸上とは無関係な世界にいたかったのだ。


「ねえ、最近、このえって他のクラスの…坂井くんだっけ?仲良いよね?」

 クラスメートの蒔絵が話しかけてくる。私はちょうど坂井のことを考えていた時だったので、面食らってしまう。

「ええっ?あ、いや、たしかに最近、よく会ってるけど」

「えー!もうそこまで進展してんの?付き合ってんの?」

「もう、アホー!どうしてそうなんのよ。ただの友達だって…」

「友達?」

「そう、なんていうか…風紀委員がらみの友達」

 まさか花壇荒らしの犯人を探しているとは言えない。

 私が陸上をやめたことを坂井はきっと知らない。そして、彼の元カノと交流があったことも彼は知らないのだろう。

 だから、ずっと気になっていたんだ。自分の元カノが「おかしくなった」と言われているのに、坂井は何を考えているんだろう、って。

 だから、あの日の夜、高校の正門から出てくる彼を見て、すごく印象に残ったのだ。優子の元カレがあんな時間から学校から出てくるなんて、と。次の朝には、花壇が荒らされていた、という話を聞いて、間違いなくやつだと思った。

 もう走れなくなった私の心を密かに癒していたサニーレッドをめちゃくちゃにしたのだ。奴は。

 そう思うともう怒りが抑え切れなくて、あいつが優子にもしかして酷いことをして優子は心を病んで学校に来ないのかもしれない、とか色々なことを考えて、気がついたら屋上に彼を呼びだしていた。

 坂井はちょっと気が弱いやつだった。だけど、そんなに悪いヤツではないような気がする。ここ数週間しか会ったことがないので分からないけれど。

「ねえ、風紀委員って坂井くんもなの?」

「え?あいつは違うけど」

「じゃあなんで坂井くんも一緒なの?」

「いろいろあるのよ」

 あいつの身の潔白を証明してもらう、という理由があるのだ。

「坂井くんって言えばさぁ優子の彼氏だった人だよね?なんで優子が学校来なくなったのか、知らないのかなぁ」

「わかんない。聞いてないから」

 私は自分でも声が硬くなるのが分かった。

「なんでぇ?」

「だって、なんて言えばいいの?重すぎるし、ちょっと聞きにくいでしょ。『あなたの元カノ、どうして学校に来なくなったの?』って」

 しかし、それは私が一番、坂井に聞いてみたいことだった。

 1年の時はあんなに仲良く下校してたじゃない。デートとかもしてたんじゃないの?それなのに、どうして坂井は優子のことを放っておくの、と責めてしまいたくなる時もある。だから、私は時々、彼に対してヤツ当たりのように声を荒げてしまう。

 私は、――失意のどん底だったのだ。

 優子がなぜだかいなくなって、もう走れなくなって、そんな時、花壇のコスモスたちだけが私を慰めてくれた。人間がかけてくれる言葉は優しいけれど、どれも気休めでしかならなくて、花達を見ている時だけが私の心を癒してくれていたのだ。

 花壇荒らしは絶対に許さない。絶対、捕まえてみせる。

 私はそう心に改めて誓った。

 だけど、そのこととは別に坂井を見ていると、どうしても優子のことが頭をよぎるのだ。

 坂井と優子のことが知りたい。

 私にとって優子は友達。だからといって、そう簡単に優子の話題を彼に振っていいものかずっと迷っていた。

 本当は優子のことで悩んでいて、花壇なんか荒らしたんじゃないの?

 そう思ったことだってある。

 私ね、もう走れなくなっちゃったんだよ。

 だから、優子に代わりに走って、って言ってよ。

 様々な言葉が私の中で浮かんでは消えてゆく。坂井と話せば話すほど、自分の中の言葉の濁流にのまされそうになる。

「ねえ、大丈夫?なんかさっきから調子悪そうだけど」

 蒔絵の気遣う声が聞こえた。どうやら考え事に捕らわれていたみたいだ。

「ごめん、大丈夫、でもちょっと考えごとしたいから一人にしておいてくれる?」

「うん…分かった」

 そう言って蒔絵は机から離れて別の友達のところへ行ってしまった。

「うん、ほんとごめんね」

 こんなのは私じゃない!

 私は強かったはずだ、と思う。陸上をやっている時は嫌なことを何もかも忘れて頑張っていた。

 でも、走れなくなっただけで、ここまで弱くなるなんて思わなかった。

 そうだ、私は自分が弱くなったということを認めるのが怖かった。陸上という自信が、私にはなくなってしまったのだから。

 だから、坂井にも気になっていることを聞けないんだ。


 この数週間、如月さんと坂井と3人で花壇荒らしの犯人を調べてみたけれど、犯人らしい犯人は分からない。

 如月さんの言う通り、花壇を荒らす理由がある人――動機を持った人間が全く分からないのだ。

「う~ん、花壇なんて荒らして誰が得するのよ…」

 ベッドで寝がえりを打ちながら、私は愚痴る。

 犯人は何を考えて花壇なんて荒らしたのか見当もつかない。見るだけで人の心を癒す花を踏み荒らしてめちゃくちゃにしてしまうなんて。

 いや、ちょっと待って。

 もしかして。

 私の中で何かが閃いたような気がした。やがてそれは確信に変わる。

 暗い部屋で携帯を開いて、ある人物にメールを打つ。


「今度、二人で会える?」


 宛先は――坂井和人だ。

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